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「待たせたかしら」
電柱にもたれかかりながらスマホをいじっていた自分に声がかかる。
顔をあげると稟がいた。
「いや、今来たところだよ」
「……」
「どったの?」
「いえ……なんか、デートみたいだなって」
お茶吹いた。
お茶飲んでないけど。
気分的にはね。
「……いや、じょ、女性二人だし。ただの遊びの誘いみたいなもんでしょ」
「ええそうね、冗談よ」
「あんまり、面白くない」
「……そう……」
面白くない。でも不快ではない。
他の人とこう出来るだろうか?
――いや、きっと
「まあいいや行きましょ」
彼女は歩き出す。僕も歩き出す。二人で
さてさて、稟とふたりで秘密兵器を手に入れたまでは良かったもののそう簡単に問屋は降ろさなかったようで絶賛ピンチ中というヤツだった。
具体的に言うと、ちょっと、いや結構こわい兄ちゃんたちに囲まれているのだった。
なぜこんなことになったかというと、まあ運命の悪戯かな。まあ自分たちに降り注ぐのは悪戯じゃ済まなそうなのが怖いところなのだけれど。
「よお、お二人さん。偶然だねぇこんなところで会うなんて」
嘘、嘘だ。
「ふーん、偶然ねぇ。子分から連絡されて急いで男まで集めたのが偶然?」
虚勢をはる。本当は竜胆だけでも怖いのに、男四人に囲まれているのなんて足が震えそうだ。
「稟、秘密兵器の準備をして……」
自分の後ろでこくりと頷くのがわかった。稟の準備が整うまで自分が時間稼ぎをしなければならないし、そもそも秘密兵器はこの囲いを抜けるのを助けてはくれないだろう。
「ねえねえねえねえ。レイレイ」
緊張感が消えそうなほど吹きそうになった。もしかしてレイレイというのは竜胆麗華のことなのか?
「なに」
正解のようだった。
「この娘たちもちかえっていいんでしょ?」
「ええ好きにしていいわよ」
本当にからだが震えそうになった。
「ずいぶん勝ってな言い分じゃない竜胆さん」
「ええ、羽虫になんの気を使う必要がありましょう。――面倒ですし、つぶしてしまいます」
「知ってる? 人を最も殺した動物は虫、蚊なんだよ。伝染病を移すからね。その慢心こそ命取りだよ」
「それも結局自分の力ではないでしょう」
じり、と彼女が一歩分間合いを詰める。今、私たちは路地裏にいる。残念なことに大きな声をあげ人を呼び、実際に人が来るより私たちが連れ去られてしまうほうが速いだろう。
声をあげてもすぐにふさがれ、軽い私たち二人など男四人いればいくらでも運べる。
――怖い。
自分が男だった時には感じなかったであろう恐怖。こんなタイミングで自分が女であると否が応にも理解させられる。
でも、どれだけ恐怖したとしても顔は背けない。まだ結末は決まっていない。まだあきらめない。
「まあ、なんでもいいさとにかく要件は何? あなたたちと関わりたくもないのだけれど」
「あれー、まだわからないの?」
男の一人がアホそうな声をあげる。実際、頭は良くないだろうな。
「そりゃあ、もう連れ込んで犯すのよ。明日には俺たちなしじゃいられなくしてやるよ」
「わるいけど、不感症だから。無理な相談ね……」
「はははは! 震えてるのが分るよ! 大丈夫、アイスとかあるから、みんなイチコロよっ!」
最悪だなぁ。おい。
ていうか、恐怖とともに怒りもわいてきた。なんだろうねこれ、後ろに稟がいなかったら我を忘れてとびかかったかも。なんていうか、女の立場になるとよくわかる。いや現実では男でもよくあるんだけどさ。そういった一部の暴力によって奪われてしまうの。それってその暴力が終わった後もさ、結局その暴力の被害者ってことになってしまうんだよね。その人には多くのパーソナリティがあったはずなのに暴力によってそういったものも奪われてしまう。今、自分の感じている物はそういった物への漫然とした怒りなんだなぁと強く思う。
自分が怒りをたぎらせている間も男たちは間抜けなツラで卑猥なことをわめいていた。後ろの稟だって不快感をあらわにしていた。
「……10秒数えたら全力で走ってついてきて」
小声で、男達にも竜胆にも聞こえないよう、稟だけに言葉を響かせる。
心臓がドクン、ドクンと鳴る。結構の時はすぐに来た。
「助けて!」
大声で、短く叫ぶ。
突然のことに驚いた男たちはまずすぐに周囲を確認する。
ほんの一瞬、でもそこにかけるしかなかった。
自分はすぐさまジーパンのベルトを抜き取り、そのまま視線を一瞬そらした男に振るう。その様はもしかしたら居合のようかもしれない。
幸運なことにその試みは成功し、男は痛みにひるんで動けなくなる。
その隙間を稟と駆け抜ける。
それを止めようと竜胆が手を伸ばしてきたがそれもなんとかベルトではねのける。
勢いでベルトを投げ捨てる形になってしまったが竜胆はバランスを崩して動きが止まる。
稼げたのはせいぜい五メートル。
自分は距離を置いてこちらを監視するような、男の仲間がいないことをただ祈り走る。
人通りの多いところまで、全力で走れば一分。後ろの稟のことを考えても一分半男たちに捕まらないように逃げる。
そういう自分もベルトがないので片手でジーンズを押さえ、もう片方の手で稟の手を引く。
だが悲しいかなあとすこしのところで男の魔の手が迫る。
その瞬間、稟が手を離した。
「……えっ」
最初、彼女が男どもに引っ張られたのかと思った。衝撃のまま後ろを向いた。
そして更なる衝撃を受けた。
稟は道端に止めてあった自転車それを蹴ったのだ。
もちろん大した勢いではないが、自転車は周辺の自転車を巻き込みながら五台ほど道路に散乱するかたちで倒れた。よく見ると通りに面する店の横道でそこの客が止めて行ったのだろう。そして、それだけでなく――
「逃げるよ」
声を出したのは竜胆だった。それにつられ男たちも退散していく。先ほどのアホそうな男は状況をわかっていないようだったが他の奴らがいなくなっていくためそちらについていった。
それとほぼ同時に店のなかから人が出てくる。慌てる大人たちに、あいつらが倒していきましたと稟が竜胆と男たちの遠くなる背中を指した。
その後、竜胆たちが追ってきていないかだけ確認しながら動いた。いつまた襲われるかもわからない。注意しながら歩いていると、稟が自分の家に来ないかと言われた。稟の家は今いる繁華街から三駅、で駅近くのマンションだと言う。今日のうちぐらいは様子見したほうが良いのではないかと。……行為を受け取ることにした。親には友人の家に泊まりますとだけメールを入れた。ものの三分で返信が来た。稟の家に泊まることになった。
友人の家に止まるのなんて何年ぶりだろうと思った。
週末を越え学校。
朝の一番から自分たちを呼び出す人間がいた。竜胆である。
もちろん内容は土曜日のことだった。怒りがちな彼女は自分たちの放課後が平穏無事ではなくなるようなことを言っていた。
もはや彼女の声も聴きたくなかったのだがしょうがない、これで最後になることを祈りながら自分と稟は秘密兵器のヴェールをぬいだ。
「……なっ」
自分たちが彼女に聞かせたのは土曜日の自分たちと竜胆たちの会話だった。そこにはまあ普通の高校生とは思えないようなワードが飛び交い婦女暴行の意思を明確に表している。
自分たちの秘密兵器とはICレコーダーだ。昨日のどさくさの間、稟に録音を開始してもらいとったものだ。
竜胆の眼に敵意がみなぎる。今すぐにでもこれをどうにかしたいのだろう。
「これ、もう家のパソコンにも保存したから。もちろんそれ以外にも」
「……っ」
稟の言葉に竜胆が止まる。
「べつに、こんなもの持ってる。奴らに関わりたくないしどこにもタレこみしたりはしないわ。あなたたちがこちらに関わらなければね」
竜胆は何も答えなかった。
「じゃあ」
そういって私たちはその場を後にした。