幕間 精霊樹のふもと
巨大な木があった。
樹齢は何百、何千年にもなる大木だ。
その木が生えているのは人間界と魔界の間。
時空の狭間と呼ばれる場所。
普通の人間は留まれず、魔に属する者には清すぎる。
そんな場所で生きるその大木を、人は精霊樹と呼ぶ。
時空の狭間と呼ばれるそこには、幾つもの「島」が存在する。
人間界で消えた島々は、時空の狭間にて生き続けているのだ。
精霊樹が生きる島は「精霊界」と呼ばれ、全ての精霊の集う場所、帰る場所となっている。
精霊たちはここから生まれ、ここで死ぬ。
精霊界の中で転生を繰り返し、記憶を繋いでいく。
精霊樹は精霊界の中心にあり、その枝を大きく広げている。
人間界に遊びに行かない精霊たちは、樹のふもとに集う。樹のふもとにいる、1人の女の元に集う。
「ああ、そうなの。だから……」
精霊たちの声に返事をする女は、ゆっくりと立ち上がり、精霊樹に身体を向ける。
そして幹に手を付け、人間界を覗く。
精霊樹には人間界を観る力があった。
人間界と精霊界を繋ぐ力があった。
そもそもは門として使われるだけだったのだが、女が来てから人間界を観るためにも使われるようになったのだ。
「本当ね。道理で皆、遊びに行くわけだわ」
女は幹から手を離し、ゆっくりと振り返る。
精霊たちは女の周りに集い、口々に言う。
そうよ、収穫祭なの
ガルダのお祭りはとっても賑やかよ!
ランも一緒に行きましょうよ
精霊樹を通して見るより楽しいよ
精霊の声は、普通の人間には聞こえない。
才能があり、努力を重ねた末に聞こえるようになるのだ。
そんな精霊の声を聞き、女はゆっくりと首を振る。
「行きたいけれど、私はここから離れられないわ」
精霊たちはそれを聞き、残念だと言う。
そして、帰ってきたら話を聞かせる、なにか土産を持ってくると言って、人間界に遊びに行った。
精霊樹の周りは途端に静かになり、女は幹に寄りかかって腰を下ろす。
そして、旧友から貰った本を開く。
〈昔、この世界は島々で作られていた。
昔、神はもっと身近な存在だった。
昔、精霊たちは人と共に暮らしていた。
昔、魔獣はおらず世界は平和だった……〉
そんな書き出しで書かれるこの本は、精霊についての神話が書かれている。
旧友は、自分が持っているよりも良いだろうとこの本を女に渡した。
この本は精霊たちのお気に入りで、女が本を開くと皆寄ってきて、読み聞かせが始まるのだ。
だが今は周りに誰もいない。
こう静かな時にこの本を開くと、普段は現れない者が現れるのだ。
面白そうな物を読んでいるのですね
その声は、どこから聞こえてくるのか定かではない。
空からの気もするし、地面からの気もする。
そんな声に、女は驚きもせずに答える。
「貴方には、まだ聞かせていませんでしたか?」
いえ、ずっと聞いていましたよ。子供たちが貴女にせがんで、何度も読んでいましたからね
「確かに、私がこの本を読むのはいつもこの場所ですね」
意図しているわけではないのですか?
「人間界を覗くと、時々寂しくなるのです。そういう時に、私はこの本を読むのです」
分かりませんね。人間界を観て寂しくなったと言うのに、人の子が書いた書物を読むのですか
「貴方にも、分からない事があるのですね、ティターニア」
女の声に、返事は返って来なかった。
だが、相手が怒ったわけではない。
「ああ、眠ってしまいましたか」
女は呟き、手元の本に目を向けた。




