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さて、今日も今日とて変哲もない日々が始まり、自分は適当にスマホでも眺めながら過ごしていた。稟も一人、机で読書中。なにも変わらない日々だ。
さてここで少し話をしたい。今、自分のいる社会の話だ。このクラスというのはとても古典的で国際的だ。とある海外の伝統ある制度をうまくはめ込んでいるのだ。名前をスクールカーストと呼ぶ。もちろん自分や稟は不可触民なわけでそんなもの気にしないのだが、この学校、このクラスにもカーストは存在する。たとえば、某高倉さんはしゃべりに必ず「……」といった具合の間が入ってしまうような気の小さな女の子だ。彼女は悲しいことにカーストは低い、シュードラだろう。
ここで紹介したいのはこちら竜胆麗華嬢だ。もう名前だけでレベル80くらいは超えてそうだが、実際その名前に負けない人物である。なんといっても仲間をつくる能力がすごい、間違えなくレベル100だ。もちろんそれだけでない見た目の麗しさも中々だ、麗華という名前にまったく負けていない。茶髪のセミロングでスレンダーだが身長も高い。さらに昔は空手をしていたとかで女子にしては腕っぷしもすごいらしい。さてここまで言えばわかるだろうが彼女はこのクラスの女子カーストのトップ、女王様と言ってもいいかもしれない。
話を戻そう、スクールカーストをガン無視する自分や稟には何も変わらない日々だったが、クラスは特に女子は少しピリピリしていた。理由は簡単このクラスの女王様が見るからにご立腹だったからだ。
いつもなら周りに従者たちを侍らせながら楽しそうに談笑にふける彼女ではあるが、今日は周りに誰も寄せ付けず一人席に座っていた。顔はけわしく、足は貧乏ゆすりをしている。周囲の取り巻き達は遠くで話しているが竜胆の顔色を常に窺っている。もちろんそれ以下のカーストの女子たちは極力近寄らないようにしながら彼女を盗み見ている。君子危うきに近寄らずとはまさにこのこと、このクラスは人格者がおおいようだ。
さて、もしかしたら男子カーストからなにか助け船が出るかもしれないと思うかもしれないがそれもない。男子カーストは悲しいことに竜胆に相当するだけのカリスマを持った人間はいない。もし下手に彼女にちょっかいを出そうものなら女子カーストに睨まれる、そうなれば男子カースト最底辺へ真っ逆さまだろう。
そんなわけでこのクラスはただいま皆で爆発しそうな爆弾をそっと持っている状況だった。
「おはようございます、それでは席について、HRを始めます!」
そんな中、教室に入ってくる女性教諭。このクラスの担任教師だが彼女は教室を見渡しながら、教卓に近づく。予想ではあるが彼女は教室の空気が張っていることに気付いたのだろう。そしていつも人の多い竜胆の席のあたりに人っ子いないのを見て原因を彼女と見たに違いない。根拠としては一瞬だが竜胆の方を窺うように見たのだ。もしかしたらクラスの空気やカーストに最も敏感なのは教師なのかもしれない。
いつもどおり、パンを買い屋上前まで行こうとすると女王様に出会った。階段の上から降りてくるところだった。不機嫌そうな顔で一瞥されたがそのまま素通りされた。
「稟、竜胆さんと何かしゃべってたの?」
稟の隣に座るやいなや、話を聞いてみることにした。
「いいえ、ただ不機嫌そうに階段を昇ってきただけよ。私を見ると帰っていったけど」
「稟がいるとまずかったのかな……」
うん、話を聞く限りでは全く彼女が何をしようとしたかわからない。それにしてもあの女王様なら稟がいてもどけると思っていたけど苦手なんだろうか?
「たぶん……タバコ、吸いに来たのよ」
「へぇ……タバコ…………はぁっ?」
「そう、タバコ」
ちょっと待った、待ってほしい。いったん落ち着かせてほしい。
「タバコって……本当?」
「本当らしいわ」
「しかも学校で吸ってるの?」
「のようね、流石に吸殻を残したりするヘマは無いようだけど」
「ふうん、少し意外かも」
彼女がそんなロックな少女だと思っていなかったし、タバコというのは少し古風にも感じる。
「はは、じゃあ吸えなくて余計イライラしてるかもね」
「……彼女、イライラしてたの……?」
稟は不思議そうにこちらを向き首をかしげる。
「そのようだよ、授業中とかもイライラしてたようだし。休み時間には取り巻きとかも近寄ってなかったようだから」
「そうなんだ……」
「やっぱり、稟は気にしてなかった?」
「そうね、正直、気にしてなかったわ」
この少女は危ういと思う。巨大なカーストが存在する世界ではそこから外れた個が生き残るにはそれなりのスキルが必要だ。なぜかと言うとルールは縛るものではあるがそれと同時にいざという時に自分を助けてくれるものでもある。それが巨大なものになり、一つのまとまりになればそれだけ排他性が高まるのだ。その中でそこに属さない自分などはそのまとまりを刺激しないように生きるために空気を読む必要がある。カーストから外れた自分たちはクラスには馴染めない。そんなルールを守らない自分たちを助けるルールは無い。ルールに縛られない自由の代わりに、ルールによる守りを失う、トレードオフの関係ともいえる。
さて、そんななか空気を読まない彼女はどうなるのか……、分らない。未来の事なんてわからない。でもそれが争いで無いことを望むだけだ。
「ねぇ」
「ひゃいっ!」
思索にふけっていた自分の隣から、いや顔の横すぐ近くから声がかかる。稟の声だ。
「な……なに……?」
「玲って、まつげ長いね……」
自分がシリアスなことを考えている中、そんなことを彼女は考えていたらしい。いやそれよりも――
「顔……近くない……」
「いや、こうしないと、よく観察できない」
待ってほしい、待ってほしい、本当に待ってほしい。これでも少し前まで純情少年だったわけで、今となっては全く問題のないスキンシップなのかもしれないが、とにかく女の子の顔が近いというのは心臓に悪い。なによりも稟は変わった少女ではあるけども見た目は本当に綺麗なのだ。そんな端正な顔が近くにあるというのはやはり心臓に悪い。一瞬にして血流が速くなったのを感じる。
「玲、顔、赤くなった」
「しょ、そんなことなぃ」
噛んだ。説得力はゼロだった。
「もしかして……玲って……」
熱くなったからだとは対照的に、稟のことばによって、頭が冷却される。彼女は聡い。もしかしたら自分のことを知ってしまうかもしれない、知る時が来てしまうかもしれない。そうなれば、自分はどうなるのだろうか? 彼女は自分をどうするのだろうか? 普通の感覚でいえば、拒絶だろう。男から女になんて聞いたことない。一部の好事家を除けば、一般人は気色悪いと思うだろう。それが自分がコミュニティーに深く入り込めないわけでもある。いや、今はそれは良い。流石に彼女が自分の反応だけで気付いたとは思えないが、それでも万に一つの可能性を想像して冷静になる。
「……玲って、レズ」
「違います」
違います、たぶん。いや女性にはドキドキするけど、いまいちそういう感情とは違う気がするのです。別に男性が好きということもありませんが。
「こんなスキンシップをとってくる稟のほうがレズ疑惑がある」
「肉の欲望に支配されたものなんて本当の純愛とは言えないんじゃないかしら」
「否定してよっ!」
稟はこちらを見て含み笑いをしながら答えた。少し、ほんの少しだけ身震いした。
「……ふぅ、もう今日は疲れたわ」
「自分の方が疲れたと思う……」
「じゃあ、一緒に午後の授業サボる?」
「サボる気なんだ」
質問ではなく確認だった。というのも、彼女が授業をサボることなんてよくある話であった。教師も彼女の成績を前にあまり強く言えないようだった。
「ええ。で、どうする?」
「うーん……自分はいいや」
「……そう」
自分はこれ以上周りに下手に刺激を与えるのをやめたかった。教師は表立って言えなくても生徒はどうかは分らない。極力、優等生でいたかったのだ。