そして芽生える友情(?)
食事場所は中継ステーションの広大なフードコートが指定されており、他の生徒も集まっている。三人は窓際の席に陣取り、それぞれ食事を摂る。
慶志朗のお昼ご飯は自分で握ったオニギリ。本当は弁当を持参する必要は無く、このフードコートの売店で購入しても良いのだが、念のためにと、持ってきていた。翼達の選んだメニューを見る限りそれは正解だったようだ。
翼と理瀞は売店でそれぞれ好みのメニューを購入し、向かい合わせで慶志朗と翼が座り、翼の隣に理瀞という席で昼食を食べていると、翼は途中で食事の手を止めて、幸せそうな顔でオニギリを食べている慶志朗の手元をジッと見つめる。
「随分小食なんだねえ。僕も小食な方だけど……それだけで足りるのかい?もっと食べないと……だから身長が伸びないんじゃないかい?」
「失礼ですよ、翼さん。あれ程の異常な体重ですから、きっとダイエットしてるのですよ」
「ほっといてよ!好きでチビやってる訳じゃないやい!ダイエットでもないです!」
ウガァ!と吠える様に言い、慶志朗はビシッと翼と理瀞のメニューを指さし、
「それに僕がそんな量を食べたら、縦じゃなくて横に大きくなるだけだよ?本当にダイエットしなくちゃいけなくなっちゃうよ」
と、バイキングの大皿丸ごと持ってきた様な巨大なピラフの半分ほどまで平らげている翼に向かって言う。隣の理瀞も同じ位のサイズの、こちらはピザを半ば程まで既に食べている。二人だけでは無い。周囲を見渡せば、ジャージを着た三黒須の生徒全員が、皆似たり寄ったりの、特大サイズの料理を平気で食べていた。
慶志朗が入学して一番驚いたのがこの食事量だ。超人と言うのは皆恐ろしく良く食べる。《能力》を使うには体力がかなり必要らしく、過酷なスポーツの選手が、体力を維持する為に常識では考えられない量の食事をするのと同じで、《超人》も尋常ではない量を毎日食べる。
当然、三黒須内部で出てくる食事は、寮の食堂から園内のコンビニに至るまで、全て大食いチャレンジに出てくる様なギガ盛りだけ。中継ステーション内の食事を出す店も、全部《超人》仕様の量で営業している様で、慶志朗にはとてもではないが食べきれる訳が無い。
慶志朗が頻繁に抜け出し実家で食事したり、自炊にこだわったりしているのも、この量を毎日食べたらあっという間に横綱体型になってしまうからでもある。
「そうか……一般人はこんな量を食べないんだっけ。どうも学園で生活していると外の世界の事には疎くなって駄目だなぁ」
と言いつつも、ドカ盛りピラフを美味しそうにパクついている。と、スプーンを口に運ぶ手を止め、悪戯を思いついた悪童の様な顔で慶志朗を見る。
「そうだな……折角だし、少しは一般社会の事を知っておこうかな。と言う訳で慶志朗君。一般社会代表って事で聞きたい事があるんだけど」
そう言う翼の顔を見ながら、理瀞は「また変な事を思いつきましたわね」と、嫌な予感に襲われるが、翼は嬉々とした表情で、
「君って中学時代どんな感じだったんだい?恋人とかは居たのかな?まさか三黒須に来たのって失恋の痛手から逃げる為とか?」
慶志朗は、ぶびゃっと奇妙な音と共に吹き出し、ゲホゲホと咳き込みながら、
「そ、その質問の何処が一般社会!てかフラれたのが大前提?そもそも僕は女の子に全然モテないから恋愛とか全くないし!大体そんな事聞いてどうすんのさ?」
「まあ、確かにモテそうにないね……って冗談!冗談だから拗ねてまた奇妙な絵を書かないでくれないか?ほら、折角友達になれたんだし、昔の事を色々聞いてみたいじゃないか」
「ととととと友達?僕と?翼君が?」
「そうだよ。嫌かい?」
「いいいいいい嫌なんかじゃないよ!むしろ嬉しいし!」
生まれて初めて友達と呼ばれ、慶志朗は舞い上がって口調が怪しくなる。そんな慶志朗の様子を翼は興味深そうに眺め、理瀞は複雑そうな顔で翼を見ている。
「じゃあ友達のよしみで教えてよ。君の中学生時代は興味があるんだ」
ズイッと顔を寄せて言う翼に、慶志朗は何故かドキッとする。アップで見る翼は羨ましい程整っていて、間近で見ていると何故か頬が赤くなる。それを隠そうとぶっきらぼうに、
「……昔の話なんてしてもつまらないよ。平凡な中学生だったからね、僕は」
「平凡……ねえ……」
翼が含みの有る言い方をしたので、気になって見ると苦笑じみた笑みを浮かべていた。理瀞の方を見ると、彼女も似た様な表情で首を傾げていた。
「……何か変な事言ったかな?」
「何でもないよ。どんな風に平凡だったのか、詳しく話してみてくれないかな?」
「期待している様な話は何もないよ。地味で平凡で目立たなかったから。存在感が無くて居ても居無くても同じだから、って付いたのが『空気君』。それが中学の頃のあだ名だよ」
瞳を輝かせて聞いてくる翼に、慶志朗は苦笑しながら答える。別に隠す事でも無いと思い、小学生の時や中学時代の話を二人にする。如何に自分が地味で平凡であったか。淡々と一五年の生涯を漏らさず伝えるが、話すべき過去が殆ど無く、十分も話せば語る事も無くなる。
(……本当につまらない人間だな僕は。印象に残る様な思い出が全然無いや)
話しながら、慶志朗は心の中で冷や汗を垂らす。強いて過去最大の出来事を上げれば父の死だが、ソレだって六歳の頃の話で、正直良く覚えていない。
「ま、そんな訳で僕は平凡で変わり映えのしない人生を望んできた自分を変えようと、入学案内で一番変わった宣伝文句を乗せていた三黒須学園を受験したんだ。……まさか《超人》だけの学校だとは思わなかったけど」
慶志朗がそう言って話しを締め切ると、翼と理瀞は、戸惑った様な顔をしていた。
「……どうしたの?」
「いや……意外と真剣に考えてこの学園を選んでいたんだと驚いてね」
「確かに三黒須学園は平凡とは無縁ですから、そういう意味では正しい選択と言えますね」
「しかし、面白い発想だね。自分を変える為に変わった学校を探すなんて」
「そうかな?誰でも志望校を選ぶ時はこんなもんでしょ?翼君は違うの?」
感心した様に言う翼に、慶志朗は苦笑いしながら聞く。
「僕は物心ついた時には《英雄系》の《能力》に目覚めて居たからね、選ぶまでも無く三黒須学園に入学する事が決まっていたよ。『氷の女王』を超える事を求められてね」
「氷の女王?」
「二十年程前に在学していた、三黒須学園伝説の《超人》の二つ名です。歴代十名の中で一番の呼び声の高い《能力者》です。在学中に歴代の《超人》達の記録を全て塗り替えてしまった、学園の歴史に残る天才と呼び称された女性です」
聞き覚えの無い呼び名に首を傾げる慶志朗に、理瀞が答える。翼も頷き、
「《超人》の世界では誰でも知っている名前だよ。《魔術系》の上位、水系統に特化した《元素系》の《能力者》で近年最強と言われている《超人》さ」
「連盟での活躍を期待されていたのですが、彼女は卒業後すぐに一般人の方と結婚して《超人》の世界から去ってしまいました。翼さんは『氷の女王』以降、最も強力な《能力者》として、彼女を超える逸材、と学園中が期待しているのですわ」
「へえ、そんなに凄い人なの?僕は翼君が一番凄い《超人》だと思ってたよ。だって翼君の《白銀》は目茶苦茶強いじゃないか。それにとても綺麗だし」
《元素系》がどういう物なのか今一解らなかったが、取り敢えずそう言うと翼は、
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……僕はあの人には多分敵わないよ。記録を見た事が有るけど、正直化物としか言いようが無かった」
軽く肩をすくめて笑う。自嘲じみた笑みを浮かべた事に、慶志朗は少し驚く。翼は他の生徒の《能力》を見ても、何時も平然としていた。その翼が、素直に敵わないと言うとは思っても居なかった。もっと、自分の《能力》に絶対の自信が有るのだと思っていた。
「翼君にも、敵わないと思う人が居たんだねえ」
「それはそうさ。純粋な《能力》だけなら僕の方が強力だよ。でも、それだけで歴代十位の人達に並べる訳じゃないからね。ま、でも高等科卒業までには彼女に並んでみせるよ」
「翼君らしいね。あ、じゃあ……もしかして、理瀞さんも『氷の女王』を目標にしているの?」
慶志朗が何気なく聞くと、何故か理瀞は微かに頬を赤らめ、翼が意味ありげな笑みを浮かべる。その様子に慶志朗が不思議そうに首を傾げると、笑みを浮かべたままの翼が、
「理瀞さんはね、白馬の王子様を追いかけて三黒須学園に来たんだよ」
「つ、翼さん!ですから、誤解のある言い方をしないで下さいと何時も……!」
理瀞が慌てて翼の口を塞ごうとするが、翼はその腕をスルリと避け、悪戯小僧の顔をする。
「何でも、子供の時に一人の《超人》に助けられた事が有るらしいんだ。その助けてくれた《超人》に一目惚れして、彼を探す為に三黒須に入学したんだよ。ロマンチックだよねえ」
「そうなんだ。ってあれ?彼って事は助けてくれたのは男?でも、確か静野さんはレ……」
「お黙りなさいヘタレ」
「ヒィ!ゴゴゴゴゴメンナサイ!」
慶志朗が口走ろうとした瞬間、理瀞が頬を赤らめ恥じらう仕草のまま、殺人的な視線で睨みつけて来たので、思わず悲鳴を上げてガタガタと震え出してしまった。
「命が惜しければ翼さんの前で不用意な発言は避けていただけますように」
慶志朗にしか聞こえない声で囁く理瀞に、慶志朗は怯えながらもカクカクと頷く。
「?どうしたんだい二人共?なんか様子がおかしいけど?」
「ホホホ、何でも有りませんわ。翼さんが私の恥ずかしい話をされたので照れただけです」
理瀞は凶悪な視線を一瞬で消して上品に笑う。
「そう?なら良いんだけれど。そう言えば詳しく聞いた事なかったな、その《超人》の事は。一体どんな《能力者》だったんだい?」
「それが……実はあの方は《能力》を一切使わずに、私を助けてくれたのです。ただ、圧倒的な強さでしたので、《強化系》の《能力》で、肉体強化されていたのかもしれません」
本来《超人》が《能力》を使用すれば、生体エネルギーとレクト・エレメの反応が有るので相手が何の《能力》を使ったか有る程度解るのだが、当時の理瀞は、まだ《能力》について詳しくなく、《能力》の反応を察知する事が出来なかった。
「何分、六歳の頃の話ですので《系類譜》など当時は知りませんでしたから。ただ、あの方の姿は今でもハッキリ思い出せます。白の帽子とスーツが似合う、とても紳士的な方でした」
ウットリと、夢見る乙女の様な表情で言う。
「私はあの方の様に、弱きを助ける事の出来る《超人》になりたくて、この学園に来る事を決めたのです。それが、あの方のご恩に報いる道だと思いましたので」
「そうだったんだ。しかし……白の帽子とスーツってコーディネートは今時どうなんだろう?僕も白は好きだけど、古いと言うか、ちょっとアレ過ぎないかな……」
お洒落な翼らしい言い方で苦い顔をすると、慶志朗はキョトンとした顔をする。
「何で?輝く純白は男の心意気じゃない。僕の父さんも良く白のスーツ着ていたらしいし」
「慶志朗君……やはり君のセンスは少なからず一般からずれていると思うよ?」
翼が呆れた顔で言うと、慶志朗は益々不思議そうな顔をして、
「えーそうかなぁ?僕は普通だと思うんだけれど」
「いや、普通じゃないと思うよ。先程、君は自分の事を平凡だと言っていたけれど……僕は君が平凡だとはとても思えない。十分変わっていると思うよ?」
翼が余りにもアッサリ否定したので、慶志朗は一瞬、翼が何を言ったのか聞き逃し、思わず瞬きをして聞き返す。
「変わってる?え、何で?どう見ても平凡じゃない。取り立てて特徴は無いし目立たないし」
「目立たないから平凡とは限らない。いいかい、慶志朗君。ウチは《超人学園》なんだよ?普通の人間にとって《能力者》とは化物以外の何者でもない。その化物の中、ただ一人の一般人として平然と生活している君が平凡である訳がないじゃないか」
翼が皮肉気に唇をつり上げて笑うと、理瀞も頷き、
「それは言えています。《無能》……一般人から見れば、《超人》の《能力》は銃や爆弾以上の驚異です。その《超人》に混じって試合を行い、逃げ出さずにいると言うのは、一般人では非常に珍しい事ですわ。そういう面から見れば、ヘタレさんは平凡とは言えません」
「そ、そうかなぁ?そんなに二人が言う程《超人》って化物じみているかなぁ?確かに最初は《能力》はおっかないし卑怯だと思ったけれどさ……それ以外は《超人》も《無能》も、そんなに変わらないと思うんだけど」
慶志朗は首を捻りながら言う。
「授業だって《能力訓練》以外は一般の学校と変わらないし、皆だって《能力》が使える以外は、普通の学校の生徒と変わらないよ。授業中にサボってゲームやったり居眠りしたり、放課後に皆で集まって騒いだり、休みの日には外に出掛けて遊んだりしてさ、そういうのは《超人》も《無能》も無いよ。同じ学生なのに変わり無いじゃないか」
当り前の様な顔で慶志朗が言うので、翼と理瀞は驚き、思わず互いの顔を見合わせる。やがて、翼がクスクスと笑みをもらし、
「ふふふ……ほら、やっぱり君は平凡なんじゃないよ。実に僕達の事を良く観察している」
「全くです。しかも、今ご自分がどれ程凄い事を言ったのか気が付いておられない様子です」
理瀞も、半ばあきれた様な顔で呟く。彼は今、《能力》さえ使わなければ《超人》もただの人間と変わりは無い、と言ったのだ。そんな事を言う人間が居るとはこれまで考えなかった。
確かに《超人》も生物学的には人間だ。だが、《能力》の存在が、翼達を《超人》という人間とは違う存在にさせている。その事で、過去どれ程多くの《超人》が一般人から迫害されて来たか。事実、編入組の生徒の中には、変異的に《能力》に目覚めてしまい、人間社会に適応できなくなった為に仕方無く入学してきた者もいる。
それほど、《能力》は持たない者にとって脅威であり、《能力》を使える者は人間とは別の生き物、《超人》として区別して考えるのが普通だ。それなのに――
(成程……何となく、翼さんが気になる理由が私にも解ってきました。この方は……《超人》を特別な存在だとは全然考えていないのですね)
この帆村慶志朗と言う少年は、ごく当たり前の様に、《超人》を、ただ《能力》が使える『人間』として考えている。自分と同じただの学生だと。そこに差は無いのだと。
「まさかそんな考えを出来る《無能》が居るとは思いませんでした。貴方は余程の大物か、或いは世紀の大馬鹿か。どちらにしても、平凡とは思えません」
「平凡じゃ無いけど大馬鹿って……静野さんひどい……」
慶志朗がズーンと落ち込んでテーブルの隅をグリグリと指でこすり始める。
「うわ……また拗ねた。意外と面倒だよな慶志朗君は」
「本当に。鬱陶しいヘタレさんですわ」
二人は互いに顔を見合わせ、煙が出て来そうな勢いでテーブルをこすっている慶志朗を呆れた顔で眺めているしかなかった。
「アイツら、また一緒にいやがるぜ。ったく……《無能》に付き合うなんてアホじゃないか?」
三人の様子を、離れた所から眺めていた集団の一人が面白く無さそうに吐き捨てる。
東奥とその取り巻きの集団だ。
「しかも《無能》を友達だか言ってやがる。プライドがねえのかアイツには?」
別の男子生徒も忌々しそうに言う。彼等にとって特別育成課の生徒と言う事は、多くの《超人》の中から選ばれた一握りであると言う意味を持つ。
そして特別育成課の生徒は、何処までも貪欲に《能力》を高める事を求められる。その選ばれた《超人》の世界に、初めから入学する資格を持たない《無能》が堂々と入りこみ、授業を受けていると言う事は許せない事だ。
だが、それよりも許せないのは、選ばれた《超人》の中でトップに立つ翼と、三位の理瀞が揃って《無能》に興味を示している事だ。それは、二人にとって他の《超人》は既に眼中にないと公言している様な物だ。
「ハン!ヘタレなんぞどうでもいいが……いい加減アイツらには我慢出来ねえなぁ」
それまで黙っていた東奥が食事の手を止めて、
「あれ程言っても解らねえとはよ……《能力》に興味を無くした上位《能力者》なんざ、眼ざわり以外の何モンでもねえ。そんな奴等はさっさと引きずり落とすのが一番だ。だろ?」
周囲の取り巻きを見渡して言う。だが、そうは言っても東奥と翼の試合はこの前終わったばかりだ。結果は時間切れの引き分け。再戦の機会は当分先になる筈だ。
東奥以外の生徒では翼に勝てる筈も無い、と皆が戸惑った様な顔をしているのを、東奥はニヤリと薄暗く笑い、自信たっぷりに、
「正規の試合が無理なら、他の手が幾らでもあるだろうが。ここは《超人学園》なんだぜ?」
そう言うと、東奥は取り巻き達に向けて、小さな声でヒソヒソと話し始めた。




