99,Q行きましたか?Aはい。早朝に。
午前4時30分。
雨期の今はまだ暗く、早朝と夜の狭間くらいだ。
玄関には旅支度を済ませた店主がいる。
「まさかお見送りがいるとは思わなかったわ」
「私が気配を察しないと?」
「いや、察してもお見送りには来ないかな、と思ってたわね」
確かにそうかもしれない。
何となく見送りに出てきてみたが、何か意味があるわけでもないし、別に見送りなどしなくてもよかったのだ。
だがまあ用事が全くないわけでもない。
「主に何か伝えることは?」
「そうねぇ……ビンの箱の上に材料の仕入れ先のメモがあるのと、戸棚の中にお金が入ってるわ」
「分かった」
旅装束の店主は中性的で、これで馬に跨っていたら男と間違えられそうだな、とそんなことをぼんやりと考えた。
玄関の扉を開けようとする店主に、ふと思い出したことを聞いてみた。
「店主、アーラン・マサスって知ってる?」
「……知らないわ。人の名前?」
「うん。知らないならいいの。行ってらっしゃい」
「そう。行ってきます。お店とアオイちゃんをお願いね」
「うん」
店主の反応は、少しぎこちなかった。
人間なら見逃すほど微かにだが、魔力の揺らぎも確認できた。
……何となく、店主の正体が分かったかもしれない。
確証はないし、分かった所で何をするでもないのだが。
そんなことを考えながら主の部屋に戻り、制服に着替えて1階に降りる。
今日も外は雨が降っていて、楽しげな精霊の声が聞こえてきた。
水と花は仲がいい。
この店の庭は居心地がいいのか、精霊が遊びに来ることがある。
コガネ、久しぶりね♪
「ああ、シルフィ。久しぶり」
アオイはまだ寝ているの?
「うん。まだ起きる時間じゃないからね」
そうなの……アオイは私たちのことを認識できるから、お話したいわ
「そっか。やっぱり主は見えてるんだ。……それにしても、シルフィが名前を覚えるなんてね」
コガネはすぐに覚えたわよ♪それにアオイは……
そこまで言って、シルフィは笑いながら黙ってしまった。
どうやら何を言おうとしたかは教えてくれないらしい。
私の周りをクルクル回って、ウィンディと共に去って行ってしまった。
風と水も仲が良いのだ。
「さてと……」
今は午前5時。
まだ朝食を作るには早い時間だ。
そんなわけで、部屋から持ってきた本を開く。
朝食の準備を開始する時間になるとモエギが降りてくるので、それまでは本を読んでいよう。
朝、コガネちゃんに起こされた。
サクラとモエギももう起きているようで、下から鳴き声が聞こえてきた。
まだ目が覚めず、目をこすっているとコガネちゃんが再び声をかけてきた。
「そうだ、主。店主はもう行ったよ」
「……ふぁ!?」
「あ、起きた」
「本当にもう行ったの?」
「うん。4時半くらいに」
マジすか……
いくら何でも時間早すぎでしょ……
コガネちゃんは私が起きたのを確認して1階に降りて行った。
一瞬開けられた扉から入ってきた朝食の香りにお腹が鳴った。
コガネちゃん、今日は何を作ったんだろう?
久々にお米が食べたいが、レヨンさんから貰った分は食べきってしまった。
制服に着替えて1階に降り、テーブルを見るとパンとスクランブルエッグ、そしてベーコンが1枚の皿に盛りつけられている。
私が席に着くとコガネちゃんが果汁100%のジュースを出してくれた。
……メイド感増したね!可愛いな!
手を合わせてからパンをちぎって口に運ぶ。
コガネちゃんが完成形にしたと言っていたバターロールだ。
口の中でバターが広がり、食欲を掻き立てる。
ベーコンはカリカリに焼けており香ばしく、スクランブルエッグはパンとの相性が最高だ。
「コガネちゃんはまた料理の腕が上がったねぇ」
「そう?よかった」
そう言って微笑む姿はマジ天使。
コガネちゃんは開店準備をしてくると言って店に行った。サクラとモエギはどこに行ったのだろうか。
ヒエンさんがいない分静かで、少し寂しいのでどちらか近くに居てほしかった。
「……美味しいなぁ……」
呟きながら食べ終え、手を合わせてから食器を片付ける。
それから試験勉強用の問題と本を小脇に抱えて店に行く。
扉を開けるとコガネちゃんが中に入ってきたところだった。
「主、食べ終わった?」
「うん。美味しかったよ」
「よかった」
コガネちゃんは微笑みながらカウンターの内側に回ってくる。
そしてイスに座り、私の開いた本を横から覗き込んでくる。
気になるのかな?それともあまりに暇だからかな?
「……そういえば主、今日の来客予想は?」
「1桁な気がする」
「そっか……暇だねぇ……」
「ほんとにねぇ……」
そんな会話をしていると、窓をコツコツと叩く音がした。
何かと思って窓を見ると、小鳥が止まって窓を叩いている。
よく見ると足に紙が付いている。
……私の文通相手はレヨンさんだけなんだよね。
「コガネちゃん、タオル持ってきてもらってもいいかな?」
「うん」
コガネちゃんにタオルを取ってきてもらう間に窓を開けて小鳥を指に止まらせる。
風はほとんどなかったので雨は中に入ってこなかった。
「主、タオル」
「ありがとう」
コガネちゃんに渡されたタオルで小鳥を拭く。
嫌がるかと思ったが、大人しく拭かれてくれた。
だいぶ水気が取れてきたので足につけられた手紙を回収する。
すると小鳥はすぐに飛び立ってしまった。
お水くらい出したかったんだけどな……
まあ、それはともかくだ。
手紙は小さい袋のようなものに入っていて、水に濡れないようになっていた。
袋を開けて中身を取り出して広げる。
〈久しぶり、アオイちゃん
最近連絡取ってなかったけど、元気にしてる?
雨期に入って憂鬱になったりしてないかな?
まあそれは置いといて、雨期が終わったころにでもこっちに遊びに来ない?
色々話したいことが溜まってるんだ。
それじゃ、すぐじゃなくていいから返事待ってるね。
レヨン・ベール〉
なんというタイミング。
実は最近、お供たちと行きたいねーと言っていたのだ。
横から覗いていたコガネちゃんと目が合って、同時に笑う。
答えは決まっている。
コガネちゃんに断りを入れてから部屋に戻って便箋を回収する。
ペンは下に置いてあるので、それだけ持って店に戻る。
遅くてもいいと言っていたが、すぐに書いてしまおう。
〈お久しぶりです、レヨンさん
私たちも行きたかったので、雨期が終わり次第行きたいです!
でも、雨期の終わりくらいに薬師試験があるので、それが終わって落ち着いたらになると思います。
今ヒエンさんが遠出中でいないので、詳しい日程はまた連絡します!
アオイ〉
手紙は書き終わったが、外は雨が降っている。
この中をキマイラまで行ってもらうのは何だか申し訳ないな……
「主、明日なら少しは天気いいみたいだよ」
「本当?」
「うん」
なら、明日行ってもらおう。
サクラは不安だから、モエギだな。
……でも、モエギにばっかり行かせてるとサクラが拗ねそうだな。
うーん……どうしたもんか……
「もういっそ2羽で行ってもらう?」
「……いいんじゃないかな?」
「いい、よね?」
「うん」
2羽で一緒に行けば問題解決だ。
サクラはしばらく飛べていないストレスを解消できるし、モエギが一緒なら安心。
2羽には明日になってから伝えよう。
今伝えるとサクラが騒ぐからね。
「そういえば、サクラとモエギは?」
「庭の軒下に居るよ」
「そうなんだ」
「濡れないように、とは言ってあるけど……」
「モエギがどこまでサクラを抑えられるか、だね」
サクラの扱いでモエギの右に出る者はいない。
きっとどうにかしてくれるだろう。