88,なんか来た。
クリソベリルの下で特訓を始めてから1週間が経った。
アオイは毎日9時頃に来て5時には帰る支度を始める。
俺たちは5時に起き始めて11時には死ぬように眠る日々を送っていた。
ユリシアは例外だったが。
ユリシアの実力が俺たちの中で群を抜いていることはクリソベリルのメンバーも理解しているようで、特に何も言われることなく毎日起こされるまで寝て、昼間は好きな場所で昼寝をし、夜は9時には寝ている。
流石に寝過ぎだと思う。
それでも魔力量が落ちたりしないようにはしているみたいだが。
「ケイ、動きが鈍ってるぞ」
「はい!」
色々と考えていたらリーダーに注意された。
俺はムギと話していた初日以降はクリソベリルのリーダーに剣の修行をつけてもらっている。
クリソベリルのメンバーは皆彼を「リーダー」と呼ぶので、名前を聞き損ねてしまった。
アオイも「リーダーさん」と呼んでいた。
「集中が切れたな。休憩にするか」
「はい、すみません」
「謝ることじゃないさ」
リーダーはそう言って笑うと、木陰に移動した。
俺もそれについていき、2人で並んで腰を下ろす。
ふっと息を吐くと体の力が抜け、どっと疲れが出た。
「……ほかの奴は、何してますかね」
なんとなく気になって口に出しから、リーダーはずっとここに居たのだから分からないだろうということに気が付いた。
「んー……ゼラは庭でモクランにしごかれてる。ここにアオイちゃんも居るな。リーラは別の庭でツルバミにダメ出しくらってる。ガーデニアはまた別の庭でコーラルと模擬戦をしてる。ユテンはガーデニアと同じ庭でリュヌに流し撃ちを教わってる。サンシュユはトクサと模擬戦中。ユリシアはムギの部屋に居る」
パーティーメンバー全員の現在状況を言い終えたリーダーは、俺の目線に気付いてこちらを向いた。
そしてフッと笑う。
「驚いてるな」
「そりゃ……驚きますよ」
「まあ、確かにな。言ってなかったか」
「何を、ですか?」
「俺もオリジナルスキル持ちだ。スキル名は鷹の目」
なんとなく聞いたことのあるスキルだった。
確か、自分の魔力の及ぶ範囲を自由に見ることのできるスキルだったはずだ。
拠点内ならば自由に見られるのだろう。
もしかしたら、ガルダ内ならそこそこ自由に見られるのかもしれない。
「鷹の目……便利ですね」
「いや、実際の戦闘じゃほとんど使えない」
「そうなんですか?」
「ああ。鷹の目を使ってる間は体をほとんど動かせないんだ。喋ることは出来るんだがな」
リーダーはそう言ってポリポリと頭を掻いた。
それでも、索敵なんかには使えるだろう。
うちのパーティーは魔法使い3人が魔力波を飛ばして索敵をしているが、魔力を消すことの出来る魔獣なんかに出くわした時は索敵が意味をなさない。
「それに、姿を消す魔物には意味がないからな。所詮は魔力2だ」
「そうですか……でも、迷子を捜したりは出来ますよね」
「そうだな。……何で迷子……」
「ユテンがたまに逸れるので……」
「……なるほどな」
ユテンはうちのパーティーのアーチャーだ。
腕は悪くないのだが、少々方向音痴でたまに迷子になる。
ユテンには逸れたらその場から動くなと言っているので、全員で探すことになるのだ。
ケイとリーダーがそんな気の抜けた会話をしているのと同じ時、ゼラは魔力切れで倒れて目を覚ましたところだった。
アオイから水を受け取り、そのままモクランも交えて3人で話す。
「モクランさん、この字、なんて読むんですか?」
「……それ、昨日も教えなかった?」
「あ、あはは……最初の方を頑張って覚えてたら忘れちゃって」
「はあ……そこは……」
アオイに聞かれてため息を吐きながら演唱を書いた紙を覗き込んだモクランは、そこで動きを止めた。
そしてすごい勢いで遠くを見る。
その目は何かを見極めようとしているようで、話しかけられなかった。
「…………何か来る……?」
ポツリと呟いた声は、誰かに確認しているような、独り言のようなトーンだった。
何が起こっているのか分からず、アオイを見るとアオイも不思議そうにモクランを見つめていた。
辺りを静寂が包んだ時、空から何かが降ってきた。
「チュン」
「わあ!!モエギ!?」
「チュン」
振ってきたのはアオイの契約獣、モエギだった。
モエギはアオイが差し出した指に止まると、何かをアオイに伝え始めた。
「チュン、チュッチュン」
「ふぁ!?」
「チュンチュンッチュ」
「あ、うん。分かった」
アオイがモエギと話し終えるのを見て、モクランがアオイに話しかける。
「なんだって?」
「なんか、魔獣が来るって……」
「は!?」
思わず大きな声を出してしまった。
魔獣が来る?ここにか?
混乱する俺を無視して、モクランは先を促す。
「他にも何か聞いてたよね」
「はい。コガネがこっちに来るって」
コガネ、というのはアオイの契約獣だったはずだ。
エキナセアに行ったときに一緒に店番をしていた少女がコガネと呼ばれていたので、あの少女だろう。
モクランはアオイの話を聞き終わると、立ち上がって言った。
「みんなに知らせて来るから、君たちはここに居て」
「はーい」
「はい」
モクランが建物の中に消えていき、庭にはアオイと俺の2人が残された。
アオイは不安そうな表情で扉を見つめていたが、すぐに何か思いついたのかモエギに話しかけ始めた。
「モエギ、サクラはどこに居る?」
「チュチュン」
「じゃあヒエンさんは1人なのか」
「チュン」
「店に居るんだよね?」
「チュン。チュッチュン、チュン」
「……確かにヒエンさんなら何とかなりそう……」
アオイとモエギが何を話しているのかは分からなかったが、強張っていたアオイの力が抜け、リラックスしたのは見て取れた。
緊張のし過ぎは良くない。
そんなことを考えていると、扉が開いた。
「アオイちゃん!!」
「あ、アヤメさん」
「何が来てもアオイちゃんは守るから安心して!」
アヤメがそう言って拳を握った瞬間、扉が荒々しく開かれた。
入ってきたのは、初めて見る青年だった。
真っ白な髪の、背の高い青年。
「主!!」
青年はアオイの姿を見るなりそう叫んでアオイの元に走っていった。
「あ、コガネ君」
「主、大丈夫!?」
「この状況でなにか起きることってあるの!?」
「いや、魔力に当てられてないか?」
「うん、大丈夫だよ」
「なら良かった」
コガネ?と不思議に思っていると、いつの間にか隣に出現していたユリシアが服の裾を引っ張ってきた。
どうかしたのかと思ってユリシアの方を向く。
「どうした?」
「あの子……店番、してた子と……同じ子……」
「……背丈が全く違うのだが」
「エキナセア……居た時は……女の子の、姿……だった……」
「…………性別を変えられるのか?」
「一部の……種族は……」
なるほど。
俺が今まで出会ったことがないだけで、そんな種族も居るのか。
感心していると、ユリシアは再度俺の裾を引っ張った。
「感心……してる……場合じゃ、ない……来る」
ユリシアがそう言った直後、何か強大な魔力を感じた。
まだ遠い気がするが、十分恐ろしい。
後ろを見ると、アヤメとコガネ、そして戻ってきたモクランが臨戦態勢に入っていた。




