慶志朗、超人を学ぶ
タイトルの誤字修正。
《超人》。三黒須学園では異世界との境界があいまいだった太古の時代に、異世界の人間同士の混血によって誕生したと教えている。
生物的に見れば、異世界人も地球人も種族としては全く同じだと言う。環境が世界によって異なっていた事で、各世界で進化の仕方が違っただけで、細胞の構成物質や遺伝子情報に差異は無く、混血と言っても人種が違う程度の違いでしか無い。
《超人》は一般的に身体能力が高い。平均的な人間と比べれば、おおよそ一・二から一・三倍上まると言われている。そして知能も総じて高い。IQで言えば平均百二十はある。
しかし人を超えると言える程かと言えば疑問が残る。トップレベルの運動選手や天才学者を引き合いに出せば彼等とそう大差は無く、単に優秀な人間止まりでしかない。
彼等《超人》が《超人》たる理由。それは《能力》の存在、この一点だけだ。普通の人間には不可能な、魔法を使えたり、肉体を鋼に変えたり、空を飛んだり、まるでアメリカンコミックのヒーローの様に常識を超えた力を使う事が出来るからこそ彼等は《超人》なのだ。
何故、異世界人との混血者だけが《能力》が使えるのか。それは未だ解明されていない。
環境の全く違う世界に適応する為に、人間が持つ環境適応能力が奇形的に発達した為、と言うのが現在の定説だ。
その説を裏付ける様に、《能力》を使う為の条件、精神エネルギーと精神反応物質の体内反応現象は、《能力》を持たない人間でも行っている。虫の知らせや火事場の馬鹿力等は、原始的な体内反応現象に因る物だとされている。
本来人間が持っていながら、同一世界では必要とされない力が、血が混ざる事で発現しえない《能力》を使えるようになったと考えられている。
《超人》が《能力》を使えるようになる条件は様々だ。翼や理瀞と言った生粋の三黒須生徒の様に、先天的に《能力》を持って生まれる事も有れば、編入組の多くの生徒がそうであるように、後天的に《能力》に目覚めるケースもある。
目覚める条件も様々だ。ある日突然使える様になったり、事故によって偶然《能力》が目覚めたり、怪しげな秘薬を飲んだり、過酷な修行の末に七色の力に目覚めたり、神秘の放射線を浴びたり、変種のク○やト○ゲに噛まれたりと、例を上げればきりが無い。確かなのは、《能力》に目覚めた者は、全員祖先をたどれば異世界人に辿り着くと言う事だけだ。
(ん~、でもさ、そんなに混血が進んでいるんなら、正直それ程重要な要因じゃないよね?突然変異なら遺伝子的な要因だから、混血者に限るってのもおかしな話だし)
教科書を眺めつつ、慶志朗はそんな事を考える。今は《能力》研究の授業中だ。『能力』関係の授業とは言え、毎回《能力》を使うばかりでは無い。《能力》を正しく使う為に《超人》の身体的特徴や歴史背景を学ぶ授業も組み込まれているのだ。
一般で言う所の保健体育と歴史が合わさった様な内容の授業が、教壇に立つ専門教師によって詳しく説明がなされている。
「皆さんもご存じの通り、私達《超人》は異世界人と現地住民、この世界で言えば地球人との混血の結果、世代を経て変異的に生まれて来ました。これは地球だけの話ではありません。それぞれの世界でほぼ同時期に混血者の中から同じ様な《超人》が誕生しています」
教壇から周囲を見渡しつつ教師が言う。いきなり異世界だの言われても、慶志朗には今一ピンとこないのだが、この辺りの事は三黒須学園の生徒にとっては常識なようで、皆退屈そうに聞き流している。訝しげな顔で聞いているのは慶志朗だけだ。
「時代が下り、我ら《超人》は再び次元を渡る方法を手にします。多重世界同士の交流も再開されましたが、境界を自由に越える事が出来た為に異世界の技術、文化がそれぞれの世界に流出してしまう、と言う問題が発生します。それまで別世界で生まれた道具、習慣等が何の前触れも無く人々の前にもたらされたのです。これによって起きた混乱は測り知れません。実例を上げれば、産業革命が起きた原因の一つにこの技術流出が上げられています」
(……はい?何ですかそれ?そんな話は初耳なんですけど!)
淡々と述べる教師に、慶志朗は内心突っ込む。いきなり異世界の技術だとか言われても信じられる訳が無い。が、同時に思い出す。
(あ……そう言えば計測室の怪しい機材……アレってどう見ても今の科学技術とは別だよね。それにクレメンテさんとか。何か機械っぽい言動の割には、随分生々しいし……本人も精霊だとか言ってたし。それに工作室の工具とか……確かに、異世界の技術とか言えない物だ)
先に実物を見てしまったので、教師に「実はこうだった」と言われれば納得するしかない。何せここは『超人学園』。慶志朗の常識は全く当てはまらないのだ。
「そして、もう一つ重大な問題が起こります。それが《超人》の地球一極集中現象です。我ら《超人》は《能力》という普通の人間には無い力を持つが故に、過去に様々な迫害を受けて来ました。これは何も地球だけの話ではなく、他の世界でも迫害が起きています。では何故地球に《超人》が集中したかと言いますと、アメリカと日本、この二つの国が存在したからです。この二国は《超人》が身近に感じられる様に、《超人》を題材とした児童向け文学作品を多く生み出して居ます。アメリカでは古くは十九世紀末、二十世紀初頭にかけて様々な《超人》の話を生み出して居ますし、日本では特産品の、通称『ヒーロー物』が海外にも輸出されおり、今では広く《超人》が知れ渡る事になりました」
「ちょっとマテやぁ!何そのオ○ク的常識の怪しい話は!日本馬鹿にしてるだろアンタ!」
思わず大声で突っ込んでしまう。
「単にヒーロー映画とか特撮がバンバン作られているだけじゃん!コジツケもいい所だ!」
「君はたしか……当学園唯一の《無能》君だね。これは我ら《超人》にとって常識の話なんだよ?知らないのは《無能》君だけだよ」
「シレッと怪しい知識を常識とか言うな!そして僕は帆村慶志朗です!大体アメリカ……は、
まぁ宇宙人が本当に居ると信じている国民が多い所だから置いておくとして、日本が《超人》を公然と受け入れていたという話は聞いたことありませんよ!」
「君のアメリカに対する認識も相当怪しいと思うけれどね《無能》君」
慶志朗が名乗った事をあっさりと無視して《無能》と呼んだ教師は、やれやれと言いたげな表情で言う。クラスメート達も、何を当り前の事をと言う顔だ。
「日本は昔から《超人》に対して結構寛容な国なんだよ?何せ神様は八百万もいるし、妖怪も普通に信じられていた国だよ。この神様や妖怪の幾つかは、我々《超人》の先祖がモデルになっているんだ。それに、鳥類に恩返しされて惚れる変人の話や、月から来たエイリアンにも美人でさえあればこぞってプロポーズする、って昔話がある国だからね。そんな国民性だから《超人》も日本人の容姿とそれ程違いが無ければ普通に受け入れられていたし、《超人》への迫害が他の地域に比べて圧倒的に少ないという歴史的事実もあるんだよ」
「そんなバカな……!なんて無茶苦茶な話だ……」
《超人》が実在する事はこの際いい。既に嫌という程力を見せつけられたから今更否定しようもない。しかし教師の話は俄かには信じられない内容だ。しかも微妙に事実を捻じ曲げている様な発言がまた怪しさを増幅させている。
「ま、話を元に戻すけれども。その様な理由が在った為、《能力》を隠しながらと言う限定付きではありますが、この二つの国を持つ地球は《超人》にとっては他の世界に比べて非常に生活しやすい環境と言えます。その為、各異世界から多くの《超人》がゲートを超えて地球に移住してしまいます。その結果、他の世界の《超人》が激減してしまいます。その為、何が起きたかと言いますと、各世界での《超人》資源の枯渇です。それまで現地の人間では手に負えない様な災害、犯罪等は《超人》が代わりとなって解決してきました。それが、《超人》が地球に集中した為に、各異世界ではこれらの問題が解決できなくなってしまったのです。また移民した《超人》達も、多種多様な世界から集まった為、地球の風習に馴染めずに人間社会に適応できない者や、文化の違いで《超人》同士の争いが起こる様になりました」
「……なんか益々怪しい展開になってきたなぁ……」
「《無能》君は黙っていたまえ。えー、その状況に危機を感じた一人の《超人》、静野文太郎氏が移住者に地球の文化、風習、一般知識を教える場として私財を投げだして、三黒須学園の前身である三黒須塾をゲート内に設立しました。当時は主に移住者だけを対象としていましたが、現在は皆さんもご存じの通り――《無能》君は除きますが――性質が変化し、広く多重世界全ての《超人》に門戸を開く、全世界唯一の統一《超人》育成機関となっています」
「帆村慶志朗です!一々《無能》言わないでよ!大体なんですか?その文太郎って怪しい人は!何で個人がそんな学校が作れるんですか!って……静野文太郎?」
自分で口にした苗字に聞きおぼえがあり、思わず理瀞の方を見る。彼女は振り返り慶志朗の方を上品な笑みを浮かべて、
「私の曾々お爺様が怪しいとはどのような意味でしょうか、ヘタレさん?」
実に優しい口調なのだが、何やら背後に黒い霧の様な物が見え、慶志朗は背筋が凍りつく様な恐怖を覚え、思わず「ゴメンなさい!」と謝ってガタガタ震えてしまった。
「静野さんの一族は人間社会においても名士だよ?今でも、静野グループと言えば巨大複合企業の経営陣だ。一般常識として名前くらい知っていないとね《無能》君」
「うわ、非常識な歴史を語る教師に一般常識を問われた!そして慶志朗だってば。いい加減名で呼んでよアンタ教師だろ!」
「ま、話を戻そう。当初は純粋に移住者の予備校的な立場でしたが、統一育成機関となった現三黒須学園は、全ての世界から《超人》が集まると言う優位性と、ゲート内という地理的好条件。そして拠点が地球であると言う安全性。これらが全てある目的の為に有理に働きました。即ち、各世界での《超人》資源の減少を防ぐ手段としての《超人》活用です」
清々しいとまで言えるスルーっぷりで、慶志朗を無視すると教師は続ける。
「そして、特に《能力》の高い生徒に専門教育を施し、より強力な《能力》を持った超人を生み出すという役目も持ちます。貴方達『特別教育育成課』の生徒の事です。人間社会に順応し貢献する目的の一般課と違い、育成課が《能力》を重要視するのはその為です。貴方達にそうした教育を施す目的はただ一つ。多重世界で多発する、《能力》の悪用や『悪意ある災害』の脅威から人々を手助けする為の機関、俗に言う《超人派遣》を目的として設立された《多重世界超人連盟》に、優秀な人材として送りだす為です」
つまりは、《超人》の《能力》を使って人助けをしよう、と言う怪しい機関で働く為の準備教育という訳らしい。しかしそれにしては、と慶志朗は思う。
(僕に対する扱いは酷いよね、この学園の人達。《能力》の無い人間を馬鹿にしているし……それなのに人助けとか言われてもねえ……《超人連盟》って名前も怪しいしさ)
と、胡散臭く思う。だが、この時一つだけ、彼は思い違いをしている。
《超人》達は『人間』が嫌いな訳ではない、と言う事。強力な《能力》を持つ生徒しか入れない『特別課』に《無能》の慶志朗が居る、という事が許せないだけだ。
「ハイハイ!先生質問です!」
「……またか、《無能》君?聞くだけ馬鹿馬鹿しい気がするけれど……何かな?」
「一々嫌味な先生だな……じゃあ聞きます!先程から先生は、この学園はその……多重世界?から来た《超人》の為の学園だと言っていますが、現在は異世界の生徒は居ないのですか?それに、そのゲートってのも今一解らないのですが、何処にあるのでしょうか?」
慶志朗が言うと――教師は茫然とした表情を浮かべ、教室が一瞬静寂に包まれる。その直後、大爆笑が起こった。
「アホだ、このヘタレ、ほんまもんのアホだ!」
「や、やべえ!は、腹痛てぇ……マジ勘弁して欲しいぜ、アハハハハハ」
大笑いしているクラスメートに、慶志朗は訳が解らず首を捻る。自分ではそんなに変な質問をしたつもりは無い。だが、教師は頭痛をこらえる様にコメカミを指で押さえつつ、
「何を言っているのかな、このヘタレ君は……眼の前に大勢いるじゃないか」
「うあ!とうとう《無能》ですら無くなった!って……ハイ?今何と……?」
「このクラスなら新庄君や鈴木君、小山君など、ざっと十五人程が異世界からの学生だよ?」
「ぇ?」
突然のカミングアウトに、慶志朗は思わず眼が点になる。どう見ても教師が名前を上げた生徒は、髪を奇抜な色に染めてはいるが日本人にしか見えない。追い打ちを掛ける様に、
「それだけじゃないよ。流石に地球生まれの《超人》の方が多いけど、三黒須の全生徒の約三割弱が異世界生まれの生徒だよ」
「う、嘘だ!だって、変わった色の髪に染めているけれど、顔立ちは東洋人じゃん!名前だってベタベタの日本人じゃないか!」
「全く……そんな事も知らないのかい?アレは染めてない。地毛だよ。髪の色は各世界の種族の特色が色濃く出ているから簡単に解る筈なんだけどね。顔立ちは現地が日本と言う事で日本人に近い生徒が集まっているだけだよ。因みに地球の人種に近い顔立ちでクラス分けも行っているから、別のクラスに行けば西洋人っぽい顔の生徒もたくさんいるよ?名前は単純にこの世界に合わせた現地名を付けているだけだよ。本名は、多分君には発音出来ないよ」
「な、なんでそんな都合よく似た顔なのさ!異世界人ならもっとこう、髪の色だけでなく、顔が犬とか全身毛だらけとか、なんか獣人っぽいのとか期待するじゃないですか!」
「君は一体《超人》に何を期待しているんだい?確かに《強化系》の《能力者》の中には、そう言った獣人に変身できる者も居るけれど、ベースは人間だよ。さっきの説明を聞いていなかったのかい?我々は、異世界の人間同士の、混血者の末裔なんだ。顔が犬とかトラとか、そんな大幅に遺伝情報が違ったら混血出来る訳ないじゃないか」
呆れた顔で教師に言う。彼の言い分は最もな話だ。 だが、何となく納得がいかない。髪の色が違うと言うだけで他は全く同じなんて都合がよすぎる。
しかし、少なくとも人間と大きく違う容姿をしていたら、混血が起こる可能性は低いと考える方が現実的だ。
(そうか……翼君と初めて会った時、髪を染めている生徒が少ないって言っていたっけ!それってこういう意味だったのか!)
ようやく、慶志朗はそれに思い当る。元々そう言う色だったと言う訳だ。
「じゃ、じゃあゲートは?この学園はゲート内に建てられているって言っていましたが、ここ、どう見ても日本ですよね?僕はこの学園に普通に車や電車で来ていますけど?」
「来ている……?それは入学式の時の話かな?」
「え?あ、い、いえ、それはその……そう、入学式の時の話です!」
これまで慶志朗は頻繁に実家に逃げ帰っていたが、三黒須学園は全寮制。休日以外に学園外に出る事は校則で禁止されている。それを入学初日からブッチギリで違反していたのだ。
バレたら処分されそうなので言葉を濁し誤魔化すと、何とか教師は納得した様で、
「成程、それなら《超人》の世界に疎いヘタレ君なら勘違いしても仕方ないか。三黒須の敷地は全て次元の狭間、つまりゲート内にあるんだ。入学の時に通って来たと思うが、校門の前に長い道が在ったよね?アレが次元の通過行程路……次元トンネルだよ」
「そ、そんな筈は!だって窓から見える景色はどう見ても日本のド田舎……」
慶志朗の言葉通り、窓の外には広大な校庭を囲む様に壁が張り巡らされているが、その外側には春の野山の景色が広がり遠くには田んぼや畑、民家も見え、山間からは遠くの町がかすかに見える。空の色も校門の外と中では何の違いも無いし、今まで何の違和感を覚えなかった程、日本の風景だ。ここが次元の狭間だと言われても信じられる筈が無い。
「次元の狭間ならもっとこう、どう見ても日本じゃない山とか、怪しい毒池がグツグツ言っているとか、明らかに日本的じゃない建築様式の建物が建っていたりするもんじゃないの?」
だが、これも教師はあっさりと否定してくれる。
「だから、君は一体何を期待しているんだ?ベース地が日本なんだよ?環境は日本に準じているに決まっているじゃないか。それに、ゲート内と言ったっていきなり別世界に入っている訳じゃない。皮一枚二枚超えた程度だよ。君の眼には日本の中に見えるかも知れないけれど、学園を取り囲む壁は文字通り学園の中と外を分ける境界さ。外からは人間が入って来られない様になっている。学園の関係者なら出入りは出来るけど……三黒須学園の《超人》の出入りは全て感知されるからね。抜け出そうとしても許可が無い限り境界は越えられないよ」
「何か嘘くせー。偉そうに言う割にはあっさり抜け出せるじゃん……」
何処までも教師の話は胡散臭く、慶志朗には今一信じられない。何せほぼ毎日の様に実家に戻って食事や洗濯をしていたのだから。
「抜け出せる?そんな事は無いね。境界に掛らずに出るにはトンネルを通らねばならないし、トンネルは入学時と休日以外は出入りの業者以外通らないから、誰か通れば直ぐ分るよ」
(ああ、成程……だから簡単に出られたんだ僕は)
教師の説明でようやく納得が行く。慶志朗は学園から抜け出す際、よくゴミ収集車や搬入出のトラックにコッソリ乗り込んで抜け出して居たのだ。
「全くよ!こんな常識も知らねえヘタレが入学できるなんざ、三黒須も甘くなったよな!」
生徒の一人が馬鹿にしたように言い、クラス中が爆笑に包まれるが……慶志朗は聞いた。彼と同じ編入組の生徒の何人かは全く笑わず、こっそりと「知らなかった」と呟いたのを。
結局、《能力》研究の授業は慶志朗が編入組の代表として大恥をかいている内に終わった。




