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 さて、何も変わらない日常、それは音もなく終わりが来るものだ。後から「あそこが契機だった!」と言っても、その時にはわからないものである。


「今日のHRですが……まず皆さんに聞きたい事があります」


 教室に入るなり、教師は少し神妙な顔をして話を始めた。いつもと変わらなかったクラスは静かになり耳を傾ける。それは自分もだし、稟もだったし、高倉さんも、女王様もだった。


「屋上前のスペースに使われていない椅子や机が置いてありますね。昨日の放課後、警備員の巡回中、そこにタバコの吸い殻があるのを発見しました……誰か知ってる人は?」


 自分はいきなり吹き出しそうになった。昨日、稟から聞いた話。「たぶん……タバコ、吸いに来たのよ」「のようね、流石に吸殻を残したりするヘマは無いようだけど」吸ったのかよ! しかも、吸い殻落としていったのかよ! バカじゃないの!

 いや、まて、落ち着け。昨日そういう話を聞いたからとすぐに結論を決めてしまった。別に竜胆さんと決まったわけでは無い……。

 ちらり、と彼女を横目見る。目線は下を向き、机の下にある左手は力強く握られている。うわぁ、黒かなぁ……。


「なにか知ってる人はいませんか……。まあ、この場ではいいでしょう。情報、もしくは自首……今日中にお願いします」


「は~い、先生。情報がありま~す」


 また、吹き出しそうになった。なぜなら声の主、それは目下のところ最重要参考人である、竜胆麗華だったからだ。


「そこって、よく本山さんと長山さんがたむろっているので二人なら詳しいかもしれませ~ん」


 しまった。と思った。完全に、自分には関係ないことなので気にしていなかったが自分や稟が屋上前によくいるのは事実だ。こちらになにか火の粉がかかる可能性も十分にあったのだ。現に竜胆の言葉でクラスは少しざわついている。


「ふたりとも……そうなのですか?」


「……はい」


 否定してもしょうがない、いやそもそも完全に関係ないのだから嘘を言う理由は無い。稟も首を縦に振っていた。


「そうですか、では一限の後に職員室に来てもらえますか? いえ、疑っているとかではなく情報を聞きたいのです」


「わかりました」


 しょうがないことだ。稟がどう思っているかは分らないが、少々時間を取られることになるだろう。

 だが個人的に気になっているのはなぜ、竜胆が自分たちの名前を出したか……だ。何らかの嫌がらせの可能性もあり得るが、別に何か不況を買うようなことはしてないと思うが。まさか善意の報告なんてこともあり得ないだろうし。

 竜胆の方を見る、机の下でスマートフォンに何かをせわしなく入力していた。そこで、一つの可能性に行き当たる、アリバイ工作中ではないかと。

 稟のタバコを吸っていたという情報が正しいとして彼女があの屋上前に行くことは何度かあったはずだ。つまり、そのうち彼女の情報も出回るということだ。それまでは自分や稟に担任の注意を向けておく、そうしてその間に子分たちの間で完璧なアリバイを作る。そのための時間稼ぎ、ということではなかろうか。

 仮にそうだとして、さて自分はどうするべきか。たぶん稟は事実以上のことは言わないだろう。変な弁明などはするタイプではないだろうし、興味もなさそうだ。仮に稟が犯人にでっち上げられてもそのまま学校をやめていきそうだ。

 まあ、自分も普通に答えればいいか。わざわざ、そんなところでまで気を張る必要はないだろう。

 そんなこんなで一限の授業の間に基本方針を固める。

 授業が終わり稟を見ると「行こう」とこちらを見ていた。自分も席を立ち稟と教室を出る。出るときに取り巻きに囲まれた女王様を見ると、なにか含みのある目をしてこちらを見ていた。自分の予想が当たったという確信が不思議とわいてきてしまってナーバスになる。何というかめんどくさくなってきた。

 自分たちのいる普通教室棟を出て本棟に移動する。上履きを脱がないようにいくためには自分たちの教室の在る一階から二階に昇らなければならない。この学校はどうも無駄が多いようにも思う。


「失礼します」


 職員室前に着くと扉をノックしてからが入る、後ろの稟は無言だったが。


「あっ、本山さん、長山さん。こっち」


 室内に入ると担当教諭が手を振っていた。……そういえば職員室に入るのは初めてかもしれない。自分たちが近寄るやいなやすぐに話が始まった。


「二人とも、ごめんね」


「いえ……気にしないでください」


「さて、本当に二人を疑っているわけでは無いのよ。二人とも成績は良いのだし、変な噂もないし」


 半分は本当だが半分は嘘、と言ったところだろうか。確かに学年トップの稟、リンほどではないが上位の成績の自分はまあ成績的には優等生ともいえるだろう。だが自分も稟も交友関係などほぼゼロで、なんらかの部活動などもしていない。積極的に疑うほどではないが信用できるというわけでは無いというところだと思う。まあ竜胆のことを言うつもりもないし、このあと何回か呼び出されるだろうなぁ。まあ犯人決めつけとかないだけいいかなぁ。


「とは言っても自分たちは何の情報も……」


「先生、いいですか?」


 驚いた。稟が自分の言葉を遮りしゃべりだしたのだ。


「私たちはいつも昼休みにあそこに行くだけです。昨日その後の五限、六限の間は非常勤の美術教師の設永(せなが)先生が屋上の風景のデッサンして時間をつぶすことの多いはずです。タバコのことを設永先生に聞いてみましたか? まだ今日出勤している先生方にしか情報が回っていないのでは?」


「少し、待ってください……」


 さっきより驚いた。稟がとても饒舌に自分たちの事、そして自分たちへの疑惑を消していく言葉を並べることに。彼女は興味がないと思っていた、まわりのことなんて。だから今回も最低限の事だけをしゃべっていくだけかと思っていた。彼女は彼女自身を守る気なんてないと思っていた。いや、その自分の考えは間違っていないはずだ。なら、彼女自身のためではないというなら――


「はい、確かに本日お休みの先生や非常勤の先生方にはまだ連絡は言っていません。後で設永先生には個別にメールします」


 そこで一拍を置いて、改めて向き直って。


「本山さん。それで、何かそれ以外にありますか?」


「そうですね、それ以降の時間となると放課後ぐらいしかないでしょう。なにか部活動をやっている人間はそこまで時間は無いのでは。あと先輩や上の年代の人間とのつながりがある者が怪しいのでは。まあただ……」


「ただ……?」


「こうやって、いろいろ情報を出すより、全クラス一斉持ち物検査でもやったほうが速いんじゃないですか?」


 ……だめだ。そう思った。彼女は今、何か(・・)に熱くなっている。彼女の発言はスクールカーストを下手に刺激して敵意を向けられる可能性が高い。止めなければ、彼女のためにも、自分のためにも。


「先生! そろそろ二限目の授業が始まるので行ってもいいでしょうか?」


「ええ……」


「はい、それでは失礼しました。ほら稟も行くよ」


 そそくさと職員室を立ち去る。


「玲……なにかまずいもの持ってきてた?」


「そうじゃないよっ!」


 いや、スマホは持ち込み禁止だが、そんなものは隠せるので無問題だ。そこでキンコンカンコンと鐘が鳴った。

 さて教室に戻るとまだ教師は来ていなかった。そういえば古文の教師は毎回遅れてくるんだった。だが、問題はそこではない。クラスは慌ただしかった。たぶん先ほどの持ち物調査の情報がもう伝わっているのだ。たぶん他に職員室にいた生徒とかから伝わったのだろう。自分たちが戻ってくるより速く伝わるとは、少し生徒の情報共有能力を舐めていた。だが一番怖いのは、睨んでいるのだ、竜胆が、稟を。もとはと言えばお前のせいだろと言いたいがそこはしょうがない。稟が空気を読まなかったのは確かなのだ。ただ自分には争いのない未来を望むことしかできない。


 さて、結局その後、三限が始まると持ち物検査が開始された。少しばかり泣きを見た生徒はいたが基本的に大きな問題は出なかった。結局、誰かがタバコを持ち込んでいることは無かった。竜胆はうまく隠したのか、今日は持ってきていなかったのか。なんにせよ結局このタバコの犯人が捕まることは無かった。だが稟は睨まれていた。竜胆にも、それ以外のやつにも。今までは不干渉だったのが明らかな敵意を向けられていた。それに稟は気づいているのだろうか……。

 何も変わらない日常、それは音もなく終わりが来るものだ。後から「あそこが契機だった!」と言っても、その時にはわからないものである。さて今回の契機は何処だったのか……。たぶん稟と自分が■■■■ところだろう。そうでなくては先ほどの彼女の行動に説明がつかない。


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