やせいのちょうじんがあらわれた
時間を少し遡り、慶志朗が職員室に呼び出されていた頃――
隣のクラスの女子に呼ばれていた理瀞が教室に戻ると、翼が自分の席に着いたまま、何やら難しい顔をして考え込んでいるのが眼に映った。気になったので近寄り、
「翼さんがそんな顔で考え込むなんて珍しいですね。どうかされたのですか?」
「ん……?ああ、理瀞さんか。いや、慶志朗君がもう居ないな、と思ってさ」
翼はそう言うと顎に手をやり、既に空席となった慶志朗の席をジッと見る。
「気が付くと、何時の間にか居なくなっている事が多いよね、彼は」
「そうですか?別に《無能》の行動を気にした事はありませんから、解りませんが」
「僕も最近気がついたんだけれど……授業以外で慶志朗君の姿を見た事が一度もないんだ。学食でも見た事も無いし、寮地区ですれ違った事も無い。確かに生徒の数が多いから会わない事もあるかも知れないけれど……それでも一度も無いと言うのは奇妙じゃないか?人目を避るみたいにすぐ帰るのも奇妙だし……これは何かあるのかな?何か秘密特訓しているとか」
冗談じみた事を真剣な顔で翼が呟くと、理瀞は、「またヘタレさんの話ですのね」と内心呆れつつも、総理事長である兄の宗則から聞いた話を翼に教える。
「残念ながら翼さんの想像は外れです。ヘタレさんは寮に空きが無いと言う事で、職員棟の屋上にある古い宿直室を使っているそうです。キッチンもお風呂もあるとかで、寮地区の施設を利用しなくて良いそうです。職員棟は教育棟の隣ですもの、人目に付く訳ありませんわ」
と言ってから、理瀞は「シマッタ!」と、慶志朗の居場所を教えた事を後悔した。何故なら、そう告げた後、翼がロクでもない事を考えている時にする表情……悪戯を思いついた悪ガキの様な表情でニヤリと笑ったのが見えてしまったからだ。
「へえ。専用の部屋があるのか……しかもすぐ近くに……ねえ」
「……また妙な事をお考えですか?」
「人聞きが悪いな。慶志朗君に習って、普通の学生見たいな事をしてみたくなっただけさ」
翼はそう言うと、いそいそと荷物を鞄に詰め始める。
「放課後に友達の部屋に押し掛けると言うのは、寮住まいの醍醐味だよね」
ワクワクした様な顔で言う。慶志朗の様に学園中から無視されている訳ではないのだが、幼年科からトップを走り続けている翼も友達は少ない。強力な《能力者》で在る事も手伝い、女子と良く話す事はあっても、憧れの眼で見られているだけなので、放課後に誰かの部屋を訪ねた事はこれまで一度もなかった。
放課後にまで会ってみたいと思う様な同級生はこれまで、理瀞を除いていなかった事も、今の思い付きをした原因の一つだ。
「……やはりその様な事を考えていらしたのですね。《無能》を友達と呼んで、更に自室にまで押しかけようなどと……物好きとしか言いようがありません」
呆れた顔で、理瀞が溜息交じりに言う。そんな彼女の様子に、翼は一瞬だけ表情を曇らせる。彼女までも、慶志朗が《無能》と言うだけで、奇妙な行動を取る事を気にしようとしていない事に、《超人》の《無能》に対する無関心さを感じてしまったから。だから翼は、
「まぁ物好きでもいいさ。僕が誰を友達と呼ぼうが僕の自由だ」
そう言って会話を切り上げて立ち上がろうとする。と、理瀞は澄ました顔で、
「では物好きな翼さんに一つ教えて差し上げます」
そう言われ、翼は不思議そうな顔で理瀞を見る。
「学友の部屋に連絡も無しに押し掛ける場合、手ぶらで行くと言うのは失礼と言う物です」
それまで後に回していた手を前に出し、翼に向けて見せる。
「……それは?」
「先程、隣のクラスの方から頂いたお菓子です。調理実習で作った物だそうですが……元々このお菓子を一緒に食べましょうと、お誘いするつもりでしたのですが」
大きな紙袋一杯に詰められたお菓子を見せて、理瀞は翼が良くやる様な笑みを浮かべる。
「如何です?この際ヘタレさんの所に伺って、三人でお菓子を食べながらお茶をご一緒すると言うのは?手土産としても口実としても申し分ないかと思いますが」
悪戯が成功した時の悪童の様な顔の理瀞に、翼は唖然とし、すぐに声を上げて笑う。
「ハハハハ!石理瀞さんだ。話が解るじゃないか」
「ええ。誰かさんのお陰で、どうやら私も物好きになってしまった様ですわ」
唇を尖らせて、ワザと拗ねた様な口調で言う理瀞に、翼は再び声を上げて笑う。口では何だかんだ言いつつ、自分と同じ様に慶志朗に興味を持ち始めた理瀞の事が嬉しく感じ、
「折角だ。売店で何か飲み物を買って行こう。慶志朗君の分もね」
楽しそうに言って、翼は理瀞を促し食堂の自販機へと買い出しに向かう。
その姿を、隣のクラスから東奥がジッと見ていた事には最後まで気が付かなかった。
「しかし……職員棟の屋上に宿直室があったとは知らなかったよ」
「三十年も前に使われていた物で、今は倉庫だった物をご自分で修理されて住んでいるとか。測定の時に日曜大工が得意と言っていたのは本当のようですね」
購入した缶ジュースを手に、食堂から職員棟に続く渡り廊下を進むうちに、窓越しに職員棟の屋上が眼に入る。渡り廊下は二階部分にあり、五階建の職員棟の屋上は見上げる形になるのだが、見上げた屋上に、遠目でも解る制服姿がチラチラと見え隠れしている。
「お、制服って事は……アレは慶志朗君だな。へえ、本当に屋上で生活しているんだなぁ」
「その様ですね。ですが……あれは何をしているのでしょうか?」
「どうやら剣の練習みたいだね……一人で秘密の特訓って訳だ。面白くなってきたね」
「そこまで格好の良い物とは思えません。私には奇妙な踊にしか見えませんわ」
「うん……僕にも何だかウッーウッーウマウマを踊っているだけに見えて来たな」
「う、うーう?何ですか、それは?」
「何か、外で流行っていたサブカルチャーの踊らしいよ。今度一緒に踊ってみる?」
「ご遠慮いたします」
廊下からでは距離があり、慶志朗の動きがハッキリ見える訳ではないが、それでも木刀を振るう度に体がフラフラと揺れ動いているのがわかる。と、突然慶志朗の姿が見えなくなる。
「……あ、コケた」
「その様ですね……相変わらずダサいヘタレさんですわ」
互いに顔を見合わせて肩を竦めていると、少しして再び慶志朗らしい人影が動きだす。先程と同じ様な奇妙な踊に見えたが、やがて動きが徐々に滑らかに、行動範囲が広がって行く。
「驚いたな……思っていたよりも動けるじゃないか、慶志朗君は。練習試合ではいつも一撃二撃で気絶していたから気が付かなかったな」
「確かに《能力》が無いのにしては良く動きますね。最近は、試合時間も延びて来ているらしいですし……試合であの動きが出来れば、ヘタレさんももう少し粘れるでしょうね」
窓の外の、屋上で一人木刀を振るう慶志朗を眺めながら理瀞は翼の言葉に同意し、呟きを洩らす。理瀞の言葉に頷き返して――そこで翼は違和感を覚える。
初めて会った時から感じる、奇妙な違和感。まるで何かを見落としている様な、言葉では言い表せない、実に奇妙な感覚を、慶志朗の姿を見ていると覚えてしまう。
「どうされたんですか?急に難しい顔をされて?」
顎に手を当てて考え込み出した翼を、理瀞が眉をひそめつつ聞いてくる。それに答えようと口を開くよりも早く。
見上げる翼の眼の前で、屋上が一瞬だけ陽炎に包まれたかの様に揺らぐ。
「……領域が形成された……?」
「その様です。しかし、何であのような場所で……?」
眼の前で起きた光景に、翼と理瀞は状況が解らず戸惑う。
学園内では、攻撃系や、捜索系、精神操作と言った、影響力の強い《能力》は、領域と呼ばれる保護された空間内のみで使用が認められている。一種の空間防壁であり、二次被害を防ぐための処置だ。演習場やグラウンドなどは、試合や訓練の時にこの領域で覆われていが、通常、試合の時や演習場以外でこの領域が形成される事は無い。原則として、授業以外で特定以上の強力な《能力》の使用は禁止されているからだ。
だが、幾つか例外がある。例えば、《能力》向上の為の個人練習。それと《超人》同士の「個人的な練習試合」の場合。だが、練習試合は教師の立ち合いが必要という条件はある。
優れた《超人》を生み出す事を主題としている育成科では、この様な個人的な《能力》の使用というのは珍しくなく、翼や理瀞も何度も利用している。
だが、普通は演習場やグラウンドで許可を出す物だし、職員棟の屋上で許可が下りた事などこれまで聞いた事が無い。しかも、あそこに居る慶志朗は《無能》だ。個人的な練習をしていても、それは《能力》には無関係で、領域が張られる事は無い筈だ。
二人は互いに顔を見合わせ、同時に同じ結論に至った事を感じる。一拍の後、どちらからともなく、職員棟の屋上へ直結している外階段へと走り出す。
「まさか……慶志朗君にそんな度胸があるとは思えないけど」
つまり、慶志朗は今、領域が必要な程の強力な《超人》と「個人的な試合」をしていると言う事。授業で一度も勝つ事の出来ない《無能》が、そんな事をするなど――
「ヘタレさんらしくないですわ。自らその様な危険な真似をする筈がありません」
走りながら理瀞が言う。これまでの行動から、慶志朗が授業以外で自ら試合を行う様なタイプでは絶対無いと断言できる。そもそも、《超人》が授業以外で《無能》に積極的に関わろうとするなど、翼と理瀞以外居ない筈だ。
二人は《能力》こそ使かっていないが《超人》の持つ圧倒的な身体能力を発揮し、僅か数秒で廊下を掛け抜け、外階段を駆け上がる。
二人が屋上に辿り着いた時、真っ先に目に飛び込んで来たのは――
「ぬほほほほほほほほほほぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
という奇妙な声と、カサカサと音が聞こえて来そうな、気色の悪い動きで床を這いずって逃げ回る慶志朗の姿だった。
その奇妙な動きに、翼の足は止まり、理瀞は髪を逆立てて翼の腕にしがみ付く。
「ヒッ!な、何て気持ち悪い動きを……!まるで○キブリですわ!」
「り、理瀞さん!それは思っても言っちゃだめでしょ?」
口ではそう言うが、翼もこの動きには流石に嫌悪を抱いた様で、屋上階段の踊り場から中に踏み込む事が出来ないでいた。
と、四つん這いで逃げていた慶志朗が唐突に、びょん!と飛び跳ねる。その動きが再び黒光りする昆虫を思わせ、再び理瀞が小さく悲鳴を上げる。
彼女の悲鳴に重なる形で、慶志朗が飛び退いた辺りが、爆発した様に吹き飛び周囲を揺さぶり、埃を巻き上げる。しかし、実際に何かが爆発した訳では無く、衝撃だけが襲っている。
「これは……圧縮された大気……?まさか相手は東奥か!」
襲い来る衝撃に耐えながら翼が呟く。慌てて慶志朗の様子を見ると、
「うひぃぃぃぃぃっ!」
直撃は避けた物の、激しい衝撃波に体を飛ばされた慶志朗が情けない悲鳴を上げ、床にゴロゴロと転がる。だが、転がりながら器用に立ちあがると、今度は二本脚で逃げる。
「ハハハハ!ヘタレらしい避け方じゃねえか。オラ、どんどん行くぞ!」
舞い上がる埃の向うから、嘲りと共に東奥が姿を現す。手には大気が塊となって浮かんでいる。それを立て続けに慶志朗に向けて撃ち込む。だが、本気では無い様で、殆どの攻撃は慶志朗に直撃せず、掠める様に撃っている。
そのお陰か、慶志朗は何とか東奥の《空圧》をかわす事が出来ている物の、逃げるだけで手一杯の様子で、必死な形相で、
「うほぉ!にょはぁ!」
と、奇声を上げて、例の気味の悪い動きで避け続ける。が、それも何時までも続く訳が無く、とうとう大気の塊が慶志朗の身体を捉える。
「うひゃぁあぁぁぁぁぁぁっ!」
慶志朗の悲鳴と、轟音が職員棟の屋上に響く。が、直撃はしていなかった。慶志朗の身体に攻撃が当る直前、彼の眼の前に光の塊が生まれ、それが東奥の衝撃を防いでいた。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁ……あれ?なななななんとも無い……って光の盾?まさか翼君?」
突然の出来事に思わず尻餅を付き、呂律が怪しいまま慶志朗が慌てて周囲を見渡し、翼達の姿を見つけると、ホッとしたような、泣きそうな、実に情けない顔になる。
「……おいおい、どういうつもりだ、翼よ?乱入はマナー違反ってもんだろ?」
とぼけた口調で言いつつ、東奥はアッサリと慶志朗から視線を外し、翼に向き直る。
「マナー違反どころじゃない。《無能》者相手に授業以外で《能力》を使うなんて……明らかな校則違反だよ。一体何の真似だい?」
「何言ってやがる。俺は単にこのヘタレと課外訓練をしていただけだぜ?それをテメエは邪魔したって訳だ。一対一の闘いに手ぇ出すとは随分ナメた真似をしてくれるじゃねえか」
東奥が翼に気を取られている隙に、慶志朗はワタワタと動き、翼達の背後に隠れる様にして床から起き上がる。
「ぼ、僕が練習していたら東奥君が勝手に押しかけてきたんじゃないか!」
「ちげえよ、ばぁか。ここの領域は俺が申請したモンなんだよ。俺が『職員棟の屋上』で《能力訓練》をしている所にテメエが入って来たんだよ。つまり押しかけたのはテメエの方だ」
「え、え?りょ、領域?何の事?」
慶志朗には意味が解らず、翼の影から聞き返すが、東奥はニヤニヤと笑うだけだ。
「……成程、手順を踏んでいると言う訳だ……随分回りくどい手をつかうじゃないか」
翼は鋭い眼差しで東奥を睨むが、彼はとぼけた表情を変えない。
「ま、そう言う訳で、俺がテメエに邪魔されるイワレはねえんだよ。で……俺とヘタレの試合のジャマした落し前はどう付けてくれんだよ、翼?」
「白々しいね……そんなに僕と戦いたいのかい?でもコレは少々ヤリ過ぎだよ」
翼は忌々しそうに吐き捨てると、鋭い視線を東奥に投げつける。
「何故慶志朗君を巻き込んだ?大体、君との試合はこの前引き分けで終わったばかりだ」
「勝負は決着がつくまでやるもんだ。短けぇ試合じゃ意味がねえ。それに……」
東奥はそう言うと、好戦的な笑みを浮かべる。
「テメエのお気に入りを潰した方が、その気になりやすいだろ?正式な試合で手抜きされて引き分けじゃ面白くねぇ。本気で、対等の条件でテメエとやって勝つのが良いんじゃねえか」
「……そんな下らない事で《無能》者の彼に《能力》を使ったというのかい?」
翼は表情を消し、ゾッとする様な冷たい眼差しを東奥に向ける。理瀞も険悪な眼差しを隠そうとせずに東奥と睨んでいる。この場にいる誰もが既に慶志朗の事を見ていない。
当事者の筈だったのに一人置いて行かれた感じの慶志朗は、状況が全く把握出来ずに、ただ翼と理瀞の背後でオドオドと事の成り行きを見守るばかりだ。
「それで……どうするんだい?このまま始める気かな?」
気が付けば、翼の周囲で光の粒が踊っている。既に翼はその気になっている様で、《能力》が溢れ出し光が実体化しつつある。だが、けしかけた本人の東奥は静かに頭を振る。
「まさか。折角メンドクセえ手順踏んでんだ。ここまで来たら、規定道理やるしかねえだろ?都合のいい事に今夜、二度目の個人領域申請出してんだ。全く偶然だぜ」
「全く君らしくもない手廻しの良さだね。手っ取り早いのが好みじゃなかったのかい?」
「ハッ!流石に教師ドモの頭の上でテメエとやりあったら、テメエも俺も処分の対象になっちまうからな……数時間程度なら待つさ」
翼も東奥も、どうやら同意した様子だが、何がどうなったのかさっぱり理解できない慶志朗は、おずおずと、
「ちょ、ちょっと待ってよ!一体何の話しをしているの?何かまるで決闘の申し込みしているみたいじゃないか!」
一人話から置いて行かれている感じがしたため、つい大きくして言うと、翼の向うに居る東奥はすっかり慶志朗の事を忘れていたようで、
「なんだ、まだ居たのかテメエは?って、そういや試合の途中だったか。じゃあ、もう用はネエからさっさと消えろよ」
東奥はそう言うと、無造作に腕を突き出す。何時の間にか彼の掌には大気の塊が生まれており、先程とは違い至近距離で《空圧》が慶志朗に向けて放たれる。
「うひょぉ!」
突然の事に慶志朗が声を上げる。翼も理瀞も、東奥の動きに気が付き、ピクリと体を振るわせるが――今度は手出しをせず、衝撃が慶志朗の身体を捉えるのをジッと見つめていた。
(なっ……何で?)
東奥の攻撃で吹き飛ばされ宙を舞いながら、慶志朗は茫然となる。先程は防いでくれたのに、今回は見捨てられた。それが信じられずに、飛ばされながらも眼を翼達に向ける。
眼に飛び込んで来たのは、悔しそうに唇を噛み締める翼と、やり切れない表情で視線を逸らせた理瀞の顔だ。二人のそんな様子を見て慶志朗は、
「ああ……やっぱり心配してくれたんだ……」
屋上の床に叩きつけられる直前、慶志朗はそう呟いて、そのまま意識を失った。
「コレで試合終了ってな。しかし、今度はちゃんと手出ししなかったってのは感心したぜ」
慶志朗が意識を失った事を確認した東奥が翼達を振り返る。
「……形はどうあれ……慶志朗君が君に挑んだ以上、僕達は手を出せない。それが僕達のルールだ。知っていているクセに白々しいよ」
憎々しそうに翼が言うと、東奥は悪びれた風もなく方を竦ませる。
「まあな。まさかこんな簡単に引っ掛かってくれるとは思わなかったぜ。やっぱりテメエはヘタレに気を取られ過ぎだ。本番じゃこんなポカはしねえでくれよ」
東奥はそう言うと、悠然と翼達に背を向け、屋上階段の方へ向かって歩いて行ってしまう。翼と理瀞はその姿を黙ったまま眺めていたが、やがて翼はそっと溜息を吐く。
「やれやれ……どうやら僕のイザコザに慶志朗君を巻き込んでしまったようだね」
翼は気絶している慶志朗に近付くと、少し悲しそうに呟く。
「……翼さんのせいではありません。付け込まれる口実を作ったヘタレさんの責任です」
「でも……慶志朗君は《無能》者だ。彼には無関係な話だよ」
「いいえ。この方はご自分の意志でこの学園に残ったのです。もう、立派な特別育成課の生徒なのです。《無能》かどうかなど関係ありません。ここはそう言う場所なのですから」
意図して理瀞が硬く突き放す様な口調でいう。その言葉に、翼は力なく笑みを浮かべる。
「そう……そうだったね。彼は自分の意志で《超人》の世界に来たんだ。だから《無能》者でも《超人》と対等に扱うべきだ。それは解っているんだ。けれど……」
翼は気絶した慶志朗の頬をそっと撫でる。
「やっぱり君にはこの世界には向いていないよ……普通の生活に戻る方が君の為だ」
「それはお前が決める事じゃないぞ結城」
そう言って来たのは理瀞でも無ければ、気絶した慶志朗でもない。二人の背後、東奥が去った階段の方から、不機嫌そうな声が尚も続く。
「先生……?」
翼達の担任、磯谷が屋上階段の方から姿を現し、苦虫を噛潰した様な表情で周囲をグルリと見渡す。そして視線を翼と理瀞、気絶したままの慶志朗と順番に向けて、
「もっとも、俺には状況がわからんのだがな。妙に屋上が喧しいと思って様子を見に来てみればこの有様か。一体何があったんだ?」
コワモテの初老教諭に凄む様な顔で聞かれ、翼と理瀞は何と答えるべきか一瞬迷ったが、何も話さない訳にはいかないので、仕方なく事の経緯を磯谷に話し始めた。




