シュルツ 決死の進軍
コワムゥが旅立った翌日。
シュルツはコワムゥが行方不明になったことを知った。
最初は周辺を捜していたコワムゥの両親や親族も、周辺にいないことに気づいてから捜索範囲を拡大した。
だが、コワムゥは見つからない。
子供が群れを離れることはまずない。
いくら古龍種の麒麟とは言え、子供なのだ。
弱肉強食の世界において、子供は格好の獲物だ。
群れから離れて行動することは死に直結する。
それを生まれてからずっと教育してきたのだ。
自分たちの住む魔の森も、単独で行動する危険性も、十分に教え込んだはずだった。
なのに、コワムゥは勝手に群れを飛び出していった。
本来ならば自業自得。
放っておくことが普通の対応のはずだった。
『だが、どこか行先に心当たりがないか。』
シュルツは一応、尋ねたのだった。
もしかしたら、何かしらの理由や生物に捕捉された可能性がある。
それは群れ全体を守るために、長としての質問を投げかけたものだった。
その質問に対して、コワムゥの姉はこう言った。
『以前に行った危険生物の食事について語っていると、コワムゥは羨ましそうな顔をしていました。』
「ヒヒ~~~ン!!」
コワムゥの姉のその言葉にシュルツは絶叫した。
それはつまり、コワムゥがあの危険生物の元に向かったことを指すのだ。
せっかく、あの危険生物の怒りから逃れ。静かに暮らすことを許されたというのに・・・。
もし、コワムゥがあの危険生物に接敵した場合。
我々は全滅する可能性がある。
前回の接敵時、何かしらの理由であの危険生物の怒りを買い。
それでも、寛大なお心で許されたにもかかわらずだ。
もう一度、あの危険生物に会いに行けば間違いなく逆鱗に触れる。
今回の問題はその逆鱗がどこまで及ぶのかということだ。
コワムゥの命一つで済めばまだいい。
コワムゥの家族には申し訳ないが、子供が単独で群れから離れた以上、死は覚悟しなければならない。
だが、もしも・・・
もしも、あの危険生物にコワムゥが出合い、その怒りを買ってしまったら・・・
我々の群れまで襲いに来る可能性がある。
そうなれば全面戦争。
否、待っているのは一方的な蹂躙だ。
我々があの生物に勝つ可能性は万に一つもない。
「ヒヒ~ン!!」
私はすぐさま群れを集める。
そして、できる限り多くの戦士を集めて出立することに決めた。
目的はコワムゥの捜索だ。
なんとしても、コワムゥがあの危険生物に接触する前に止めなければならない。
もし止められなければ、我々は今度こそ全滅する!!
こうして、麒麟の群れが動き出した。
しかし、当のコワムゥはと言えば、シュルツの考えとは裏腹に、魔獣に襲われることもなく、無事にコーフィ=チープの経営する店に辿り着いていた。
「ヒヒ~ン!! (おいし~い!!)」
それだけではない。
コワムゥはコーフィ=チープの作る料理の数々に感動と驚きの声を上げる。
店での注文の仕方はコワムゥの姉たちが話していた通り、注文したいものを角で地面に書く方法で問題なかった。
それをガルムがオーダーとして受け、厨房でコーフィが作る。
少し前までは全てのことをコーフィ一人でやってきたが、今はガルムにバーンズもいるので作業を分担して行っている。
前金として受け取った魔獣の死体はこの近辺で取れる弱い魔物だ。
子供の麒麟でも仕留められる物であるためにそれほど金額は高くはないが、喫茶店で食事をするのには十分すぎる。
おまけに、コーフィは以前の麒麟の群れが来客した時に、対応しきれなかった分をこの子供の麒麟に返すつもりでいた。
なので、どれだけ注文されても特に問題はない。
寧ろ、「好きなだけ食べてください」と言いたいぐらいに、コーフィは食事を出した。
「オーダー入ります。ピラフ1、サンドイッチ1、パンケーキ1、コーヒー1でお願いします。」
「了解~。」
子供の麒麟からオーダーを受け取りすぐさまそれを店にいる店長に通す。
初めての来店でいきなり店の外のテーブルというイレギュラーだが、この程度の事態で慌てているようではこの店の店員は務まらない。
先程、店長が「了解」という言葉を返してきたが実はそれだけではない。
返事と同時に先ほど注文した料理が一瞬にして出来上がるのだ。
まるで、店長の周りだけ時間の流れが違うかのように数秒で料理が完成する。
サンドイッチはまだわかる。
コーヒーも、予め準備していたのだとすれば、まだわかる。
だが、ピラフとパンケーキは可笑しくないか?
いつ焼いたんだ?
普通ならそんな疑問が上がってくるが、俺は何も驚かない。
店長はきっと時間を操作する魔法でも使っているのだろう。
でなければ、俺のオーダーを聞きつつ仕事を始めて、返事と共に料理を出すだなんてまねができるわけがない。
以前にあった瞬間移動の方法もきっとこの技術を応用しているのだろう。
魔法を使っている気配が全くないんだがな。
これでいて、料理には一切の手抜きがない。
わずか数秒のやり取りの間にできる完璧な料理。
どんな魔法を使っているのか定かではないが、事実として料理は既にできている。
ピラフもサンドイッチもパンケーキもコーヒーもどれもおいしそうだ。
それを目の端で追っているお嬢様がだらしなく涎を垂らしているのは見なかったことにしよう。
それが、優しさというものだ。
自称とはいえ紳士として、淑女の秘密は守らねばならない。
「大変だ!」
俺がオーダーを受けた品々を子麒麟が待つテーブルに置いていると、バーンズ殿が声を張り上げてやってきた。
いったいどうしたというのだろうか。
「群れだ! 麒麟の群れがこっちに迫っている! きっとあの子供の麒麟の後を追ってきたんだ!」
「なんだと?!」
それにはさすがの俺も声を大にして叫ばずにはいられない。
いくら店長に鍛えられて強くなったとはいっても、我々の力では麒麟の成体と互角に戦うのがやっとだ。
力が全快にまで戻っていれば、勝つこともできるだろう。
だが、麒麟の群れが相手では勝ち目はない。
「数は?!」
「正確にはわからんが少なくとも100・・・ いや、200は超えている。」
なんという絶望的な数字だろうか。
50程度の群れならば店長と力を合わせれば何とかなる可能性はある。
だが、その四倍以上である200となれば勝つ算段が思い浮かばない。
「とりあえず、店長に報告だ!」
俺はすぐさまバーンズ殿と共に店内に入りお嬢様と店長に事情を説明する。