恐怖の喫茶店
討伐依頼なんて受けるんじゃなかった・・・。
今さらながらそんなことを思ってしまう。
標的を殺すにあたり、情報はできうる限り集めたつもりだった。
伝説のパーティ《散歩に行こう》のガードナーであり、元守護天将。
結界、領域の魔法に長けている為に着いた異名は≪無敗の防壁≫
主な実績は《散歩に行こう》が過去に行ったもの全般。
過去に一度だけ、三大国家主催の魔法大会で優勝経験あり。
個人での華やかしい経歴は魔法大会優勝のみ。
その戦術も最低最悪なものだったそうだ。
試合会場に大量の食糧と飲み水、冒険時に使用するアイテムを持って入場。
試合開始と同時に結界魔法で相手を閉じ込め、「まいった」の一言を言うまで延々と待機。
時間制限をつけなかったために、一試合に一日以上の時間を有したために観客は帰ったという。
審判は交代で見張り、結界内にいる相手選手が根を上げるまで待つというその戦術は、ある意味で歴史を変える一戦だったという。
ここまでの情報を元にすれば、ただ仲間の手柄で成り上がった雑魚という印象が強い。
ギルドの上層部にどうやって取り入って守護天将になったかは不明だが、個人の実力はないに等しく思える。
結界の魔法がかなり強力であることはなんとなく伺えるが、脅威ではないと判断できる代物だった。
なにせ、当時の魔法使いは旧世代だ。
新世代の魔法とは威力が違うのだ。
史上最強クラスの魔剣を保有する俺達ならば容易に突破可能だと判断していた。
だが、その考えはあっさりと破られる。
ここに来る道中、俺達が苦戦した敵を瞬殺した≪雑魚狩り≫と≪暴君≫の2人。
その2人が苦戦していた麒麟の群れ。
それすらも圧倒する力を保有する標的の力を見て、俺達は悟った。
俺達は『死』んだなと・・・
なんの感情もこもっていない。
純然たる気の総量のみで俺達はあの男に勝てないと悟った。
あの気に怒気や殺気、威圧の感情が籠っていれば受ける重圧だけで死ぬかもしれない。
そう思うだけのエネルギー量が、そこには在った。
俺たち全員の・・・
いや、麒麟も合わせたここにいる全員の魔力と闘氣の総量ですら足下にすら及ばない圧倒的なエネルギー量。
その一撃を受けても死ななかった≪暴君≫が俺達よりも格上なのは疑いようもない。
そんな絶望の中で打ちひしがれている間に俺達はコーフィ=チープの経営する喫茶店にやってきていた。
逃げることすらできそうにない状況で、場の雰囲気に流されてついて来てしまったのだ。
周りのみんなが注文しているので、俺達もとりあえずコーヒーを注文した。
注文を取りに来た獅子のような外見の男が俺達に優しく声をかけてくれる。
だが、今は放っておいて欲しい。
そんな気分じゃないんだ。
「お待たせしました~♪」
コーヒーの香りと共に恐怖の大王が降臨した。
降臨した恐怖の大王は、音もなくコーヒーを目の前において立ち去った。
声と同時に届けられたコーヒーは、テーブルに置かれるまで気づくことはできなかった。
だが、そのコーヒーには一切の波紋もこぼれも見受けられない。
異常。
その一言に尽きる事態が目の前で起こっている。
「12、13、14・・・」
いつの間にか、デビットが周囲にいるコーフィ=チープの数をかぞえだしている。
店内に20人以上、屋外に200以上の麒麟の群れ。
その全ての注文をほぼ1人で対応している。
他に2人ほど従業員がいるようだが、彼らは忙しなく動き回っているが、そんなものはおまけでしかない。
ざっと見て50人以上。
同じ顔の店員が動き回っているのだ。
だが、本体は1人。
これが魔法か何かならばまだ救いはあった。
魔術という技術の枠組みの中にいるのだ。
大なり小なり実力差があるので問題ない。
だが、単純な速さだけでこれをやっているのだから始末に負えない。
ただ速い。
単純にそれだけでこの状況を作り出せる実力者が世界に何人いるだろうか。
残像ならまだわかる。
だが、彼らは一人ひとりが別の作業を行っているのだ。
高速で移動しつつ、周囲に一切の影響を与えず別々の動作を行う。
おまけに、周囲から見えるその姿は優雅の一言。
いったいどれだけの技量、どれだけの能力があればできるのか見当もつかない。
そんな常軌を逸した技量を見せつけるかのように披露している。
元冒険者であるあの男が『実力は隠すもの』という冒険者の鉄則を知らないわけがない。
ならば、彼は実力を隠していないということだ。
あの想像を絶する技量すら、隠すまでもない技術ということなのだろう。
「・・・おれたち・・・ ここまでなのかな・・・」
仲間の誰かがそう呟いた。
これまで積み上げてきた実績と輝かしい功績、さらに上に行くための人脈と多大な権益が消失することへの恐怖と絶望。
抗うことのできない現実という名の絶対的な存在
絶望的な状況に追い込まれ、目の前が真っ暗だ。
まるで、目の前にあるコーヒーがドス黒く底の見えない闇のようだ。
これを飲めば楽になれるのだろうか・・・。
「は~い。これ、当店のサービスなので遠慮なくどうぞ。」
そういって裁きを下す者がやってきた。
いったい何を持ってきたのだろうか。
俺達を殺すための武器だろうか。
それとも鉄拳か。
どうやらこのコーヒーは俺達を始末するための毒物ではなく、最後の晩餐用の飲み物だったようだ。
いいだろう。こうなればやけだ。
こっちは命を奪いに来たのだ。
奪われる覚悟ならとうにできている。
さぁ、来るがいい絶望よ。
俺は・・・
俺達は、覚悟を固めたぞ。
そう思い、顔を上げた俺達が見たものは・・・
クリームとはちみつたっぷりの焼きたてホットケーキだった。