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三黒須学園

1話ずつが長すぎて読みにく、と言う指摘をいただいたので、

一話そ少し分割してみます。

慶志朗が通う事になった三黒須学園は、正確には私立三黒須学園付属高等学校と言う。彼が見つけたパンフレットによれば三黒須学園は幼年科から大学科までの一環校で、高等科は一般教育科と育成教育科に分かれており、一般教育科の生徒総数は六千余人、育成教育科は五千余人、生徒総数約一万一千人。幼年科から大学科までの総生徒数は四万を超えるそうだ。

 一環校と言う事で巨大な敷地を有しており、高等学部だけで六キロ程の敷地面積を有する、超マンモス校である。当然新入生もかなりの人数が居り、入学式の手続きを済ませた頃には、周囲は彼と同じく新入生で溢れ返っていた。

「ひゃぁ……流石にすごい人数だ」

 手続きを済ませ、入学式会場に向かう道すがら、お上りさんよろしく周囲をキョロキョロ見渡していた慶志朗は感嘆の声を上げた。

 彼も、これだけ同年代の生徒がいる光景は始めて見る。中学時代は一学年百五十人程度で、総生徒数で計算してもこの学園の一学年分に満たない。

 会場に向かうと思われる生徒の流れに乗りつつ、慶志朗は周囲の生徒達を観察してみる。

「何これ……?まるで人間の見本市みたいだ」

自分と同じ真新しい制服を着た生徒を眺め、ついそんな感想を漏らす。入試の時に一度この学園を訪れていたが、その時は在校生の姿は無く、受験生しか居なかったのでそれ程多いとは感じなかった。だが今はまるで歩行者天国の様な混雑を見せている。

周囲の生徒達は共用制服の為、男女共ズボンを履いている事も有って、全員同じ顔に見えて区別が付かなかったが、良く見れば新入生達は個性的な者が多かった。何故なら大半の生徒が髪を染めていたからだ。

「へぇ……思ってたよりも校則のゆるい学校なんだなぁ。皆して染めてるわ」

今時の高校では髪を染める事自体は珍しくない。だが、生徒の多くは定番の茶髪や金髪では無く、紫や青や黄色、白と黒の二色に染めた者や中には虹色に染めている者まで居た。

「ん~。僕も染めて見ようかなぁ……でも青とか黄色は流石に……」

 自分の前髪を人差し指と親指で弄りながらブツブツそんな事を言っているいと、

「確かに髪を染める事は禁止されてないけど、殆どの人は染めてないよ。それに、君の黒髪は結構いい色だと思うよ?染めてしまうなんて勿体ないよ」

 背後からそう声を掛けられ、慶志朗は慌てて振り向く。

そこには慶志朗と同じ新品の制服を、どうやったらこういう風に着こなせるのか不思議に思う程格好良く着こなした生徒立っていた。その生徒は慶志朗の髪の毛を見ながら、

「髪質も悪くないみたいだし、羨ましい位だよ。僕なんか癖っ毛だから手入れが大変なんだ」

 言って自分の髪を指さして見せる。その仕草は実に自然な感じで――慶志朗は思わずその生徒を見詰めてしまった。そして、つい呟いてしまう。

「うわ……なんて嫌味なくらい格好いい奴……モテ男ど真ん中じゃないか……羨ましい!」

「アハハハ。何か失礼な事言われているのかな僕?」

 目の前の生徒はそう言って笑う。その仕草も何処か格好よさが滲んでおり、何故だか解らないが、つい慶志朗の頬が赤くなっていく。

 実際、とてつもなく格好いい奴だった。慶志朗よりも二十センチ以上背が高く脚も長い。そしてとんでもないハンサムだった。

自分で癖っ毛という髪は、淡い赤毛で春風に煽られて柔らかく揺らいでいるし、洒落者らしく両の耳にピアスが光っているが、それもまた良く似合っているし、喋り方や笑い方にも何処か品があり、慶志朗から見ても格好いいと思わせて来る優雅な物腰。アイドル事務所のスカウトマンがいたら、有無を言わさずに勧誘しているだろう。

「でも面白いね君。面と向かってそんな事を言われたのは初めてだ」

 爽やかに笑いながら言うと、改めて慶志朗の事をマジマジと見て来る。

「制服着ているって事は君も今日入学なんだろ?でも初めて見るな君は」

「初めてって……そりゃそうだよ。入学式なんだから」

「ははぁ……そうか、君は『編入組』か」

「編入組?なにそれ?」

 慶志朗が不思議そうな顔で聞き返すと、眼の前のハンサムは柔らかく笑みを浮かべながら、

「ほら、ウチは幼年科から大学までエスカレーターだろ?だから学年が上がっても殆ど顔見知りなんだ。無論年度毎に枠を設けてあるから、君の様な試験を受けて入学してきた奴を、エスカレーター組とは区別して『編入組』って呼ぶ習慣がウチの学園にはあるんだ」

「へーそうなんだ。じゃあ……君はその、エスカレーター組?」

「うん。僕は幼年科からずーっと三黒須の生徒さ」

 そこで気が付いた様に、

「あ、じゃあ自己紹介しないと駄目だね。初めまして、僕は結城翼。翼で良いよ」

 そう言って『左手』を差し出して来る。慶志朗は一瞬、差し出された手とハンサム君――翼の顔と手を見比べてしまったが、自分も左手を出して握手をする。

「えーと……僕は帆村慶志朗。よろしく、ゆう……翼君」

「慶志朗……?」

 名乗って手を握り返すと、翼が眉をひそめてジロジロと慶志朗の顔を眺めまわす。

「……?どうかした?」

「あ……ああゴメンゴメン。そうか……慶志朗『君』か。どうやら、君も僕と同型なんだね」

「同型?」

「隠さなくていいよ。利き腕じゃない方で握手するのは僕達《戦闘型》特有の習慣だからね」

 握手を交わしたまま翼が言うが、慶志朗には何を言って居るのか意味不明だった。だから取り敢えず翼に、

「あ、僕両手利きなんだ。だからどっちでもいいやと思っただけで……」

「……あぁ、そう……」

 互いに握手しながら、何やら気まずい空気が流れる。やがて翼の方から手を離す。その時、翼が小さく呟いたのが慶志朗の耳に届いた。

「……慶志朗……って男の名前だよな……小さいから女の子だと思ってた……」

 慶志朗は頭を殴られた様な衝撃を受け、思わず地面に膝をついてしまった。

「そ、そんな……小学生に間違われた事は有っても女の子と間違われるなんて……」

「あ、えーと……た、単なる勘違いだから!そのダサい眼鏡で気が付くべきだったね!うん、確かに初め見た時は初等科の生徒だと思ったけど幾らなんでもないよね!せめて中等科だ!」

 慶志朗はとうとう崩れ落ち、イジケて地面に「の」の字を書き始めたりしてしまった。

「あー。もしかして余計な事を言ったかな……」

 フォローしたつもりが墓穴に突き落とした様な気分で、翼はイジケて何やらブツブツ言いつつ涙を流している慶志朗を困った顔で眺めるしか無かった。


「いい加減に機嫌直せよ慶志朗君。僕が悪かったってば」

「……別に怒ってないよ。どうせ僕はダサい眼鏡さ。小学生みたいなチビさ」

「やれやれ……君って結構根に持つタイプ?」

 何とかなだめすかして立ち直らせ、二人で入学式会場に向かう道の途中、未だ嫌味っぽく言う慶志朗に、翼はやや呆れ顔だ。

「今日から同じ学舎で学ぶんだし、仲良くやろうよ」

「そうだね……僕はこの学校の事良くわからないから、色々教えてよ翼君」

「勿論さ。と……そう言えば聞いていなかったけれど、慶志朗君は一般科?育成科?」

「えーと、育成科の特別育成課だよ」

 入学説明会の時に聞かされた説明によれば、三黒須学園では一般教育科と育成教育科の二つが有り、一般教育は他の学校とほぼ同じ授業内容だが、育成教育科は、人材育成を目的としており、勉学以外の教育にも力を入れていると言う。育成教育科は更に通常育成学課と特別育成学課に分かれており、慶志朗は特別育成学課の方に合格していた。

入学説明会で、説明に来ていた教師の一人が「育成教育科は、あらゆる世界に『通用』する人材を育成する学科で、特別育成学課は、あらゆる世界で『活躍』する人材の育成を目的としています」と説明してくれた。

正直、違いが今一解らなかったが、一般教育科よりも単位取得が難しい育成科の中で特別育成課は更に厳しい、という事だけは解った。そして、それも新たな自分を見つけたいと思って居た慶志朗には願っても無い事だった。

それだけ厳しい学課で三年も学べば、絶対に今までとは違う自分になれると思ったから。

「へえ、慶志朗君も僕と同じ学課なんだ。『編入組』で特別課だなんて、見かけによらず優秀なんだねえ。少し驚いたよ」

「見かけに寄らずって……でも僕は優秀じゃないよ。どうにかこうにか合格したんだ」

「またまた。謙遜しなくていいって。ところで何組だい?僕はA組だけど」

「僕もA組だよ、確か……うん」

 入学案内通知に記入されていたクラスを確認して言うと、翼は眼を丸くする。

「え、本当?じゃあこれから同級生か。凄い偶然だね!」

 たまたま知り合った筈が、クラスメートになる事が解り一気に打ち解けたのか翼は、

「じゃあ早く会場に行こうよ。ほらこっちだ」

 そう言うと、慶志朗の手を取り引っ張り出した。

「う、うわ、ちょっと翼君?そんなに引っ張らないでよ!」

 友達いない歴一五年の慶志朗は、こういうスキンシップになれておらず、真彩以外に手を取られて(真彩の場合は主に襟首か首根っこだが)歩くのは初めてで、戸惑ってしまう。

 だが当の翼は気にした様子も無く、慶志朗を連れて人混みの中を入学式会場へ向かった。

 自分達のクラスに割り当てられた場所に来ると、先にその場に居た艶やかな黒髪を背中まで伸ばした女生徒が翼に気が付き、こちらに近付いてきた。

「遅いですわ、翼さん。先生が先程から『まだ来てないのか』と心配していましたよ?」

 そう言いながらも優しそうな笑みを浮かべる。彼女もまた美人だった。

 この女性も慶志朗より背が高く、迫力のある胸を慶志朗と同じ制服に包んでおり、真彩と比べても遜色の無い美女だ。ただ、口調はこちらの方が断然上で、育ちの良さを窺わせる品の良い喋り方をしている。

翼とは顔見知りらしく親しそうに話していたが、翼の隣に居た慶志朗に気が付き、

「あら。お知り合いですか……?それにしては見かけた事の無い方ですね」

「ああ、さっきそこで知り合ったんだ。『編入組』なんだって。だから案内して来たんだ」

「まぁそうなんですか。でも翼さんが自らご案内なさるなんて、余程ユニークな方なのでしょうね。随分気がお合いになるご様子ですし」

「そうだね、気に入ったかも。何せ僕を『知らない』んだ。久しぶりだよそう言う人は」

「まぁ……それは本当に珍しいですね。確かに興味惹かれますわ」

 二人は顔馴染みらしく、親しげな様子だった。目配せする様に視線を交わし、こちらを見ながらそんな事を言っている二人に、慶志朗は何となく居心地の悪さを感じる。

「おっと……こうしてられないんだっけ。先生の所に行かないと、ね」

「はい。ではこちらの方は私が変わってご案内いたします」

 翼は慶志朗に手を振ると、黒髪の女生徒に「悪いけど頼むね」と言って、二人から離れて何処かへ行ってしまった。

 残された女生徒は慶志朗の方に向き直ると、

「そう言えばご挨拶がまだでしたね。私は静野理瀞と申します。以後お見知り置きを」

 柔らかく微笑んでお辞儀をする。その仕草は翼とはまた別の優雅さが有り、これまで女性から丁寧な扱いを受けた事の無い慶志朗はドキッとしてしまう。

「あ、あの!ぼぼぼぼ僕は帆村慶志朗です!よよよろしく!」

 顔を真っ赤にして、どもりながらもどうにか挨拶を返す。すると、理瀞は「まぁ!」と一声上げ、思わずと言った様子で口元を手で押さえる。

「慶志朗、と言うからには男性だったのですね!私ったら女性だとばかり……」

 『ガンッ!』と再び頭を殴られた様な衝撃を受け、慶志朗はその場に倒れ込む。

「おふぅ!ま……また女子と間違われた……なぁぜぇだぁぁぁぁぁぁ!」

 溢れだす涙で、何やら世界的に有名な黒ネズミの絵を描き始めた慶志朗に、理瀞は慌てて、

「い、いえ、悪気が有った訳ではないのです!翼さんと一緒でしたから、何となく女性の方だと思い込んでいただけで!ほら、翼さんは余り殿方とお話されない方だから、つい……それに、私はその流行から外れた眼鏡で最初は男性だと思って居ましたのよ?」

 慌てて理瀞が弁解じみた事を言うが、結局はドツボにはまり込む慶志朗だった。

「うぅぅ……ほら、とか言われてもさ……良いんだ、僕はどうせダサい眼鏡さ……流行から外れてもコレが好きなんだ……どうせ同じ眼鏡を八個持ってる馬鹿野郎さ……」

 恋人の黒ネズミまでを描き出した慶志朗に、理瀞もややうんざりした顔になり、

「ああもう……確かにユニークですが……何か面倒になってきましたわ。ほら、起きて下さいな。間も無く開式ですよ」

 ブツブツと呟き、涙で妙なディテールのネズミを描き散らしている慶志朗を立たせ、取り敢えず自分の隣の席に座らせた。

 入学式が始まった後も慶志朗は一人ブツブツと呟き続け、周囲の生徒から迷惑そうな視線を送られたが、式が進み新入生代表の挨拶が始まると――

「あ、あれ?翼君じゃないか!」

 代表として演説台に立ったのは、先程知り合った翼だった。通常、代表になるのは入試で一番になった者が選ばれるのだが、一環校の三黒須では中等科で最も成績が良かった人物が代表になるのが通例だと聞いていた。

「って事は……中学ナンバーワン?うそ、マジで?」

 慶志朗は慌てて隣の席で壇上に立つ翼をウットリとした眼差しで見ていた理瀞に、

「ね、ねえ!もしかして翼君って……天才?」

「天才も何も……あの方は幼年科に入科して以来、不動の首席ですよ?三黒須学園の歴代の中で上位十名に並ぶと目されている百年に一度の逸材です」

 答えながらも、理瀞は頬をうっすらと赤らめたまま祝辞を述べている翼から視線を離そうとしない。思わず周囲を見渡すと……

「うわっ!女子の殆どが見とれてる!」

 目に映る範囲の女生徒が、理瀞と同じ表情で翼を見ていた。

「当然でしょう。翼さんは三黒須学園の女性にとって憧れの存在ですもの。殿方の中にも翼さんを、まるで信奉している様な方まで居ります」

 そう答えると「折角のお言葉が聞こえませんわ」と、もう慶志朗の事を無視して周囲の女子生徒と同じく熱い眼差しを向けてしまった。

「翼君ってここでは有名人なんだな……成程、だから『知らない』か……」

幼年科からトップを守り続けているとなれば、確かに学園で知らない者はいないだろう。慶志朗の様な『編入組』以外は。

まさか、そんな有名人と入学早々知り合いになるとは思っても居なかった。それだけでも、平凡な人生を送っていた自分にとってかなり刺激的な事だと慶志朗には思える。

「最初からこれだけ珍しい体験が出来るなんて……思ってた以上にこの学園は面白いね」

 これから先、どれ程自分は面白い体験を出来るのか。それを考えただけでワクワクする。半年前まで平凡な生活を望んでいたのが嘘の様に、慶志朗はこの驚きの体験を楽しんでいた。

 その時、壇上で挨拶を終えた翼と視線が合う。と―― 翼はニッコリと頬笑み、慶志朗に自然な仕草で片目を瞑って軽く片手を振って来た。

「ぬほぉ!」

 瞬間、その視線を追って会場の女子生徒が一斉に慶志朗の方を見た。視線の先に居たのが慶志朗だと知ると、ほぼすべての女子が殺気に満ちた視線で睨んで来る。

「な……何ですって……翼さんからウインクを受ける殿方など……ゆ、ゆるせません……」

 と、言う理瀞の呟きが女子生徒達の感情を代弁していた。

「……刺激が強過ぎるって翼君……視線が痛い……痛すぎるぅ……」

 こうして、慶志朗は自ら何もせぬまま注目を集め、新入生の女子全てから恨まれると言う、かつて経験した事の無い程の刺激的な状況に陥ったのだった。



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