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世界最重要機密事項

コーフィ=チープ。

その存在の重さをここに来て初めて理解した《獅子皇帝》の面々。

彼らはコーフィ=チープに抱く恐怖心に心を震わせていた。

暖かな店内の気温を暑苦しく感じ、体中から溢れ出る冷や汗が暑苦しさをさらに加速させている。


コーフィが差し出したホットケーキもすっかり冷めていた。

自分達がここに来た理由、コーフィ=チープの抹殺指令。

それを周囲の誰かが告げた瞬間。

この周囲の優しい雰囲気は破壊され、自分達は抗うすべも持たずに無抵抗同然に瞬殺される。


そんな状況下では、どれほど洗練された料理であろうと喉を通るはずがない。

暖かかったホットケーキはすっかり冷めてしまっている。

周囲の喧騒からは一瞬たりとも耳を離せない。

いつ、どこで自分達がここに来た理由が告げられるかわからないからだ。


だが、周囲の面々は一向にその話を切り出すことはしなかった。

普通に喫茶店を満喫している者達、自分たち同様に何かに怯え驚愕している者達、そして、黙ってこちらを観察している者達。

最後の一団から突然誰かが席を立ち、こちらに近づいてきた。

道中からずっとローブを深くかぶって顔を見せない者だ。


名前も知らないそれは悠然と私たちの元に歩いてくると、その足を止めてローブを外して声をかけてきた。


「どうです? 世界の広さを理解しましたか?」


そのどこか聞き覚えのある声に顔を見上げれば、そこにはよく見知った顔があった。


「・・・!」

「・・・先生」

「・・・師匠」


仲間達が一様に反応した。

そこにいたのは僕達のよく知る師。

レヴィア先生だった。


「師匠。少し部屋をお借りします。」


「ああ、いいよ。」


先生はカウンターの向こう側にいるコーフィ=チープの方を振り向くとそう声をかけた。

コーフィ=チープはすぐに了承の返事を返す。

それを聞いて先生は僕達を二階にあるという宿泊するための部屋に移動した。

部屋には何体目の分裂かわからないがコーフィチープが案内してくれた。


部屋の中に入ると先生は壁際の椅子に腰を掛けたので、僕達はベッドに腰かけて座った。

四つあるベッドに2人ずつ腰かけると、なんだか授業を受けていたことを思い出す。


「お久しぶりですね。皆さん。こうして会うのは2年ぶりですか。ずいぶんとたくましくなりましたね。」


先生の何気ない一言に誰も何も答えなかった。

ただ先生のことを黙って見つめていた。

誰もが何かを悟っていたからだ。

おそらくこれは、こうなるシナリオだったのだろう。

『コーフィ=チープ討伐指令』という不可能ミッションを僕達に受けさせて、それが失敗した場合の後始末を先生が行う。


先生の実力からして、僕達を殺すことが目的じゃない。

それを確実にするならば、コーフィ=チープと戦わせればいい。

戦いに来たことを知れば、彼はいとも容易く、まるで呼吸でもするように僕達を始末することができる。

そうしないのは、何か理由があるのだろう。


「まず、最初に謝っておきます。怖い思いをさせてすみませんでしたね。そんなつもりはなかったのですが、こうする以外に方法がなかったのです。」


先生はすまなさそうに頭を下げて謝罪の意を述べた。

予想していなかったその事態に、僕達は言葉が出なかった。


そして、先生は今回のことの顛末を語った。

まず、今回のことの発端は僕たち新世代派の増長にあった。

僕たち新世代は、新魔法術式と闘氣術によって旧世代の者達を圧倒する力を有していた。

それらの新世代をまとめて『新たなる国を建国し、より多くの人達の繁栄を目指す』というのが増長した僕たち新世代の考えだった。


僕達はそれを行う筆頭と言っても過言ではない。

そんな僕達に三大国家の国王たちは頭を悩ませた。

僕達自身にではない。

僕達新世代に、『どのようにして世界最重要機密事項を教えるか』をだ。

それを知らないで、国を建国すればその国は一夜にして滅ぶ可能性があった。


それが、コーフィ=チープとその仲間である元《散歩に行こう》のメンバーであり、その筆頭が《ゴコウテイ》なのだと言う。


「師匠の恐ろしさは言葉では言い表すことができません。それこそ、おとぎ話に出て来るドラゴンや勇者、英雄とは一線を隠す存在ですから、そのような存在の話をしても実際にその強大さは理解できません。せいぜい、よくあるお話の一つにしかなりえません。」


先生の言う通り、あれほどの存在を言葉で言い表したところで、理解することは難しいだろう。

特に、僕達のように己の力を過信して周りが見えていなかった者達には、『下手な嘘』にしか感じなかっただろう。


「師匠の強大さを理解できた今ならば、三大国家が隠してきた世界の真実の一端をあなた達に語っても問題ないでしょう。」


そう前置きしてから、先生は話を始めた。

それは3年前のベルン共和国の無謀ともいえる三大国家への反抗。

ここ数十年でも最大と言える大戦の話だった。


今から3年前、ベルン共和国という小国が世界の覇権を狙って軍事拡張を行った。

しかし、その国は立地が非常に悪かった。

なにせ周辺にあるのは三大国家とその属国のみなのだ。

戦いを挑めば、間違いなく三大国家と戦うことになる。


なぜそんな無謀な戦いをベルン共和国の国王が行ったのか。

その理由は様々で、病気で頭がおかしかった。変な薬で頭がおかしかった。など様々だが、要するに頭にカビが生えた人間が取るような愚行だったのだ。

正直、まともな思考を一切放棄したのだろうと予想できる。

そして、この大戦は大方の予想通りの形で終戦した。

調子に乗った小国に三大国家の怒りが落ちて、5方向から同時進行を受けて一夜にしてこの小国は滅んだのだった。


だが、そこには世間に公表されていない真実があった。

その一つが、ベルン共和国の反抗には元《散歩に行こう》のメンバーがかかわっていたのだ。

その人は誠実で、世界の調和を乱すことのない人物だったが、その人の良さをベルン共和国に利用された。

闘氣術と新魔法術式。

この2つを高度に扱うための技術をコーフィ=チープから習得していた彼は、自分が生まれた祖国ということもあり、それをベルン共和国内で広く広めた。


これにより、ベルン共和国内の兵士の実力は周辺の国々を一気に追い抜いた。

それは当然のことで、単純に新魔法術式で3倍、闘氣術の習得で既存の兵力の5倍の力を得るからだ。

この2つを併せ持つ者達を僕達は新世代と呼んでいる。

つまり、単純計算で新世代は旧世代の3×5の15倍の戦力を持つことになる。


当時、三大国家はコーフィ=チープから彼の師であるオールド=ヴィルターの遺言により新魔法術式を世界に普及することを進めていた。

だが、闘氣術の存在は知らなかった。

その上、新魔法術式についても直接教わったわけではなく、オールド=ヴィルターが残した魔導書の写本を貰っただけであったために普及には時間を要していた。

そのためだろう。


現在も、新魔法術式の普及はあまり進んでいない。

寧ろ、三大国家の指導で進めるよりも元《散歩に行こう》のメンバーが開いている塾に通った方が早く教わることができるほどだ。


結果として、ベルン共和国の兵力は量では三大国家に及ばないが、質では抜きに出ていた。

そのためだろう。

三大国家が5方向から各6万ずつの大軍を出しても、ベルン共和国は5万という総力でこれを迎え撃った。

30万対5万の戦い。

三大国家の勝利は普通ならば揺るがないはずだった。


だが、その当時の三大国家の側の戦力のほとんどは旧世代だった。

一方でベルン共和国側は5万全てがある程度、新世代に近い状態だった。

旧世代の15倍とはいかなくとも、10倍程度の実力は有していた。

つまり、数の上では30万対5万だが、質の上では30万対50万の戦いだったのだ。


無論、ベルン共和国側はこれが全兵力だが三大国家側は全力ではない。

短期決戦にならなければ追加でさらに兵力を増すことができる。

だから、もしこの大戦が普通に行われていれば、勝っていたのはどちらかはわからない。

そう思う程度にはベルン共和国側は戦力を有していたのだ。


しかし、歴史的にこの戦いは無情にも僅か1日で決着している。

いや、正確に言えば半日で終わったのだ。

国の民を憂い、ベルン共和国の国民を守るために立ち上がったベルン共和国の王太子による開戦初日に本国首都で行われた内乱によってベルン共和国、国王は討ち取られたのだ。

そして、開戦の翌日にこの王太子は国王に就任し、三大国家側に降伏を宣言した。


こうして、ベルン共和国の無謀な反抗は正常な思考の持ち主である王太子の活躍により終わりを告げた。


「ただ、それはあくまで三大国家が世界にとって都合がいいように作り上げた史実にしかすぎません。実際はそんな可愛いものではありませんでした・・・」


そもそも、当時の王太子に内乱を起こす力はなかった。

王太子だが、穏健派だった彼は『三大国家を超える』というベルン共和国の国王と真っ向から反対する立場にあり、王国内の大臣や貴族は自分達の勝利を疑っていなかった。

皆が、自分達の新しく手に入れた力に酔いしれていたのだ。

そのため、王太子は軟禁同然の状態で城に幽閉されていた。

王太子の座も弟に奪われる直前だった。


だが、そんな王太子を救い出し、ベルン共和国の三大国家への反抗を阻止するためにある男が立ち上がった。

それは『祖国のため』と信じてその技術を提供した元《散歩に行こう》のメンバーだった男だ。

彼は王太子と共にベルン王国を脱出後に、ベルン共和国を止めるためにある男の元に向かった。


その男こそが、誰であろう。コーフィ=チープであった。

王太子と弟子の説得により、コーフィ=チープは早速行動に出た。

だが、当時の彼には三大国家に話を通す時間も手段もなかった。

なにせ、そのことを彼が知ったのは開戦前夜のことなのだ。

三大国家の国王達を説得する時間はない。


被害を最小限に抑えるためにも迅速に行動を起こす必要がある。

そこで彼が取った手段は少数の弟子で5方向から攻める三大国家連合軍を足止めし、その隙にベルン共和国を落とすというものだった。

選ばれたのは彼の弟子の中でも上位の力を持つ五人の高弟達。

彼らはたった1人で、5方向から襲い来る6万ずつの軍勢を足止めした。


その隙にコーフィ=チープはベルン王国が対抗して出していた5つの軍。総数5万の兵を瞬殺。

過ちをしでかした弟子と王太子を連れてベルン共和国首都に殴り込みに行き。

説得という名の暴力でベルン共和国を降伏させた。


その後、三大国家の国王達にコーフィ=チープが事情を説明し、戦争は終結。

三大国家の国王達は頭を悩ませながらも、情報操作によりコーフィ=チープの存在だけは何とか誤魔化した。

そして、全ての軍に箝口令を敷いて情報を封鎖した。

幸いなことに、ベルン共和国側の兵士はコーフィ=チープに何をされたのかわからないまま倒されていたので彼の存在は隠すことに成功した。

だが、進行する5つの軍勢と相対した5人の高弟達のことはどう頑張っても隠し切れなかった。


最終的に5人の高弟達には《五皇帝》という称号を与えて皇帝の信任を得て5つの軍の指揮を任された外部の者達として公表された。

そうすることで、その武勇伝を5つの軍勢と戦ったではなく、5つの軍勢がその凄まじい戦いぶりを確認した。ということにしたのだ。

これが今は無きベルン共和国滅亡の真実である。


「そんな・・・ 馬鹿な・・・」


そこまでの話を聞いて誰かがそう呟いた。

それは、俺達の今の気持ちを代弁したものだった。


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