西方への旅立ち 強敵との激闘
魔法王との会談があった翌日、俺は旅立つことにした。
今度は≪西方の賢人≫と呼ばれているマルド=ヴィルターに会いに行かなければならない。
「すまんな。西方の様子はまるでわかっていない。おかげで、同盟の中心部である都市の場所が正確にわからなくてな。」
「名前だけわかれば十分だよ。ここに来る時は≪東方の魔法王≫の名前だけでこの場所を探したしね。」
「そうか。なら大丈夫だろう。では、気をつけてな。」
ヤングドと九十九姫やそこ御子息と令嬢に見守られながら旅に出る。
背中にはセブンを背負っている。
昨日あれから、ヤングドは家族会議を行い子供達の説得に成功した様だ。
ただ、面倒なのはセブンのことを心配した九十九姫と子供達からたまに様子が見たいということで、半年に一回は帰ってこなければならないことだろう。
え?
なんで俺の方から出向くのかって?
相手は王族だからね。
そう簡単には国外に出られないのさ。
それに、セブンは表向き病死ということになるらしい。
魔法王の経歴に傷をづけない配慮だそうだ。
全く政治ってやつはこれだから厄介なんだ。
「元気でね。強くなるのよ。」
九十九姫がセブンに優しく話しかける。だが、その瞳には涙が浮かんでいる。
そんな母親の心情お構いなしにセブンは「きゃっきゃ」と笑っている。
これからの自分の立場や生活に全く不安はなさそうだ。
それが子供だからなのか。大物だからなのかはわからない。
ともかく、彼のことは俺がしっかりを面倒見るので大丈夫だろう。
「では、また会いましょう。」
「ああ、気をつけてな。」
そうして、ヤングドから大量の子供用品やおもちゃを受け取ると俺は疾風の如く駆け出した。
これから5日ほどかけて大陸を横断するのだ。
その異様な速さを前にしてもセブンは泣き出すことはなく、楽しそうに笑っていた。
やはり大物なのだろうか・・・
「びゃぁあああ!!!」
そんなことを思っている時期が俺にもあったさ。
俺が高速で走っても笑い声をあげて楽しそうに景色を見ているから『この子は大物だな!』なんて思っていたがやはり子供だった。
お腹がすけばご飯を求め、おしっこもうんこも漏らし放題。
それらの行動を起こすたびに大泣きして俺を困らせる。
簡単な離乳食を作って与えればスプーンを投げて食べようとしない。
おかしい。
先程までお腹が空いて泣いていたはずなのに・・・
しかたがないのでいくつかの種類を作って渡してみる。
「だ。」
お皿をひっくり返された。
でもめげない。もう一度。
「だ。」
今度は持ってきた手を叩かれ叩き落とされる。
(まだあるさ)と自分に言い聞かせてリトライ。
「・・・だ。」
スプーンですくい何かを確かめてからまるで「これじゃない」とでも言いたげにスプーンをお皿に戻して押し返してきた。
むむむ、さすがは王族。
やはり味にはうるさいのだろうか・・・
しかし、俺とて料理人の端くれ!お前如きに負けぬわ!!
と意気込んで俺の作れる最高級の料理を提出する。
「ぶぅうう・・・」
ダメだった。
なんかもう、俺の出した料理を見ながら「こんなものしかないのか・・・」的な眼をしている。
くそう!!俺の料理人としてのプライドがズタズタだよ!!
「どうするかなぁ・・・」
と頭を悩ませながらガシガシと果実を食べて糖分を補給する。
「あ~ぶ!! あ~ぶ!!」
するとなぜだろう。
セブンが俺を見て何かを訴えている。
「・・・そういうことか・・・」
俺は持っていた果物をすりつぶしてセブンに与えた。
セブンはものすごくおいしそうにそれを頬張る。こちらが見ていて嬉しくなるぐらいの良い食べっぷりだ。
ううむ・・・
しかし、俺の作った食事よりも果物をすりおろしただけの物を喜ぶとは・・・
俺の腕は純粋な果物より劣るとでもいうのか!!と、心の中で激怒した。
食事が終るとまた移動を開始する。
二歳児と言う遊びたい盛りの子供を抱えて何時間も走るのは実に苦行だ。
一日の大半を寝ていてくれるとありがたいのだが、そうもいかない。
まぁそれでもお昼寝もあるし夜も長い間寝てくれるからいいのだが、起きている間は大変だ。
「あ~あ~う~!!」
人の髪の毛を引っ張るわ。服に涎を垂らすわ。遊びたがって愚図るわと大忙しだ。
たまに遊ばせてやろうと野原に置くと喜んで歩き回るのだが・・・
「そんなもの口に入れないで!!」
目を離すとその辺の物を手に取って口に含もうとするのだ。
くそう。
俺の作った食事はまだ全然食べようとしないのにその辺にあるものは何でも食べようとしやがる。
俺の料理の何が駄目なんだ!とこっちが泣きたくなる。
お気に入りの喫茶店の制服もおしっこの被害に遭い日に何度も着替えさせられ何枚も洗濯する破目になる。
何もない状態でおしっこやうんこを漏らすのならば対処はできるんだ。
生理現象とはいえ背後から感じる気配を読めば生理現象とはいえ回避可能だ。
しかし、しかしだ。
移動中、魔物に遭遇することはままある。
まぁ街道を通らずショートカットで危険な場所を通っている俺にも問題はあるのだが・・・
そういう場所で魔物に遭うと基本的に一撃離脱か逃走する。
戦う理由も特にないしね。
今は子供も抱えているし、何が起こるかわからない。
だが、俺が目の前の魔獣に気を取られている隙に・・・
「ふぎゃぁあああ!!」
「また漏らしたのか?!」
セブンの奴は不意打ちを打ってきやがるんだ。
最悪なのは、遭遇した魔獣が弱い時だ。
弱いからすぐに離脱できると思った瞬間。
セブンは狙いすましたかのように放尿の準備に入る。
その気配を察知した俺は即座に回避行動を取りたいが、目の前には魔獣がいる。
子供を抱えた状態では攻撃なんて怖くて受けられないし、全力で動くわけにはいかない。
本来の状態ならば、全力を出せば避けれる攻撃。
しかし、赤子と言うハンデを背負っただけでその攻撃は躱すことも防ぐこともできない。
来るとわかっている攻撃に対して何もできない。させてもらえない。
これほどの恐怖を味わったのは何年振りだろうか・・・
「あう~あうあう。」
俺の背には今、無邪気に笑う無垢なる悪魔が今か今かと攻撃のチャンスを窺っている。
これほどの強敵と日々戦い続ける母親の強さの理由を俺は身を持っているのだった。