会談への闖入者(ちんにゅうしゃ)
「ちょっと、失礼しますよ。」
マルドとの会談中、どこの誰だか知らない中年のおっさんが部屋に入ってきた。
その顔を見てマルドが一瞬だけ顔をしかめたのと、男の背後から迷惑そうに男を見る兵士たちにこちらを見て謝っている秘書官っぽい人がいるので、この男がどれだけ無理やりこの部屋に押し入ったかがわかる。
「これはこれは、マゼラン殿。今は私的な要件の最中なのですが、どうかなさいましたか?」
マルドはそんなことを言いながらすぐそばで控えていた側近に先程書いた数枚の『国際交流会の開催依頼書』を渡す。
側近の人はすぐにそれを受け取って退出していった。
まぁ、内容が内容だけにできるだけ早い方がいいのだろう。
「いや~。申し訳ない。ただ例の件を早く進めろと本国からせっつかれていましてね。早急に何とかできませんかな?」
全く悪びれた様子の無い中年のおっさんは頭を掻きながらマルドからわずかに視線を逸らしてこちらを値踏みするかのような眼で見てくる。
「うっうっ!」
そんな視線に気を取られている隙にセブンは何を思ったのか椅子の横にあるひじ掛けを超えようとしていた。
そうだね。中年の男には興味ないだろうし、マルドとの難しい話にも興味ないもんね。
「危ないからやめなさい。」
「う~う~!!」
俺が抱きかかえると「離して欲しい」とでも言いたげに暴れてくる。
なかなか元気なお子さんだ。
「その件については私の方では動けないとご説明したはずですが?」
俺がセブンをかまっているのを一瞥してマルドがマゼランと言う男に話しかける。
その顔には少し迷惑そうな顔色が窺える。
「いやいや、この同盟の盟主であるあなたが説得していただければ同盟諸国の方々も意見を変えぬわけにはいかんでしょう。」
中年のおっさんはそんなマルドの様子とは関係なしに話を進めようとしている。
何の話かさっぱりだが、さっきから感じるこのおっさんの人を値踏みする視線はあまりいい気分がしない。
「マルド。悪いけど。その人と話をするなら俺達別の部屋に行きたいんだけど。」
なので、話が終わるまで別の部屋で待たせてもらおうと話しかけた。
「ん?ああ、そうだね。すまない。マゼラン殿。その件については後日話そう。私は今、彼と重要な打ち合わせをしているんだ。」
残念ながらマルドはマゼランとかいう男との話を切り上げて俺と話を続けたいらしい。
俺としては、こんな面倒な話はしたくないのだが・・・
「ほう・・・ 西方最大勢力を誇る我が国より、そちらの方との話を優先なさるので?」
マゼランと言う男は嫌味がましく俺を見てそう言った。
いや、あんたの国のことは知らないがそんな言い方はないだろう?
第一、こっちが先に話をしていたんだぞ?
「マゼラン殿。申し訳ないがアポの無い方との謁見や会談は緊急時や重要なものでないと困る。今や私にも立場と言うものがあるのですよ。」
マルドはあくまでも穏和に話を進めようと口にするが、このマゼランと言う男はしたり顔で話を続ける。
「ほう・・・? 重要な話ですか・・・ それならなおの事、こちらを優先すべきでは? 聴いた話によると、あなたは仕事を放りだしてその男となにやら話をしている様ですが、一体何の話をしているのですか?」
興味深そうにこちらを見て問いかけてくるが、その瞳には侮蔑の色が強く出ている。
おいおい、そんな目を子供に向けるんじゃないよ。
精神に変な影響が出て反抗期に入ったらどうしてくれるんだ。
「ええ、実は以前から議題に上がっていた。三大国家との交流についての話をしていたんですよ。」
マルドは悠々と構え、マゼランを見据える。
「! な、なんですって?! 三大国家とのコネはあなたにはないはず・・・!」
その言葉を聞き、マゼランはかなり動揺したのか。大きな声を出して叫んだ。
ああ、マゼランが大声を出すからセブンが不機嫌になってしまった。
ほ~ら!高い高い!!お前はこんなことで泣く子じゃないだろう?
と、俺は席を立ってセブンを高く持ち上げて泣かない様に宥めかす。
「ええ、ですが。ここにいる私の友人にはそのコネがあるのでね。」
マルドはそんな俺をゆっくりと振り返ってマゼランに対してニヤリと笑った。
まぁ、子供を抱き上げてる俺を見た時に一瞬だけ「なにしてるんだ?」と言う表情をしたがすぐに隠した。
「ば、バカな! そんなどう見ても一般庶民のモブにそんなコネがあるはずがない! 冗談もほどほどにしていただこう!!」
マゼランは訳の分からない反論をして怒鳴りつける。
ああ、やめてくれ!
また大声を出したから、セブンの涙腺が決壊しそうだ!
「いえいえ、彼はこう見えても彼は中央で名の知れた冒険者でしてね。三大国家の国王と面識があるほどなんですよ。知りませんか?彼の≪救世主≫を内包した伝説のパーティを・・・」
その言葉にマゼランは何を驚いたのか目を見開き、驚きのあまり大きな声を出そうと大きく息を吸い込んだ。
その瞬間。
俺は非常にまずい事態になることを一瞬で察した。
このままいけば、この男の出した大声でセブンの防波堤が決壊する。
そうなれば、未曾有の危機に陥ることは明白だった。
「ごめん。」
そのことを一瞬で理解した俺は即座にマゼランの正面に移動して彼に一撃を入れて気絶させた。
両腕はセブンを抱えていたので仕方なく足で対処したが、どうやらうまく言ったようで、一撃で彼は地に沈んだ。
「ふう・・・ 何とか阻止できたみたいだね。」
「きゃっきゃ!!」
蹴り飛ばした男を見てなぜかセブンが大喜びだ。
ふふふ。どうやらこの子も彼にはうんざりしていたようだ。
これで俺の株も上がるかな?
ガッシリ・・・
セブンが泣き出すこともなくむしろ喜んでくれて、ほっこりしていた俺の肩をなぜだか強く掴まれた上に、背中から寒気がするほどの闘気を感じるだけど・・・
「やぁ、マルド。そんなに肩を強く掴んでいったいどうしたんだい?」
「コーフィ。これはさすがに問題だよ。」
振り返ればそこにはいつにも増して優しい顔をしたマルドが笑みを浮かべていた。
こんなに優しい顔をした彼を見たのはいつ振りかなぁ。
そうあれは俺が修行時代のこと・・・
マルドが大切にしていた師匠から頂いた魔法の品を誤って壊してしまった時の事だった。
俺は昔を懐かしみながらも終始笑みを浮かべたマルドのお説教を聞くことになるのだった。
笑顔の人が優しいだなんてのはタダの妄想だ。本当の恐怖ってのは笑顔に下にある物なんだ。
俺はそれを久々に思い知った気がするよ。
「あいあい~♪」
マルドの優しい笑顔でのお説教を受けて、疲れ切った俺をセブンは笑顔で迎えてくれた。
ああ、それはもう今までに見たことがないほどの笑顔だったよ・・・。