慶志朗、走る
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それから数時間後、すっかり夜の帳に覆われた道を、慶志朗は一人走っていた。
学園の敷地内では無く、外の世界の夜道を全力で駆けている。何時もの方法で抜けだし、何時もの様に自宅近くの山まで移動し、そこから山を下り、一気に麓を目指す。
一心に走りながら、慶志朗は磯谷の言葉を思い返す。
磯谷は自分の事を《第三種能力者》だと言った。父もそうだったと言った。正直、何の事かサッパリ解らなかった。父がそんな《能力》を持っていた事は、真彩からも聞いた事無かったし、ましてや自分にも同じ《能力》があるなどとは到底思えなかった。
当然だ。慶志朗は生まれて十五年間、平凡な人生を送ってきた。自らそう願って特徴の無い、誰にも注目されない……目立つ事の無い、何処にでもいる十五歳の少年として過ごして来た。その間、自分に特殊な《能力》がある事を感じた事は一度も無い。
そんな無個性の塊の筈な慶志朗に、磯谷は確信に満ちた眼で言った。
「入学以来お前の事は見て来た。間違い無くお前は《第三種能力者》だ。自覚が無いだけで、ちゃんとお前の中に受継がれている。《能力》は確かに特殊な力かもしれん。だが、本人にとってはごく当たり前の力だ。自覚しなければ、それが《能力》かどうか気が付かんさ」
どうにも信じられない話だった。だが、もし本当に磯谷の言う様な力が自分の中にあるのなら――《能力》が自分にも有るのなら――
自分の為に望まぬ試合をしようとしている翼を助ける事が出来るかもしれない。
だから、慶志朗は聞いた。どうすれば《能力》を使えるようになるのか、と。はたして磯谷は――いつも不機嫌そうにへの字に曲げられている唇をつり上げて、彼らしくない笑みを浮かべる。それは、翼の物とよく似た、悪戯を思いついた悪童の様な顔だ。
「それは俺には教えられん。だがな……何故、お前は平凡な人間になりたいと思っていたんだ?何故、お前は目立たない様に生きようと考えていたんだ?よく思い出せ。物事には全て理由がある。お前には自覚が無いだけだ。お前にはこれまで全てを教えて来た人物が居た筈だ。ならば、お前に何かを教えてやれるのはその人物だけだ。力を望むのならそいつに会え」
揶揄する様な磯谷の言葉に、慶志朗はハッとした顔になる。
慶志朗の父、慶司はごく幼い頃に他界している。父の記憶は殆ど残っている筈が無い。なのに、今でも父の背中をハッキリと思い出せる。父がどれだけ格好いい男だったか知っている。それを教えたのは――
気がついた時には慶志朗は動き出していた。あの人なら絶対に知っている。いや、あの人しか知らない筈だから。往復の時間を考えれば余り猶予は無い。だから、慶志朗は磯谷が眼の前に居るにも関わらず、学園を抜け出す準備をする。
そして、準備を終えた慶志朗が階段に向かおうとした時、磯谷は何気ない口調で、これから会いに行こうとした人物当てに伝言を頼んで来た。その伝言を聞き――慶志朗は自分の考えが的外れでない事を確信し、後は全力で学園を抜け出し目的地を目指した。
夜道を駆け抜けながら目指した目的地は自宅。到着すると休む事無く家の中へ入って行く。そして目的の人物を探す。会うべき人物とは母、真彩だ。父亡き後、彼を育て教えて来たのは彼女だ。だから、母ならば全てを知っている。
この時間なら母は絶対に居間に居る。食後、必ずそこで父の遺影を眺めていたから。だから慶志朗は真直ぐに居間に向かう。
居間に続く襖を明け放つと――
「帰宅の挨拶はどうしたクソガキ!」
怒声と同時にブンッ!という唸りを上げて四角い洋酒の瓶が慶志朗に向かって飛んできた。
「のひょぉあっ?たっ……たたたたたたたタダイマ母さん!」
予想外の事に慶志朗は悲鳴を上げ、反射的に酒瓶を両手で受け止めつつ帰宅の挨拶をする。
豪快で型破りな真彩だが躾には厳しい人で、朝晩、行き帰りの挨拶をしないと何時もこんな感じで鉄拳制裁が飛んでくる。今回は瓶が飛んできたが。ちゃんと慶志朗が挨拶をすると真彩は、遺影の前に座ったまま何事も無かったかのように煙草を取り出し、火を付ける。
「また帰って来たのかよガキ。言っとくがもう飯はねえぞ?ったく変な時間に来やがって」
「……そうだった、僕の母さんはこう言う人だった……」
ブワッと紫煙を吐きだしつつ言う真彩に、慶志朗はトホホと溜息を吐く。コレでも帰る道すがら、どう切り出すか、どう聞きだすか、色々と考えて来たのだ。だが、この豪快な母親に下手な駆け引きは通用しない。それどころかヘソを曲げてしまう。
だから慶志朗は無駄な事を考えるのは止め、単刀直入に行く事に決めた。
「え、ええと……かかかかか母さん!おおおおおおお教えて欲しい事があるんだ!」
「……言ってみな」
いつもと変わらぬ、そっけない口調で真彩が聞いて来るが、その先を言う事は何時もよりも勇気が要った。今まで真彩はその事を慶志朗に何も教えなかった。と言う事は、これから聞いても、もしかしたら教えてくれないかもしれない。
それでも、慶志朗には聞く必要があった。自分を友達と呼んでくれた翼の為にも。
「教えて母さん。父さんが持っていたって言う《能力》の事。僕にもその《能力》があるのなら、その使い方を教えて」
はたして真彩は――煙草を一息大きく吸い込み、ブハーッと吐きだすと、
「チッ……磯谷のクソジジぃか。余計な事を吹き込みやがったな」
忌々しそうに呟いたのを聞き、慶志朗は真彩が最初から全部知っていたのだと確信する。
「で?何で知りてえんだ。《超人》に仕返しがしてえのか?」
「違うよ。僕のせいで迷惑を掛けた友達がいるんだ。翼君って言うんだけど……僕の事を友達って言ってくれた初めての奴なんだ。翼君は僕なんかの助けは要らない位強いんだけど……それでも僕は、友達を助けたいんだ!だから教えてよ母さん!」
真剣な顔で言うと、真彩はアッサリと、
「別に教える程の事じゃねえんだけどよ……おいガキ!男の条件はちゃんと着てるか?」
「え?気合と努力と根性の事?うん、ちゃんと着てるよ」
慶志朗はそう言って制服とシャツを脱ぎ、ズボンをたくしあげ上げ真彩に見せる。
「馬鹿正直にちゃんと着てやがったか。素直なのはいい事だけどヨ……アホだろテメエ」
慶志朗が見せたそれを確認した真彩は、紫煙を吐きだしつつ笑う。
胸にはデカデカと『気合』と書かれたベストが装着され、それには小さいポケットが無数に付いており、中には鉄板の重りが入っている。腕と脚にも、それぞれ『努力』『根性』とかかれた、同じ様な作りの物が、こちらも鉄板入りで装着されていた。
これこそが、慶志朗の体重が異常に重い理由であり、医務室に運ばれた際、翼が不審に思い慶志朗の服を捲って眼にしてしまった物だ。
「え?だ、だって、母さんがこれは何があっても脱ぐなって言ったじゃない!」
「確かに言ったさ。でも、気が付かないもんかねえ……そんな物がいい男の条件な訳ねえだろうよ。んなアホな事をしていたのはテメエだけだってくらい、解るだろうに」
紫煙を吐きだしつつ真彩が笑う。確かに気合と努力と根性は彼女が慶志朗に着させた物だ。彼が小学校に入学した頃から。慶志朗はその頃からコレを着ている事は当り前の事だと信じ込んでいて、今日この時まで何の疑問も感じていなかったのだ。
「そ、そんな……!じゃ、じゃあコレは一体何のために?」
「それはアレを使う為さ。昔あの人が使っていた、帆村の人間だけが使うアレを、だ」
真彩はそう言うと、居間を進み納戸の前まで行き、扉を開く。中から出て来た物を見て、慶志朗は思わず眼を丸くする。
「こ、これは……本当に、これを昔父さんが使っていたの?」
「ああ。テメエの体格に合わせて設え直したがよ……間違いなくあの人が使っていた物だ」
それは、至る所に無数のリングが取り付けられた鎧。だが、時代劇に出てくる様な年代物では無く、最近作られた様な近代的な作りの鎧だ。そして肩には英数字が刻まれている。
体の重要な部分だけを白く塗られた金属で覆い、左腕側の手甲の肘当て部分に握り拳二つ分程の長さの、何かの柄みたいな物が収められている他は、リングと厚手の黒皮で覆われた鎧だ。大分軽量化されている様だが、それでも重厚な印象を受ける。丁度、今慶志朗が身に着けている、気合と努力と根性の三つに近い重量がある様に見える。
「そうか……だから絶対に脱ぐなって……じゃ、じゃあ僕もコレを使えるの?」
「あの人の後を継ぐ事を強制したくねえから内緒にしていたんだがよ。でもテメエが望むなら……何時でも後が継げる様に育てて来たんだ。テメエは自覚が無かった様だけどよ」
真彩は少し寂しそうに笑い、顔を上げると、
「だから、テメエはコレをちゃんと使える。そう言う風に育てた。その為に色々教えてきた。だがな……コレを身に着けたらテメエはもう後戻りは出来ねえ。《第三種能力者》として、あの人の後継者に……帆村の、否、焔の技を受け継ぐ事になる。その覚悟はテメエにあるのか?」
何時にない、突き刺す様な眼差しで言って来る真彩に、慶志朗は――
「いきなりそんな事を言われても、正直、急に覚悟が決まらないよ。でも……初めての友達を、翼君を助ける為に必要なら、どんな覚悟だってしてやる。僕は父さんの子なんだから!」
躊躇なく鎧に手を伸ばし、取り上げる。そしてパーツごとに分けられたそれを一つ一つ身に着けて行く。その姿を、何処となく嬉しそうに真彩は眺めている。
「ダチの為か。悪くねえ答えだ……」
小さく呟く。気が小さく、すぐイジケる息子だが、大事な物を守る為なら全てを賭ける事が出来る息子でもある事に、真彩は満足そうに煙草を一際大きく吸い込んだ。
鎧を装備し終えた慶志朗は、手甲と一体型になっているグローブの隙間を無くすように手を数度動かし、感触を確かめる。
真彩の言う通り、鎧のサイズは彼の体にピッタリで、違和感が有るとすれば、普段身に着けていた重り付き衣服よりも若干軽く感じる所程度だ。色々と仕掛けが加えられているようだが、初めて身に付けたにも関わらず、慶志朗には不思議とそれらの使い方が解る。
(本当に、僕はコレを使えるみたいだ。でも……)
と、慶志朗は思う。
「……本当にこんなので、翼君を助けられるのかなぁ……この鎧を着れた所で、結局僕自身は何にも変わってない訳なんだし……」
と言うのが本音だ。確かに鎧は体にシックリと来る。着ていると不思議な安心感もある。だが、言っては悪いがそれだけだ。不思議な金属で出来ている訳でも、彼の力を数倍引き上げてくれる訳でもない、ただの鎧だ。《超人》が使う《能力》のような強力な力などではない。
「やる気になったかと思えば、速効でヘタレやがって。メンドクセぇガキだな、テメエはよ」
短くなった煙草を灰皿に捩じ込みながら、真彩が呆れた顔でぼやく。ついさっき、自分の息子が男らしい顔つきになったと喜んだばかりなのに、僅かの間に元の情けない表情に戻ってしまったのでは、呆れるのも当然だ。だから真彩は慶志朗に近づくと彼の頭に手を乗せる。
「おいガキ。あのガッコでも趣味のアレは、ちゃんとやってんだろう?」
「趣味の……日曜大工?うん、ちゃんとやったよ。自分の『テリトリー』だもん」
「それなら心配するこたぁネエ。既にあの学園でテメエに敵う奴は居ねえヨ。今まで教えてきた事とあの人の鎧。その二つが在れば十分翼君とやらの助けになれるさ」
その言葉の意味は慶志朗には解らなかったが、とりあえず頷きを返す。だが、やはり不安が顔に出てしまったようだ。そんな慶志朗を安心させるように真彩は柔らかな笑みを浮かべ、
「それでも不安なら……テメエにチョッとしたオマジナイをかけてやるよ」
柔らかい笑みからニヘラッと悪だくみを思いついた様な邪悪な笑みに変え、真彩は慶志朗の頭の上に乗せていた手をワシャワシャとかき回す。
「うわわわわ、かかかかか母さん?きゅ、急に何をするのさ!」
「良いからじっとして居やがれ!ったく、高校生にもなってもテメエは相変わらず外見に拘らねえよな。こんなダセえ格好で、あの人の後を継がせる訳にはイカねえんだヨ」
そう言って、何処から取り出したのか、手には櫛とヘアスプレーが握られており、ブシャーっとスプレーを髪に吹き付け、グシグシと櫛で梳いていく。
「イデデデデデデッ!か、髪型なんて今変える必要なんてないじゃん!や、止めてってば!」
「ウルセエ、暴れるんじゃねえクソガキ。あの人は仕事の前には何時も身だしなみを整えていたんだ。だからテメエも、ダチの為に体張るならビシッと決めていけ!」
慶志朗は何とか逃げようとするが、こうなってしまったら真彩に敵う筈も無く、結局大人しく彼女が満足行くまで解き梳かれ、髪型を好き勝手に変えるに任せるしかなくなる。
「いいかガキ。男は格好付けてナンボだ。見栄を張れ。意地を見せろ。テメエにはそれが出来るだけの努力はさせてきた。だから自信が無くても笑って見せろ。守りたいなら怖くても虚勢を張れ。それがイイ男ってもんだ」
慶志朗の髪を梳かしながら、真彩が囁くように言う。
「……父さんも……イイ男だった?」
「アタリメェだろうが!あの人は最っっっっ高にイイ男だ!」
さも当然と言った様子でキッパリと言い切る真彩に、慶志朗は苦笑する。母にとっては未だに父は最愛の人だという事がその言葉からは十分すぎる程伝わってくる。
「どうだ?効果テキメンのオマジナイだろ?」
「……うん!そうだよね、僕がいじけてたら、イイ男の父さんの名が廃るもんね!」
「ハッ!解ってきたじゃねえか、ガキ。じゃあ、最後にとっておきのオマジナイをテメエにかけてやる。コイツを手にする以上、泣き言なんざ言えなくなるさね。と、その前に……」
髪をセットし終えた真彩はそう言って、慶志朗のダサい黒ブチ眼鏡に手を掛け取り上げる。
「あ、あ!眼鏡返してよ!無いと落ち着かないんだよ!」
「ウルセエボケ。こんなダセえ眼鏡してたら、せっかくのイイ男が台無しだろうが!」
真彩は取り上げた眼鏡を折りたたんで慶志朗に投げ返すと、懐から何かを取り出す。
「その格好の時には眼鏡なんざ要らねえんだヨ。必要なのはコレだ!」
手にした物を広げて慶志朗に突き付ける。
「……それは?」
「あの人が亡くなる時も身に着けていた――トレードマークだ。仕事の時にはコレを必ず身に着けていたんだぜ。やっぱ『焔』を名乗るならコレがねえとな!」
そう言って、取り出した物を慶志朗の首に巻き付ける。
「ハッ……流石親子だねえ。この格好をすると、あの人そっくりだよ」
慶志朗の姿を眺め、真彩が満足そうに頷く。
「父さんの……ハハハハ、確かにとっておきだ!そんな大事な物を渡されたら、もう逃げられないもん……最高に力が湧いてくるよ!」
「だろ。それを身につけてりゃ、何が在ろうときっとあの人が守ってくれる。ヘタレそうになったら力を貸してくれる。だからテメエはテメエのやるべき事をキッチリやってこい!」
「うん。有難う母さん!父さんが一緒にいてくれるんだ、負ける訳には行かないよね!」
準備を終えた慶志朗は真彩に元気よく答えると、勢いよく居間から飛び出す。と、ある事を思い出し、玄関の前で振り返る。
「あ、そうだ母さん。磯谷先生から伝言が有ったんだ」
「あん?」
「えーと……『変な性格に育てやがって、俺が苦労するじゃないか!それから煙草の吸い過ぎには注意しやがれ、肺ガンで死ぬぞ馬鹿生徒』……だってさ」
「あの爺ィめ……『テメエには言われたくねえ、アタシは一㎜gの煙草に変えてんだよクソ担任』って言っておけや」
不機嫌そうに言い返す真彩に、慶志朗はクスリと笑う。やはり、予想通り真彩もあの学園の生徒だった。だが、今は詳しい話を聞いている時間は無く、「行ってきます」と大きな声で言うと、先程駆け下りて来た裏山を目指す。
その背中に向けて真彩が、囁く様に声を掛けてくる。
「行ってきな息子……生まれ持った《能力》だけが全てだと信じ込んでいる《超人》どもに、《能力》を持たない人間の力を見せつけてやんな!」
背中を押す様な母の言葉に、慶志朗は振り向かずに親指を立て、全力で走り続けた。




