K-46
一方――宙に放り投げられた翼にも、慶志朗が投げた物は見えていた。
「投げナイフ?いや……あの形だとクナイか……ま、まさかこのリングは全部?」
再び慶志朗に運ばれつつ、翼が鎧に付けられたリングの一つに手を伸ばす。軽く引くとあっさりリングは外れる。が、出てきたのは先程と似ているが刃の形状が違う物だった。
こちらは先程よりも棒の部分――握りと思われる部分が短く、刃先部分が先端の方が太くなっており、固い物にも突き刺さりやすい形状である事が見て取れる。
「さっきのクナイとは別だ。これは……手裏剣ってやつか……?も、もしかして……」
翼は引き抜いたクナイを元の場所に戻すと、今度は胸の抱えられている脇付近に付いていたリングを引き抜いてみた。出てきたのは、リングから直接三日月状の刃物が伸びた、小型ブーメランに近い形状の物だった。
形状から見るに、これらは棒手裏剣に分類される刃物だろう。
「まさか……!これ全部、用途によって種類が違う刃物が入っているのか!」
次々と抜いて見るが、肩や腰と言った、納まっているリングの部位でそれぞれ形状が異なり、かなりの多様な刃物が用意されていることが悟れた。と――
「勝手に抜かないでくれ翼君。刃先に微量だが麻痺薬が塗布してある。下手に触ると危険だ」
こちらを見ていない筈の慶志朗に言われて、翼は慌てて刃物――棒手裏剣を元に戻す。
そうこうしている間に、翼と理瀞を抱えた慶志朗はグラウンドの隅に設置されていた、散水機の一つに辿り着く。到着すると同時に抱えていた二人を地面に下ろした。
「ふむ。流石《超人》だ。もう閃光弾の影響から脱しているとは」
「これから一体どうする気だい?僕はまだ《白銀》を使える程回復してないよ」
先程の暴走は、それ程翼の身体に負担を与えていた。また、使える程に回復していたとしても、まだ《強化》の《能力者》は健在で、下手に使えばまた暴走しかねない。頼みの綱は理瀞だが、彼女は先程から茫然とした様子でずっと慶志朗の顔を眺めているだけだ。
追って来るのは九人の《超人》。マトモに戦えるのは《無能》の慶志朗のみ。割と絶望的な戦力差の筈だが、当の慶志朗は不敵にニヤリと笑って見せる。
「どうするかって?こうするんだ」
そう言うと散水機の蓋を開き、中のバルブを操作する。この散水機は夏場の砂埃を抑える為の物で、中等科にも同様の物が設置されており、翼も何度か使った事があった。
しかし翼の記憶の中では、こんな所にバルブなど付いていなかった筈だ。訝し気に眺めている翼の眼の前で、バルブを操作し終えた慶志朗は蓋を閉めると放水弁を勢いよく捻った。
「ちょっ!ホースを伸ばさないで水を出したりしたら!」
翼が慌てて止めようとするよりも早く。
グラウンドの真ん中の地面から、太い柱の様な物が凄まじい勢いで飛び出してくる。一本では無く、グラウンドの至る所から数十本もの柱が。何本かの柱はロープで繋がっている。
「ぬあぁぁぁっぁっ?」
「うおぉぉぉぉぉっ!」
せり上がった柱は、グラウンドを横切って慶志朗達を追い掛けて来た《超人》達を直撃する。全く予想していなかった柱の登場に、ある者は下から突き上げられ、ある者は正面から衝突し、ある者は柱の間に結えられたロープに絡めとられ、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「なっ……なんだこれは……こんな装置が在ったなんて聞いた事が無いぞ!」
眼の前で、半ば錯乱状態に陥っている《超人》達を、翼は茫然として見ていると、
「流石《超人》仕様の水圧ジャッキ。こんなに早く仕掛けが作動するとは思わなかった」
泰然と腕を組みつつ慶志朗が満足そうに頷いたので、翼はハッとして振り返る。
「まさか!これは君の仕業か?一体どうやってこんな物を……!」
「暇だったから日曜大工で作ってみただけだ。まさか使う事になるとは思わなかったがね」
「にっ……!日曜大工って……そんなレベルを超えているだろうコレは!」
こんな大掛かりな仕掛けを日曜大工と言い切る慶志朗に、空恐ろしさを感じて翼はタラリと一筋、冷たい汗を流す。
「おっと……やはり《超人》だな。思っていたよりも数を減らせていないか」
グラウンドを眺めていた慶志朗が独り言の様に呟く。四人程の《超人》が柱の仕掛けによって気絶、或いは身動きが取れなくなっていたが、残る五人は皆、眼に殺気だった物を宿して散水機の横にいる慶志朗目掛けて再び走りだそうとしていた。
「二人共、今度は自分で走れるか?」
「え?あ、ああ、もうその程度には体力が戻っているけれど……理瀞さんは?」
「……私も、もう大丈夫です」
翼が尋ねると、理瀞は未だボーッとした面持ちで慶志朗の顔を見ていたが、ハッキリと言う。その答えに慶志朗は頷くと、
「では二人共、余り俺から離れない様に付いてきてくれ。校舎内まで移動するぞ」
言うが早いが、慶志朗は教育棟目掛けて再び走り出した。重そうな鎧を着ているにも関わらず、その速度はともすれば普段よりも早くすら感じられる。
「そうか……例の『ダンディの条件』は、あの鎧を着こなす為のものだったのか……」
慶志朗に続いて走り出した翼は、その事に気が付き小さくつぶやく。
「先程の言葉……あの仕草……これではまるであの方の様ですわ……」
並んで走りだした理瀞も、小さくそんな言葉を口にする。
互いの呟きに、思わず「え?」と言って顔を見合わせる。
「それってどう言う意味、理瀞さん?」
「翼さん、ダンディの条件とは何です?」
思わず同時に聞き返していると、
「何をしている?急がないと追いつかれるぞ二人共」
先行する慶志朗が顔だけ振り向き、速度を落とさず言ってくる。
「あ、ゴメン」「も、申し訳ありません」
と口ぐちに謝り、全力で慶志朗の後を追う。暫く追いかける内、先行する慶志朗と追いかける二人の距離が全然詰らない事に理瀞が気付く。
「そんな馬鹿な……私が……《超人》が《無能》に追いつけないだなんて!」
驚愕に目を見張る理瀞。確かに今の理瀞は《能力》の補助無しで自力で走っている。それでも、追いつけない事はあり得ない。彼女は《超人》なのだから。
自身の身体能力だけでも、理瀞は《無能》の慶志朗を大きく上回っている。その筈だ。なのに、今は一向に追いつけない。
「自ら平凡と称する程、これと言った取り柄の無いただの《無能》だった筈……いきなりこれ程の運動能力を見せるなど、一体何がどうなっているのです?まさか、あの鎧みたいな物に身体能力を引き上げる力があるとでもいうのでしょうか?」
「まさか。あれはただの防御用装備さ。携行武器のホルダーとしても機能しているようだけど、ただそれだけだよ。パワードスーツみたいな物なんかじゃないさ。それに……」
理瀞と並んで走る翼は、顔に薄い笑みを浮かべる。
「いきなりでもない。最初からこれ位の運動能力を見せていたんだよ。単純に僕達が見落としていただけさ。慶志朗君が《無能》だと言うだけで、気がつこうとしなかっただけだよ」
「一体……何の話をしているのです?」
言葉の意味が解らず、不思議そうに聞き返して来る理瀞に、翼が答え様とするよりも早く。
前を走っていた慶志朗が教育棟の一階非常口に辿り着き、立ち止まる。
やや遅れて翼と理瀞が彼の元に辿り着くと、慶志朗は懐を漁り、先程二人から回収したトレードマークのダサい黒ブチ眼鏡を一つ取り出していた。
「何で今更そんな物を……?」
慶志朗の手元を覗き込み、翼が不思議そうな顔で聞く。先程掛けさせられたお陰でこの眼鏡が伊達眼鏡だという事は知っている。遮光グラスが仕込んである事も知った。だが、今は全く必要のない物の筈だ。
「だから、何度も言っているだろう翼君。この眼鏡は便利でお洒落なのだよ」
不敵に笑いつつ、慶志朗は手にした眼鏡の耳掛けの部分を掴むと軽く捻る。すると耳掛けはあっさりとツルから外れ、『中身』が引き抜かれる。
出て来たのは先端が逆L字型の細長い金属棒だった。それをさらに上下に引っ張ると、逆L字棒は二本になった。
その二本の金属棒を、目の前のドアノブの鍵穴に突っ込み、何やら中を探り出す。
唐突な行動に、目を丸くする翼と理瀞を余所に、慶志朗は手を細かく動かしつつ、
「ふむ……ここのドアも美○ロックのディスクシリンダーか。まだこれを現役で使っているというのは、《超人学園》とは言えいささか不用心だな」
そう呟くと同時に、ドアから『ガチャッ』と解錠された音が響く。鍵穴から金属棒を引き抜くと、慶志朗はドアノブに手を掛ける。果して――あっさりとドアは開いてしまった。時間にして僅か数秒の出来事だ。
「解錠セットだって……?そんな物までその眼鏡に……まるでスパイみたいじゃないか……」
「そ、それよりも!ピッキングしましたよ、今!しかもこんなにも鮮やかに……!」
「別に驚くほどの事は無い。こんな古い施錠では開けて下さいと言っているような物だ」
ディスクシリンダーは九十年代まで日本で広く使われていた鍵だが、当時構造図解本や解錠ツールが広く出回ってしまったため、今では滅多にお目にかかれる代物ではない。重要な場所は《能力》を使った特殊なロックを掛けてある三黒須学園ならではで、たいして重要では無い個所は既存の物で済ませるという性質が、この場合裏目に出ている。
「い、いや、そもそも何で君がそんな技術を持っているかって話なんだけど……」
「鍵開けは男の嗜みだぜ翼君」
クルクルと指先で金属棒を回し、眼鏡の元の部分に気障な仕草で戻しながら言う慶志朗を、翼と理瀞は胡散臭い物をみる様な目で見る。
「……本当にコレで演技なのかな……?」
「ええ……どうにも、中身の人格ごと変わっているようにしか見えません」
普段の彼からは想像もできない端正な顔立ちと優雅な仕草は、ともすれば、今までの慶志朗の姿こそ演技だったのでは無いかと思えるほど、自然でありサマになっていた。
二人が唖然と見守る中、慶志朗は鍵を開けたドアから中に滑り込む。
「……これは……ついて行った方が良いのでしょうか……?」
「ここまで来たら、もう行くしか無いんじゃないかな?」
翼と理瀞は互いに顔を見合わせ、どちらかとも無く肩を竦めると、慶志朗の後に続いてドアを潜って無人の公舎内へ足を踏み入れて行った。
「あ、ありえん……グラウンドにあんな仕掛けが施されているなど聞いていないぞ!」
宙に浮かぶ被膜に写しだされた光景を、宗則は信じられないと言った様子で茫然と眺める。
被膜の中で慶志朗は翼達を伴い、校舎内に潜り込んでいる。誘われる様に生き残った五人の《超人》達も迷わず校舎内に侵入して行く。その途端――
「ばっ……馬鹿な!校舎内までだと?一体何がどうなっている!」
宗則が凝視している被膜の中で、校舎内に足を踏み入れた《超人》の一人が、直後天井を突き破って落下した木材の下敷きになり身動きが取れなくなってしまう。
《超人》達は突然の出来事に驚きつつも、慶志朗達を追い掛けて廊下を走る。だが――
前を行く慶志朗が、走りながら壁を触ったり床を強く蹴ったりする度に、壁が突然崩れて横から杭が飛び出し、天井からロープで吊るされた鉄骨が唸りを上げて《超人》を襲う。
「ははは、今度の『焔』の仕掛けは凝っているな。電子機器や火薬を使わずにここまでやるとは。原始的な仕掛けなら《超人》でも訓練無しで見抜ける物ではないと良く解っている」
「一体何時の間にこんな仕掛けを……誰にも気が付かれずにどうやって?い、いや、クレメンテならば気が付いた筈だ!この学園の施設は言わば君の肉体だ!なぜ報告しなかった!」
宗則は宙に浮かぶクレメンテを睨みつけて怒鳴る。すると皮膜の中の彼女は淡々と、
「その回答は既にした筈です」
「既にしただと……?何を言っている?」
「私の上位体である学園統括意識体は、『住居の改修に関しては報告無用』と言う指示を、『帆村慶志朗の生活圏内における最適化行動を黙認せよ』と言う指示であると認識しました。私はその認識に基づき『特定住居』である寮に部屋を持たない帆村慶志朗さんの『生活圏内』はプレハブ小屋のある『高等科施設内全体』であると判断。よって高等科施設内の改修作業は全て『住居の修繕』に当たります。従って『指示通り』に黙認しました」
「なっ……ばかな!あの罠の何処が改修作業だ!明らかに修繕行為から逸脱しているではないか!そもそも、何故高等科施設全てを生活圏として判断した!」
平坦な声色で当たり前の様に答える精霊の女性に、宗則は思わず声を荒げて詰問する。それに対して答えたのは、不味そうに煙草を吸いながら、面白く無さそうに笑う磯谷だった。
「彼女を責めるのはお門違いだ。彼女の認識は全て《超人》が基準だ。《能力者》と認定されていない《第三種能力者》の行動は例外事項として判断しても仕方ないだろう。それに罠を施したと言っても《能力》を使わない原始的な物だ。無害だと判断しても不思議は無い」
「こ、これが……《第三種能力者》の《能力》だと?馬鹿な……先代は……私の父は『こんな物』を《能力》として認めて、利用しようと考えていたのか!」
「お前の事だ。《第三種能力者》の《能力》の正体が忍術……つまり、後天的に習得できる技術だと知り、その技術を戦闘能力の低い《超人》に覚えさせ、《超人》の身体能力を活かした忍術部隊を作り上げる、とか、大方その手の事を考えていたのだろう?」
フゥーッと紫煙を吐きだす磯谷の眼の前では、被膜の中の《超人》が、天井から降ってきた網に絡め取られ、慶志朗が投げたクナイによって麻痺させられていた。
「そうです。伝説に聞く忍者の戦闘技術。前回の《第三種能力者》はその技術で、当時無敵の名を欲しいままにしていたと聞きました。ならばその技術を利用しない手は無い。ですが……これはナンセンスだ!私の学園を罠だらけにし、薬物を縫った刃物で戦闘不能にするだけとは!マトモに闘おうとしない、こんな物が《能力》と呼べる筈が無い!」
校舎のそこかしこから現れる原始的ながらも凶悪な仕掛けによって、次々と戦闘不能に陥っていく《超人》達を眺めながら宗則は声を荒げる。その様子を、磯谷は短くなった煙草をスチール製の携帯灰皿にねじ込みつつ、何気ない口調で言う。
「俺も慶司……KGと出会うまでは知らなかったが、忍者の戦闘とは元来あのような物だ。自分のテリトリーを罠で埋め尽くし結界と呼び、薬物や仕掛けを用いて忍術と名を付け、相手が戸惑っている間に無力化する。それが忍者の代表的なスタイルだ。時代劇とは違う」
つい今しがた吸い殻をねじ込んだ形態灰皿を未練がましくジッと見ていた磯谷は、ヒョイと軽く肩を竦め――ごく自然にポケットから煙草を取り出して、また火を付けた。
「入学から一ヶ月……それだけ時間を与えれば、焔の名を持つ者ならば、高等科の施設全てに罠を仕掛ける事が可能だ。しかも、その間じっくりと《超人》の《能力》を観察し、対処できる仕掛けを用意してあるだろう。これで先代があれを《能力》としてヤツだけの物とした理由がわかっただろう?あんな物を教えて、全員が仕掛けをし始めたら……」
その光景を想像してしまい――宗則は顔色を失う。もし本当にそんな事態になってしまったら、制御出来る訳が無い。言葉を失った宗則を磯谷は興味無さそうに眺めた後、
「かくして焔は炎と成りて燃え盛っている訳だ。今の生徒の中に罠に対する知識を持っている者は一人も居ない。見抜き方も解除の仕方も解らない現状で、焔の後継者となった帆村慶志朗は、学園敷地内に限って最強の《超人》だ。どんな《能力》も使う前に罠に掛けられて無力化させられるだろう。だから言ったんだ、アイツに時間を与えてはならん、と」
指に挟んだ煙草をジッと眺め、本数を減らすか一㎜gに変えるか真剣に悩み始めた。
「信じられない……夕方まで、僕達はこの校舎で普通に授業を受けていたんだ。この廊下だって理瀞さんと歩いた。でもこんな仕掛けがしてあったなんて、全然気が付かなかった……」
まるで夢を見ている見たいだ、と、翼は慶志朗の後を追いかけながら、背後で起きている光景を唖然とした思いで眺める。理瀞も、同様の顔でこの状況を見詰めている。
視線の先では、東奥の取り巻き達が慶志朗によって仕掛けられたらしき罠に引っ掛かり《能力》を使う暇も無しにある者は気絶し、ある者はクナイによって麻痺させられている。
「コレで全員か。思っていたよりも時間が掛ったな」
追いかけて来ていた最後の《超人》を、床に設置した粘着剤によって身動きが出来なくなった所にクナイで麻痺させた慶志朗が走るのを止めて言う。
「時間が掛った?十分も経っていないじゃないか……」
慶志朗に習って足を止めた翼が、周囲を見渡しながら呟く。十人も居た《超人》達が、僅かの間に全員戦闘不能にされている。しかも慶志朗は《能力》を使っていない。いや、持っていない。なのに、仕掛けた罠と身に着けた道具だけで、彼らに《能力》を使わせる前に倒してしまった。常識では考えられない事だった。
「準備運動にしては時間が掛った、と言う話だ。これから本命が待っているのだからな」
芝居がかった口調と仕草で慶志朗は言い放ち、入ってきた窓からもう一度外へ出る。淀みない足取りで、無数の柱が飛び出たままのグラウンドにゆっくりと戻る。
そして――深紅のマフラーを夜風になびかせ、気障な仕草でピシッと指を指示す。
「さぁ、望み通りに全員から勝利をもぎ取って来たぞ。コレで文句はあるまい?」
「大ありだボケ……何が勝利だ。罠を撒きまくるわ、刃に塗ったクスリで動けなくするわで、マトモに闘ってねぇじゃんか。こんなもんで俺が納得すると思ってんのか?」
グラウンドの真ん中で、柱の頭頂部に腰掛けた東奥が、腕を組みつつ慶志朗を睨みつける。
「そこに転がっている奴が言っていたけどよ……テメエは忍者なんだろ?最初は嘘クセえと思ってたけどよ……テメエの動きはただの《無能》にしちゃぁ上出来だ。だからよ、忍者の戦闘ってのを期待してたんだけどよ……何だよこりゃぁ?期待はずれも良い所だぜ」
「そうか、言われてみれば……クナイや罠を用いた戦法は確かに忍者だ……成程、君が忍者だというのなら、この豹変ぶりは納得が行く。普段の態度は正体を隠す為だったと言う事か」
東奥の言葉に納得が行った様に頷く翼に、慶志朗は精悍な顔に笑みを浮かべ――
「えっと……何の話?」
ブニャッと顔が崩れ何時もの表情に戻り、キョトンとした顔でカクンと首を傾げた。
「ちょっ……マテや!何でテメエがそこで不思議そうな顔をするんだよ!」
「当り前じゃん。だって今時忍者なんてさ、居る訳無いじゃない?東奥君、頭大丈夫?もう、君が変な事を言うから翼君まで正体を隠すとか、変な事言い出したじゃない!」
余程意表を突かれたのか、口調も態度も元に戻り、呆れた様に東奥の顔を見返す。
「……おいおい、こりゃぁ一体どういうこった?テメエは忍者だろ?だから普段ヘタレのフリして、俺ら《超人》でも引っ掛かる罠をネチッこく仕掛けていたんだろ?さっきのクソキザったらしい態度こそ、テメエの本当の姿なんじゃねえのか!」
そう言いつつも、慶志朗のポカーンとした表情を見る内に、東奥はどんどんと自分の言葉に自信が持てなくなる。
「東奥君……君って、創作と現実を混同する人?二一世紀にもなって忍者が居る訳無いじゃない。何その安っぽいアニメでも無さそうな設定は。ちゃんと現実を見た方がいいよ?」
「だから、その安っぽい設定を素で行っている奴が言うんじゃねえ!何でテメエに哀れっぽい眼で見られなきゃならねえんだよ!」
「うーん……翼君、彼って意外と頭が可愛そうな人?何かさっきから意味不明なんだけど」
困惑しきった表情で聞いてくる慶志朗に、翼は思わず眼を見張り、探る様な眼差しで、
「……慶志朗君……君は忍者なんだろ?だからあんな手の込んだ罠を仕掛けられたんだろ?」
「え?あんな単純な仕掛けなんて子供騙しだよ。忍者じゃなくたって、誰でも出来るよ」
「あれが子供騙し?な、なら、今までの君の態度は!普段と全く違う、何というか堂々としていて男らしく、格好いいあの態度、あの精悍な顔つきこそ、本当の君なんだろう?」
「ん?だからさっきも言ったじゃない。父さんの真似だよ。いやぁ、翼君を助けるんだーって勢い込んで来たのは良いけど、やっぱり《超人》は怖くてさぁ。母さんから、父さんは何時も堂々としていて超イイ男だったって聞いてたから、少しでも近付こうと真似したんだ」
「……じゃ、じゃあ正確に投げながら、致命傷を与えないでクナイを投げる、あの技は?」
「クナイ……?ああ、投げナイフね。技じゃないよ。母さんに『コレが出来れば学芸会で人気が出るぞ』って言われたから練習したんだ。ま、実際は全然ウケなかったんだけどね」
「そ、それなら、あの動きは?あれは君が学んだ武術……忍術の動きなんだろう?」
「アハハ、そんな訳無いじゃない。あれはただのご家庭剣術だよ。何か戦国時代から帆村家に伝わる物らしいんだけど、そう言うのって古い武家一族なら大抵ある物だし、実際にウチの剣術を学んでいる人なんて見た事無いから、まあ、ただの筋トレみたいな物だよ」
「……それも君のお母さんに言われたのかい?」
「うん。でもさ、正直名前がダサくてさー。昔はやるのが嫌だったんだ。だって『焔流暗殺剣術』だよ?小学校の時にクラスメートに言ったらチョー馬鹿にされたんだよねー」
「……暗殺剣……それを学んでいるのかい?小学生の時から?」
「ほら馬鹿にした!だから誰にも言わなかったんだ!自分でも今時ダサいって解ってるし」
プクッと頬を膨らませて拗ねる慶志朗に、質問した翼も、黙って聞いていた東奥も唖然とした顔になる。話を聞く限り、間違い無く慶志朗は忍者としての教育を受けている。気合と努力と根性だけでなく、暗殺剣などと言う物騒な名前の剣術を普通に学んでいるのだから。
「どうしよう理瀞さん……もしかしてとは思っていたけど……慶志朗君は『本物』だよ。『本物』の『天然』だ!本人が気付いて無いとは予想外だ。どうしたらいいと思う?」
翼は、キリキリと油が切れた様な動きで理瀞に困った顔を向ける。だが、理瀞は翼の言葉に答えず、探る様な眼差しを慶志朗に向けたままだった。と――
「ハハハハハハッ!まさか、ここまでやりながら自覚がネエとはよ!テメエが何者か知らねえなんざ、全くヘタレらしいじゃねえか!」
柱に腰掛けたまま、片手で額を抑え、東奥が大声で笑う。
「オモシれえ……翼じゃねえが興味が出て来たぜ。おい、ヘタレ。初めてテメエと試合した時、すっぽ抜けだと思っていた最後の木刀……ありゃあ、狙ってやったんだろ?」
「うん。だって反撃するならあれしか無いじゃん。でも本当に当るとは思わなかったけどね」
あっさりと頷く慶志朗に、東奥は益々声を高らかに笑う。
「ハハハハハハ!イイねぇ、断言しやがったよ!翼、テメエは大したもんだ。こんなオモシれえ《無能》に、最初から気が付いていたんだからよ!この際ヘタレに自覚があるかどうかなんざ関係ねえ!例え《無能》でも忍者なんて骨董品とヤれる機会なんざ、そうネエだろ!」
「僕は忍者なんかじゃないってば」
呆れた顔で言い返してくる慶志朗を無視して、東奥は柱の頂上から飛び降りると、獰猛な笑みを顔に浮かべる。
「だからテメエの自己認識はどうでもいいんだよ。K46……だっけか?いいぜ、決着を付けてやるよ。言っておくが、俺にあんなセコい戦い方が通用すると思うんじゃネエぞ?」
牙を剥きだす様に笑う東奥に慶志朗は一瞬怯み、コソコソと翼の影に隠れようとする。だがK46と呼ばれた途端、ギラリと表情が変わり精悍な顔つきに戻る。
「セコイとは心外だな。機に臨じればこれ変じて応する。それが戦術と言う物だ」
「……ヘッ、本当にコロリと変わりやがったよ……全く奇妙なヘタレだぜ」
初めての練習試合以降の、二人の因縁とも言うべき対決は、こうして始まった。




