眼の下のクマ
喫茶店内が、西方の秘宝たるマヨネーズによって支配されている頃。
ベルン共和国滅亡の秘密を聞かされた《獅子皇帝》一行は重苦しい雰囲気に包まれていた。
三大国家の思惑に嵌りコーフィ=チープという存在を知った今、下手な建国はできない。
「三大国家の国王達は何も嫌がらせでこんなことをしたわけではありません。新世代の増長や三大国家がその技術を知らないのは全て私たちの師であるコーフィさんに原因があります。そのため、現在ではそのことを悔いたあの方はベルン財団を立ち上げて私財のほとんどを費やしています。」
そんな沈み込んだ僕達にレヴィア先生は優しく語り掛けた。
それこそ、力で強引に今ある平和を壊せばベルン共和国の二の舞だ。
今までの苦労もこれからの予定もすべてが崩れていく。
ベルン財団。
ベルン共和国崩壊後に、国王から一市民になった元ベルン国王こと。反乱を起こした王太子は旧ベルン共和国の人材と財源の一部を利用して巨大な商会を作り上げた。
その圧倒的な資金力と三大国家の後押しもあって商会は一気に世界一の流通網と財源を持つ存在に上り詰めた。
現在は大陸中央部だけでなく、辺境の東方や西方にも顔が利くようになっているらしい。
「ベルン財団の財源は旧ベルン共和国の物というのが一般に公開されている情報ですが、実はそうではありません。」
先生はその後も淡々と話を続ける。
僕達には質問を挟む気力さえなく、その言葉を聞くことしかできない。
だが、できれば聞きたくはなかった。
世界各国の知られざる借金事情なんてまだ国民である僕達には壮大な話過ぎた。
旧ベルン共和国。
現在のベルン自治州は三大国家が共同で保有する属国という極めて異例な場所である。
だが、実際はコーフィ=チープが実質たった一人で征服した国家であり、三大国家はその後の国家の管理を任されているだけに過ぎない。
故に、勝者の特権ともいえる略奪も賄賂もできにない。
下手に国を乱せばどんな痛いしっぺ返しを食らうかわからない。
それが三大国家の国王の共通認識である。
彼らは、コーフィ=チープという存在のことを正しく認識していなかった過去の自分を殴り飛ばしたくて仕方なかった。
それぐらいに彼らの今までの行いはおろかだったのだ。
三大国家の年間の国家予算は10兆を超える。
この国家予算に匹敵する存在はこの世界に存在しない。
彼の《五高弟》達でもその資産は100億に満たない。
世界有数の大富豪や大貴族でも総資産は1000億を超える程度の世界においてコーフィ=チープの持つとされる総資産はその秘められた実力と同じく破格だった。
三大国家に各10兆。周辺国にその国の国家予算とほぼ同額の借金を背負わせている。
当然、そんな金額をすぐに出せるわけがない。
出したら国が破たんしてしまう。
そのため、各国の予算案には毎年のように『コーフィ=チープ用』と記された支払金額が用意されている。
毎年国家予算の2%を占めるその借金の完済予定は50年後という長大なものだ。
ベルン財団設立後は、基本的に毎年そのお金はベルン財団に入ることになっているが、もしもの時のために毎年少しだけコーフィが自由に使えるお金が確保されている。
ベルン財団はそのお金を使い勢力を拡大し続ける。
そのため、ベルン財団は誰にも止めることない資金力と人脈を各国に持っている。
ただ、ベルン財団の幹部は旧ベルン共和国を運営していた精鋭たちだ。
彼らは今もコーフィ=チープの存在に畏怖と敬意を持っており、粛々とそのお金を世界のために消費している。
世界中に孤児院を立てたり、貧しい村や町の発展に費用を投じたり、魔法の開発や後進の育成にと毎年赤字を出しながら頑張っている。
賄賂や横領は行わず粛々と行うその様はある意味異常であるが、本来なら死んでいたその命を救ってもらった恩義も多少は感じているので逆らわない。
というよりも、逆らう力なんてない。
あっても勝てる気がしない。
こうして、世界の流通や資金は回っているのだ。
では、なぜそんなにコーフィ=チープが資金を持っているのか?
その理由は各国の王達の甘い認識に合った。
世界に知られていないが、コーフィ=チープの実力は世界最強クラスだ。
そんな存在がお金で動く冒険者になれば、当然利用しようと思うのが普通である。
コーフィ=チープの持つモラルに反しない依頼であれば、お金を使えば受けてもらえる。
この認識の基、各国の王は様々な依頼を出した。
貴重な良薬となる不死鳥の『討伐』依頼だったり、自国内の危険区域の魔獣の駆除だったりと今まで行えなかった大きな事業をコーフィ=チープに依頼する形で行った。
ただ、後進の育成を重視していたコーフィ=チープはそれらの依頼を拒否。
緊急でないなら魔獣の討伐などは行わないとして、断り続けた。
そんな彼に各国の王達は様々な奸計で対処した。
『望みの報酬』などの甘い言葉や『町が一つなくなった』などという嘘までついた。
彼は鬱陶しそうにその話を聞きながらも依頼を受けた。
彼が依頼を失敗することはなく、状況は各国の王達に都合のいいように動いている。
報酬について彼は「忙しいからまた後で連絡する」そう言って彼らの前から去っていく彼を見て各国の王達の増長は深まった。
『力は強いが頭は弱い。簡単に扱える』各国の王達はコーフィの力を脅威と感じながらも、そう思っていた。
だが、とある国際会議に突如として現れたコーフィはこういった。
「報酬は各国の国家予算がいい。」
「は?」
言葉の意味が分からずに誰かがそう言った。
だが、コーフィは言葉を続ける。
「今までの依頼の報酬は各国の国家予算でいい。払い終えるまで次の依頼は受けない。」
突然の事態にその場は騒然となった。
そして、コーフィが持ち出した様々な依頼の内容や嘘の証拠を前にして、各国の王達は顔面を蒼白にして頷くしかなかった。
そう、彼はただ報酬を後回しにしていたのではない。
証拠を集めて各国の王達を黙らせたかったのだ。
『自分にかかわるな。』
コーフィ=チープの言外の言葉に各国の王達はまた頭を悩ませる。
一度は踏み倒すことも考えたが、それができる戦力などない。
敵に回せばその圧倒的な力で自分達の首が飛ぶのは目に見えていた。
彼はそれだけ言い終えると風のように去っていった。
異論を挟む余地も釈明も許されず、彼らはただ黙り込んだ。
こうして、各国の王達がコーフィ=チープに依頼を出すことはなくなり、彼に平穏が訪れた。
各国の王達に残された莫大な借金はベルン財団設立までは、コーフィ=チープの気まぐれで一部を持っていかれたり、弟子たちの独り立ちの祝い金に使われたりする程度だった。
「まぁ、祝い金に1億G渡されて困り果てましたがね・・・。」
レヴィア先生は遠い目をして窓の外を眺めると深い深いため息をついた。
「その他にも魔剣問題が発生したりと、あの方は次から次に世界に影響を与えるので、《散歩に行こう》を抜けた後も私達は苦労の連続ですがね・・・。特に《雑魚狩り》さんは大変みたいですね。他の《五皇帝》の方達に後始末を押し付けられているとか。三大国家に泣きつかれてそういった案件を処理したりとかしているようです。」
「「「ああ・・・」」」
レヴィア先生の最後の言葉に、≪雑魚狩り≫の苦労がうかがえる目の下のクマに納得がいって一同が頷いた。
≪雑魚狩り≫ヨシュア=オーランド。
《五高弟》で最も生真面目な男であり、責任感があるために各国の『コーフィ=チープ係』として様々な依頼を請け負う苦労人。
ギルドの外部顧問だけでなく、各国で魔剣管理の最高責任者の肩書を持つ
コーフィが喫茶店を開いて以降は、少し暇ができたので、現在は今後増えるかもしれない仕事を減らすために後進の育成と仕事の分担を行うための組織を作っている。
ただ、育てた部下を他の五高弟に持って行かれることもしばしばあるので想い通りに進んでいない。