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お客さん第一号が来ましたよ!

開店1か月。

どういう訳かお客様が来ない・・・


いや、理由はほぼ100%立地なのだろうがそれにしても1か月もの間、全く来ないのはどうだろうか。

普通、新装開店した店には「一度はどんなところか見ておくか」的な感じでお客様が来るものじゃなかろうか?

それが1か月もの間、一度たりとも誰も訪れない。


魔の森でもわりと奥の方の場所に作ったから客が来ないのは仕方がない事なのだろうか。

やっぱりもっと位置口付近にすればよかったか?

いや、それだと税金を取りに来るかもしれない。

ただでさえ儲からないところに店を出したのに税金を取られたらシャレにならない。

そういった生活はごめんだ。

まぁ、でもおかげでコーヒーやハーブティーを入れるのは大分うまくなった。

軽食の味付けもこの近辺で取れる特殊な果実や食材を利用することで他の店にない独創的な物ができた。


(後はお客さんが来るだけなんだけどなぁ~・・・)


そんなことを思いつつ今日も俺は暇な1日を過ごすのだった。


(今日は何しようかなぁ~・・・ アルバイト募集のチラシはこの前作って店内に貼ったし・・・)


実際はアルバイトの募集などしていないがあまりにも暇なのでお遊びで作ってしまったのだ。

苦労を重ねて作り上げたチラシは店内の分かりやすい場所に貼ってあるが、お客様が来られないのではどうしようもない。

無駄な努力、時間の浪費・・・


(さすがに暇だなぁ~・・・)


そんなことを思いながら今日も店内の清掃に精を出す。

毎日の入念なお掃除によって店内はいつもピカピカだ。

なにせそれ以外にすることがないのだ。

これで店内が汚かったら喫茶店をたたんでまた冒険者でもやるのだが残念ながら俺の夢である喫茶店のマスターをやめる気にはならない。

お客様は全く来ないのにね・・・


ドカン! ガラララン!!


「入れ! この木の中は結界が張ってあるぞ! 早く入るんだ!」


そんな気の抜けた店内に入り込んでくる慌ただしい足音が響き渡る。

最初に入ってきたのは大柄な2足歩行の獅子。

恐らくは獣人で戦士なのだろう。全身に鎧を身にまとい腰に剣をさしている。

だが、戦いの後に傷つき敗走しているのだろう。本来は立派なたてがみのはずなのに現在は汗と汚れでその鬣は力なく倒れ全身に汚れが見える。

ただ気になるのはその背後に負傷兵と思われる獣人を背負っていることだ。

背負われている男の傷は余程深いのか大量の血が店内に滴り落ちる。

入ってくるやいなや店の外に大声で叫んでいる。

まだ仲間がいるのだろう。


(こ、これは想定外の事態だ・・・)


想定の遥か外側の事態が起きた。

人間ではなく、獣人。もとい、魔族のお客様が来られたようだ。

魔の森を挿んで北に魔族、南に人間が住んでいる。

これは実はつい最近分かったことで、以前までは魔の森の向こう側がどうなっているのかは誰にもわからなかった。


最近になって分かった理由は、ある冒険者が魔の森で魔族と接触して会話したことに始まる。

以前までは魔族は魔の森に住むモンスターだと思われていた。

だが、その冒険者が会話による接触を試みた結果。

彼らもまた魔の森の先を知るために来た魔族の戦士だという。

この冒険者がとても有名な上に人間の国にある大国の王と懇意にしていたためにこの事実は広まった。


だが、残念ながら魔の森を挿んだ状態では交易も外交もできない。

とりあえず『交戦しない様にしよう』という取り決めができた。

最も魔の森という極めて特殊な場所なのでこの取り決めをどれだけの人間がきっちり守っているかは不明だ。


俺も冒険者時代に何度か遭遇して分かったことがある。

それは魔界側にもいくつか国があること。

その国の一つが軍隊を派遣してその軍隊を率いていた者がこちらのとある冒険者と接触したこと。

そして、接触した国の魔族も『交戦しない様にしよう』と取り決めを出したこと。

ただ他の国はそんな取り決めはしていない。

なので、向こうからいきなり襲われることがたまにある。


戦わない場合は交易を行うことが多々ある。

交易の内容は魔の森で狩った獲物の交換だ。

魔の森は北と南の端の方で全く生態系が違うらしくこの物々交換でないと手に入らない物がある。

だが、最も交換するのは互いのお金だ。

正確にはお金ではなくお金に使用されている鉱物だ。

人間の世界では銀貨や金貨で取引されるが、向こうは様々な色をした宝石の様なもので取引しているらしい。

そして、この鉱物は互いの世界では絶対に手に入らない。


そのため、冒険者の中でも力の強い最奥までいける者達は魔族と遭遇する可能性があるのでお金を持って冒険に赴くことが多々あるのだ。


だが、まさかうちの店に来るお客様第一号がまさか魔族だとは思わなかった。


(ど、どうすれば・・・ とりあえずは・・・)


「いらっしゃいませ。」


俺はよくわからない状況にもかかわらず、開店以来初のお客様にご挨拶をした。

状況が状況なので俺はダイニングからフロアに出る。


「何名様でご来店ですか?」


「何だ貴様は・・・! それ以上近寄るな!」


颯爽とフロアに出てお客様をもてなそうとした矢先に俺を見て獅子の男が明らかに警戒の色を強める。

腰から剣を抜き俺を牽制するように刃をこちらに向ける。


「ご安心ください。私はこの店のオーナーであるコーフィ=チープと申します。決してお客様に危害は加えません。」


出来るだけニッコリと笑顔を向けて敵意がないことを相手に示す。


「人間の言葉など信用できるか! 今すぐ立ち去らねば切り捨てるぞ!」


獅子の男はそう言ってこちらに向けた剣を引こうとはしない。

そうしている間にもドアから何人かの兵士が入ってくる。

入ってきた兵士の数は全部で4人、目の前の2人を合わせると合計6人といったところだろう。


ガシャララン!!


最後の男は入ってくるなり勢いよくドアを閉めた。

ドアを閉めた数行後にはドン!という大きな音と最近買って取り付けた鈴が勢いよく占めたために異音を鳴らす。

そして、「ギャキャン!!」という犬の鳴き声の様なモノが聞こえる。


恐らくは犬型の魔獣だろう。

魔獣は魔力を持った動物なので魔族といえども調教されたものでもない限り懐かない。

彼らが魔の森を探索しているだけだったのか人と交戦したかは不明だが、俺にとってそれはどうでもいいことだ。

今は興奮状態にある相手を落ち着かせよう。


「お客様方はどうやらかなり疲労している様子。当店は立地場所の関係から治癒や治療も代金をいただければどなたにでも提供いたしますが・・・」


「うるさい! 良いから出て行けと言っているのだ!」


俺の言葉を遮る様に獅子の男は息を荒げて叫ぶ。

その声を聴いて店の入り口で倒れ込んでいた兵士たちも顔を上げてこちらの様子を見る。

彼らは俺の姿を視認すると手にしている剣を持ち上げてこちらを威嚇してくる。


「やめた方がいい。店を守る結界は俺が張っているから俺が死ぬと効果がなくなるし、店内には領域の魔法が使われている。疲労したあなたたちでは勝ち目がない。少なくともこの店の店内で私に逆らわない方がいい。」


相手が本気だったためか脅すかのように真面目な顔を作って話した、最後の部分でのみ俺は微笑みかける。


「グッ・・・!」


コーフィの笑みに怯えてか。それとも魔術を警戒してか。

獅子の男は一歩後ずさる。

獅子の男がこちらを警戒しているようなので俺は相手との間に距離を取り、カウンターの向こう側に置いてあるメニューを取り出す。

場所が場所なのでこういう時の為に作っておいた通常のメニューとは異なるこの店の独自メニューだ。


「当店は立地条件の影響からこのような物を用意しております。」


そう言ってメニューを広げる。

メニューには離れている相手にもわかりやすいように大きな文字で内容がお品書きされていた。

メニューの内容は『オアシス 裏メニュー』という題材で回復魔法や薬草などを使用した応急手当などといった支援・回復のサービスメニューだ。


「・・・!」


それを見て獅子の男は戸惑ったように店の外とコーフィを交互に見る。

店の外にはまだ魔獣がうろついているのだろう。

扉が開くのが「まだかまだか」と待ち構えている。

逆に目の前には回復魔法・応急手当といった名目のメニューが差し出されている。


獅子の男はこの状況に困惑した。


~獅子の男視点~


(どうする・・・?! 俺はどうすればいい?!)


目の前にいるのは戦闘用の衣服を着ていない一人の男。

他に人物がいる気配はない。

だが、この店を守る結界はこの男が張っているので殺せば外にいる魔獣が入ってくる。

そうなれば、たとえこの男に勝つことができても俺達は全滅だ。

いや、そもそも領域結界を張っている魔法使いに果たして領域内で勝てるのか・・・?!


『領域の魔法』とは区切られた魔法領域内でのみ効果を発揮する特殊空間である。

その中では魔法使いが張ったさまざまなルールが適用される。

ルールに背くためには領域の魔法を破壊するしかない。

だが、ルールに背いたが領域の魔法を破壊できなければそのものには罰が下される。

罰の内容は魔法使いの力量と裁量によって決められるためどんな罰が下るかはその時にならないとわからない。

いや、そもそもルール自体が分からないのでどのように動けばルールに抵触しないのかさえわからない。

ルールもまた魔法使いの力量と裁量によって決まるので知らない者には予想することすら困難だ。


(領域の魔法は使い勝手が悪く、高度であるため使用する者自体が少ない・・・ だが、おそらくは内部に入ってきたものに攻撃禁止や魔法使用不可などといった使用制限や禁止といった条件がポピュラーだ。術者がこの店のオーナーならなおのこと店内で暴れられるのは困るはず・・・ つまり・・・


『領域内(店内)での戦闘行為禁止』

『領域内(店内)での魔法の使用禁止』


が、おそらくこの店のルール! ということは、逆らえば罰が下り最悪それで終わりか・・・)


剣を向けられても平然としているこの店のオーナーを名乗るコーフィという男がどの程度の魔法使いか分からないので俺にはこの程度の推測しかできない。

だが、禁止系のルールは領域の魔法でも最上級に属するものであるために本当にそんなルールをつけられるのかという疑問もある。

だが、俺は店の出入り口で倒れ伏した部下達と背中に背負った部下を見て剣を収めた。

(今戦えば部下の命が・・・)という感情に流されたのだ。


「回復と応急手当の一番いいやつを頼む。代金はこれで・・・」


そう言って胸元から大きな巾着袋を取り出してコーフィに差し出す。

コーフィは差し出された巾着袋を受け取って中身を確認する。

巾着袋の中には形こそ統一されているが大小様々な色の水晶の様なモノが光っていた。


~コーフィ視点に戻る~


「魔界のお金ですか・・・」


「ああ、そうだ。悪いが人界の金は持っていないし、そのお品書きには人界のお金でという表記もないだろう。」


獅子の男の言う通り確かにそんな表記はないが、一応金額の最後に『G』の文字がありこれは金額を人界で使用しているゴールドというお金の単位でということを表しているが、相手は魔界の住人。

そんなことは全く知らないのだろう。


(まぁ、でもこれはこれで街に持っていけば売れるからいいか。)


たまに魔の森で魔族と交易を行うか魔族を殺して奪えば手に入る。

それは希少な鉱石として高値で売れる。


(正確には後で測るとして、ざっと見積もっても60万Gはくだらないな。)


コーフィは巾着袋の中を確認し終えると早速治療に取り掛かった。


「まずは回復魔法をかけて応急手当はその後でね。とりあえず、背中に乗ってる人に特大回復魔法を駆けましょうかね。」


そう言って右手の掌を獅子の男が背負っている男に向けて回復魔法を放つ。

放たれた魔法の光は怪我人を優しく包み込んでその傷を急速に癒していく。

特大回復魔法と言っているが、実はハイヒールを2回かけているだけである。

俺はヒールとハイヒールぐらいしか回復魔法を使えない。

それでも、料金設定が4段階なのはこんな感じだから


メニュー 料金    魔法と使用回数

特大   10万G  ハイヒール 2回

大    7万G   ハイヒールとヒールを1回ずつ

中    5万G   ハイヒール 1回

小    2万G   ヒール   1回


という感じだからだ。

特大回復魔法をかけ終わったら続いて獅子の男に中回復魔法をかける。

その後で床に倒れ伏した4人の兵士に大回復魔法をかけていく。

回復魔法をかけ終わると「応急薬を取ってきます」と言って店の奥へと去って引っ込む。


~獅子の男視点~


その光景を見て俺はどっと汗が噴き出して背中に背負っていた部下を椅子に座らせて自分は地面にへたり込んだ。


実の所、俺はコーフィを信用などしていなかったのだ。

ただ、仲間たちを助ける唯一の選択肢であったためにメニューを選択して金を払っただけなのだ。

だから、金を受け取ったコーフィが自分たちを攻撃してくるのではないかと心配していた。

だが、金を受け取った後のコーフィの行動の速さと魔法の使用速度に圧倒されて何もできなかった。


(戦っていれば俺は負けていた・・・)


回復魔法の使用速度からしてコーフィは高位の魔法使いなのだろう。

俺や仲間達も防具によって魔法に対する耐性を上げているが、今は怪我を負っている。

そんな状態であんな高速で魔法を使用されれば回避も防御もできずに敗れ去ったことだろう。


(だが、俺は賭けに勝った。)


俺はいつの間にか満足そうに笑みを浮かべていた。

部下達と自分の命を守ることに成功したのだ嬉しくない筈がない。

賭けは勝ったのだ。


「応急手当は最低クラスの2万Gを6人分でいいよな?」


奥から救急箱を持て戻ってきたコーフィがそう告げた。


「ああ、回復魔法のおかげで大分持ち直したからそれで構わない。」


俺はぐったりと椅子に腰かけた部下を見てから返事を返した。

回復魔法で傷はふさがり顔色も幾分かよくなっているのでそれでいいと思ったのだ。

俺と部下達に応急手当てを施したコーフィは次は換金した時の代金を計算して会計を済ませると俺に残った魔界のお金と巾着袋を返す。


「あとこれ、うちのメニューね。」


と言って全員に喫茶店としてのメニューを渡したのだった。

残念ながら人間の文字が読めない俺達は注文できなかった。

実はお金もあれだけしか持っておらず、払えそうになかったのも理由の一つだ。


何せ俺達は人間に襲われて部下たちの金品は奪われた後だったのだから・・・

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