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お店に戻りたくない。

想いでの喫茶店を後にして3日が過ぎた。

他店との違いを探す為にいろんな町のいろんな喫茶店に行って思ったのはやはり自分の未熟さだった。


やはりどの店のマスターも俺よりもコーヒーのれ方がうまい。

ハーブティーも軽食も、すべてが俺より勝っている。


(俺のような人間が喫茶店なんて不可能だったんだろうか・・・)


喫茶店のマスターになる前までは冒険者としての人生を歩いてきた。

冒険者になる前は魔法の勉強と修行の毎日だった。

別に、親が魔法使いとかそういう家系だったわけじゃない。

孤児として生まれた俺に育ての親が生きるために必要だと魔法を教えてくれた・・・


訳でもない。


というかよくよく思い出せば魔法を覚えたのは冒険者になった後だった。

うん。


まぁ、ちょっと変わった環境で育ち、修行と訓練の日々だったことだけわかってもらえれば幸いだ。


そんな俺が人々の憩いの場である喫茶店の経営なんて土台無理な話だったのだ。


(喫茶店に帰りたくないな・・・)


自分で作ったお店に帰りたくない。

例え帰ったとしてもお店を開く度胸がない。

俺なんかが淹れたコーヒーでお客様がホッ・・・と一息ついて休んでくれる気がしない。


だからだろうか。

いつもは行かない酒場に足を運んだのは・・・


この後ろ暗い気持ちをお酒で紛らわせたかったのだ。

いつもは飲まないキツイお酒を飲み。

初めて飲むお酒を頼み。

盛大に酔っぱらった。

最後の方は訳も分からず大声で叫んで、暴れて、酒場のマスターに追い出された。


「うぅ・・・気持ち悪い・・・」


酒場から追い出された俺は頭がクラクラとして右に左にと頭を揺らしながら夜の街を歩く。

今日は本来ならお店に帰るつもりだったので宿は取っていなかった。

だから俺は夜の街を当てもなく歩く。


そんな不審者の様な行動を取る俺を誰も咎めない。

というよりも、いつの間にか誰もいない場所を歩いていた。


(ここはどこだろう。)


どれほど歩いたのかわからないが、酔いがめかけていることから大分時間が経っていることがうかがえる。

辺りを見渡すと一見だけ異様に明るいお店を見つけた。

「何の店だろう」と思い近づくと喫茶店だった。


(こんな夜更けに喫茶店? こんな場所に?)


夜だから人通りが少ないのか人があまり住んでいない区画だから人がいないのかは分からなかったが、古びた喫茶店が真夜中にやっていた。

気になって中に入るとカランカランと鈴の音がなる。


(ああ、やっぱり鈴は買わないとな・・・)


そんなことを思いつつ中を見渡せば、薄暗い大人の雰囲気の喫茶店に疎らだがお客さんがいる様だった。

(こんな寂れたお店にお客さんがやってくるんだな)と意地の悪い文句が頭に浮かぶ。

いや、これはきっと俺の嫉妬なのだろう。

俺の新しい店よりもこんな古びた喫茶店に人が集まっているのだ。

嫉妬や恨みがましい感情が溢れるのは仕方がない。


「コーヒーを一杯。」


俺はカウンターに座って店のマスターであろう白い御髭の爺さんにそういうと「はい。コーヒーですな」と返事が返ってきた。

コーヒーが入るまでの間はメニューを見たり、店の中を見回したりして時間を潰す。

そんな俺を見て店のマスターが「何かありましたか?」と声をかけてくる。


「俺の悩みなんて誰にもわかりはしないさ・・・」


ふてくされた顔で俺はそう言って爺さんの言葉を否定した。


「フォフォフォ。まぁ、そう言わずにこの老いぼれに話してごらん。亀の甲より年の功。歳の数しかとりえのない老人が何かの役に立つかもしれんぞ。」


俺はふてくされながらも、笑顔でそう言ってきた爺さんに愚痴をこぼすことにした。

喫茶店のマスターになりたかったこと。

そのために自分なりの練習をしたこと。

でも、やっぱり他のお店の様においしいコーヒーが淹れられないこと。

こんなことではお客様にホッと一息つく一時ひとときを提供できないこと。

今にして思えば、なんでそんなことを見ず知らずの爺さんに話したのかわからない。


「どうぞ。モネですじゃ。」


俺の愚痴を聞き終わる頃に爺さんは俺の前にコーヒーを差し出す。

モネとはコーヒーの銘柄のことだ。

この世界の常識として喫茶店でコーヒーかハーブティーを銘柄や種類を言わずに頼むとその店の自慢の銘柄が出てくる。

コーヒーの産地などでは産地で取れる物を出す店もあれば、季節ごとに仕入れた中で一番いいと思われるが出される。

これは店のマスターの好みやこだわりにもよる。(自家製ブレンドのお店もある)


ここの店はでどうやらモネがそれらしい。

一口飲むとなんだか妙な味がした。


(お酒を飲んでいるからだろうか? まだ酔いが覚めてないのか?)


そう思い何度も口にするが、やはり味がおかしい。

いや、正確にはおかしいのではなくあまりおいしくない。

これなら、俺の淹れるコーヒーの方がうまい。


(フフフ・・・ 勝った・・・)


と思わず笑ってしまった。

おまけに(これで店が開けるなら俺にもできるじゃないか)と安堵してしまった。


(いやいや、これじゃいけない・・・)


「マスター!」


俺は爺さんを呼んでコーヒーの味に文句を言うことにした。


「フォフォフォ。どうやら元気になった様じゃの。」


来た時よりも元気のいい俺の声を聴いて爺さんは笑顔を浮かべて俺に近寄ってきた。


(は・・・! まさか、このコーヒーは俺を元気づけるために?!)


御爺さんの笑みに何らかの意図を感じ取ってしまった俺は喉にまで出かかっていた文句を飲み込むことにした。


「おかわりをお願いします。」


酔いが覚め晴れ晴れとした気持ちでおかわりを注文すると今度は心が温まるココアが出て来た。


俺はココアの暖かさと甘さに一息ついて店を後にする。











結局、あの爺さんのコーヒーの腕前は謎のままだった。


だが、おかげで俺は明日からお店を開くことができそうだ。

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