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価値観の違いが胃に穴をあけることもある。

私の名前はリリー=アントワネット。

《ゴコウテイ》が1人。

≪雑魚狩り≫の異名で名を馳せるヨシュア=オーランドの部下の1人だ。


今回、三大国家直々の依頼で我らが師でもあるヨシュアさんの師匠に会いに来ている。

お会いするのは初めてだが、見た目は温厚で優し気な青年に見える。

だが、その正体は世界最大の怪物。

先程の邂逅時に見たあの闘氣の総量はおそらくヨシュア様の7~8倍。

《ゴコウテイ》の実力は世界最高峰。

その中でも最弱で、序列5位とはいえヨシュア様の闘氣量をここまで上回る存在は初めて見た。


私はヨシュア様の側近として他の《ゴコウテイ》の方々とお会いすることもある。

皆さま。

共通して見た目だけはどこにでも居そうな変哲のない方々だ。

だが、その力は私たちとは大きく違う。

そんな方達でも、闘気の総量はヨシュア様の2倍もない。

にもかかわらず、目の前で優雅にコーヒーを入れている男はその数倍の闘氣を操って見せた。

話では聞いていたけれども規格外すぎる。


今も、優雅にコーヒーを入れながら様々な料理を作り、給仕を行っている。

その数は実に50以上。

これだけ聞くと何をやっているのか常人には理解しがたいが、端的に言えば『分身して50以上の作業を同時進行している』のである。


しかもそれだけ早く動いても周囲には衝撃波どころか、そよ風一つ起こさない。

なるほど、誰もが口を揃えて『人外、怪物、規格外、世界の外側の存在』と豪語する訳だ。


年齢は二十代後半には見えないほど若々しい。

というよりも、年齢よりも幼く見える。


精一杯、喫茶店の店長マスターとして優雅に振舞おうとしているが、喫茶店のマスターとしてはまだまだ覚束ないのが見て取れる。

コーヒーの淹れ方や調理は私の方が上かもしれない。

そう思えるぐらいにはまだ未熟な面もある。


だが、それは仕方のないことだろう。

彼の経歴は冒険者をやる前は一切不明。

唯一わかっているのはそれ以前に彼の大賢者、オールド=ヴィルターの弟子だったということだけだ。

それも二年だけのこと。

ここ最近の一年ほどはこの喫茶店を開いて経営しているらしいが、立地的に客足はそうないだろう。


と、思うのだが・・・

外にいる麒麟の群れを見る限りそうでもないのだろうか?

なぜか、魔族の方々が店員として働いているし・・・

意外と繁盛している?


そんなことを想いながら注文したコーヒーを飲みつつ無料で提供されたホットケーキを切り分けて口に運ぶ。

程よい暖かさのふわふわのパン生地に、はちみつの甘さが口いっぱいに広がる。

一口目を飲み込むとはちみつの甘さが程よく消えていく。

こんなにおいしいはちみつは初めて食べた。

口の中に甘ったるさが残らないので、次の一口を運ぶのに躊躇する理由がない。



素直においしいと思う。

マスターの料理の腕は素人と料理人の中間だが、彼の広い人脈によって揃えられた食材達は王室御用達の超一級品ばかりなのだろう。

無償で配られたとは思えないほどの出来栄えだ。

クリームと甘くてなめらかでとても美味しい。


おそらく卵が特殊なのではないだろうか。

どこで手に入るのだろうか。


「うわ~。卵おっき~。何の卵ですか?」


コーフィ=チープが追加で注文されたホットケーキ用にクリームを作るために卵を取り出したのを見て、誰かがそんな声を上げた。クリームは無料で作った分で使い切ってしまったらしい。

声の先を見やれば、確かに見たこともない卵を持っている。

大きさは通常の卵の数倍だろうか?

色も変わっている。緑色の卵とはずいぶん変わっているな。


「これはうちで飼ってる。魔獣の卵でね。種類は不明なんだけど。毎日のように卵を産んでくれるんだ。それを毎日一つ貰う代わりに外敵から守ってるんだよ。」


なんでも、最近魔の森を散歩中に見つけた新種の魔獣の卵だそうだ。

まぁ、広大で未開の魔の森には新種の魔獣なんて五万といるだろうから何の不思議もないけど、食べても大丈夫な物なのだろうか?

まぁもう食べてしまっているから何かあっても、どうにもできないのだけれど・・・


彼は他にもいくつかの魔獣を飼っているらしい。

なんでも、以前に食材が足りなくなるという事件があって以来、新鮮で生きのいい食材を保存するのは難しいので畜産を始めたらしい。

喫茶店でありながらなぜか温泉や宿泊用の部屋がある店だと聞いていたが、他にも何でもやっているんだな。

それで人では足りるのかと問いたいが、見たところ従業員は必要なさそうだ。


魔族の従業員3人も、頑張っているがそれが必要ないほどにマスターであるあの男が必要に応じて分身の数を増減している。

いったいなんのために雇ったのやら・・・


「なぁ。ホットケーキ 1つで9000Gって高くね?」


「いや、魔の森の喫茶店ならこんなものだろう。」


部下の2人がメニュー表を見ながらそんなことを言っている。

最近入った新入りだろう。

物の価値を知らない馬鹿はこれだから困る・・・。


「せ、先輩・・・ ここ・・・ ヤバすぎます・・・。」


そんなお気楽な部下2人とは対照的に物の価値を十分に理解している可愛い後輩が震えながら私に問いかけてきた。


「君の考えていることは大体察しが付くが余計な考えは捨てたほうがいい。ここは世界の常識の外側だからね。」


私には、そう言って後輩を慰めることしかできなかった。

後輩も予め聞いていたからか。それで表向き引き下がったが、震えは止まっていない。

仕方なく手を握って落ち着かせることにした。


彼女が怯えているのはコーフィ=チープの実力にではない。

この店の料金設定にだ。

通常ならばつけられない法外な値段に彼女の常識が悲鳴を上げているのだろう。


わかりやすく、これを先程のホットケーキで説明しよう。

ここにある食材は間違いなく人界でも最高級品だ。

それらの品を使ったホットケーキならば人界でならば2000~3000Gで売れば問題ない。

ただしこれは、比較的安全な場所での話だ。


魔の森付近の街だと、その危険性からか物価は2~3倍になる。

既にお分かりかもしれないが、3000の3倍は9000だ。

これだけで、既に魔の森の外で売る時の上限設定になっている。

無論、これは店の利益を考えて高く設定している時の値段だ。


これより安く売っても何の問題はない。

だが、ここは魔の森の中で、おまけに人類未踏エリアだ。

距離的には攻略組が何とかたどり着けるレベル。

そのことを考えてここで店を開いた場合の料金設定は利益を出すために通常の50倍ほどの値段で売るのが妥当だろう。


9000の50倍は450000だ。

『ホットケーキ1つで45万ってどういうこと?!』って思うかもしれないが、人類未踏の危険地帯ならばそれもやむを得ないだろう。

つまり、普通ならこの店の料金設定は破綻している。

だが、ここまではまぁいいだろう。


『全て現地から店長マスター本人が仕入れている。』


と、仮定すればおそらくこの怪物ならば交通費はかからない。

余計な人件費や宿泊費もかからないので通常よりも安く仕入れられることを考えれば、まだ納得のいく値段設定だ。


だが、あの謎の卵が全てを台無しにしている。

まず、卵である。

卵ということだけで、その価値は非常に高い。


生物にとって子孫を残すことは非常に大事なことだ。

魔獣の卵なんて発見されれば、それだけで数万~数十万の価値がある。

それが魔の森の魔獣の物ともなれば価値はさらに上がって数十万~数百万、新種ともなればその学術的な価値から数千万~数億。いや、下手すれば10億の価値がある。

それを惜しげもなく調理に使うだなんてことが信じられない。


仮に金額を100万だとしても、あの卵の大きさではパン生地とクリームを合わせて極力卵をケチってホットケーキ20人前ができる程度。普通で15人前だろうか。

いや、この気のいいマスターならば卵を贅沢に使うので間違いなく10人前程度しか作れない。

ホットケーキも大きいし、クリームも贅沢に乗っている。

10人前が9000Gで9万G分にしかならない。そうなるとたった一つの卵で彼は91万円の損益を出している計算になる。

しかも卵の価値を最小限に仮定して、それ以外の経費を度外視してだ。


この店は大丈夫なのだろうか。

そんな風に考えてしまう私と、それを想像して胃を痛めている後輩にさらなる追撃がのしかかる。


「このはちみつってどこで取れるんですか?」


「ああ、それはジェノサイトビーっていう魔獣の巣で採取できるはちみつだよ。」


何気ない会話。

内容だけ見れば『このはちみつって何処産?』的な内容のものだったろう。

ジェノサイドビーが、災害指定魔獣でさえなければ・・・


「・・・先輩・・・ もう・・・ 無理・・・」


繊細な胃を持つ後輩はこの最後の一言が致命傷となり、気を失った。

私は手厚く彼女を介抱し、宿泊施設のあるという二階に運んだ。









ジェノサイドビー。

災害指定魔獣であり、巣への立ち入りどころか接触禁止の魔獣。

一度敵対すれば、敵対した相手を殲滅するまで戦いをやめない大型の蜂型魔獣。

もしその巣からはちみつを持って帰ることができれば学術的価値からおそらくは、一滴分で数百万。

ホットケーキに乗せる一食分あれば数十億の価値があると目される代物であるが、世に出回った記録は一切ない。


後輩は魔の森からの期間後に胃に穴が開くという謎の現象に襲われるが、魔法で無事に治療された。

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