小話,鍵の修復
渡された鍵を手に取り魔力を視ると、予想をはるかに超える魔力情報が詰まっていた。
これを1から作るのには、魔法使いと名乗る人々の一生分の魔力では到底足りないだろう。
大魔導士と呼ばれる人が、一生をかけて基礎を作れるか否か……
これを作ったのはエルフだと言っていたが、人より魔力に関する知識や技量が高いエルフであってもこれほどの物を作り上げることは不可能なはずだ。
このように緻密に組まれた魔力を視るのは、今まで生きてきた100年ほどの歳月の中でも2度目。
あり得ない。
そう思ったのも無理はないはずだ。
同族にこれを見せて、1人のエルフが作ったと言えば、皆一様にあり得ないと言うだろう。
だが、これはここに存在している。
主に頼まれたわけではないが、主の友人の頼みだ。
かなりの魔力を消費するだろうが、出来る限りは修復しよう。
主が時々魔法特化(?)とか言っているが、これでもれっきとした魔法特化種族だ。
おそらくこれを直せるのは同種か他の、魔力特化の神獣だけだろう。
……魔力特化の神獣と言えば、この国には居るんだったか。
まあ、それは今どうでもいいことだ。
魔力を両手の間に球体状に溜め、その中心に鍵を浮かせる。
少しずつ、少しずつ内部に魔力を入り込ませていく。
正常に動いている部分に干渉しないように、異常を探す。
1つ1つの魔力全てに意味があるこの鍵の内部に混ざらないように魔力を入れるこの作業だけでも、かなりの集中力が必要だった。
しばらく探していると、1つの歪みを見つけた。
あまりに小さな「ずれ」
普通の魔道具であれば、一切問題ないほどの歪み。
大きな紙に、針で刺すより小さな穴が開いた程度のもの。
普通は気付かずに終わるその「穴」は、この鍵が使えなくなる最も大きな原因になっていた。
この穴を塞がなくてはいけない。
だが、穴を埋めるための「紙」が大きすぎてはいけない。
ぴったりと穴に合わせなくては。
小さな傷も見えぬように、まっさらな紙に戻す。
少しずつ穴を埋める。
他に影響を及ぼさないように、その作業をするために別の所にも魔力を送らなければいけなかった。
それは、例えて言うなら紙の穴を埋めながら砂の城を築き、時計の歯車を組み立てるような作業。
魔力の消費も大きいが、それ以上に辛いのは同時に行わなくてはいけない作業の多さに、集中力が切れかかることだ。
一瞬でも集中力が切れれば鍵そのものが壊れてしまう。
体感的には、かなりの時間が経っていた。
穴は見えなくなり、歯車は噛み合った。
一部が崩れた砂の城は、最盛期の姿を取り戻した。
最も大きな歪み以外の、小さな歪みも取り除いたこの鍵は、今現在作られた当時と同じ状態に戻ったはずだ。
作業を終えて、素直に感服した。
これを作ったその魔力に。技量に。思いの強さに。
これは、おそらく1人の人間を守るために組まれたものだ。
初めてこの家を見た時から、かけられた保護魔法の多さと強さに驚いていた。
1国の秘宝を守るかのような保護のかけ方だと思った。
入口は2つだけ。
この鍵を使う扉か、指定された2種類の魔力にのみ反応する鍵付きの扉のみ。
人間では気付くことすらない、玄関の魔力。
威嚇の意味も含めてかけられた保護魔法。
この家は、レヨン・ベールを守るために存在している。
この鍵の製作者であるエルフにとって、彼女は国の秘宝よりも大切なものだったのだ。
だからこそ、こんな途方もない鍵を作った。
惜しい、と思った。
その魔力に、直接触れてみたかった。
直接、その技術を見てみたかった。
少しばかりの悲しみを、残った魔力と共に消し、鍵を持ち主に返す。
この鍵は、彼女が持っていなければ意味がないのだ。