決着。そしてそれから――
本編はこれにて終幕です。
後1話、おまけと言うか後書きに変えた
落書きが発掘できたので、そちらも掲載します。
翼と理瀞が見守る中、ワイヤーで柱と柱の間を移動する慶志朗が棒手裏剣を投げつける。
「へへ……クナイなんてアナログなモンにお目にかかるとは思わなかったぜ。しかし所詮は牽制にしかならねえな。威力は薬が塗って無けりゃ大したこたぁネエし、なにより……」
東奥は掌に《空圧》を生み出し腕をのばす。発射はしていない。ただ顔の前に突き出しただけだ。だが、先程から慶志朗が投げる棒手裏剣は正確に急所を狙って投げられている。
軌道を読むのは容易く、突き出した掌に残る《空圧》に吸い込まれる様に棒手裏剣が飛来し、《空圧》と接触した途端に弾け飛ばしてしまう。
「所詮は真直ぐ飛ばすしか能がネエ小道具だろうが!」
棒手裏剣を防いだ東奥は、掌に残ったままの《空圧》を、そのまま撃ち出そうとする。
が――嫌な予感に襲われ、東奥は大きく仰け反る。直後、やや横方向から彼の鼻先を、唸りを上げて三日月状の棒手裏剣がまるでブーメランの様に弧を描いて通り過ぎる。
「……!この野郎……今までワザと直線的に投げてやがったな!」
体勢を立て直し、柱の頂上に飛び移った慶志朗を睨みつける。
「君が勝手に思い込んでいただけだろう」
「ぬかせ。ったく、柱を盾に《空圧》は避けるわ、ピョンピョン飛び回るわ、忍者ってな鬱陶しい輩だな。それに一体テメエは何種類の手裏剣を仕込んでやがんだ?」
「さてね。それを君に教えてやる義理は無いだろう?それに……何度も言うが俺は……」
「忍者じゃネエってか?聞き飽きたってぇの、その戯言はよ!」
吠える様に言うと、東奥は左右の掌に《空圧》を作ると、次々と慶志朗目がけて撃ち込む。それを慶志朗は先程と同じくワイヤーを飛ばし、柱と柱の間を素早く飛び移り避けていく。
しかし連続で撃ち込まれ、狙いの反れた《空圧》が柱を直撃し、崩れ始める。それを切欠に次々と柱が崩れだし、慶志朗が宙を移動する事が困難になってくる。
「ハハハハハハ!コレでテメエは空中を移動できなくなったぜ!さぁ、どうするヘタレ!」
柱が崩れ、その場に留まるのが不利だと見た慶志朗が、迷わず柱の乱立する場所から飛び出し、先程東奥と睨みあっていた平坦なグラウンドまで移動する。その後を追って、東奥がゆっくりと柱群から歩いて抜け出してくる。
彼の態度にはまだまだ余裕があり、この戦いを心から楽しんでいるようだった。
再びグラウンドの真ん中で睨み合う。最初に動きを見せたのは、やはり慶志朗だった。
「フッ……どうするかと問われれば、こうするさ、と答えようじゃないか」
キザったらしい仕草で鎧の隙間に手を突っ込むと、何かを引き抜く。
「また閃光弾か?何度も同じ手が通用すると思うか、ボケ!」
「思わないね」
後ろに跳び退いて眼を庇おうとした東奥に、慶志朗はあっさりと言い切ると、取り出した缶を自分の眼の前に放り投げる。今度は一つでは無く数個纏めてだ。缶は着地すると同時に「ブバッ」と白い煙を辺りに撒き出し始める。
「発煙筒だぁ?おいおい、今度はケムリダマってか?トコトン忍者だな、テメエはよ!」
空き缶から吐き出される煙は瞬く間にグラウンドに充満し、慶志朗と東奥の姿を包みこむ。
だが、完全に二人の姿を覆う程では無く、薄らと煙の向うに慶志朗の姿が東奥にも見える。
「だが所詮はただの目眩ましだ!《能力》を持つ『超人』にゃ効果ねえぞ!」
言って、掌に《空圧》を生み出す。《能力強化》の効果は、使用者が気絶している為に消えているが、それでも掌に生まれた不可視の塊は《無能》を一撃で吹き飛ばすのには十分だ。
その塊を、煙の向う側の慶志朗に撃ちこむが、その攻撃はあっさりと避けられた。
「へえ、また避けやがったか。何時もなら一発でオネンネなのによ。K46とやらになると随分動きがマシになりやがるじゃねえか!」
攻撃が避けられたにも関わらずに東奥は楽しそうに笑うと、立て続けに《空圧》を生み出し撃ち込む。だがその全てを慶志朗はかわして見せる。
「ああ?どういうこった?遮蔽物もネエのに何でこんなに避けられるんだ?いつもよりマシとは言え、所詮《無能》だ。俺の《空圧》は、テメエには見えねえ筈だろうが!」
「いいや、君の攻撃は全部丸見えだよ東奥。俺に見えないと思うのは、ただの慢心だ」
「ヌカせ、ヘタレが!」
攻撃をことごとくかわした慶志朗が平然と言い放つのに、東奥はムキになり掌に新たな《空圧》を生み出し撃ち込む。その直後――東奥は「あっ!」と気が付く。
撃ち出された《空圧》が、漂う煙を打払いながら突き進むのが東奥の眼にも見えたからだ。
「まさか……この煙は眼眩ましじゃなく……最初からそのつもりで撒きやがったのか!」
「見えなければ見える様にすれば良い。《能力》が無くとも見えれば避ける事は簡単だからな」
煙に身を隠しつつ慶志朗がそう嘯く。だが、先程も言った通り完全に姿を見失う程には煙は濃くない。彼が身に着けた真紅のマフラーは、煙越しでも東奥にハッキリと見える。
「だがよ……やっぱ《無能》は《無能》だ!《空圧》が見えた所で、そんなに距離を取っていたんじゃ俺に攻撃出来ねえだろうが!そして俺は《超人》だ!幾らテメエに俺の攻撃が見えようが、要は避け切れねえ攻撃をすればいいんだろうが!」
吠える様に言うと、両手を重ねて一際巨大な《空圧》を生み出す。《能力強化》の時程の大きさは無いが、それでも《無能》の慶志朗ならば防ぐ術は何も無い。
「《能力》がネエ割には結構やるじゃねえか、ヘタレ。だがコレで終わりだ《無能》!」
圧倒的な威力を秘めた《空圧》を、東奥は煙の中でも鮮やかに映える真紅のマフラー目掛けて解き放った。
離れた所で見守っていた翼と理瀞が大きく息を呑み――直後《空圧》が炸裂し、轟音と共にグラウンドを覆っていた煙を吹き散らし、真紅のマフラーを空高く舞い上げた。
「ハハハハハハハ!大口を叩いていた割には呆気なかったけどよ。喜べ、テメエとの戦いは今までの、どの《超人》の時よりも楽しかったぞ《無能》!」
宙高く舞い上がったマフラーを見ながら、東奥が哄笑する。
しかし、その笑いはマフラーを首に撒いた『物体』を眼にした途端に収まる。
「……何だと?」
東奥の眼に映ったのは――下半身が吹き飛ばされ上半身だけとなった、首に真紅のマフラーを巻いた、半分溶けかけた人形だった。
「あ、あれは!演習場にあったマネキンじゃないか!」
飛ばされた物体を見た翼が、思わず叫ぶ。あの人形は確かに捜索訓練の時に、慶志朗と一緒に演習場に転がっていた物だ。そのマネキンが慶志朗の代りにマフラーを首に巻いていた。
「みっ……身代わりの術だとぉ?マジかよ!」
予想外の事に東奥も慌てる。既に慶志朗の事は忍者だと認めている。だが、漫画や時代劇で使われる忍術と言う物は所詮創作された物で、実際はそんな物は存在しないと考えていた。
しかし慶志朗はやって見せた。これ見よがしに真紅のマフラーをなびかせ、気が付かぬ間に東奥に印象付かせ、煙幕で《空圧》の軌道を読むと同時に、存在を誤認させたのだ。
「発煙弾の目的が一つだと考えたのが君の失敗だ。そして距離が離れているからと、遠距離攻撃に固執したのも君の失敗だ、東奥。終わるのは君の方だ」
慶志朗の声は東奥が思っていた以上に近くから聞こえ、背筋に冷たい物が走る。上空のマネキンに目をやっていた東奥は慌てて声のした方――足元の方に目をやる。そこには、
「君の試合は何度も見た。威力を抑えた《空圧》は連射できるが……強力な《空圧》を一度放つと、次に使うまでに時間がかかるのだろう?」
反りの無い刀を両手で握りしめ、前につんのめる様な腰の引けた構え――突進力を重視した極端な前傾姿勢を取った慶志朗の姿が在った。
「……やっぱり忍者なんじゃねえか、テメエは……罠、手裏剣、鍵縄なんて小道具だけじゃなく……まさか忍術まで使うとはよ……」
「忍術?そんな物じゃない。単に君が油断しただけだ。それより……決着を付けようか東奥」
「決着だぁ?チッ、一々嫌味な野郎だ。ったく、終始闘い方はセコイしよ」
ふてぶてしく言うが、慶志朗の言う通り今の《空圧》に渾身の力を込めていた。もう一度《能力》を使うのにはまだ少し時間が掛る。幾ら相手が《無能》でも、ここまで接近されてしまえば《能力》と『刀』、どっちが早いか比べるまでも無い。決着はとうに着いている。
真下から見上げる様に剣を構える慶志朗に、半ば己の負けを東奥が認めた時――ジクリ、と後頭部が痛む。そこは以前慶志朗の木刀が命中した場所、延髄がある部分だ。
「……そうだったな。テメエは本物だった……延髄なんて言う人間の急所に躊躇無く木刀をぶち込める、本物の忍者だ。忍者の仕事は『諜報』と……」
見る間に唇が渇いて行くのを自覚する。見上げる慶志朗の眼を見返してしまったから。
「……『暗殺』、だったけな」
彼の眼には――何の感情も浮かんでいなかった。人を殺す事に何も感じていない様に。
相手が本物の忍者なら――彼が言う決着とは一つしか無い。即ち、止めを刺す事。東奥は乾いた唇を震わせ、何かを言おうとするが――これ以上何も言葉が出てこなかった。
そして――慶志朗は感情の無い眼差しのまま、構えた刀を東奥の喉目掛けて突き立てる。
「ストップ!そこまでだよ慶志朗君!」
翼が東奥と慶志朗の間に滑り込み、慶志朗の身体を抱き止める様にして動きを遮る。
「決着が着くまで手を出さないのがこの学園のルールなのだろう?何故止める?それに、決着を望んだのは東奥君だ。ここで止めるのは彼に対しても失礼と言う物だ」
翼に抱き止められ、東奥の喉元寸前で刀を止めた慶志朗が不思議そうな顔で翼に問う。止めをさす事に対して、全く躊躇がない口ぶりだ。
「やっぱり……君は本物の忍者なんだね……人を殺す事に何の躊躇いも無いとは……」
改めて、翼は眼の前の慶志朗に恐ろしさを感じる。彼は自分が平凡な人間だと思っている。いや、思いこんでいる。だから自分が出来る事は他人も出来る事だと信じ込んでいる。そして、自分が忍者だと言う自覚が全く無い。
だから、決着を着けようと言われれば、止めを刺す所までやるのが当たり前だと考えているようだ。それが人の命を奪う事になると知っていても、それが慶志朗にとっての『常識』なのだろう。だからこそ、翼はそれを許す訳に行かなかった。
「でも、ダメだよ。ここは《超人学園》だ。そして君もこの学園の生徒だ。例え――《無能》者ではあっても、《超人》の一人なんだ。だから、人の命を奪うのは絶対にダメだ」
慶志朗は東奥の首筋に刀を突き立てたまま動かない。翼は構わず言葉を続ける。
「僕達《超人》は、人を助ける為に《能力》を磨くんだ。力の無い人を守る為だけに《能力》を高めるんだ。その為の試合なんだ。例え相手が人を傷付ける、道を外れた《超人》だったとしても、僕達は殺さない。彼等だって救うべき対象なんだ。『絶対に殺さない』。それが、僕達《超人》のプライドだ。だから……君も三黒須の生徒なら、絶対に殺しては駄目だ」
「成程……それがこの学園での『ルール』だと言うのならば従おう。だが――」
ようやく東奥の喉元に突き付けた刀を引き、腰の鞘に収めながら、不満そうに顔を顰める。
「俺は忍者などでは無いと、何度言えば解る?」
「……やれやれ……自覚が無いってのはある意味罪だよね。誰がどう見ても君は忍者だよ」
「全くだ……本っ当、ヘタレを相手にしてると調子が狂うぜ。もうテメエの相手をするのは懲り懲りだ。今度ばっかりは俺も殺されるかと思ったからな」
解放された東奥が、糸が切れた様に地面にへたり込み、お手上げだ、と両手をあげる。
「随分素直じゃないか東奥君。君の事だからもっとゴネると思ったよ」
翼が言うと東奥は面白く無さそうに鼻を鳴らす。
「仕方ねえだろ。幾らセコイ戦い方だつったって、学年二位の俺相手に、《能力》を全く使わねえでここまでやられたら、《超人》として負けを認めるしかねえだろうが」
「フフフ……何だか少しだけ君の事が好きになりそうだよ」
「ケッ!ヌカしてろ、ばぁか!」
そう言って、拗ねた様にソッポを向く東奥に、翼はクスリと笑う。と、
「楽しそうな所を悪いが……そろそろ離れてくれないかな、翼君」
正面から翼に抱き止められたままの慶志朗が、ワザとらしく咳払いをし、
「俺は、何時までも男に抱き締められて喜ぶ趣味は無いぞ」
芝居掛ったキザな口調で言いつつも顔を真っ赤にした慶志朗が、翼との間に手を入れて引き離そうと力を入れた時――
「アンッ」
と言う、妙に艶っぽい声と、フニャッと何か柔らかい物が潰れる感触が、鎧とセットになっているグローブ越しの手に感じられた。
「……はい?」
想像していなかった手応えに、慶志朗は思わず素に戻って、不思議そうな顔で手を数度動かす。その都度、フニャフニャとした感触が伝わってくる。
「……何これ?」
まるで、マシュマロ見たいな物を握りつぶした様な、不可思議な感触に慶志朗は首を傾げる。この感触はまるで――かなり小振りだが十分に張りのある――
そう考えた途端、ブワッと奇妙な汗が噴き出したのを慶志朗は自覚した。恐る恐る自分の手元に眼をやる。やはり、と言うか、当然の様にその手は翼の胸に乗っている。
「………………………………………………………………あれ?」
思考が停止し、上手く頭が働かなくなりつつも、何とか顔を上げて翼の顔を見る。すると、
「もう……人前で堂々と揉むなんて中々大胆な奴だな慶志朗君は。君って意外とスケベ?」
微かに頬を赤らめた翼がそんな事を言って来る。再び慶志朗は手元に視線を戻し、また翼の顔に目を向けると言う行動を数度繰り返す。
「え……何これ……顔は翼君で……なのに胸がさ……あれ?何で……女の子……?」
額にビッシリと奇妙な汗を浮かばせた慶志朗が、熱病に犯された様に支離滅裂な言葉を口にすると、座り込んでいた東奥が顔を上げる。
「あ?何言ってんだテメエ?胸がどうしたって?」
訝し気な顔で言う東奥に、慶志朗はカクカクと震えながら、
「ととととと東奥君!どどどどどどうしよう!翼君に胸があるよ!」
「はぁ……?そりゃあ在るだろうよ。コイツも一応女なんだからな」
事も無げに言い捨てる東奥に、慶志朗はカクンと顎を落す。
「…………………………はい?」
唖然とする慶志朗を余所に、翼はムッとした様に唇を尖らせる。
「一応ってどう言う意味だい?れっきとした女の子だよ、僕は」
「何処がだ。んなマッタイラな胸で、どんなツラして女と言い張る気だテメエは?」
「まっ!まっ平ら?それは聞き捨てならないな!コレでも去年よりは膨らんだんだ!」
眉間に皺を寄せて翼が東奥を睨むが、慶志朗は聞いていなかった。救いを求める様な表情で周囲を見渡し――
離れた場所で様子を窺っていた理瀞にすがる様な顔を向ける。それに気が付いた彼女は、
「もしかしてと思っていましたが……翼さんの予想通り、勘違いされていたようですね。翼さんは確かに起伏に乏しく平坦な胸をされていますが正真正銘の女性です。失礼ですが……三黒須学園最高の《超人》が天才少女と呼ばれている事を知らないのは、貴方位でしょうね」
理瀞にまであっさりと言われ、慶志朗はサーッと青ざめる。
「起伏に乏しい?平坦?理瀞さんまで酷いな!って……あれ?おーい、慶志朗君?」
翼が心配そうな顔で覗き込んで来るが――慶志朗はそれに答える余裕も無く――ビッシリと全身に奇妙な汗を滴らせたまま、グルンと白眼を剥いて意識を手放した。
――翌日。あれだけの騒ぎを起こした割には、学園側から注意を受けただけで、特に処分をされる訳でもなく平穏に訪れた。
ただ、高等科の施設は慶志朗が仕掛けた罠が発動したせいで荒れ果て、使用不能となってしまっていて、授業が出来ないと言う事で臨時休校という扱いになっていた。
多くの生徒には真相は知らされていないが、東奥と彼の取り巻き達は、黙認されているとはいえ、この騒ぎを起こした元凶と言う事で、処分される代りに校内の片づけを命じられて、今頃は不貞腐れながらも後片付けをしている最中だ。
本来ならば退学処分も有りえたのだから、寛大な処置と言える。もっとも、その理由は彼等を処分すると、翼も処分しなければならなくなると言う、打算的な目論見も透けて見える。
従って、翼と理瀞に関しては一切お咎めなし。慶志朗は――そもそも『無能』だという事で被害者扱いだ。半壊したプレハブも学園側の負担で修繕される事も決定されていた。
それでも、修繕が始まるのは半月も先の事。当面の間は別の場所で生活しなければならないのだが……相変わらず僚の住人からは同居を拒否されたので、結局はこの半壊したプレハブで生活するしか道は無い様だ。そう言う訳で、どうにか寝る場所だけは確保しようと、慶志朗は躍起になって片付けをしている。
「全く酷いや。僕を騙すなんてさ!折角男の友達が出来たと思って喜んでたのにさ!本当は女の子でした、だなんて、酷い詐欺だよ!」
文句を言いながら、慶志朗は何時もの制服姿で瓦礫の中から使えそうな物を掘り出す。
「だから悪かったって何度も謝っているじゃないか。それよりも、本当に手伝わなくて良いのかい?僕だって《超人》なんだ。この位の瓦礫なら簡単に片付けられるよ?」
屋上のフェンスに寄りかかりながら翼が聞くが、慶志朗はプンスカしながらも首を振る。
「いいよ。女の子にそんな事させられないもん!こう言う力仕事は男の仕事なんだからね!」
「変な所で男らしいよね君は。……僕だって、もしかしたら君が勘違いしているんじゃないか、とは思っていたんだよ?確かに自分でも男っぽいとは思っていたし。でも、今まで僕の事を知らなかった奴は居無かったから、本当に男と間違えているか、自信が無かったんだよ」
ヤレヤレと頭を振り、翼が呆れ気味に言う。昨日からもう何度、この言い訳をした事か。
「様子を見て本当に間違えているなら、ちゃんと説明しようと思っていたんだけどさ、何かこう……タイミングが無くて、つい言いそびれちゃったんだ。騙すつもりなんて無かったよ?」
「それにしても酷過ぎるよ!あ、あんなペタペタ触ってきてさ……男だとばかり思っていたから、僕は自分が変な趣味に目覚めたんじゃないかと、本気で悩んだんだよ?」
「変な趣味?」
「だ、だって、男だとしても翼君は格好良いしさ……じゃなくて!とにかく僕は怒ったからね!今更だけど、最初の頃、皆が僕を女だと思っていた理由がようやく解ったよ。『女の子』同士でしか話をしない君が、男の僕と楽しそうに話しをしていたら、皆僕が女だと思うよね!全くさ、全部最初から、みんな君のせいだったんじゃないか!」
「本当にしつこいな君は。こんなに謝っているじゃないか。大体、酷いはこっちの台詞だよ」
何度謝っても納得しない様子の慶志朗に翼はとうとうムクれてしまう。
「確かに僕は男みたいな顔だ。口調だって女の子らしくは無い。それは認める。でも、それにしたって胸を揉むまで気が付かないだなんて、幾らなんでも酷過ぎるだろう?しかも何度も揉んでさ。結構なショックだよ」
拗ねた口調で言う翼に、慶志朗はビシッと固まり、ダラダラと奇妙な汗を流す。
「それに……確かに胸は無いよ。服装も男っぽいとも思うし、スカートは似合わないから履かない。でも普段僕が着ているのは全部女性ブランドだし、良く話す子は皆女子だよ?それで気が付かないって言うのは酷過ぎる。コレはハッキリ言って屈辱だ。一生のトラウマ物だ。もっと直接的に言えば、君の事を見損なったよ。女の僕に対して随分な仕打ちだよ、これは?」
ムスッと半眼で睨む翼に、慶志朗は青ざめ、奇妙な汗を盛大に垂らしながら、
「そそそそれは!ぼぼぼぼくはファッションに疎いし、胸だってワザとじゃないんだよ!」
ヘドロモドロになりつつ、ワタワタと言う慶志朗に、翼はジットリとした視線を投げ続けたが、やがてクスリと笑うと表情を和らげる。
「嘘だよ。本当は見直したんだ、君の事」
「えっ?」
突然言われ、困惑する慶志朗に、翼は柔らかな笑みを浮かべフェンスから離れると、ゆっくりとした足取りで慶志朗に近付く。
「普段は臆病な君が、僕の為にワザワザ駆けつけてくれるなんて、考えてもいなかった。だってそうだろう?君は《無能》者で、僕は《超人》だ。《超人》同士の闘いの間に入ってくる《無能》者なんて居る筈が無い。でも君は来てくれた」
ゆっくりと近寄り、固まっている慶志朗の顔に手を伸ばす。髪型は普段通りのボサボサ、顔にはトレードマークの野暮ったい眼鏡が掛けられている。お世辞にもハンサムと呼べない。
「それだけじゃなく、君は《能力》を暴走させた僕を助けてくれた。《能力》を持たない君がだ。そして、僕の代わりに東奥君と戦ってまでくれた……嬉しかったよ。僕は今まで、学年一位の《超人》だ、って煽てられていたから……誰かを助ける事は有っても、助けられた事なんて一度も無かった。初めてだよ、人に守られたのは」
だけど翼は知っている。この野暮ったい眼鏡の下に、どれだけ澄んだ瞳が隠されているかを。学園の皆が《無能》と蔑むこの少年が、どれだけ勇敢で――冷酷かを。
「皆が君を《無能》と呼ぶけれど……僕は知っている。君は《超人》さ。僕を助けられる《無能》者なんて居ない。だから、君は僕にとっては《超人》さ。僕だけの……《超人》だよ」
「翼君……」
慈しむ様な翼の眼差しに、慶志朗は吸い込まれそうになる。ついさっきまで騙されたと怒っていたが、この学園で一番認めて欲しかった人物にここまで言われて嬉しくない訳が無い。
暫く、二人とも無言で見詰め合っていたが、どちらからともなく顔が近付いて行き、やがて唇同士が重なり――
「はーい、ストップ。そこまでです」
重なり合う瞬間、にゅっと横から白魚の様な手が伸びムンズと慶志朗の唇を抑える。慌てて慶志朗が其方に目をやると、理瀞が不機嫌な顔で立っていた。
「全く、油断も隙も有りませんわ。私抜きで何を盛り上っているのですか」
グイッと彼の顔を翼から引きはがしつつ、理瀞が不愉快そうに眉を顰めるのを、慶志朗は血の気の引いた顔で見つめる。彼女は傍から見ても解る程に翼に執着している。そんな彼女にこの状況を目撃されると言うのは非常にマズい。
(や、ヤバイ!こ、殺されるよ!だって理瀞さんはレ……)
青ざめた顔で考えていると――理瀞はジロリと半眼で睨む。慶志朗では無く翼の方を。
「もう、折角良い所だったのに……何で邪魔をするんだい、理瀞さん」
「私は翼さんの事は大好きですわ。ですが、それでも譲れない物があるのです」
そう言ってビシッと翼を指差す。
「慶志朗様が助けに来てくれたのは私の方です。勘違いしてはいけません。あの混乱の最中、《白銀》に跳ね飛ばされた所を抱き止めていただいたのですからね」
ワザとらしく《白銀》と強調し、慶志朗の方に振り返ると上品な笑みを浮かべる。
「え……?あ、あれ?な、何これ?静野さんが僕の名前をちゃんと呼んでいる?しかも様って……何時もヘタレって呼ぶし、翼君に近寄ると睨まれる筈なのに……?」
不思議そうな顔の慶志朗に、理瀞は口元に手をやりつつ、
「そんな他人行儀な呼び方では無く、理瀞とお呼びください。貴方は私の命の恩人ですもの、礼を尽くすのは当然です。静野家の人間は、恩を仇で返すような真似は致しません」
「驚いたな……男嫌いの理瀞さんが名前で呼んでくれだなんて。一体どうしたんだい?」
「男嫌いとは人聞きが悪いですね。私は単に殿方が苦手で女性同士の付き合いの方が好きなだけです。男嫌いではありません」
「……それってやっぱりユリ……」
思わず口にしそうになり、慶志朗は慌てて口を押さえる。何時もなら「黙りなさいヘタレが!」と睨まれる筈なのに――何故か、今は微かに頬を赤らめて視線を逸らしている。
「それは勘違いです。単に慕うだけの価値のある殿方が居無かっただけですわ」
そう言うと、理瀞は慶志朗に向き直り、彼の両手を取ると真直ぐに見詰める。
「貴方は慕うに値する方です。貴方は、あの方の息子なのですから。私は幼い頃、貴方の父上に命を救われた事があります。そして昨日、貴方に助けていただきました。親子二代で私を助けてくれるなど……これは運命ですわ。そうとしか考えられません」
「なんだって……慶志朗君が理瀞さんの『白馬の王子様』の息子だって?勘違いじゃないかい?だって、君を助けたのは《超人》なのだろう?慶志朗君は《無能》者だよ?」
夢見る乙女の様な顔で慶志朗に詰め寄る理瀞に、翼が慌てて言うが、
「間違い有りません。昨日の慶志朗様の身のこなしは、正にあの方と瓜二つでしたもの」
「そう言えば……《能力》無しで《超人》に勝てるんだったっけ、その人……」
「はい。そう言う訳でこの方は私の恩人です。翼さんと言えど、不埒な真似はさせませんわ」
「待った!何を言っているんだい?慶志朗君は僕の恩人だ。僕の為に闘ってくれたんだ。理瀞さんの事はついでで助けたに過ぎない。そうだろう、慶志朗君?」
「違います。この方は女性をとても大事に扱うお方。女性と認識されていなかった翼さんこそ、ついでに助けていただけたのですわ。そうですよね、慶志朗様」
二人がずずいっ!と慶志朗に詰め寄り、互いに真剣な表情で見つめて来る。
(あれ……何これ?一体……何がどうなってんの?知らない間にすんげえピンチじゃない?)
ハンサムだが実は女だった翼と、美人だが実はとても腹黒く恐ろしい理瀞の二人に挟まれ、慶志朗は再びダラダラと奇妙な汗を流す。もう『汗』では無く『汁』と呼んだ方が相応しい位だ。そんな奇妙汁にまみれながら、何故こんな事になっているんだと自問する。
「大体、理瀞さんは慶志朗君に興味が無かった筈だろ?僕は最初から彼に興味を持っていたんだ。今更、恩人だの何だのと言った所で、君に譲る訳にはいかないよ」
「あら、早ければ良いという物ではないです。それに、慶志朗様は私の方に異性としての魅力を感じていたご様子。昨日、ようやく女性と認識された翼さんには譲れませんわ」
互いに言うと、ギンッ!と睨み合う。
(どどどうしよう!何だか良く解らないけど……とてつもなくやばい状況だよね、これは!)
《能力》と言う、圧倒的な力を持つ十人もの《超人》に立ち向かい、何の《能力》も使わずにそれを退け、《超人》の中でも二番目に強いとされる《超人》とも戦い、これに勝った。
彼は《無能》だが、忍者としての《能力》を持っているとも言われた。
だが、正直自分が忍者だとはコレっぽっちも思っていない。それでも、最も認めて欲しかった『最強の超人』から認められた。これ以降彼は三黒須で最強の『無能の超人』として周囲に認知される事になる。
そんな最強の『無能の超人』が今、全く自覚せぬままに生涯最高のピンチを迎えていた。困り果てた彼は、ギュッと眼を瞑って意を固めると、カッと眼を見開く。そして――
クルリと背を向けて、スタコラと逃げ出した。
「ちょ、ちょっと慶志朗君?何処行くんだい!僕か理瀞さんか、ちゃんと決めてくれないか」
逃げる背中に、翼が声を掛けてくる。だが、慶志朗は振り返らず、必死の形相で、
「無理!僕は今のこの状況がサッパリ解らない!だからなーんも決められない!」
彼が本当に忍者かどうか解らない。本人が否定しているのだから。そうでもあるし、そうでもないかもしれない。だがハッキリしている事は一つだけある。それは……
――結局、ヘタレはヘタレのままだったと言う事――
終




