新世代の実力
俺の名はルガート。
冒険者としてそこそこ名の知れた男だ。
もっとも、中堅クラスの俺に二つ名などはない。
今回、俺はパーティメンバーと他の冒険者達と手を組んで100人以上の戦力を結集して一つのクエストに挑むことにした。
クエスト名は『彼の伝説に挑む不届き者を討伐せよ』というものだ。
クエスト名的に討伐クエストに見えるが、依頼内容を読めばこれが単純な嫌がらせだということがわかる。
まずクエスト報酬が妨害するだけで高額なのにもかかわらず、討伐成功時の報酬は微々たるものだ。
どう考えても討伐しきるよりも、奇襲をかけて一撃離脱で敵に打撃を与えた方が効率がいい。
次に依頼主と討伐ターゲットの関係。
このクエストの依頼主は《散歩倶楽部》と《ダンジョンに行こう》、《竜の背を歩く》といった冒険者の中では知らぬ者のいないほどの大物集団だ。
そして、彼らには一つの共通点がある。
それは元《散歩に行こう》のメンバーであること。
そして、今回のターゲットである《獅子皇帝》の連中に標的とされている人物が元《散歩に行こう》のガードナーということと併せて考えれば、これが彼らが出した嫌がらせでしかないことは明白だ。
直接的に彼らが動けば簡単にことは済むのだろうが、相手は最年少で守護天将に選ばれた相手だ。
その活躍を三大国家は期待しているし、民衆にも彼らを支持する人々が大勢いる。
彼らを敵に回せばそれらを敵に回すことになる。
だから彼らは直接手を下すことは諦めた。
だが、間接的に依頼を出した場合はどうだろう。
彼らは自分達の元パーティーメンバーを守るために動いた。
だが、周囲への影響を配慮してクエストにすることにした。
相手は最年少の守護天将とはいえただの子供。
(俺達の様な下っ端の嫌がらせなんて三大国家は気にしないし、冒険者の中でも中堅程度にやられたとあっては民衆からの期待と信頼はガタ落ち。)
事を大きくすることなくターゲットの名声と地位を落とし、自分達の目標を達成する。
俺達がやり過ぎない為の配慮として報酬金は邪魔をすることを目標に設定している。
完璧な配慮と策謀を巡らせたこのクエストを受けることにした俺達は早速、同じ目的を持つ同志たちと作戦を立てることにした。
その数、百人余り。
子供数人に大掛かりな戦力だが、油断してはいけない。
相手は子供とはいえ守護天将に選ばれるほどの怪物。
おまけに、チープクラスの魔剣を持つ者が2人。
こちらが100人以上の戦力を持って向かっても決して卑怯ではない。
そのため、俺達には油断も慢心もなかった。
その証拠として、俺達は危険度最上級の魔獣の討伐に匹敵する装備と準備を行い、入念に計画を練ってから作戦を決行した。
「なのに・・・ なんで・・・」
そこには信じられない光景が広がっていた。
相手はたったの8人。
対してこちらは100人を超える人数を用意していた。
にもかかわらず、目の前で行われる光景は一方的な蹂躙であった。
100人が8人を蹂躙するのではない。
8人で100人以上を蹂躙しているのだ。
予想外のその光景に俺は動きを止めて天を見上げた。
「どうしたい? 先程までの威勢はもう終わりかい?」
楽しげな・・・
本当に楽しげな笑みを浮かべた。
業火を操る少年がこちらを見下ろしていた。
その手に紅く煌めく炎を纏う魔槍を手に持つ少年が、俺には悪魔にしか見えなかった。
開戦の一撃はこちらから放った攻撃魔法だった。
後衛の魔法使いの一斉射撃を相手はいともたやすく防ぎ切った。
これには驚いたが、想定の範囲内の出来事だった前衛陣はすぐさま標的に襲い掛かった。
それをゆっくりと眺めてから、上空に浮かんでいたクラウの小僧が《プロミネンス》を一振りした瞬間。
周囲は炎に包まれた。
俺達に向けて放ったのではない。
その炎はまるでに逃げ出すことを許さないかのようにクラウの奴を中心に俺達100人を取り囲む様に放たれた。
本来ならば、この炎を使ってこちらの戦力の分散を図るべきところを奴はあろうことか自分達も逃げ出すことが困難な背水の陣を選んだのだ。
(馬鹿なのか? あるいは何かの作戦か・・・ どちらにしてもこれで撤退は難しくなった。)
「ビビるこたぁねぇ!! やることは変わらん! 行くぞ!!」
俺は何かの作戦かを警戒しつつ周囲の炎を見て動きを止めた仲間達に活を入れる。
攻撃でもない。防御でもない。現状、正体不明の周囲の炎を警戒した仲間達は俺の声を聴いてすぐに行動を開始した。
分断を図って何かしらこういった包囲系の魔法を使うことは予測していた。
それを全体を包み込む様に使用したことは意外であったがただそれだけのことだった。
もとより、負けるつもりでは来ていない。
個人の実力で劣っていることは承知の上のことだ。
そこを数と戦術、経験で埋める。
その為の準備は怠っていない。
「後衛は空を飛ぶクラウに集中攻撃だ! 前衛は地上にいる奴らを頼む!」
後方から後衛部隊のリーダーを任せた男から指示が飛ぶ。
理に適ったその作戦を聞いて俺は一気に駆け出し的に接敵しようとした。
だが、それは叶わなかった。
気がつけば俺の足は動かなくなっていたのだ。
どうしたのかと下を向いた瞬間、凍りついて地面に固定された足が見えた。
「くそ・・・!」
この炎に包まれた中で氷の魔法を使うとは予想外の一撃だった。
なにせ、周囲を炎に包まれた瞬間から気温は一気に上昇し、全身から汗が出ているのだ。
この炎に包まれた状態では水系統の魔法の威力はどうしても鈍る。
そのため、水系統の攻撃はないと思い込んでいた。
だが、相手はこちらの予想に反して氷属性で来た。
おそらくは、もう一つのチープクラスの魔剣である全身鎧≪スノーホワイト≫の効果と思われる。
(名前から氷属性の特性を持っている可能性は考えていたがこの炎の中で一瞬にして足元を凍らせてくるとは・・・・)
さすがはチープクラスの魔剣。
噂に違わぬとんでもない性能だ。
「だが、甘い。」
この炎の中で氷の魔法なんぞ使っても放っておいてもすぐに溶けるし、魔法を使えば一瞬で抜け出せる。
「わかっていないな。一瞬あれば十分なんだよ。」
俺が凍りついて地面と一体化した足を対処した時だった。
「「「「「ギャァアアア!!!」」」」」
周囲から阿鼻叫喚の絶叫が聞こえてきたのだ。
ある者は吹き飛ばされ、ある者は投げ飛ばされ、切られ、殴られ、潰される。
地面にいた敵方の7人が動いたのだ。
7人は7つの方向に別れて各個にこちらを撃破していく。
皆、それぞれに得意とする魔法や武器が違うので戦い方に統一感はないが闘気法と新魔法術式によって得た力で眼にも止まらぬ早業でこちらの足が止まった一瞬をついて奇襲をかけて来ていた。
その中でも一番目につくのはやはり純白の全身鎧を身に付けた魔剣使い。
その見たままの姿の2つ名を冠する≪白銀≫だ。
奴と相対した仲間達は悲鳴を上げることすらできずにその場で凍りついて氷のオブジェになっている。
最初に奇襲を受けた者達なんて、なぜ凍りついたのかすらわかっていないのだろう。
足元が凍りついていることに驚いた状態で凍らされている。
7人の中で唯一こちらに悲鳴すら上げさせずに倒す≪白銀≫は誰がどう見ても別格だった。
だが、そんな白銀と並ぶ悪魔がもう1人いる。
上空から炎を操りこちらの攻撃を防ぎつつも、一方的に攻撃を行う≪業火の魔術師≫だ。
奴が最初に放った周囲を取り囲んだ炎は、徐々に大きさを増して円を小さくするかのように近づいてくる。
それを何とかしようとする後衛組だったが、背後を見せれば空からクラウが炎を放つ。
逆に、こちらから魔法を放ってもクラウの持つ槍型の魔剣≪プロミネンス≫の生み出す炎によってすべて無効化される。
この2人以外の6人には何とか対処できそうだが、≪白銀≫と≪業火の魔術師≫もそれは理解しているらしく、6人をサポートしながらこちらに攻撃を繰り出してくる。
これにより≪白銀≫と≪業火の魔術師≫による攻撃は何とかしのげそうなのだが、逆に自由に動き回る6人によってこちらの状況は不利になっていく。
そして、完全に形成が決まった時だった。
「どうしたい? 先程までの威勢はもう終わりかい?」
と、≪業火の魔術師≫が呟いた後。
「では、掃除の時間だ。灰となって燃え尽きた大地の肥やしにしよう。」
その声に合わせて地上にいた7人の敵は自分達が馬車の周りに張った結界の中に入り、それを包み込むかのように≪白銀≫が氷の結界を張った。
「これが、僕の手に入れた業火の炎だ。」
≪業火の魔術師≫がそう言って高々と手を上げて巨大な炎の火球を作り上げるとそれをゆっくりと下降させていく。
(ああ・・・ これで終わりか・・・)
俺はいつの間にか氷塊に閉じ込められていたことに気づくと同時に迫りくる炎を眺めていた。
もう、周囲の音も何も聞こえない。
この目に映るのは紅く熱く燃え上がる炎の塊だけだった。