思い出ビンタ
中学2年の春。
83歳になるひいおばあちゃんの往復ビンタで、私の顔は3日間、腫れ上がっていた。
ひいおばあちゃんは、頭が良くておっとりとした可愛い人だった。
亡くなったひいおじいちゃんを心から愛していて、もらった指輪を肌身離さず付けていた。
お花が好きで、庭で色んな花を育てていた。
字がとても綺麗で、きちんと日記を書くのが日課だった。
とても優しい人だった。
そんなひいおばあちゃんも、少しずつ物忘れがひどくなった。
自分の物と他人の物が区別できなかったり、ストーブを付けっぱなしだったり、何十年と住んだ自宅のある街で迷子になったこともあった。
本当にたまにのことで、年齢にしては十分過ぎる程に健康だったけど、それでもいつかは…と家族全員がその頃は思っていた。
介護することになったらと真剣に話す両親や祖父母を見ることもあって、その時、私に何が出来るかと考えたこともあった。
家族内に『介護』という、じわりとした影が射していた頃。
私が中学生になって2度目の春休みに、ひいおばあちゃんが風邪を引いてしまった。
インフルエンザなどではない、冷えからくる、たかが風邪。
されど、老体には十分に危険な風邪。
幸い、肺炎などもなく、入院も免れたひいおばあちゃんだったが、何日か熱が続いた。
「これで一気に、ボケてしまうかもな」
「寝付いてしまうかもしれないわね」
家族の会話に、そんな内容が混じる。
今後の心配というのもあるだろうが、ひいおばあちゃんが家族の中心から外れてしまうと寂しい。
それは、私も同じだった。
気休めかもしれないが、地元の神社に行っては、どうか…と願った。
ひいおばあちゃんがいなくなるのは、何よりも嫌だった。
風邪を引いてから一週間。
夕飯前に神社に行って帰宅した時、事は突然に起こった。
家の奥から飛び出すようにしてきた何かに、私は押し倒された。
訳がわからないうちに胸ぐらを掴まれて顔を上げると、乗っているのはひいおばあちゃんだった。
「美奈ちゃん、どこ行っとったの」
「え、何?ひいおばあちゃん…」
「どこ行ったの?神社行っとったの?」
ガクガクと私を揺するひいおばあちゃんの手が熱くて、まだ熱があるんだと思った。
気圧されるように、そうだと頷いたのと、頬に痛みが走ったのは同時だった。
ひいおばあちゃんが、私の頬を平手打ちにした。
右に左にと、繰り返し繰り返し平手打つ。
往復ビンタというやつだった。
力はまずまずという感じだったが、指輪が、亡きひいおじいちゃんから貰った指輪が当たって痛い。
何事だと出てきた家族がひいおばあちゃんを引き剥がした時には、私の顔はパンパンに腫れ上がっていた。
ひいおばあちゃんが、こんなことをするとは、にわかには信じ難かった。
これは、ついにボケたんじゃないかと、おじいちゃんが言った気がする。
私も、ひいおばあちゃんがおかしくなったと思った。
泣きながら痛む頬を抑えて見上げると、そこにいたのは私以上にボロボロと泣いている、ひいおばあちゃんがいた。
「なんで、神様に願うんじゃ」
「…ひいおばあちゃん?」
「私は、美奈ちゃんより大切なもんはないよぉ。どんな子ぉでも、大切な大切な子じゃよ。代わりなんてならん」
まだ熱があるから…と、部屋に連れ戻そうとするお母さんに抵抗しながら、ひいおばあちゃんが叫ぶように言い募った。
「美奈ちゃんが、代わりに死んでいい事なんかない」
訳のわからんことをと家族は言ったが、私にだけは、筋の通った話だった。
まだ整理はつかないけれど、ひいおばあちゃんが悪者になる前に打ち明けなくてはいけない。
近くにいたお父さんに、そっと言う。
「お父さん、私、明日には死ぬ気だったの」
中学校は、嫌いだった。
今にして思えば、みんながみんな子供でも大人でもない年の頃だから、好き嫌いが顕著に現れたり、他人に怒りをぶつけたりするような人がいたことも、少しは理解できる。
でも、あの頃はとりあえず、耐え切れなかった。
「バカじゃね?もっと現実見ろって感じだよね」
いろいろあった中の、その言葉が、引き金だったと思う。
自分が夢見がちなんじゃないかと思うところがあったから、その言葉は私を貫き通した。
夢を見るやつは、バカなのか。
現実を見れない奴は生きる価値はないのか。
考えれば考えるほどに沼にハマっていくのが思春期というもので、逃げればいいのに逃げられないのが私の『本当に』バカなところで、とにかくその頃の私は「行き着いて」しまったのだった。
学校が始まる前に、死んでしまおう。
私が死んだら、この分の命は家族に、特にひいおばあちゃんに。
私の代わりに、素敵な余生を。
お願いします、神様。
「ごめんねぇ」
布団の中で、ひいおばあちゃんは小さな声で謝った。
「私、美奈ちゃんの部屋をちょっと見てね、机の日記帳が私のだと思っちゃってね」
開いて読んじゃったのよねと言うと、ひいおばあちゃんはもう一度謝った。
さっきまでの異常な興奮状態はすっかり治まって、いつもの可愛いひいおばあちゃんだった。
そのかわり、手に巻かれた包帯が痛々しかった。
あの後、私もひいおばあちゃんも医者に行くことになって、私の頬は全治一週間の打撲、ひいおばあちゃんはなんと、指を骨折してしまっていた。
年を経て脆くなってしまっていた骨は、平手打ちの衝撃に耐え切れなかったらしかった。
無茶をなさる、と主治医にくどくど説教されたひいおばあちゃんだったが、ひ孫の命の為なのでと、どこ吹く風の様子だった。
「ううん、いいの。それより私もごめんね。指輪が…」
鏡台に目をやると、切れてひしゃげた指輪が乗っている。
ひいおじいちゃんから貰った指輪だった。
骨折の治療のために、ひいおばあちゃんのしていた指輪は無残にも切られて、歪な形のアルファベットのCみたくなってしまっていた。
私のおかしな考えのせいで、こんなことになってしまったのかと思うと、それこそ死んでお詫びをしたい気持ちだった。
「大丈夫よ。きっと、誠司さんもよくやったと褒めて下さるわ」
でも、自分の贈ったものでひ孫が怪我をしたなんて怒られるかしらと、亡くなったひいおじいちゃんの話をするひいおばあちゃんはやっぱり可愛かった。
まだ話したいことはあるけれど、体に障るかも知れないのでまたにしよう。
幸いと言ってはなんだが頬が腫れているので、明日の始業式は休むことにした。
死ぬ気も薄れてしまった。
「じゃあ、おやすみなさい」
部屋を出ようとする私に、ひいおばあちゃんが声をかけた。
「美奈ちゃん、バカってのはね、夢見ることじゃなくて現実見ることよ。現実ってのは大体は他人が作ったもんで、真実とは違うの。他人が言う現実に押しつぶされて死ぬくらいなら、毎日が夢だと思って夢見がちに生きなさい。時々起こる辛いことは、悪い夢を見ているだけよ」
じゃあ、おやすみなさいねと言って、ひいおばあちゃんは布団にもぐる。
私は部屋に戻るまで泣かないようにするのに精一杯だった。
「と言うのが、この写真の真実です」
「予想以上だった」
私が全てを話し終わった頃、目の前にいる大輔はみっともないほど泣いていた。
ゴシゴシ目をこするので目元が真っ赤だし、涙が他の写真に飛ぶ。
明日に差し支えるからと言っているのに、しばらくはそうしているつもりらしい。
まあ、こういう男性にしては少し涙脆すぎるところも彼の好きなところなのだけど。
「ひとつの戒めにと思って、撮られたのよね」
写真の中の私は、頬を真っ赤に腫らして豆腐を食べている。
あの時は口の中も切れて暖かいものが染みるから、醤油無しの冷奴ばかり食べていたんだった。
いろんな意味で痛い、青春の一ページだと思う。
「て言うかさ、ひいおばあちゃんてボケてんだっけ?」
「ううん。まだまだ健康だよ。この間も勝手口の鍵かけ忘れたけど、お医者さんが物忘れったって90歳越したら相応だってさ」
「元気ってことか」
「非常に元気ってこと」
そうかそうかと頷いて、大輔は再び写真を手に取って選別を始める。
「いい結婚式にしような」
「そうだね、すごく楽しみにしてたよ」
あれから10年経った。
私は今も、夢見がちに生きている。
「現実見て死ぬより、夢見て生きる」をモットーに、毎日を過ごしている。
あの頃、何をあんなに追い詰められたのか忘れてしまったくらいだ。
というか、忘れることが出来た。
往復ビンタで顔を腫らした甲斐があったものだ。
ひいおばあちゃんも、この事をまだ覚えているだろうか。
結婚式で腫れた顔の写真を流したら、罪の意識を感じるんだろうか。
出来れば、武勇伝だと笑い飛ばして欲しいのだけど。
「そういや、ひいおばあちゃんは指輪どうしたの」
「切っちゃったやつ?」
「そのまま?でも修理もできるよな」
私は耳元を指差す。
「ひいおじいちゃんのと合わせて、二十歳になる時にイヤリングに作りかえてくれたの」
結婚式でもつけるよと言うと、大輔は、次々良い話すんな、俺おばあちゃん子だぞと泣き始めた。
涙脆いにも程がある。
写真の選別急ぐのにと考えながら、それでも夢のように楽しいと思った。
読んでいただき、ありがとうこざいます。
書き出しをびっくりするような文にしようキャンペーンを勝手に行いました。
こんなことはあるはずはありませんが、ほんの一部、実話をもとにしています。
「現実を見て死ぬより、夢見て生きる」
「毎日は夢」
この辺りが、ほんのり実話ですね。
成功する前に夢を語ると、なんかバカにされますよね。
大きな夢も小さな夢も、バカにできない心の支えだと思うんですけれど…。
叶わなくても夢は良いものです。
現実に疲れて死にたくなったら、夢に逃げても良いんじゃないかな。
ここまでも読んでいただき、ありがとうございました。




