プロローグ
折からの強い西風に煽られ、炎は瞬く間に建物全体を包んでいった。
夜の闇がその光に払われる。
「消防車はまだか!?」
「通報してもう五分たったぞ!」
燃え上がった四階建てのビルの周りに集まったものの間に怒号が飛び交い、そんな彼らの上に火の粉がはらはらと降りかかる。野次馬たちの前列では、からくも脱出してきた従業員などが恐怖に歪んだ顔を炎に向けていた。
「まだ中に人がいるんだ。逃げ遅れた人がいるんです。何とかしてください」
スーツ姿の男が傍らのボンタン姿の男の腕にすがって叫ぶ。
「何で俺なんだ?」
「だってあんたは困ってる人を助けて回ってるんだろ。ここら辺であんたを知らないやつなんていないよ!」
「別に助けてるわけじゃないさ。俺はボンタンの誇りを守っているだけだ。その結果助かった人間がいる。ただそれだけだ」
「そうかもしれないけどさ・・・でも!」
炎が轟々と音をたて、風を生みながら広がっていく。何か重いものが崩れ落ちる音が聞こえ、絶望の悲鳴が燃えるビルの内と外であがった。
「見ろ!」
野次馬の一人が叫ぶ声に、人々は四階の窓を見上げた。ガラス窓の向こうに人影が映っている。男のようだ。よろよろと窓に寄ろうとしていたが、ふっとその影が消えた。煙に巻かれて倒れたように見えた。
それを見ていたスーツ姿の男はボンタン姿の男に詰め寄る。
「お、おいあれを見てもあんたは助けようって思わないのかよ!」
「たしかにあれは消防車を待っていたら助からないだろうな」
「お前がそんな人間だったなんて思わなかったよ!結局困ってる人を助けるなんて噂だけだったんだな!この腰抜け野郎が!」
「なんだと?」
明らかに今までとは違う鋭くとがった声音でボンタン姿の男は反応する。
「な、なんだよ、結局はびびってんだろ結局腰抜けだろ!この偏差値35のくそ高校に通ってる低脳のヤンキーが!」
「・・・」
ボンタン姿の男は無言でスーツ姿の男の胸倉をつかむ。
「暴力か!自分の痛いところをつかれた瞬間にすぐ暴力か!お前を産んだ家族に同情するぜ。こんな社会のくずを産んじまったんだからな!」
ボンタン姿の男がスーツ姿の男に拳を振るおうとした瞬間、遠くから近づいてくるサイレンの音が聞こえてきた。
その音を聞いたボンタン姿の男はふっと冷静になりスーツ姿の男の胸倉から手を離しその場を無言で去ろうとする。
「に、にげん、のかよ」
スーツ姿の男が震えた声で言う。
「まあな」
ボンタン姿の男はそう一言だけ言い残しその場を去った。