辻試合
時刻は既に消灯間近で、当然職員棟には人気は無い。その人気の消えた建物の中で、宗則は総理事長室で、椅子に深く腰掛けてジッと虚空を見詰めていた。
視線の先には、薄い被膜の様な物――クレメンテの物と酷似している――が浮かんでおり、そこには微かな明かりに照らされているグラウンドが映っていた。人影は無い。
「入学から一ヶ月……磯谷先生の言葉通りならば、今宵は彼の本当の姿が見られそうだな」
チラリと時計に眼をやりつつそう呟く。この時が来るのを、慶志朗が入学した時からずっと待っていた。もうすぐ、《第三種能力者》の力をこの眼で確認する事が出来る。
と、被膜の中に映し出されたグラウンドに、人影らしき物が映る。
「来たか……二人……いや三人?東奥君と、結城君に……あれはまさか理瀞か?」
膜に映る思いがけない人物の姿に、宗則は少し驚くが、
「全く……我が妹君は結城君の事になると首を突っ込んでくるな。流石に一対一の試合で妨害はしないだろうが……立会い人を気取る気か。……ん?」
グラウンドの光景を見ていた宗則は眉を顰める。東奥の背後から更に人影が複数出て来たからだ。数はおおよそ十人。何時も東奥を取り巻いている男子生徒達だ。
「何とまぁ、こっちも見学者を連れて来ていたか。余り、彼を大勢の眼に晒したくない所なのだが……さて、どうしたものかな」
顎に手をやり考え込んでいると、被膜の中で東奥が翼に何か言葉を掛けている。流石に音声までは拾えず、何を話しているかまでは解らない。
「まぁいい。今は彼の《能力》を確認する事が先決だ。早く来たまえ、帆村慶志朗君。わが学園でトップクラスの《超人》が三人も集まる状況場は、お膳立てとしても申し分ない筈だ」
宗則は改めて悠然と深く椅子に座り直り、胸の前で軽く指を組む。だが――
「現在、帆村慶志朗さんは外出中です。残念ながらその要望は叶えられないかと思われます」
新たな被膜が宙に生まれ、その中からクレメンテが抑揚の無い声で言った。その言葉の意味が宗則の脳に届くまでに、若干の時間が掛る。
「……外出だと?どういう意味だ?プレハブは壊されたと聞くが、何処か別の場所に部屋でも見つけたと言う意味か?」
「言葉通りです。慶志朗さんは一七時二〇分に三黒須学園内より外出されました」
その言葉が脳にやっと届いた時――宗則は珍しく慌てた様に立ち上がった。
薄暗いグラウンドが、一際明るく照らし出される。翼の《白銀》が発現している為だ。光の結晶の様な輝く鎧は、かつてない程の光を放っている。
学園内で許可されている最大出力、全力の五十%まで力を解放しており、各部のディテールはかなり細かく作られている。同時に作りだされる武器も、実体を持つかの如く、存在感を露わにしていた。手加減をするつもりは全く無い様だ。理瀞と東奥の取り巻き達も手出しをするきは無いらしく、グラウンドの端で静かに二人の闘いを見守っている
「ヘヘッ、やりゃぁ出来るじゃねえか!これ位やってくれねえとよ!」
対する東奥が嬉しそうに言う。彼も本気らしく、掌に生み出されている陽炎の様な塊は、慶志朗を相手にしていた時よりも遥かに巨大で、威力も桁違いだ。
その塊を翼に撃ち込む。それを翼は光の盾を作り出して防ぐ。『ドンッ』と言う音と共に翼の盾と東奥の《空圧》が爆ぜ、辺りに光の飛沫が飛び散り、地面に落ちる前に淡く消える。
「ハハハハ!いいぜ、いいぜ!やっぱり《超人》同士の戦いはこうじゃねえと……な!」
楽しそうに叫び、東奥は先程の塊を複数生み出し、矢継ぎ早に翼に向けて叩き込む。
「レリックスタンバイ、フォルム・ラウンドシールド!」
翼の声と共に無数の光の塊が生まれ、一斉に盾の形に変化すると、翼の全面に半円形に並び、巨大な一個の盾の様に重なり合い大気の塊を受け止める。今度砕けたのは東奥の放った攻撃だけ。盾は依然姿を保っていたが、翼は微かに眉を顰める。だが間髪を入れず、
「レリックウエポン!フォルム、グレートソード、フルコンタクト!」
盾を光の塊に戻し、その中の一つを掴むと、翼の手の中で剣の形に変わる。同時に全ての光の塊が剣の形を取る。
手にした剣を構えると、宙に浮いたままの無数の剣も、翼の握った剣と同じ動きをする。
「ソルスラッシュ!」
翼が声と共に手にした剣で東奥に切り掛る。それに合わせて、手にした剣の動きを忠実に再現した無数の剣が、四方八方から、微妙に時間差を付けて東奥に襲いかかる。
「ははははは!実力の半分しか使えねえワリにゃぁ、すげえ数じゃねえか!」
東奥は翼の斬撃を避け、背後から襲い来る光の剣を《空圧》で砕き、獰猛に笑う。しかし翼の方は、訝し気な表情だ。
(何だ?微妙にレリックの制御が甘い……この程度で制御が困難になる筈が無いのに!)
剣を元の光の塊に戻しつつ、内心では疑問を感じる。制御装置を付けたまま最大値まで《能力》を使ったのは久しぶりだが、その程度で制御が困難になる筈が無い。
「どうした、妙に《白銀》の連動がアメえぞ?ヘヘッ、《無能》のヘタレなどにかまっているから、《能力》が錆び付いちまったんじゃねえか!」
馬鹿にした様な東奥の叫びに、翼は今感じた違和感を頭の隅に追いやる。光の塊達を、今度はダガーの形に変えると、
「君を見ていると《超人》と言うのは如何に感性が貧相か、良く解るよ」
憐れむ様な眼差しを向け、手にしたダガーを東奥に向けて投げつける。宙に漂う無数のダガーも一斉に東奥目掛けて襲いかかる。
「君は慶志朗君が『無能』者と解った時点で思考を止めている。何故その先に在る物を見ようとはしないんだい?」
口ではそう言ったが、翼自身、確信が有って言った訳ではない。慶志朗に付きまとう違和感がそう言わせたにすぎない。
「ハッ!試合じゃ一勝どころか一分も持たねえヘタレ、遠距離走じゃたかが四〇キロに三時間もかける落ちこぼれに、一体何を見ろってんだ、ばぁか。所詮《無能》は《無能》だ!俺達《超人》が気にする必要は全くねえんだよ!」
嘲りの笑いを浮かべ、東奥は両掌に大気の塊を生み出すと、叩き付ける様に二つの塊を重ねる。瞬間、激しい炸裂音と共に東奥を中心に四方に衝撃波が巻き起こり、迫りくる光の短剣を全て弾き返してしまう。攻撃は防がれたが――東奥の言葉は翼にある事を気付かせる。
「そうか……どうも奇妙だと思っていたんだ……一分も持たない?違う、一分近くも持たせる事が出来るんだ!三時間も掛る?何を言っている、たった三時間で走れるんだ!」
ダガーを防がれた翼は、新たに光の群を生み出し、その内の一つに手を伸ばす。
「少しは《能力》から眼を逸しなよ、東奥君!そうすれば君にだって《無能》者である彼が出したこの成績が一体何を意味するのか、すぐに気がつく筈だ!」
光の塊を握り締めると、巨大な斧の形に変わり、宙に浮く全ての光が同じ形を取る。その巨大な斧――グレートアックスを振り降ろす。
「はぁ?意味解んねえ。ここは三黒須、《超人学園》だ!《能力》がねえ奴は最初からお呼びじゃねえ!ンな事くれえテメエだって解ってんだろうが!」
東奥は面白く無さそうに吐き捨て、振り降ろされた大斧に、肘の周りに生み出した《空圧》を、肘鉄を入れる様にして撃ち込み軌道を逸らす。続けて迫りくる無数の大斧も肘や膝に作りだした塊で撃ち落として行く。
「俺達《超人》は、どれだけ強力な《能力》を持つかで価値が決まるんだよ!こんな風にな!」
叫ぶと、東奥は両手を頭上にかざし、それぞれに大気の塊を生み出す。それだけなのだが、巨大な二対の《空圧》から暴風との様な余剰エネルギーが生れ、翼の身体を大きく揺さぶる。
「なっ?何だこれは……?昨日までの東奥君では考えられない錬度じゃないか!」
吹き飛ばされそうになるのを翼は何とか踏み止まる。東奥も幼年科から三黒須の生徒で、彼の力は全部知っていた筈だった。昨日の試合で見せた《能力》も今までと大差はなかった。なのに今はこれ程の威力をみせており、既に《英雄系》の《能力》に近い。
「まさか……《系類変化》現象?だが、それにしては……」
通常《超人》が生まれ持った《能力》の系類は変わらない。だが、ごく稀に系類が変わる事がある。《強化系》から《魔術系》にといった具合に、《能力者》の性質が変化する事は、これまでにも数例ある。しかし、今の東奥が使っている《能力》の系類は、今までと同じ《強化系》だ。純粋に《能力》が底上げされていると翼は感じた。
突然の《能力》の増大は翼に微かな驚きを与えたが、小さく舌打ちをしただけで、展開していた光の塊達を身に纏った光の鎧に集める。
「ソルアーマーレリックモード・フルコンタクト!レリックウイング、スタンバイ!」
翼の言葉と共に集まった光が一際強く輝き、鎧を包む翼の様に広がる。だが――
「なっ……何だ?」
輝く翼は、十数メートルにまで広がり、翼のイメージよりも遥かに巨大な物となって出現した。それに込められるエネルギーも、普段よりも遥かに多い量である事が自分でも解る。
「ば、馬鹿な!なぜこの程度の出力で僕の制御が乱れる!」
予想外に高い出力に、翼の《白銀》の制御が利かなくなる。ピアスに内蔵された制御装置はちゃんと作動している。なのに、実際に込められるエネルギーは装置の上限を超えた量だ。それは、出口のせまい蛇口から無理矢理大量の水を押し出そうとする様な物だ。
当然、狭い出口に殺到したエネルギーは負荷となってそのまま翼に跳ね返ってくる。
「くあぁぁぁぁぁぁっ!」
《白銀》の隙間から、光が飴の様な塊として滲みだし始めている。翼の意志を無視し、粘土細工の様に不定形に姿を変えて、グラウンドを覆い尽くさんばかりに膨れ上がっていく。
「そ、そんな……レリックが僕の力を吸い上げて行くのか……?」
「何だよ、テメエの《白銀》も満足に操れねえのかよ!それでよく一位が名乗れるもんだ!」
リミッターの掛ったまま、際限なく《能力》を吸い上げられる苦痛に呻き声をあげる翼に東奥は、覆いかぶさるように広がる光る粘土細工を前にしながら怯む事なく、両手に宿したままの巨大な《空圧》を翼に向けて続けざまに解き放つ。
二対の塊は空中で絡み合う様に重なり、より巨大な塊となってグラウンド上で蠢く《白銀》からあふれ出している粘つく光塊を吹き飛ばしながら翼に突き刺さり、高等科の敷地を揺るがす様な轟音と爆風を撒き散らした。
「外出だと?馬鹿な……その様な申請は出ていない筈だ!何故学園内に居ない?」
被膜に映る翼達の非公認試合を観戦する余裕も無く、宗則は空中に漂う被膜の中のクレメンテに問いただす。目当ての慶志朗がいなければこの試合は全く意味が無いのだ。
「今日の出来事で帆村慶志朗さんのプレハブは損壊しました。よって、今回の外出は新たな資材調達の為だと判断し、黙認しました。尚、総理事が『修繕に関しての報告は無用』と仰っていましたので、今回も報告の必要は無いと判断しました」
淡々とした口調で言うクレメンテに、宗則は今度こそ絶句する。
「確かに言った……だ、だが、外出の許可は出してない!何故外に出られる?正規ルートは無許可の場合、防護壁によって道が閉ざされ保護される筈だ!どんな強力な《能力者》でも侵入が不可能と言われる防壁を、どうやって抜けられると言うのだ!」
「防護壁は対『進入者』用だ。総理事のくせに、中からは簡単に出られる事を知らんのか?」
唐突に相理自室のドアの方から不機嫌そうな声が響く。何時の間にかそこに磯谷が面白く無さそうな表情で火を付けていない煙草を咥えて立っていた。
「磯谷先生……?何故ここに?それに施設内は禁煙……い、いや、今はどうでもいい!簡単に出られるですと?何を馬鹿な……当学園の《超人》が流出するのを防ぐ為に、正門以外から外に出た場合にはクレメンテのサーチに掛り、直に私の知る所になる筈だ!」
頭を振って否定する宗則に、磯谷はジロリと不機嫌そうに睨みつける。
「フン……安心したよ。お前も理解していなかったと言う事が解ってな。自分で《第三種能力者》と呼びながら、結局お前もあれを《能力》とみなしてないと言う事だ」
「何をバカな。今、学園内であれを正しく理解しているのは、貴方の他には私だけの筈です」
「いいや、理解していない。帆村慶志朗は、現在の三黒須において《超人》として認知されていない、と言う単純な事に気がつかない様ではな」
「なっ……?」
言葉を失った宗則を余所に、磯谷はポケットからライターを取り出して火を付ける。
「三黒須のセキュリティは全て対《超人》用だ。《超人》に破れない物が《無能》にも有効に働くと考えるのは当然だろう。しかし、それも外部の《無能》に限っての話だ。身内の《無能》には何の効果も無い。そんな者は今まで存在しなかったから見落としたのだろう?さっさと帆村を《能力者》として登録しておけば良い物を、ただの《無能》と侮った証拠だ」
「成程……確かにコレは迂闊でした。まさか自慢のセキュリティに、こんな穴が有ったなんてね……しかし、知っていたのなら何故教えてくれなかったのです?彼に逃げられてしまっては、折角無理をして三黒須学園に入学させたのに意味が無くなる」
「逃げる?馬鹿言え。友達が望まぬ試合をしているんだ。慶司の息子が逃る訳がないだろう」
面白く無さそうな口調で不味そうに煙を吐きだす磯谷の言葉に重なる様に、クレメンテが、
「外部より進入者を感知。照合の結果、帆村慶志朗さんであると判明。帰還を確認しました」
「何?本当にこんなに簡単に出入りするとは……」
宗則は呻くように呟くが、次いでクレメンテが慶志朗の姿を被膜の中に写しだした時、再び絶句してしまう。映し出された慶志朗は、彼が全く予想していなかった場所に居た。
「な……んだと……?《能力》を持たない《第三種能力者》が、何故あの様な場所に!」
「やはりお前は《第三種能力者》を軽く見過ぎていたようだな。あの場所に居るのが、そんなに不思議が?今時ただの人間でも、あんな事は珍しくも何とも無かろうが」
絶句している宗則に、磯谷はさして面白くも無さそうに、
「百年以上も前だぞ?人間が『空』を飛ぶ力を手に入れたのは」
磯谷が言う通りに――慶志朗の姿は空中に在った。
「大体、お前は《第三種能力者》の……いや、帆村の《能力》を欲していたのだろう?ならば、あの方法は当然考慮に入れておくべきだろう。特に、この国では古来より伝説や言い伝えとして、あの方法が伝わっているのだからな」
「そう……でしたね……伝承では確かに『彼ら』はアレに近い方法で空を移動していた。しかし……まさか実際にアレを行っているとは……成程、簡単に出入り出来る訳だ……」
学園上空は外来の《超人》達の進入を防ぐ為、特にセキュリティを強化している。しかし、その分《能力》を持たない普通の人間に対するチェックはかなり甘い。しかも、これまで学園に存在しえない『生徒』としての《無能》に対する警戒など皆無だったと言ってよかった。
「まさか、これほど見事にこちらの予想の裏を行かれるとは……つくづく《第三種能力者》と言う存在はイレギュラー要素が強い……」
宗則は被膜に映る慶志朗の姿を、歯軋りをする様な表情で睨みつけた。
東奥の放った強力な《空圧》が直撃する瞬間、翼は「これは避け切れない」と、人事の様に頭の片隅で考えた。ただそれだけの思考にも《白銀》は反応を示す。
引き千切られる様に吹き飛んだ光の粘土細工が再び、更に強大に膨れ上がって翼の前に割り込み、強大なエネルギーを放出する《空圧》を撃ち落とす。だが、それだけでは収まらず、光翼は更に膨れ上がり、闇雲に蠢き全てを呑みこもうと暴れ出す。
「ううっ……クソッ!言う事を聞け、《白銀》っ!僕はこんな力を必要としていない!」
必死に光翼を抑え込もうと意識を集中させる。まるで力を制御する目盛が壊れたみたいだ、と翼は苦痛に顔を歪めながら思う。今までは力の目盛を一ずつ操作していたのが、今はいきなり十目盛ずつ上がっている様に感じる。加減が全く効かないと言って良い。
せめてリミッターを外せば、この苦痛からは逃れられるだろうが、制御出来ない事に変わりは無く、下手に外せばこれ以上の《能力》の暴走を招く可能性も有った。
無軌道に暴れる光翼を、東奥は《空圧》で打ち砕きながら、面白く無さそうにぼやく。
「ったくよ、力の制御を道具に頼ってっからこの位で暴走するんだ、間抜け」
「やはり……これは君の仕業か、東奥!」
「喜べよ。本気を出せねえテメエに、思い切り《能力》を使えるようにしてやったんだぜ。普段よりもレクト反応が過激で最高だろう?まぁ、マトモに制御出来てねえようだがよ」
「小細工を……!これの何処が対等だと言うんだ!」
「対等だよ。まぁ、小細工なのは認めるけどよ」
東奥はニヤリと笑い、離れた場所にいる取り巻きの一人を顎で示す。
「アイツは今年入ってきた『編入組』だ。《強化系》の《能力者》なんだけどよ、あんま使えねえ《能力》だ、ってそんなに注目されてねえんだけどよ。ユニークな《能力》持っててな」
「ユニーク?」
「コイツの《能力》は《能力強化》だ。特定範囲内の《超人》の使う《能力》を無差別に数段階ひきあげる《能力》だそうだぜ。俺もお前も、その範囲内で戦っているって事さ」
「……何だって?」
「だから言ったろ?条件は対等だってよ。テメエも俺も、コイツの《強化》で《能力》が底上げされてんだ。これならテメエも、手加減したくても出来ねえだろうよ!」
東奥は芝居じみた仕草で両手にそれぞれ《空圧》を生み出すと、翼に向けて交互に放った。
先程の物と同じく《強化》によって威力が底上げされた《空圧》は、これも同じく光翼が自動的に防ぐが、
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
リミッターによる制御を超えた量の生体エネルギーが吸い上げられ、襲い来る反動により翼の集中が途切れてしまい、無数の光翼が翼の意志を離れて猛然と東奥に迫る。
「ハハハハ、すげえすげえ!コレが本気の《白銀》か。普段とは大違いじゃねえか!暴走してるってのが気に食わねえが……手加減抜きのテメエとやれるならそれでも構わねえ!」
まるで竜の様にうねり暴れる光翼を《空圧》で吹き飛ばしながら、東奥は獣じみた笑みを浮かべた。本気で翼と戦って勝つ事こそ、東奥がこれまで望んで来た物だ。
数ある《能力》の中でも最強クラスの《白銀》。その余りにもの強力さから、翼は入学以降全力で戦う事が禁止されていた。それは、東奥にとっては実に不愉快な事だった。
折角眼の前に《英雄系》の《能力者》が居ると言うのに、常に手加減され、本気で戦う事が出来ない。それは彼にとって屈辱的な事だった。
だから本気の翼と戦う為に、こんな小細工を弄してまで試合をけし掛けた。今の暴走状態は東奥にとって予定外ではあるが、本気で戦える今の状況は望む所だ。だが――
光翼の眩い輝きに照らされていたグラウンドがに、黒い霞の様な物が漂う。霞は暴れる光翼を包む様に広がり、霞と触れた部分が虫食いの様に光を失い崩れて行く。
「チッ……サシの勝負の邪魔するんじゃねえよ静野!」
《黒塵》で翼の《白銀》を相殺して行く理瀞に、東奥が殺気立った視線で睨みつける。
「お黙りなさい!無理矢理引き上げられた《能力》がリミッターに干渉されて暴走を引き起こしているではないですか。これのどこが対等だというのですか!」
東奥を睨み返しながら、理瀞が珍しく声を荒げる。
「このままでは翼さんは過剰蓄積されたエレメ反応で内部崩壊を起こしてしまいますわ。その様なふざけた試合を認める訳には行きません!」
そう叫び、《黒塵》を操り《白銀》を相殺する速度を上げていく。力を制御できない翼に変わって、少しでも負担を減らす為に光翼を削り取ろうというつもりだ。
「ダ、ダメだ理瀞……さん!今の《白銀》は……僕の意志を……受け付けない!」
翼が声をあげると同時に、光翼を削ぎ取る《黒塵》を攻撃とみなした《白銀》が一際強く輝きだし、崩れてボロボロになった光翼が一気に息を吹き返した様に膨れ上がり、相殺された部分を再生してしまう。そして再生した一つが静野に向かって一気に襲いかかった。
「キャァァァァァァァァァァァッ!」
猛り狂う光翼が、身を守る様に再展開させた『黒塵』ごと理瀞の身体を薙ぎ払い、彼女の身体は空高く吹き飛ばされる。辛うじて意識を保っていたが、続けざまに反対方向から別の光翼が迫り、空中で避け様のない理瀞の身体を更に薙いだ。
別の光翼に襲われていた東奥は《空圧》で対抗しながら、忌々しそうに吐き捨てる。
「チッ!横から手だして速攻自滅かよ!黒百合姫様は情けねえなぁ!」
「東奥、君はまだそんな事を言うのか!このままでは理瀞さんが危ないんだぞ!」
翼が何とか《白銀》を制御しようと足掻くが、願いも空しく二度目の攻撃で意識を失った理瀞の身体目掛けて、光翼が襲いかかろうと一斉に蠢く。
「クソッ……止まれレリックウイング……攻撃するな、理瀞さんを助けるんだ!」
悲鳴の様な翼の叫びがグラウンドに響くが、全く言う事を聞かない光翼が理瀞に殺到する。
その瞬間、翼の視界の隅に、黒く大きな影が飛びこんで来た。
「何だ?」
大きな影は、まるで夜の闇に溶け込むように、黒く塗られた二等辺三角形の物体だった。その物体は音も無く遥か上空より飛来し、跳ね飛ばされた理瀞に襲いかかる光翼よりも一瞬だけ早く彼女に到達する。直後、光翼は飛来した二等辺三角形の影を呑みこんだ。
「あれは……ハンググライダー?」
光翼に飲みこまれる瞬間、その物体は確かにハンググライダーに見えた。だが、なぜそんな物が飛んで来たのか、翼には理解できなかった。
この学園ではハンググライダーなどと言う原始的な物、誰も使う筈の無いのだから。
それはそうだ。《超人》なら……《能力者》なら自分の《能力》で空を飛べば済む。飛行能力の無い《能力者》でも、様々に《能力》を利用して飛行出来る道具が学園にはある。ただ風に乗って空を滑空する道具など、《超人》にとっては不要の物だ。
と、砕かれたハンググライダーの破片から、小さな影が空中に飛び出してくる。
飛び出した影――その形から恐らく人影だ――は、両手で理瀞の身体を抱えて、蠢く光翼を器用に伝いながら一直線に滑り降りてくる。そして地表数メートルの所で大きくジャンプし、暴れる光翼の隙間、翼と東奥の間に降り立った。




