暴君 VS 麒麟
シュルツは200を超える群れを連れて進軍していた。
それでも彼の率いるのは群れの全てではない。
彼は最悪の事態を想定して群れの大半を残してきた。
自分達が全滅しても群れの大半が生き残れるように、この場にいるのは決死の覚悟で突撃を敢行する決死隊である。
敗北は百も承知。
寧ろ、敗北して全滅することで自分達の群れは滅んだと、あの危険生物に思わせることが彼の目的である。
目的の危険生物の支配域に入ると、死を覚悟した麒麟の戦士は事前の調査結果を元に行動を開始する。
以前、危険生物に接敵しようとした時にうまくいかなかった原因を突き止めることに成功していたのだ。
外から見たのでは気づかなかったが、思わぬ理由から内側に入れたことからその原因はわかった。
特殊な結界魔法により自身の縄張りを守っていたのだ。
おそらくは認識を阻害し、方向感覚を狂わせているのだろう。
ならば、攻略は簡単だ。
群れで結界周辺を包囲、一定の距離を開けて全員で突撃を駆ければ問題ない。
周囲の仲間達の行動と自分の行動を比較することで認識疎外と方向感覚を補うだけでこの手の結界は突破できる。
シュルツはこれまで生きてきた経験からそれを実行した。
だが、結界に触れた瞬間。
シュルツ達は自分の想像を超える事態に直面する。
まるで、時空が歪んだかのような錯覚に陥った次の瞬間。
彼らは別の場所にいた。
何がどうなったのかわからない。
気づけば、半円の包囲陣系から円形の輪になっている。
ここはどこなのか。
先程の場所からそれほど移動していないような気もするが、ここは魔の森。
同じような木々が生い茂る天然の迷宮。
(なぜ、こんな事態に・・・)
結界の効果が方向感覚を狂わせることと認識疎外の2つだと思っていたシュルツは動揺を隠せない。
なぜこのような事態になったのか彼にはわからない。
(まさか、空間を捻じ曲げているとでもいうのか? あれほどの広範囲を? だとすればどう攻略する?)
頭の中でグルグルと思考が巡るが、いい案はでない。
仕方がないので、一度群れを集めることにした。
どうも自分達は巨大な円形の輪になっているらしいことはわかったので、その中心部で落ち合うことにした。
この時、何かの生物が円の中心近くにいたことはわかっていたが、シュルツ達はこれを無視した。
ここは魔の森でいつも自分達がいる縄張りよりも外側だ。
つまり、自分達よりも弱い生物しかいないのだ。
数もたいしたことはない。
そう思い、駆け出した後のことだ。
突如として中心にいた雑魚たちが動き出したのだ。
おまけになぜかシュルツのいる方に向かってくるようだった。
囲まれ、追い詰められた生物が一点突破を狙ったのだろうか。
だが、そうだとすれば滑稽だなとシュルツは思った。
なにせここにいるのは、群れの長である自分なのだ。
その実力は群れの中で最強なのだ。
一点突破でやってきたであろう雑魚共を返り討ちにするためにシュルツは駆け出した。
それとほぼ同時に、正面の雑魚の中の一体が飛び出した。
木の陰から飛び出してきた生物はなかなかの大柄だ。
大きさは違うが姿形はあの危険生物に酷似している。
だが、実力は全くと言っていいほど別。
「ドラグーンインパクト!」
現にシュルツは飛び出してきた生物の一撃を軽く躱すことに成功した。
真横を通り過ぎていった衝撃波が周囲の木々を薙ぎたいし轟音を上げる。
だが、後ろにいた仲間たちもシュルツ同様に≪暴君≫の放つ最大威力の攻撃を軽く躱すことに成功した。
威力自体は凄まじいドラグーンインパクトだが、溜めの動作が長いために魔力の高鳴りで攻撃が来ることが丸わかりなのだ。
不意を衝くか。
相手の行動を制限していない場面での使用は得策ではない。
相手が雑魚ならば広範囲な攻撃で一網打尽にもできるのだが、麒麟は最弱とはいえ古龍種。
強大な結界にその身を守られているために直撃でなければ十分なダメージを与えられない。
だが、その威力に絶対の自信を持つ≪暴君≫はそのことに気づいていなかった。
いや、本来ならばその威力と効果範囲の大きさから予備動作である溜めの時間など問題にならないはずだったのだ。
ただ、今回は相手が悪かっただけなのだ。
龍でありながら馬のように小さな体躯の麒麟ゆえに回避しやすかったのだ。
「糞が!」
≪暴君≫は奇襲での大威力攻撃がカスリもしないことに悪態をつく。
だが、周囲を麒麟に包囲された状況を打破するための最大威力の一撃が通用しなかったにもかかわらず、≪暴君≫の目にあきらめの感情はない。
こうなることも想定済みで彼は行動を行っている。
後ろにいる彼の仲間達もそのことを見越して行動を開始する。
確かに、ドラグーンインパクトは躱された。
だが、広範囲攻撃であるドラグーンインパクトを回避したために、彼らの正面にあった包囲はなくなった。
その包囲の穴を広げるように攻撃を繰り出しつつ全員でその穴から脱出する算段なのだ。
≪暴君≫の後ろにいた彼のパーティーメンバー以外の人員も、すぐにそのことに気づいて各々の最大攻撃を展開する。
相手は自分達よりも遥かに格上の存在。
攻撃が通用しなかろうが何だろうが、弾幕を張ることによって相手の視界を遮り、反撃の隙を与えない。
反撃されたとしても、防御には徹しない。
下手な防御魔法は貫通される可能性が高いからだ。
ただでさえ、麒麟の使う雷の魔法は貫通能力が高い。
それを麒麟が使えば人間の張る防御魔法など張ったところで、剣の一撃を布の服で受け止めるのと大差ない。
故に、雷の魔法が飛んで来たら攻撃魔法で相殺を狙う。
それでも防げない分を斜めに張った防御魔法で受け流し威力を弱めるのだ。
直撃を免れても、麒麟の放った雷の熱で肌が焼けるがそれでも挫けずに彼らは突き進む。
敵陣の真ん中で立ち止まることは死を意味するからだ。
こうしている間にも背後から包囲していた麒麟たちが集まってきている。
そんな一行を見ながらシュルツは困惑していた。
最初の一撃を回避して以降、どうにも反撃に移れない。
それは自分だけでなく、周囲にいる仲間達も同様のようで、本来ならば瞬殺できる雑魚相手にもかかわらず本来の調子が出ないのだ。
魔法の威力もいつもより弱弱しい。
雑魚だと思っていたが、予想よりも相手が強いのだろうか?
そんなことを思っている間に襲ってきた敵集団は包囲の穴を抜けようとしていた。
攻撃を受けてムキになった者達が追っていくが、ひとまずは合流が先決だと判断した。
こちらが戦闘に入ったことで、周囲の仲間たちは急いでここに向かっている。
あのような雑魚共に逃げられるのは麒麟としての誇りが傷つくが、ここは敵地。
あのような者達ではなくそ、れ以上の存在が我々の敵なのだ。
(ここは合流を優先するべきだ。)
そう思い、声を上げようとした瞬間だった。
音もなくそれは我々の前に降り立った。
我々に襲い掛かった敵集団のすぐ目の前に降り立つ存在。
それは、我々が危険視しているあの怪物だった。
「おお!コーフィ!」
敵集団の戦闘にいた男が歓喜の声を上げる。
その声に続いて後ろにいた者達も声を上げた。
(まさか、彼らの仲間なのか?)
もしそうだとすれば、危険生物との敵対関係が明確になってしまう。
いや、すでにコワムゥのせいでそうなっている可能性が十分あるが、まだコワムゥが接敵したという確証はない。
どうするべきか・・・。
ほんの数瞬の思考の末、シュルツは戦力が揃っていないために一度退却することを選択した。
相手はこちらよりも遥かに格上の存在とはいえ、雑魚を大量に抱えている。
あれがもしも自分達のところでいう群れならば、群れを危険にさらさないために戦闘は避けるはず。
そう判断してのことだった。
だが、次の瞬間。
危険生物は目にも止まらぬ早業で敵正面の存在を殴り飛ばした。
殴られた男は訳も分からずに大樹に激突して動きを止めた。
「うちの客に何してくれてんだ!」
怪物の怒号が木霊した。