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遅れて来た者

 空からの唐突な登場に、翼や東奥は元より、グラウンドの隅にいた取り巻き達までもが言葉を失い、ただ茫然と人影の動きを見守ってしまっていた、

 その人影は翼に背を向けて立ち、顔を確認出来なかったが、人影の腕の中でグッタリしている理瀞の身体と比較して、かなり小柄な人物の様だった。

「誰だ君は?い、いや、それより理瀞さんは無事か?何処か怪我したりしていないか?」

 突然の出来事に、唖然としていた翼が我に返り人影に問い掛けると、

「安心しろ、何処も怪我していない。レディの身を守るのは男として当然の義務だぜ、翼君」

 振り返らず、どこか幼さの残る、だが落ち着いた良く通る声で答えて来た。キザな口調のその声は初めて聞く様で、でも、何処か聞き覚えのある男の声だった。

「それよりも《白銀》を止めてくれないかな?流石にコレは、賑やかに過ぎる状況だ」

 振り向かないまま言って来る男に、翼は反動の苦痛を堪えながら頭を振る。

「ダメだ……《強化》の《能力》のせいで《白銀》が言う事を聞かないんだ……僕の意志に関係無く《白銀》が力を吸い上げてしまっている……止めたくても止められないんだ!」

「大丈夫。《白銀》は君の力だ。君に止められない訳が無い」

 そんな簡単に止められるなら苦労はしない、と翼が答えるより早く、男は、

「君は今、他人によって《強化》された《能力》に驚いて力加減を間違えているだけだ。まずは深呼吸でもして冷静になるんだ。それから《能力》を徐々に絞るんだ」

 優しく諭す様な言葉は、不思議と翼の頭に溶け込んで来る。最初は出来る訳が無いと思ったが、言葉に従い深呼吸し、強引にこじ開けられ吸い出されている《能力》を絞るイメージで、生体プラズマを抑え込んでいく。

「慌てないで、ゆっくりと絞っていくんだ。大丈夫、どんな状態であろうと、今発動しているのは君の《白銀》だ。君の力なんだ。君に制御できない訳がないんだよ」

 男の言葉に従う様に、これまで全く翼の意志を受け付けなかった《白銀》が、徐々に暴れるのを止め、力を失って行く。そして瞬く間に光を失ってあっさりと止まってしまった。

「そうか……僕は《強化》のせいで《能力》の加減を狂わされていたのか……」

 何とか《白銀》の暴走を食い止められた翼だったが、生体プラズマの過度な消費と、反動によって体力を消耗しきってしまい、そのまま地面に倒れ込んでしまう。と、両手で理瀞を抱き上げたままの男が翼の方に静かに近付いてくる。

「要は、君が意識した以上の力を知らない内に《白銀》に注いでいただけって事だよ。気がついてしまえば、単純な事だろう?」

 《白銀》が停止した今、光源は天上に輝く月だけなのだが、それも今は雲に隠れてしまい男の顔は良く見えなかった。しかし、男はリングの飾りが無数に装着された鎧と、両腰に装着された二本の剣と、首元に夜風にそよぐ真紅のマフラーを着けている事だけは見て取れた。

「うぅ……ん………?」

 その時、男の腕の中で気を失っていた理瀞が身動ぎ、薄らと眼を開く。

「理瀞さん!良かった……無事だったんだね」

「翼さん?私は一体……?」

 声に反応し、理瀞が覚醒しきっていない様子で翼の方に目をやろうとして、理瀞は自分が知らない男に抱きかかえられている事に気が付く。

「なっ!だ、誰ですか貴方は!私に気安く触れるなど……!」

 理瀞が慌てて、男の手から逃れようと暴れるよりも早く、

「だから言っただろう、翼君。レディの身を守るのは男の義務だと。怪我などさせるものか」

 男の芝居掛った、キザな台詞を聞いた途端、理瀞は雷に撃たれた様に身体を振るわせる。遥か昔にコレとよく似た状況と台詞に出会った覚えが在ったからだ。

それは今から十年も前だ。暴漢に誘拐されそうになった時、偶然助けてくれた人物が居た。襲われた時の恐怖で震え泣いていた理瀞を、その人物は優しく抱き上げてくれた。今と同じく、両手で抱き上げられ、驚いた顔をした理瀞にその人物は優しく笑い、

『怯えなくていい。素敵なレディを守るのは男の義務なのだよ、お嬢さん』

 男はそう言って、当時まだ幼かった理瀞を、一人前の女性を扱う様に振舞っていた。今、理瀞を抱き上げている男と同じ様に。

「そんな……貴方は……!」

 だが、この男はあの時の人物ではない。記憶の中の彼はもっと背が高かったし、声ももっと成熟した男性の物だった。今、眼の前に居るのはずっと若い男だ。

 理瀞が茫然と男の顔を眺めていると、男の着ている鎧の左肩に、英文字と数字が刻み込まれている事に気がついた。

倒れたままの翼も左肩の文字に気が付き、マジマジと見詰める。

K46。それが左肩に大きく刻まれた文字だった。最初、二人にはその文字と数字が何を意味するのか解らなかった。だが、理瀞を抱き上げたままの男が、

「悪いな翼君、遅くなった。君には余計な試合をさせて本当にすまない。それに……どうやら静野さんにも迷惑を掛けた様だね」

 その言葉でこの男が誰か直に解り、翼と理瀞は驚愕の表情になる。

「まさか……!」

 答えが解ってしまえば、左肩の文字の意味は直に理解出来た。K46。それはごく簡単な当て字でしか無かった。その意味する所は即ち――

「慶志朗君……本当に……君なのか?」

 茫然とした翼の呟きは、唐突に収まった《白銀》に、状況が理解出来ずに訝し気な表情をしていた東奥にも届いていた。

「おいおい……この訳の解らねえ状況はヘタレの仕業だってのか?グライダーなんてゴミは落ちてくるわ、《白銀》は消えちまうわ……折角苦労して翼に本気を出させたってのによ!」

 忌々しそうに東奥が吐き捨てると、男――慶志朗は静かに翼の傍らに跪く。

「なるほど、翼君と本気で戦う為にこの状況を作ったのか。その飽くなき《能力》への向上心は嫌いではない。雄の子と生まれたからには一番を目指すと言うのも理解出来る」

「その声……本当にヘタレかよ!何だそのキザったらしい喋り方は?」

 東奥に背を向け、理瀞の体を、上半身を起こした翼に預けている慶志朗に東奥が呆れた様に言うが、それに答えず背中越しに、

「だが、これは少々ヤリ過ぎだな。東奥、君は『俺』の友達を傷付け過ぎた」

「俺だぁ?随分と強気じゃねえかヘタレ野郎。生憎、テメエにゃ用ねえんだ、消えろやボケ」

「君に無くても俺にはある。この学園では、負けた者が優先で試合を行えるんだろう?」

 ゆっくりと立ち上がり、振り返りながら慶志朗が言う。

「はぁ?ヘタレが何言っちゃってくれてんだよ!試合?おいおい、ありゃぁただの口実だぜ?大体テメエなんかと何度試合した所で結果は変わらねえだろうが!」

 馬鹿にしきった口調で東奥が嘲笑う。と、それまで雲に遮られていた月が覗き、グラウンドに立つ慶志朗の姿を照らし出した。

 照らし出されたのは間違いなく慶志朗だ。だがその姿を見た東奥は一瞬言葉を失ってしまった。彼だけでなく、翼や理瀞、取り巻き達、グラウンドにいた全員が唖然としていた。

「逃げるなよ東奥。俺は君に再戦を申し込んでいるんだ。断らないのがこの学園の『ルール』ってやつなんだろう?」

 トレードマークのダサい黒ブチ眼鏡を外した慶志朗が不敵な笑みを浮かべて言い放つ。

何時も、どこか緩んだような顔付きが、今は精悍に引き締められ、普段はモッサリした髪は丁寧に梳かれて夜風に柔らかくなびき、特に印象の無かった顔が、中性的な印象を与える程整い、墨を流したような流麗な眉に切れ長の瞳で東奥の前に立ちはだかっている。

 悠然とした態度で不敵な笑みを投げかける慶志朗を、東奥は暫く呆然とした後、口を開き、

「誰だテメエはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 思わず大声で叫んでしまっていた。その場にいた慶志朗以外の全員――彼の取り巻きだけでなく、翼や理瀞までも――が大きく頷いていた。

「肩の文字が君には見えないか?K46。それが俺の名だ。『焔』のK46だ」

「うるっせえ!んな何の捻りもねえ名前の事言ってんじゃねえよ!何だそのツラは?どこの誰だよテメエは?明らかに遺伝子レベルで顔の造詣が違い過ぎだろうが、このヘタレ!」

東奥が顔を真っ赤にして怒鳴るのも当然で、今の慶志朗は普段の野暮ったさが全く無く、地味でダサいと思わせていた顔が、眼鏡を外し髪型を変えただけで翼や理瀞が見とれる程の美形に変身し、普段のオドオドとした態度では無く、堂々と東奥に向かっているのだから。

「ったく、本っっ当にテメエが絡むとロクでもねえ!大体何だそのフザケたナリは?ゴテゴテ輪っか飾りやがって、テメエは小林○子か?そんな仮装で俺と再戦だと?寝ぼけんな!」

 翼と決着を付ける為にあれこれと細工し、非公式試合に引っ張り出したのをこんな訳の解らない出来事で邪魔をされ、しかも邪魔をしてきたのがヘタレだと知った東奥は、あからさまに侮蔑の眼差しで慶志朗を睨みつける。

「俺は学年二位の《超人》様だぞ?一勝も出来ねえ《無能》のヘタレごときの相手している程暇じゃねえんだよ。んな寝言は、一度でも他の《超人》に勝ってからぬかせや」

「成程、一勝でもすれば君は俺と戦うと言うのか」

「…………あ?」

「丁度そこに適当な《超人》がいるじゃないか。誰でも良いから指名しろ、相手をしてやる。何なら全員纏めて掛ってきても構わない」

 グラウンドの隅に待機していた東奥の取り巻き達を指さし、挑発的に手招きして見せる。あまりにも堂々とした態度で在った為、彼等は慶志朗が何を言ったのか解らなかった。

「はぁ?纏めてだぁ?《無能》が何を偉そうにヌカしてんだばぁか!」

 一度も勝った事の無い《無能》の台詞では無かった。だが、慶志朗は自信たっぷりに、

「俺もそれ程暇ではないのでね。十把一絡の雑魚など、何人居ても同じ事だ」

 キッパリと言い捨てる慶志朗に、取り巻き達が一斉に殺気立つ。それも当然、彼等も全員《超人》なのだ。《無能》に雑魚呼ばわりされて黙っていられる筈も無い。

「慶志朗君、幾らなんでもそれは無謀だ!」

 理瀞の身体を預けられた翼が、慌てて制止すると、慶志朗が精悍な顔のまま振り向き――

 ブニャッと表情が崩れ、何時もの幼く何処かオドオドとした顔付きに戻る。

「だだだだだだ大丈夫だよ、つつつつ翼君。『僕』も男だ!やる時はやるんだ!多分……」

 緊張で呂律が怪しくなりつつもそう言う。ふと翼が足元に目をやると、ガクガクと盛大に震えていたりした。先程の堂々とした態度は何処へやら、全くいつものヘタレた態度だ。

「………………本当に大丈夫かい、慶志朗君?流石にここまで来て、冗談ではすまないよ?」

「つつつつ翼君に比べたら、あの程度の《超人》どうって事はなななな無いよ!と思う……」

 蒼白な顔でガタガタと震えながら慶志朗が言うが、そんな態度では全く説得力が無い。心配そうな顔の翼に、慶志朗は震えながら鎧の隙間に手をやり、愛用のダサい黒ブチ眼鏡を二個取り出し、それぞれを翼と理瀞にかける。

ダサい眼鏡をさせられた翼は一瞬驚いたが、その驚きはすぐに、レンズには度が入っていない事に対する驚きに変わった。つまり、この眼鏡は伊達眼鏡だったと言う事。

「そそそそそれより、あんまり名前で呼ばないでよ。一生懸命父さんの真似しているのに、すすすすす素が出ちゃうじゃない!呼ぶんならK46にしてよね」

「え?」

 二人に眼鏡を掛け終えた慶志朗は振り返ると、一瞬で表情が引き締まる。

「さて、夜も更けて来た。無駄な時間はさっさと終わらせるとしようじゃないか」

 堂々とした不敵な態度で言い放つ。気がつけば、彼の足の震えも止まっている。

「これが真似……演技……?まるで二重人格じゃないか……」

 ダサい眼鏡を掛けたままの翼が呆れた様に呟く。だが、翼の腕に抱かれた理瀞はそれに答えず、ただ茫然とした顔で慶志朗の後ろ姿を見詰め続けていた。

「おいおいマジかよ……気でも狂ったか?本気でヘタレ一人で十人の《超人》とやる気か?」

「解って無いな。兵闘に臨む者は皆な陣列して前に在り、だよ東奥。俺を一人と侮るなよ」

「この前言ってた、僕の仲間ってヤツか?アホらしい……おい、テメエら!相手をしてやれよ。どうせ十秒もありゃぁ終わるだろ」

 マトモに相手をするのも馬鹿馬鹿しいと、東奥が投げやりな口調で取り巻き達に言う。

取り巻きの彼等も、本気で相手にするのは馬鹿らしいと思わないでもないが、先程の慶志朗の挑発に、何気に腹を立てていた。だから生意気な《無能》を黙らせる事に嫌など無く、彼等は躊躇無く慶志朗に向かっていった。

「ふむ……開始の合図は無くて良いのかな?」

 文字通り、人間離れした速さで向かって来る十人もの《超人》を前に、それでも慶志朗が悠然とした態度を崩さずに言って来る。

「必要ねえだろ?どうせもう終わりだヘタレ!」

「それはどうかな?」

 嘲笑う東奥に、慶志朗はニヤリと笑いつつ鎧の隙間に片手を突っ込む。そして、ごく自然な動作で何かを取り出し、無造作にポイッと空中に放る。

 クルクルと回転しながら飛ぶそれは、当然取り巻き達の眼にも映る。常人以上の動体視力を持つ彼等にはその物体が何か、直に判別出来る。

「……粒々オレンジ?」

 取り巻きの一人が不思議そうに首を傾げたのも当然で、飛んできたのはジュースの空き缶だった。だが奇妙な事に空き缶の飲み口辺りの部分がビニールテープで巻かれていた。

 直後、缶が空中で破裂し、『ジュバッ!』という炸裂音と、眼を焼く様な閃光が溢れだす。

「ぐぅわあぁぁぁぁぁッ?め、眼があぁぁぁぁぁぁっ!」

「なっ……なんじゃこりゃぁっ!」

 強烈な光は、闇になれた取り巻き達の眼を焼き、直視してしまった半数近くの《超人》達が両目を抑えてグラウンドに転がる。

「なっ……?閃光弾だぁ?何であんなもんをヘタレが持ってんだ!」

 咄嗟に眼を庇った東奥が思わず怒鳴るが、取り巻き達はそれに答える余裕は無く、直視しなかった者も、突然の出来事に足が止まってしまっている。

 闇を割く光は、当然翼と理瀞にも見えた。が、空き缶が光を発した瞬間、慶志朗の黒ブチ眼鏡のレンズが一瞬で黒く変色し、光を遮った為に眼を焼かれる事は無かった。

「感光式の遮光レンズ?何でこんなダサい眼鏡に……」

 光が弱まり、黒く変色した眼鏡を外しながら翼が茫然としていると、

「前にも言った通り、便利だろその眼鏡は」

振り向いた慶志朗がそう言いながら、地面に座り込んだままの翼に駆け寄り、左手で理瀞の身体を抱え、右手で翼の身体を抱える。

「ちょ、ちょっと!一体何を!」

 荷物の様に脇に抱えられた翼が慌てて腕から逃れようとするが、慶志朗の腕は普段からは想像もつかない程力強く、びくともしない。

「取り敢えず、眼が眩んでいる内に逃げる。流石にここでは二人を守って闘うのは無理だ」

 そういうと、二人の身体を抱えたまま、一目散にグラウンドの隅を目掛けて走り出した。

「テメエ、このヘタレ!いきなり逃げ出すってなどういう了見だコラ!」

「守るに難い場所ならば躊躇なく放棄する。それが戦略と言う物だよ東奥。と言う訳でこれは戦略的撤退と言うヤツだ。ま、悔しかったらさっさと追いかけて来るのだな」

「この……強気なんだか弱気なんだか解らねえ事ぬかすんじゃねえ!テメエら、何時まで寝てやがる!さっさとヘタレを捕まえろ!」

 スタコラと逃げつつ言う慶志朗に、東奥が激昂しながら取り巻き達に怒鳴る。その激に眼を押さえていた取り巻き達も何とか立ち上がり、多少ふらつきながらも後を追い始める。

 と、取り巻きの一人が、慶志朗を追おうとはせず、蒼白な顔で東奥に近付く。

「お、おい東奥……やばいぞ……俺の予想通りなら……あいつは『本物』だ!幾らなんでも敵に回すのはヤバ過ぎる!」

「あぁ?何の本物だよ?ヘタレに偽も真も有る訳ねえだろうが。何をビビってやがる」

 意味が解らず、訝し気な顔で聞く東奥に、彼は瞳に怯えを浮べながら頭を振る。

「違う!あのヘタレがさっき口にしていた言葉は、六甲秘呪、それの読み下しだ!」

「ろっこーひじゅぅ?虫下しだぁ?何だそりゃぁ?」

「読み下しだよ!原文の漢語が九文字だったから九字護身法とも呼ばれている!あれは、実際に使われていた呪文だ!中でも『あの連中』は、精神統一の為に使っていたんだ!」

「呪文?そんなもん、ただの迷信だろうが。『魔術系』ならいざ知らず、たかが人間のカビの生えたマジナイが何だってんだ?」

「空中から無音の侵入、腰の剣、六甲秘呪の読み下しに、眼眩ましの手製閃光弾!オマケにあの潔い逃げっぷり!全部、伝説通りだ!アイツは絶対に『ホンマモン』だぞ!」

「……頭大丈夫かテメエ?連中だの、ホンマモンだの、サッパリ意味がわかんねえぞ?」

「だから!ただの人間でも『あの連中』だけは洒落にならない!あいつは間違いなく――」

 どこまでも真剣な表情で、彼がキッパリと断言する。

「本物の『忍者』だ!」

「……………………はぁ?」

 突然何を言い出したんだコイツは?とばかりに東奥は取り巻きの顔を胡散臭そうに睨む。

「あのなぁ……オメエ、漫画の読み過ぎじゃねえ?何だよ忍者って?そんなもんが居たのはチョンマゲ結ってた時代だろ。今時居る訳ねえだろうが。アホな事言ってんじゃねえよ」

 最後に公式文章で忍者の名称が出て来たのは今から百五十年以上も前。有名な黒船来航の時に調査潜入したと言う記録が残されている。それが事実の、忍者に関する最後の記述である。以降、忍者の名は物語や演目の中だけでしか見られず、とっくの昔に絶滅した存在だ。

 東奥が馬鹿馬鹿しいと頭を振り、何気なく逃げる慶志朗に眼を向けた時――

 慶志朗が走りながら、右手に抱えていた翼の身体を高く宙に放り投げ、素早く手を動かし無数に付けられたリングの一つに指を引っかける。そして勢い良くリングを引き抜くと同時にキラリと何かが輝き、東奥の眼の前で青ざめた顔をした取り巻きの肩口にトンッと刺さる。

「うっ!」

 直後、取り巻きの男はくぐもった声を上げ、ヨタヨタとよろけた後グルンと白眼をむいてバタッと地面に倒れた。そして、まるで金縛りにあった様に細かく痙攣しだす。慶志朗の方は、器用に空中で翼の身体を抱え直すと、再びスタコラと逃げ続ける。

「なっ……なんだぁ?」

 慌てて東奥が彼に眼をやると、出血は殆ど無く、リングに棒の様な物が付いた物が刺さっていた。良く見れば、棒の先には平べったい刃物が付いている。まるで、時代劇で良く見るクナイの様な形だ。刃先が妙に濡れた様に輝いる所を見ると、何か薬品が塗られている様だ。

 何だこれは、と東奥はクナイに似た刃物を見ながら唖然とする。これではまるで――

「……おいおい……マジかよ?」

 これではまるで、眼の前で痙攣している彼が言った通り、忍者みたいだと東奥は思った。


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