132,Qこれは…Aもう、何があっても驚かない…
峡谷の縁で座り込んでいたコガネは、新たに魔力の繋がりを感じてバッと顔を上げた。
この感覚は、知っている。自分が主と契約した時に似た、サクラとモエギが契約した時と同じ感覚だ。
その直後、谷底の魔力に阻まれて感じることが出来なかったアオイの魔力を、確かに読み取った。
「ああ、主、主は……」
よろよろと立ち上がると、アオイの魔力が谷底から急上昇してきた。
ほどなくしてコガネの横にフワリと着地する。
「主……」
「ただいま、コガネ!」
いつもの調子でシュバッと手を挙げたアオイを抱きしめて、コガネは停止した。
コガネが、無言で抱き着いてきて停止した。
……昨日と逆だね。昨日は私が抱き着いてたからね。……ちょっと嬉しい。コガネ普段自分からくっついてくること少ないからな。
「コガネー」
「……なんだ?」
「分かってるかもしれないけど契約獣が増えました」
「ああ、それは感じた。……峡谷の底に居たんだよな?」
「うん」
「……種族は?」
「ドラゴンの最上位種だって」
コガネが私から離れて頭を抱えた。
……ごめんね?やることなすこと突拍子もない主で……
《何やら楽しそうなことをしとる時にすまんが、1つだけいいかの?》
「……あなたが、新たな契約獣か」
《ああ。お主はコガネだな。我はヒソクと名を貰った。よろしく頼む》
「よろしく。言いたいこととは?」
《お主らの住まいに帰るべきだ、と天が言っておる》
「……そうか。だが、流石に時間がかかる」
《そこは、我の魔力でちょちょいだ》
「頼むから最上位種のドラゴンがちょちょいとか言わないでくれ……!」
ヒソクは契約時に私の記憶の一部に触れたらしい。
つまり、今ヒソクがちょちょいとか言ったのは私の影響だ。……本当にごめんね……
「……いや、コガネも神獣なのに軽い発言してるよね!?」
「俺は人型だからセーフで」
《なら我も人型になるか》
「別に免罪符じゃないからね!?」
何だろう、愉快なお供が増えた気がする……
ヒソクはずっとこの峡谷に居るらしいから、この近くじゃないと話は出来ないらしい。
つまり、この付近にいる間は賑やかになるってことだね!
《その馬に、一時的な魔法をかけた。ガルダまでは持つはずだ》
「分かった。……じゃあ、またな」
「遊びに来るね!」
《ああ。暇が出来たらおいで》
言い終わると同時に、ヒソクの魔力が馬に移った。
馬は驚きもせずに乗るように促してくる。
……この馬も優秀だよなぁ……
「……よし、この感じだと、明日の朝にはガルダに着きそうだな」
「速くない!?」
「速いぞ。休憩なしで行くからな」
「辛くない!?」
「大丈夫だ。色々重複して魔法がかかってる」
コガネがそういうならそうなんだろう。
……絶叫マシンみたいにならないよな?
そんな心配をしていたが、全く問題なかった。
風を感じることはなく、ただ景色が残像しか見えない。
……どんな魔法かけたんだよ……いくつかけたんだよ……
「ざっと20くらいだ」
「かけ過ぎじゃない!?」
「ガルダまで突っ切ろうと思ったらこのくらい妥当だな」
「そうなんだ……」
そもそも突っ切ろうとするのがおかしいからね。
おかしいことをしようとしたらおかしい感じになるよねそりゃあ。
うちのお供になる子って基本規格外だよね。
検問の時だけ速度を落として、ガルダまでノンストップで走り抜けた。
不思議とそんなに疲れてない。
ガルダ入国時も速度を落として、国内に入る。
現在時刻8時30分。ヒエンさんは起きてるだろう。
馬を返して(すごく名残惜しかった)エキナセアに向かう。
……ガルダ久しぶりだなぁ……どのくらいぶりだろう。
ヒエンさんに会うのも久しぶり。……多分予想より相当早い帰宅だろうな。
そんなことを話しながらエキナセアの前まで来た。
ドアは開いていないので、モエギとサクラに庭から入ってヒエンさんに伝えてもらう。
少し待つと、内側から鍵が開いた。
「ただい……あれ?」
「ピイ!ピッピィ!」
「え、居ない?」
「チュン」
ヒエンさんが居ないらしい。
……なぜ?何か必要になって買い出しに行ってるとか?
「国内には居ないみたいだ」
「うえ!?」
なんてこった。
私たちはまだ帰ってこないだろう、とか、そんな感じだったのかな?
「……とにかく、いったん荷物を置いてこよう」
「うん、そうだね」
ヒエンさんの行き先は、クリソベリルに聞いたら分からないかな?
あと知ってそうな常連さんは……
「……主、これ何か分かるか?」
コガネが指さす先には、写真立てが置いてあった。
この世界写真あるんだ。今まで見なかったから、無いのかと思ってた。
……でも、なんで私の部屋の机の上に置いてあるんだろ。
不思議に思って手に取ると、中には綺麗な人の写真が収められていた。
長い、満月のような金色の髪をした人。
瞳は満月を浮かべる夜の空のようで、微笑みを浮かべた顔は性別が読み取りづらい。
知らない人。知らないはずの人。
でも、その人がひどく懐かしい。
どこかで会った?でも、どこで?
私は、何か忘れているの?
どこまで覚えてる?
そうだ、この世界に来る前、私は、何をしていた?
私は、どうやってこの世界に来たんだ?
考えが纏まらず、助けを求めるように手元の写真を見る。
そこに写っている人は、自分を助けてくれる。
だって、前もそうだったから。何かと理由をつけて、助けてくれた。
……誰が、誰を?
「コガネ、コガネ。駄目だ。もう、分かんない」
「どうした?その人に、何かあるのか?」
「会ったことがある。でも、覚えてない。覚えてないのに、知ってるの」
頭の中で知っていることと覚えていることが混ざり合って、濁流のようだ。
後ろから支えてくれるコガネに寄りかかって目を閉じると、写真の人物が動き始める。
辺りは夕日に染まっていて、私は、まだランドセルを背負っていた。
その人は、本の中のお姫様のようで、でも、王子様のようでもあった。
絵本の中の人が出て来ちゃったんだ、そう思ってじっと見ていると、その人は私の前に片膝をついた。
その動きは本物の王子様のようで、私はとても舞い上がっていた。
「やっと見つけた。君を探していたんだ」
「どうして?」
「君が、私の世界のお姫様だから。でも、今回はお迎えじゃないんだ」
「おひめさま?わたし、おひめさまなの?」
「うん。でも、それを他の人に教えちゃいけないんだ。いつか、迎えに来るから、それまでは忘れているといい」
そう言われて、首をか傾げていると頭を撫でられて、私に会ったことも言ってはいけないと言われた。
そうだ。それで、言わないでいるうちに、本当に忘れていたんだ。
でも、この人は誰だ?私を迎えに来るといったこの人は……
「ヒエン・ウィーリア・ハーブ……」
「店主がどうかしたのか?」
「ウィーリア、そう……そうだ……あの人は、ウィーリアって名乗ったんだ……」
私を迎えに来るといったその人は、最後にそう名乗った。
ウィーリア・ディル。ウィルと呼ばれているから、そう覚えていて。
そう言ったんだ。名前を教えてとせがんだ私に、微笑みながら。
思い出した途端に、忘れていたのであろう記憶が一気に戻ってきた。
早送りに流れていく映像は、私と同じ制服を着た女の子で止まる。
黒髪に黒い瞳をした、ヒエンさんと同じ顔の女の子。
ヒエンさんが私のクラスに居た時の名前は、甘草。
甘草さんは徐々にその瞳の色を変える。
瞳が深い夜の色になると、髪は満月になり、服はいつの間にか制服ではなくなっていた。
元の姿になって私に手を伸ばして、私は、何も疑わずにその手を取ったのだ。
ガルダ国内、クリソベリルの拠点に在る龍の名を持つ希少種は、呟いた。
アオイと新たに契約を結んだ偉大なドラゴンは、自らの巣で呟いた。
その時を待っていた満月の髪の女は、エキナセアのはるか上空で呟いた。
時が満ちた。