超人達の日常
最初、教師の言葉は眉ツバ物で今一信用出来なかったのだが、この学園で過ごす内、徐々に慶志朗にも教師の言った事が本当かも知れないと感じる様になってきた。
当初、単に派手さの為だけに染めていたと思っていた生徒達も、注意深く観察してみると、チョッとした仕草や表現の仕方が、日本人とは微妙に違う事が解った。
殆どの生徒は幼年科時代からこの世界に居る為に日本の習慣は身についている様だが、やはり違うと感じる。どう違うか、と聞かれても答えにくい様な細かい部分だが。
そして日が経つにつれ授業は本格化していく。演習場を使った訓練も始まった。
ドーム球場並の広さがある建物で、《能力》の威力を抑える機能が在り、室内であるにも関わらず生徒達は本気で力を使う事が出来る。と、言っても一人だけ例外が居る。
それは翼だ。だが《能力》制限は緩和されており、磯谷曰く「大よそ三割程度」まで使えるとの事で、今翼が使う《白銀》は校庭の時よりも細かい光の板で形成されており、依然と同じ半分透けた様な作りだが、『騎士』の名に恥じぬ美しい甲冑の様なフォルムになっていた。
クレメンテが言った通り、演習場は様々な状況を想定してセットが組み込まれており、磯谷が彼女に指示を出すと、床から様々なセットがせり上がって来る仕組みだになっている。
翼の試合のセットは森林らしくそこかしこに木や草が生い茂っている。その擬似森林の中で翼と対峙していたのは理瀞だった。
「うは……『白銀の騎士』と『黒百合姫』の試合……一位と三位の戦いか。流石に凄いな」
見学していた生徒がそう呟く。始まったばかりだが理瀞は最初から本気の様で、得意の黒い霧、《黒塵》を身の周囲に漂わせ、幾つかの塊に分けて翼に向けて撃ち出す。
その攻撃を翼は素早い動きで避ける。が、避けた筈の塊が空中で水飛沫の様に弾け、白銀の鎧に降り注ぐ。付着した部分はまるで闇に溶けた様に光る板が消えて行く。
「中々やるね……でもこれだけじゃね」
所々光が剥げ、破損した半透明のポリゴンじみた《白銀》を纏う翼は、
「ソルアーマー、リ・コンタクト!レリック、スタンバイ!」
言うと、あっという間に剥げた部分が新しい光に覆われ元に戻る。そして、手にはバレーボール大の光の塊が生まれている。
「レリックウエポン!フォルム・ランス!」
声に反応して手の中の光が形を変える。白銀と同じ透き通る様な、眩い光のランスだ。
翼の《能力》、ソル・レリック・マスタリーは、光の鎧を作り出すだけでは無く光の塊から武器を作り出す事も出来る。それも、翼の意志に応じて様々な形状の武器に変化させられる。
今回はランスの形にした光の塊を、理瀞に向けて突き出す。彼女は後に下がりつつ避け、立ち並ぶ木を盾にする様に隠れる。
「ここではその様な長い武器は不利でしょうに!」
障害物を利用し、《黒塵》を翼に向けて飛ばそうとする理瀞。だが、
「そうでもないよ」
言葉と同時に、翼のランスが盾にした木を易々と貫いて理瀞に襲いかかる。
「なっ?なんて力押しを……!」
慌てて《黒塵》を集め、辛うじてランスを防ぐ。黒塵に触れたランスの先端はボロボロと光が禿げ、形を失って行く。
「しかし……翼さんの《白銀》は私の《黒塵》と相性がよろしくないのですよ」
理瀞の言う通り、彼女の《黒塵》は翼の光をことごとく飲込み、形を奪って行く。《能力》の相性としては理瀞の方が勝っていると言える。
「だから、そうでもないって理瀬さん」
立木から先端の崩れたランスを引き抜くと翼は、
「レリックウエポン、フォルム・レイピア!」
今度は細身の剣に形を作り変え、腰元に手を引き付けて構える。
「上手く受けてよ。ソル・ブレイク!」
瞬間、レイピアが振動し幾筋もの光が軌跡を描き、まるで流星雨の様に理瀞に襲いかかる。
「ちょ、ちょっと翼さん!幾らなんでも本気を出し過ぎじゃありませんか!」
慌てて《黒塵》を前面に展開し光の雨を受ける。しかし、今度はレイピアの先端が分解されるよりも早く新たな光が集まり修復して行き、黒い霧を凄まじい勢いで削って行く。理瀞が次々と新たな《黒塵》を生み出して防ぐが、それよりも翼が崩して行く速度の方が早い。
「こ、これは流石に激し過ぎますね。ですが……《黒塵》だけが私の魔術ではありません!」
理瀞は黒塵を生み出しつつ、大きく頭を振る。その動きで艶やかな黒髪が風になびき、隠されていた耳が露わになる。その耳には翼と同じく――こちらは黒い石が嵌っているが――ピアスが着けられていた。
「求むる闇の輝き、刃となりて現れよ!《闇夜の剣舞》!」
ギラッと黒石のピアスが輝き、そこから現実にはあり得ない筈の、黒い光が剣となって翼に向かって撃ちだされる。
「知っているよ。僕達は何年三黒須の生徒をやっていると思っているんだい?」
言って翼は、無造作にレイピアで黒剣を打ち払う。軌道が逸れ、離れた場所に着弾すると地面が切られた様に割ける。
「そうですわね。ですが……だからと言って手の内が今までと同じとは限らないのですよ!」
今の攻撃を、翼ならどう避けるか。それは理瀞にも予想がついていた。だから、その間に別の魔法を用意しておいたのだ。
「求むる豪雷、天の裁きの名の元に猛れ!《雷塵》!」
理瀞の周りで漂っていた黒い霧が一転し、細かなほの蒼い光の粒に変じ翼に襲いかかる。
「へえ……《闇魔術》以外を使うのは初めて見た!」
翼は驚きつつも嬉しそうに言う。これはただの光粒では無く、一つ一つが磁場で閉じ込めた雷とでも言うべき物だ。翼のレリック・アーマーでも防ぎきれるものではない筈だ。
「幅の広さが《魔術系》の利点ですもの。一系統しか使えない訳ではありません」
《能力》も系類が違えば大きく性質が異なる。《強化系》や《英雄系》の《能力》なら、通常は司る系統一種類の《能力》しか使えない。翼は光であり、東奥は大気だ。対して《魔術系》は、破壊力は《強化系》や《英雄系》に劣る物の、言葉で超常現象を引き起こすと言う性質上、他の《能力》よりも遥かに汎用性に富む。ただ、《能力者》の資質により得意不得意が存在し、理瀞は闇系統の魔術を得意とし、もっぱらこれを使っていた。
「隠し技か。流石理瀞さんだ。でも……僕も伊達に制限が緩和された訳じゃないんだ」
迫る雷の群を前に、翼は悠然としている。
「ソルアーマー、レリックモード・コンタクト!」
言うと同時に、翼の纏う鎧が一際強く輝きを放つ。ズァッ!と一気に光の板が鎧から幾条も飛び出し、光の羽の様に広がると、まるで生き物の様に蠢き雷の群を打ち払う。
「クッ……初めて見せた術をこうもあっさりと……」
光の羽が一薙ぎすると、《雷塵》は全て空中で打ち砕かれてしまう。圧倒的な威力だ。その光景に理瀞が悔しそうに唇を噛み締めるていると、
「そこまで!時間切れだ。お前達の試合は引き分けだ」
「あれ……もうそんなに経ってたのか。残念だな」
「ふぅ。何とか引き分けに出来ましたけれども……翼さんのお相手はしんどいですわ。もう少し時間が長ければ間違い無く私の負けでしたもの」
離れた所で見ていた磯谷に試合を止められ、翼と理瀞はそれぞれの《能力》を消して試合場から離れようと振り返ると――
「のひょぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
情けない声と共に、別の場所で試合をしていた慶志朗が、対戦相手の攻撃でここまで吹き飛ばされたのかゴロゴロと転がってきて、眼の前でベシャッと潰れて動かなくなる。
「……ええと……この場合、また私が医務室まで運ばないと駄目なのでしょうね」
白眼を剝いてノビている慶志朗に、理瀞がヤレヤレと溜息を吐いた。
「仕方ないな……僕も手伝うよ」
不本意そうな顔で慶志朗の身体に手を掛けた理瀞に、翼がそう言って手を貸す。二人で慶志朗の身体を持ち上げて医務室に向かう姿に、クラスメートは「なんて物好きな」と言いたそうな顔で見ていたが、その中でただ一人、東奥だけは忌々しそうに舌打ちをした。




