93,Qどうですか?A1回で作れるわけがないですよね。
試験の次の日、朝一でヒエンさんに重たそうな本を渡された。
実際重い。なにこの、軽く千ページくらいありそうな本は。
「ヒエンさん、これは?」
「中級を受けるための知識が詰まった本よ。詰まりすぎてる気がするくらい詰まってるわ」
「どんだけですか……」
とりあえず本に目を落とす。
……頭痛くなりそう。
うへぇ……よく分からない難しげな文がぎっしり……
「中級から筆記が本格的になってくるわ。筆記の問題はイセルアに頼んだからそのうち来るわ」
「イセルアさん……ご迷惑をお掛けします……」
「いいのよ。どうせ暇人なんだから」
ヒエンさん、物を頼む態度じゃないよね。
それにしても、イセルアさんとはどんな人なのだろうか。
試験のたびにお世話になってる身としては1度会ってお礼を言いたい。
「それから、中級で製作する薬は麻痺毒よ。作り方はこれから教えるわ」
「ど、毒ですか……」
「ええ。薬と毒は表裏一体よ。毒があったから薬は増え、薬があったから毒が増えたの」
そう言われればそうなのだろうが、やっぱり毒を作るってのはね……
なんか、こう……罪悪感とは違うんだけど……ヤバいことしてる感があるよね……
「とりあえず朝ご飯を食べたら作業部屋に来てちょうだい」
「はーい」
今日の朝ご飯は中にバターがしみ込んだパンだ。
コガネちゃんが最近凝っていて、よく作っている。
作るたびに美味しくなっていくからすごいよね。
今日のもすごく美味しい。
最初はバターが多すぎたり少なすぎたりしていたみたいだけど、今は分量カンペキだ。
ちなみに私の反応を見てバターの量を微調整しているらしい。
その微調整は必要なんだろうか?
「おはよう、主」
「あ、おはよう。コガネちゃん」
店からコガネちゃんが来た。
両肩にサクラとモエギを乗せている。
「今日のパンは自信作だよ」
「美味しいよー。というか毎日美味しいよ」
「ありがとう」
コガネちゃんはふわっと笑う。
可愛い。天使かな?
そういえば、コガネちゃんは髪を結った上に髪飾りを付けてるみたいだ。
「コガネちゃん最近髪の毛の結い方変わったね」
「雨季だからね。広がるの防止」
「なるほど」
ガルダは最近雨期に入り、今日もパラパラと雨が降っている。
とはいえまだ本格的な雨期になったわけではないらしい。
昨日も晴れていたし、今日も晴れたり止んだりを繰り返すのだろう。
雨季は大切な季節だ。
この世界の生活用水はほとんどが雨期に降った雨水である。
それが井戸でろ過されて(るのだと思う)使われている。
雨期に雨が降らないのは生命の危機に直結することなのだ。とはいえ、
「雨かぁ……家の中で過ごす分にはいいんだけどね……」
やっぱりカラッと晴れた日の方が好きなのだ。
じめじめしたのは苦手である。
「サクラも同じこと言ってるよ」
「そうなの?」
「ピィッ!ピッピィッピィ!(飛びたい!外で遊びたい!)」
「だよねー」
普段外で飛び回るサクラにとってはつらい季節だろう。
雨の中飛ぶのはモエギに禁止されてるみたいだし。
ちなみに理由は「危ないから」だそうだ。
「というか主、もう9時になるけど作業部屋行かなくていいの?」
「……良くないね!」
「行ってらっしゃい。頑張って」
「うん。店番よろしくね」
朝ご飯を食べ終えたら来いって言われてたのにコガネちゃんとお喋りしてたや。
急いで行かないと。
怒られはしないだろうけど、申し訳ないことに変わりはない。
速足で作業部屋に行く。
「ヒエンさーん」
「準備は出来てるわよ」
「お待たせしました……」
「いいのよ。時間はまだあるんだし」
ヒエンさんは微笑んでそう言った。
……相変わらずこうしていると美人だな……
普段は美人というよりもいたずらっ子なイメージが強いからな……
「じゃあ始めましょうか」
「はーい」
ヒエンさんはいつものように説明をしながら作り始めた。
私はいつものようにメモを片手にそれを凝視する。
このメモ、今までに教わった薬の作り方が細かく書いてある。
正直薬学書を見るより分かりやすい作りになっている。
「まずは材料の説明からね」
「はーい!」
「麻痺性の毒を持つものが多く材料になってるわ。まず使うのは、マヒダケ、痺れ草、ヨウシュよ」
「ヨウシュ……?」
「これよ」
ヒエンさんが見せてくれたのは紫色の実が付いた植物。
これがヨウシュという植物らしい。
確かに洋酒が作れそうな感じだね。
「ちなみに全部毒性は強いからね」
「ヒエンさん触ってるけど大丈夫なの?」
「手にそれ用のクリーム塗ってるのよ」
「そんなのあるんだ……」
「ええ。必需品よ」
まあ必要だよな。
毒を扱うのに手を保護しないのはさすがにないか。
私が納得していると、ヒエンさんはポケットから小ビンを取り出した。
浅く広く、フタが大きなビンだ。
中には乳白色のクリームが入っている。
「これが使ってるクリームよ。そのうち作ってもらう事になるわ」
「え?作るの?」
「そりゃ、薬の1種だもの」
さすが薬屋。自給自足ですか。
ヒエンさんはクリームをポケットに入れ、マヒダケと言うらしい黄色いキノコを手に取った。
なんというか、すごく分かりやすいね。そのキノコ。
「まずはマヒダケを小間切りにするわ」
「幅は?」
「大体1センチ角ね」
「はーい」
逐一質問しないと、ヒエンさんは小さいけれど重要な事を教えてくれない。
何かを切るとか砕くとか言ったら、加減を聞かないといけないのだ。
「まあ、完璧な1センチ角じゃなくても大丈夫よ」
「どのくらいまでは許容範囲?」
「±7ミリってところね」
「はーい」
マイナス7ミリだと3ミリなんだが、そこまで細かくしない方がいいのかな?
「あんまり細かすぎると切ってる間に成分が抜けちゃうのよ」
「そうなんだー……ところでヒエンさん私の心読んで……」
「ないわよ」
「そっか」
そんな話をしている間にヒエンさんは6つのマヒダケを切り終わっている。
切るの速いなー。手際がいい。
なんというか、お母さんが料理してるのを見てる感じ。
「これは切り終わったらそのままナベに入れるわ」
「水は?」
「後からよ」
水を入れるタイミングは薬学書にも書いてあるか。
ヒエンさんたまに薬学書と違う作り方してたりするんだよね。
「次はヨウシュを潰して入れるわ」
「何で潰すの?」
「これよ」
ヒエンさんが見せてくれたのは真ん中が凹んだ平たい石と先端に石が付いた木の棒。
ヒエンさんは真ん中の凹みにヨウシュを置き、棒で潰し始めた。
「これ、初めて見る……」
「今までは使う薬作ってなかったものね」
「その棒重くないの?」
「重くないわよ」
だがしかし、ヒエンさんの「重くない」は私の「ちょっと辛い」なのだ!
多分重いんだろうな。持てないほどじゃないと思うけど。
そんなことを考えながらヒエンさんの手元を見る。
ヨウシュは完全に潰れ、液体になっている。
その後も作業は続き、ヒエンさんのお手本麻痺毒は完成した。
あー……なんか見慣れた液体だぁ……
毒消し製作の時にお世話になったからなぁ……
あんまりいい思い出じゃないなぁ……
「じゃあ、アオイちゃん作ってみましょうか」
「はーい」
初めて作るときはヒエンさんが隣で見ていてくれる。
分からなくなったり、疑問に思ったことがあったりしたら聞けばいいのだ。
まあ、なるべくヒエンさんには頼らずにメモを駆使して頑張るんだけどね。
出来たよ☆
なんか色が薄いよ☆
明らかに失敗してるよ☆
「ヒエンさん……何が原因でしょうか……」
「水の入れ過ぎとマヒダケの大きさとヨウシュの潰れ具合ね」
「多いな……」
「初めてでこれならいい方よ」
……今日からまた、薬を作りまくる日々になるのか……
勉強は嫌だけどこれも疲れるんだよな……