忌子(いみご)
扉を開いたその先にいたのは1人の小さな子供だった。
年齢は恐らく2歳程度。
積み木か何かで遊んでいたようだ。
見た目には特におかしなところはない。
普通の子供だ。
ただ、おかしなところがあるとすれば気配が希薄はことぐらいだろうか。
今すぐに夢幻の如く消え去ってしまいそうなほどに儚げに見える。
「あ・・・あお?」
こちらを見て不思議そうに小首をかしげる小さな子供。
可愛らしい顔立ちに子供特有のふっくらとした頬が甘ったるい印象を受ける。
何ともかわいらしいお子さんだが、一つだけ問題があった。
「忌子か・・・」
そう小さく呟くと後ろにいた子供達がわらわらと俺の横を通り過ぎて二歳児の前に立った。
その様子から先程まで言い争いに出ていたセブンなる人物がその子供であることが窺える。
「・・・」
こちらを睨みつけながらも子供達は一言も発しない。
元々喋っていない百や京と呼ばれる子供達はいざ知らず、先程まで父親であるヤングドに噛み付いていた万君やヴァリス君までだんまりだ。
おそらくは、俺との実力差に何も言えないのだろう。
「・・・話を聞かせてもらおうか。」
僕は一つ小さくため息をつくと適当に床に腰を下ろす。
その後に続いてヤングドと九十九姫が俺の対面に座り、子供達がセブンの周りに座り込んだ。
そして、ポツポツとヤングドが事情を説明し始める。
まず初めに最初にいた子供達の内の万、百、京、六とそしてこの件のセブンと呼ばれる子供達はヤングドと九十九姫の子供らしい。
万君の年齢が八歳であることを考えると夫婦暦は約9年ほどのになるのだろうか。
それですでに五人もの子供を産んでいるとは・・・
夫婦仲は円満で、子宝に恵まれたすごい家族だなと思う。
見た目には分からないが、九十九姫はかなり体が丈夫なようだ。
だが、そんな家族にもいくつかの問題があった。
まず、一番初めの子である万は魔力の大きさと才能に胡坐をかいて好き放題しているという。
その鼻っ柱を折るためにこの国に来た時に俺に嗾けたそうだ。
おそらくはあの歓迎の儀の事だろう。
それでまぁ、本人は世界の広さを知って現在は落ち着いているらしい。
もう一つはこの目の前にいるセブンと呼ばれる忌子の存在。
忌子というのは『生まれながらにして魔力を持たない人種』のことである。
どうしてそんな子供が生まれるのかは未だに謎が多くあり、中にはヤングドのように魔眼を持って生まれてくる子供もいる。
この世界の常識として魔力の持っていない人種は存在せず、また、魔眼などの特殊な力を持って生まれてくることも普通ではない。
しかし、どう言う訳かこの二つの存在は極稀に生まれてくる。
そして、両者の扱いは対極に位置する。
『魔力の無い子供』は忌子とされ、排斥の対象になり殺されることが多い。一方で、魔眼などの『特殊な能力を持って生まれてくる子供』は神に選ばれた天恵を持つ者として扱われて優遇されることが多い。
両者が生まれる可能性は限りなく低く、その確率は両方を合わせても500万人に1人と言われている。
もっとも、忌子は生まれた段階で死産として処理される可能性があるのでこの確立のどこまでが信用できるかは定かではない。
そんな、世間では滅多に見ない存在を今日は3人も見ることになるとは思わなかった。
「王国の・・・ しかも、国王の子供の中に忌子がいるのは世間体が悪い。このことを知っている者の中にはセブンを殺せというどころか。忌子を産んだ九十九にまで罵詈雑言を吐こうという者までいる始末だ。」
説明を終え、ヤングドが苦々しく唇をかむ。
「そんなこと言う人がいるの? 魔眼持ちの子供を産んだ母親でもあるのに?」
そう言って俺は百と呼ばれる子供を見つめる。
年齢は恐らく5歳程度の女の子だ。
魔力の量自体は平均的な量だが、その眼に宿る魔眼の威力はヤングド以上だ。
最も、ヤングドの魔眼自体は大した威力ではないので超えていてもそこまで不思議ではない。
「ああ、まぁこの子のおかげもあってそんなことを正面からいうものはいないが、噂はどこからか流れるものだ。」
そういって彼は百を見る。
その瞳には父としての優しさが溢れている。
「そこで、話を戻すのだが・・・ コーフィ。お前にセブンを引き取って欲しい。」
その言葉に俺も子供達も衝撃を受けて動けなくなる。
隣に座る九十九姫はこの話を知っていたのか。
悲しげに視線をセブンに向けるだけだ。
「この子はこの国にいても幸せにはなれない。」
ヤングドは唇をかみしめながらしっかりと事実を述べた。
「そんなのやってみないとわからないだろう!」
その言葉に万君が反論の声を上げる。
彼は国にとってかなり問題児の様だが、兄妹思いの兄貴分なのだろう。
セブンを後ろに庇い立つ姿は性格に問題があるようには見えない。
ただ、彼は現実をしっかりと見ていない。
忌子が受け入れられる社会などこの『魔法の力で成長した社会』で受け入れられるはずがないのだ。
生活において火を使う技術は現代ではすべて魔法で行う。
狩りも農業もあらゆる技術に魔法を使うことで効率化を図り成長してきた。
その魔法技術を全く使用できない忌子の存在は世界にとって必要とされないことだろう。
さらに、最悪なことに生まれた場所が悪かった。
このヒノモトの国は今や人界最大の魔法大国だ。
魔法王の下で魔法技術が発展した国だ。
そんな場所で魔力がない子がどんな目に遭うのかは想像に容易い。
この子に残された選択は、誰かにひっそりと育ててもらうか。死ぬかの二択だ。
そして、ヤングドは前者を選び。
その相手に俺を選んだということだろう。
「はぁ・・・」
(面倒なことを持ってくる。)
そんなことを思いながら俺の腹はもう決まっていた。
『魔力を持たない子』というのに俺は余程縁があるらしい。
「子供達の説得は俺の仕事じゃないからね。」
俺はヤングドにそういうと明日にはここを断つのでそれまでに子供達を説得するように促してセブンに挨拶した。
「初めまして。明日から君の世話をする。コーフィ=チープだ。」
「だ!」
握手を求めて差し出した手をセブンは積み木をぶつけて追い払うと彼は自分で積み上げて積み木に突撃を開始した。
なんという腕白坊やだ。