決戦
ストーリー自体は次回でラストです。
東奥と慶志朗は互いに向き合ったまま、グラウンドの柱の仕掛けが出ていない場所まで移動すると、ジッと睨みあった。翼と理瀞は離れた所で静かに事の成り行きを見守っている。
「……今度も開始の合図は無しでいいのかな?」
「必要ねえだろ?上品に合図を待つなんざ、今は無粋ってもんだろうがよ」
「確かに。ならば、早速始めようか」
そういうと、慶志朗は左右の腰にさした剣の左側の方を引き抜く。抜かれたのは日本刀で在りながら反りの無い片刃の直刀。忍者刀と呼ばれるシンプルな作りの刀だった。
「ヘッ……小道具類はやっぱそれっぽいじゃねえか。しかし……なんだよこりゃぁ?ここにきても、相変わらずソレなのかよ?」
忍者刀を構える慶志朗の姿を見て、東奥は呆れた様にぼやく。
慶志朗の構えは初めて試合した時と全く同じ、両足を大きく広げて上体を倒れる寸前まで前に突き出した、見事な逃げ腰だった。両手で握った刀の切先は地面につきそうな位だ。
「ったく、アホらしい。K46とやらでも期待ハズレのままか、テメエはよ」
バカバカしいと頭を振り、初めての時と同じく、東奥は手に《空圧》を生み出す。それを慶志朗に撃ち込もうとし――
「……あん?」
無様な逃げ腰の慶志朗に、意外と隙が無い事に気が付き眉を潜めた。
極端に前に体を倒しているため、対峙している東奥から見える慶志朗の体面積は極端に少なく、地面スレスレに構えた刀は、大きく踏み出している足を隠す様にガードしている。
「……おいおい……こいつはまさか……」
ようやく、この構えが意味するところに東奥は気が付いた。ヘッピリ腰などでは無い。極端な前傾姿勢だ。予め全身を傾ける事で、最初の踏み込みを早める為の姿勢だ。
東奥はそれに気が付くのが遅すぎた。逃げ腰だと思い込み、何の警戒も無く無造作に《空圧》を放つ動作に入っていた。その隙を逃さず、慶志朗が一気に踏み込んだ。
まるで弾丸の様な勢いで、低い姿勢のまま東奥に向かって走り込む。
「チッ……早ぇじゃねえかヘタレ!」
東奥は短く舌打ちし、瞬時に《空圧》の照準位置を修正し、地面スレスレを滑る様に向かってくる慶志朗の目の前に向けて撃ち込む。
《空圧》が地面に着弾する瞬間、慶志朗は低い姿勢から一気に高く跳びあがる。直後、炸裂した《空圧》によって生み出された衝撃波により、慶志朗の体が高く跳ねあげられる。
その光景は、まるで初めての試合の時の完全な再現だ。だが、一つ違うのは――生身で在った試合の時と違い、今の慶志朗は衝撃を抑える事が出来る『鎧』を身につけている点だ。
「こ、この野郎……俺の《空圧》を利用して高く跳んだだぁ?まさか……あん時もコレを狙ってやがったってのか!」
《空圧》は、重たい鎧を着込んだ慶志朗の体も易々と宙高く舞いあげる。
「だが……『ソコ』はテメエには不利な位置だろうが、ばぁか!」
《能力》を持たない人間にとって、空中は極めて不利な場所だ。姿勢を変える事が出来ず、逃げようが無いのだから。だから東奥は空高く舞い上がった慶志朗目がけて新たな《空圧》を撃ち込もうと手を突き出す。が、何故か唐突に後頭部が疼いた。
(そうだ……あの時……ヘタレは飛ばされながらも……)
それと同時に、空中の慶志朗が右手を刀から放し、鎧の表面をサッと撫で――
「うおっ!」
東奥は《空圧》を撃ち込む動作を中断し、その場から大きく飛び退く。直後にザクザクッと、先程まで彼が立っていた地面に、何かが突き立つ。柄尻にリングの付いた先が膨らんだ棒状の刃物。慶志朗の鎧に無数に取り付けられた棒手裏剣だ。
「やっぱ、その体勢でも平気で投げてきやがるのか……中々鬱陶しい野郎だ!」
ギリッと奥歯を噛締め、東奥が忌々しそうに吐き捨てる中、《空圧》を利用して大きく東奥を飛び越えた形の慶志朗が地面に着地する。
着地と同時に――慶志朗は振り向く事無く、先程移動したばかりの地面から柱が飛び出した場所に向かって走り出した。
「ってマテコラ!またいきなり逃げ出すんじゃねえよヘタレ野郎!」
襟首に巻いた真紅のマフラーをなびかせ、スタコラと柱群に向けて逃げ出した慶志朗に、東奥は思わず怒鳴り、手に《空圧》を生み出して次々と撃ち込む。
「ハッハッハ。男は決して振り向かないのだよ。何時でも何処でも前に向かって突き進む。障害が在れば乗り越えて進む。俺を止める事が出来なかった君の落ち度だよ、東奥君。と言う訳で乗り越えた後は置いて行かせてもらう。悔しかったら追い付いて見せろ」
「この……全然格好良くねえぞヘタレ!セコイだけじゃねえか!」
背後から撃ち込まれる《空圧》を、振り替える事無くヒラヒラと避けつつそんな事を言う慶志朗に、東奥は益々ムキになり、《空圧》を連射する。
それを相変わらずヒラヒラと避けながら柱に近付くと、慶志朗は右手を軽く振る。
すると、右手甲の隙間から短いハンドルの様な物が飛び出し、右掌に収まる。それを握ったまま右腕全体を伸ばし、柱の頂上を指示す。次の瞬間――
『バシュッ』と空気が抜ける様な音がし、右手甲の隙間から細い糸の様な物が一直線に柱の頂上に向かって飛び出した。
糸の先端が頂上に到達すると、慶志朗は右手をまるで釣人がヒットした時にやる様な、当りをつける様に右手を引き、続けて掌の中のハンドルを握りしめると、彼の体が糸に引っ張られる様に、一気に柱の頂上に向かって飛び上がった。
「ワ、ワイヤーアクション……?ワイヤーガンまで鎧に仕込んでやがるのか!」
特撮映画のヒーローの様に、一気に数メートルの距離をワイヤーで移動した慶志朗に、東奥は思わず《空圧》を撃ち込むのを止めてしまう。
「流石に《超人》相手に平地で戦うのは不利でね。かといって最初からココを戦場にしたのでは、君が警戒するからな。少々廻りくどい方法をとらせてもらった」
柱の頂上で、刀を一旦収め尊大な仕草で腕を組んだ慶志朗が言う。月を背に、夜風にマフラーをなびかせるその姿は自信に溢れており、何時ものオドオドとした印象は欠片も無い。
「ビックリ人間みてぇなヘタレだな、テメエは。……オモしれえ……小手先にしたってこれだけ色々とやってくれりゃぁ、見世物としては上等だ。だがよ……」
東奥はギシッと軋む様な笑みを浮かべ、頭上の慶志朗を睨みつける。
「《無能》が《超人》様を見下してるってな、許せねえなぁ!」
「ドンッ」と爆発する様な音と共に東奥の体が空高く舞い上がる。足の裏に《空圧》を生み出し、衝撃波を利用して飛び上がったのだった。
普段東奥が《空圧》を掌に生み出しているのは、狙いがつけやすいからだ。手にしか生み出せない訳ではない。実際、翼との私闘の際には肘や膝に生み出していた。だが、そこでは打ち出すのに向かず、直接叩きつける場合にのみ使用している。足の裏の場合は、今の様に跳躍距離を稼ぐときにはもってこいの場所だ。
「フム……空中は姿勢を変えられないから不利だというのが普通の場合なんだが……」
自分に向かって飛んでくる東奥を見下ろしながら、慶志朗は平然と呟く。
「ハハハハハ!《超人》を《無能》と一緒に考えるんじゃねえよ、ボケ!姿勢なんざ幾らでも変えられる。《能力》がネエ《無能》と同じにスンな!」
慶志朗と同じ高さまで飛び上がった東奥は、背中に《空圧》を生み出し、一気に破裂させるとまるで飛び蹴りをする様に軌道を変え、突っ込んでいく。
「流石《超人》……と言いたい所だが、空中を移動出来るのは何も君達の専売特許と言う訳でもあるまい。『その程度』ならば《能力》が無くても出来る」
トンッと、柱の頂上から飛び退き東奥の突進をかわした慶志朗の体は、重力に従い落下する。が、その途中右手を動かし別の柱にワイヤーを飛ばすと、その柱を支点に振り子の様に軌道を変え、他の柱の上場に飛び移る。
「……イイねえ……ようやく忍者らしい動きになったじゃねえか。まさかヘタレ相手に空中戦をやる羽目になるとは思わなかったぜ、《無能》」
「《超人》と言うのは、少々《能力》に頼り過ぎだな。君達に出来る事が俺に出来ないと思い込むのは、悪いが過信と言う物だよ、《能力者》」
離れた柱の頂上で、二人は互いに睨みあう。
「それから……俺は忍者では無い。『焔』だ。そんないもしない連中と一緒にするな」
「ウルセエってんだヘタレ。手裏剣や鍵縄まで使っておいて戯言ぬかしてんじゃネぇぞ!」
吠える様に怒鳴ると、東奥は再び足に《空圧》を生み出し慶志朗に向かって飛び出した。
「凄いな……あの東奥君と互角に戦えているじゃないか……これ程とは思わなかった」
グラウンドの片隅に乱立する柱の上で、東奥が《空圧》で移動すればワイヤーを使って高速移動し、二人が交差する瞬間には腰の忍者刀を抜き放ち、距離が離れ《空圧》を撃ち込まれれば棒手裏剣で応戦する二人の攻防を目の当たりにし、翼は茫然と呟く。傍らの理瀞も、信じられないと言った様子で戦いを見守っている。
二人の傍らには、慶志朗達が公舎内に移動している間に東奥が助け出したのか、柱の出現で気を失った《超人》達が横たえられている。
「信じられません……《無能》でヘタレさんの『あの方』が、いきなり学年三位の《超人》と渡り合うなど……普段はヘタレなフリをして私達を欺いてたという事なのでしょうか?」
二人の攻防を遠巻きに眺めながら、理瀞が茫然と呟くのに、翼は薄い笑みを浮かべ、
「そうじゃないよ。見落としていただけだよ、僕達が。慶志朗君自身はたぶん特別な事をしているつもりはコレっぽっちも無い筈さ」
「何の話をされているのです?先程も妙な事を言っていましたが、あれは一体……?」
不思議な顔で聞いてくる理瀞に、翼は慶志朗が普段重り付きの服を着こんで生活をしていた事を教える。すると、彼女は眼を丸くし、呆れた様に呟く。
「まさか……本当にそんな馬鹿な事を?だから一分も持たないで負けていたという訳ですか?だから遠距離走で三時間もかかると?何でそんな意味の無い事を……」
「違う。そうじゃないんだよ理瀞さん。確かに試合は一分も持たない。遠距離走は四十キロの山道に三時間も掛る。でもね、重りを抜きに考えても……これがどれだけ凄い事か僕達は見落としていたんだ。《超人》であるが故にね」
「……何が凄いと言うのです?一般課の生徒でも、もう少しマシな記録をだせるでしょう」
「そうだよ、理瀞さん。一般課の《超人》と『少し』しか変わらない成績なんだよ、これは」
「え?」
「慶志朗君は《無能》者だよ?よく考えて。《無能》、いや、ただの人間が《超人》と試合して、何で一分近くも持つんだい?それに普通の人間がフルマラソンをどれ位のタイムで走れるのか知ってる?平均的なプロで二時間半前後、一位になれる人でも二時間一五分とかだよ。しかも普通のコースで。四〇キロの山道を、マラソン選手でもない慶志朗君が三時間だよ?」
「……あっ!」
理瀞もようやくそこに気が付く。《超人》は、一般課の生徒でも、常人に勝る身体能力を持つ。その上、普通の人間には無い力、《能力》がある。しかも、理瀞達のクラスは特別育成課だ。数多い《超人》の中で、更に選りすぐりの強力な《能力者》が犇めきあっている学課だ。
――ただの人間が一分も持つ筈がないのだ――本来ならば。
――三時間で済むわけがないのだ――ただの人間なら。
「そうですわ……普通ならば数秒で決着が着く筈です。そもそも一般人には《能力》を防ぎ様が無いのですから……避けるにしても、それが可能なのは《超人》に近い反射神経と動態視力が無ければ不可能の筈……まさか、あの方は……!」
「しかも慶志朗君は、重り付きの服でそれだけやって見せてる。つまり身体能力的には《超人》と同等だって事になる。でなければ一分近く《超人》の攻撃を避けれる筈がないからね」
これが、翼が慶志朗に感じていた違和感の正体だ。
実際今の戦いにおいて、慶志朗は《能力》を一切使っていない。否、持っていない。それなのに、二人の目の前で繰り広げられている戦いは、互角であると映っている。
その事に、理瀞が改めて戦慄を覚えていると、翼は皮肉気に唇を歪める。
「もっと早く気が付くべきだった。彼が、僕達《超人》と、《能力》が使える以外は大差無いと感じていたその理由に。確かにこれだけの身体能力があるならそう感じて当然だよ」
一般的に《超人》は、常人よりも二割から三割程、高い身体能力を持つとされている。だが大きく人間の枠からはみ出す程では無い。
それは裏を返せば、徹底的に鍛え上げた人間ならば、肉体的に《超人》と大差無いレベルになれると言う事に他ならない。無論、容易な事では無い。だがこの程度の身体能力はただの人間であっても、稀に発揮する事が出来る者が存在する。だが、そんな人間が目立たない訳が無い。必ず周囲の注目を集める存在となる筈だ。
「僕も騙されていたよ……あの時、慶志朗君はこう言ったじゃないか。『平凡で代わり映えのしない人生を望んでいた』と。今考えれば……これっておかしな話じだよね。本当に平凡なら、わざわざ望む必要が何処にあるって言うんだい?」
慶志朗が本当に忍者だというのなら、全て納得が行く。――自覚の無い忍者――これ程自らの異常さを隠し周囲に溶け込める隠蔽術は無いだろう。
そんな事を平気な顔をしてやってのけられる人間が平凡な訳が無い。そんな人間は、世間では概ねこう呼び称される。天才、と。或いは――
「何が平凡なものか……慶志朗君は人間のレベルから見たら十分『化物』だったって事さ。しかも一般人の平均的なレベルに無意識の内に合わせる事が出来る、極めつけの『化物』さ」
その化物は今、重たい鎧を着たまま軽やかに空中を移動し、《空圧》を使って自在に宙を駆け回る東奥と対等にわたり合っていた。




