栗
会談が終了した後、ヤングドは何を思ったのか。
彼の妻である九十九姫を部屋へと呼んだ。
「コーフィ。あとで、頼みたいことがある。マルドの所に行くのはその後にしてくれないか?」
会談が終了し、必要な内容を伝えて交渉が終了した俺はすぐにでもマルドの下に行く予定だったのだが、ヤングドのその言葉により予定を遅らせることにした。
「何かあるのかい?」
「ああ、お前にしか頼めない。」
俺の質問にそう言って答えるヤングドの眼は少し悲しげだった。
「仕事が終わったらいく。それまでは、九十九。コーフィを頼めるか?」
「はい。もちろんですわ。」
ヤングドは妻に俺のことを託して仕事に戻って行った。
(何の話かな? というか、九十九姫から内容を聞けばそれでいいのでは?)
などと思ったが、それは言わないでおいた。
そうして、俺は九十九姫に連れられて客間に通された。
客間にある縁側の障子のついた扉を開け放つと何とも美しい緑の庭園が見える。
庭園には何かの果実がなっている気が多く生えていた。
「普通なら、もっと手入れの行き届いた庭園のある客間に通すのが礼儀なのでしょうが。コーフィ様は料理人だと伺いまして。このように、東方で取れる果実が見える場所を選びましたの。気に入っていただけたでしょうか?」
お互いが席についてから九十九姫はそう言って俺にお伺いを立てる。
その様子は王妃として相応しく、気品が溢れている。
「とても素晴らしいですね。俺は正確には料理人ではなく喫茶店のマスターなのでそこまで本格的な料理はできないのですが、見たこともない果実が多いのでとてもうれしいです。是非、食べてみたい。」
と、率直な感想を述べた俺に対して九十九姫は「すぐに用意させますわ」と微笑んだ。
その後ろに控える侍女の1人が、その言葉を聞いて部屋から出ていく。
他の侍女と見張りの兵士達は俺の言葉を聞いて少しだけこちらを窺うような目を向けてくる。
まぁ庭園を見た後で、いきなり「おいしそうなので食べたいです。」なんて感想を述べる俺のことを訝しんでいるのだろう。
昨日の豪勢なパーティーの時も、主賓でありながら挨拶もなしに食事に行った無礼者だからな。
皆、なんで俺なんかをヤングドが歓迎したり持て成したりするのか理解できないのだろう。
(まぁ、確かに。昔なじみの友達ってだけでここまで歓迎してくれるとは思ってもみなかったしなぁ。)
などと考えつつ、席についた時に出されたお茶に口をつける。
「ズズ・・・」
緑茶と呼ばれる東方の伝統的なお茶なのだが、少し苦味が強く人気がないためにあまり中央では出回らない。
最初に飲んだ時は「何だこのお茶は?」と思ったが、今は慣れたものだ。
このお茶を飲むと甘いもんが欲しくなるな。
うちの店でもだそうかな・・・
そんなことを考えていると先程、下がった侍女がお菓子を持って現れる。
一つは庭にある果物を切り分けたもので、もう一つはそれらの食材を使って作られたお菓子だろう。
「ふむふむ。では、いただこうかな。」
差し出された物に早速手を付ける。
まずは、切り分けられた果物からだ。
「うん。おいしい。」
名前は知らないが、どれも甲乙つけがたい味をしている。
その次に食べたそれらの食材を使ったお菓子も実においしい。
俺が果実と菓子に舌鼓を売っていると、九十九姫がその果物やお菓子の内容を説明してくれる。
果物だけでなく、菓子の製造工程まで教えてくれるの所から彼女自身が菓子作りに造詣が深いことが窺える。
王族であるはずの彼女が厨房に立つ姿は想像できないが、実際に立たなくとも傍で見るぐらいのことはしているのかもしれない。
「お口に合ったようでないよりですわ。」
彼女はそう言ってから自分に差し出された物に手を付けた。
先程までは俺に説明しながら、その横で毒見役と思わしき侍女が彼女の食べ物を切り分けて口に運んでいた。
こうして見ると、王族って本当に大変なんだな。と、改めて思う。
それにしても、この桃とかいう果物は実に甘くておいしい。
木になっているその姿は美しく淡い桃色のお尻のような形をしていて非常にセクシーだ。
そのまま噛り付いたら変態扱いされたりしないだろうか・・・。
次に、柿と呼ばれるオレンジ色の身も実に美味だ。
同じ柿でも渋柿と呼ばれるこのヨボヨボの黒ずんだ柿も見た目はあれだが、味としては申し分ない。
ただ、この二つの柿は木になっている姿が同じなので果たして見分けることができるのだろうか・・・。
仕分けに失敗した場合、悲惨な結果になりそうで怖い・・・。
最後に栗と言うものを食べた。
これは生のままではおいしくないということで加工したお菓子しか出て来なかったが、実に美味である。
ただ問題は、この栗と言うものがどこにあるのかわからない。
出て来たものは、既に加工されていて実の状態が分からないのだ。
「すみません。この栗の実はどれですか?」
俺の質問に対して九十九姫は「あちらですわ」と言って一本の木を指し示す。
それはちょうど他の気の陰に隠れてあまり見えていなかったが、確かにそこに存在した。
「え・・・?!」
そして、その木になる実を見た瞬間。
俺は奇妙な声を上げて硬直した。
そう、それは以前俺が魔の森の奥で見つけたウニのなる木だった。
木にはたくさんの棘のついたウニがなっている。
しかし、彼女はこれを栗の実だという。
どうことだろうか・・・?
「あれは、クリと言うものなんですか?」
念のため。
そう、念のために確認しておこうと思い尋ねる。
「ええ、そうですよ。イガのついた殻の中に実をつける果物でしてそのままでは食べられないのですが、焼いたりして加工すると大変おいしいんです。・・・お気に召しませんでしたか?」
「いや、そんなことはありません。」
寧ろ、桃や柿よりも調理に適した素材なだけに俺としてはありがたい。
この中では一番のお気に入りの食材と言えるしろものだ。
しかし、しかしだ。
アレがクリということは、海にあるウニとはいったい何なのだろうか・・・?
海と山で違う進化を果たした類似の果物なのだろうか?
「えっと。ウニとよく似ていたので驚いただけです。」
「ああ、そういうことですか。大丈夫ですよ。ウニは海に住む生物ですが、栗は山に生える植物ですから全くの別物です。・・・もしかして、ウニは苦手ですか?」
「いえいえ、昔食べておいしかったのですがこんな味だったかな?と思っただけですよ。ハハハハ・・・」
九十九姫の言葉に、乾いた笑い声を返す俺。
ど、どどどどどうしよ!!
森で見つけた栗をウニと間違えて水につけといたんだけど大丈夫かな?!
俺・・・食べ物で遊んじゃったのかな?!
ウニとクリが全くの別物だと知った今になって今までの自分の行動が恥ずかしくなってきた。
(食べ物で遊ぶだなんて食材を扱う者としてどうなんだろうか・・・)
知らなかったこととはいえ、いけないことをしてしまった罪悪感に襲われて少しだけ気分が悪くなった。
「あの、大丈夫ですか?何かお気に召さないことでも?」
「ああ、いえ。大丈夫です。」
俺が罪悪感に打ちのめされていると、九十九姫が心配そうにこちらを見つめてくる。
気配りのできる美人。
なるほど、ヤングドが惚れるわけだ。
「この食材の調理方法を教えて貰っていいですか?」
それから俺は、気を取り直して彼女から栗の調理手順や応用方法を聞き出すのだった。