風鈴
翌日、俺は案内された客間の布団からでて身だしなみを整えて朝食を取る。
ヤングドは昨日の夜会で貴族の人達や大臣達、俺をもてなした兵士達とお酒を飲んでいたので、ここに来た要件についてはまだ何も話していない。
なので、今日こそはその話をしたいのだがヒノモトの国王であるヤングドは非常に忙しいのか朝から会うことはできなかった。
「陛下は昼食を一緒にお取りになる様におっしゃっていました。用件はその時に聞くとおっしゃっていましたのでそれまでは少しお待ちください。」
ヤングドの部下の1人であろう、初めて見る人物がそう言って頭を下げる。
なんでも彼はヤングドの秘書官の1人らしい。
さすがは東方随一の王国の王だ。
秘書官の男性はキリリとした目鼻立ちに小じわを蓄えた中年のおじさんだが、服に隠れて見えないその体つきはまるで戦士の様だ。
いざとなれば、暗殺者相手に八面六臂の大活躍ができそうな洗練された動きが所作を見ていて分かる。
そういえば、昨日俺をもてなしてくれた兵士達の動きも素晴らしい物だった。
(昼まで暇だし、遊び相手にでもなってもらおうかな・・・)
朝食を食べ終わった俺はそんなことを思いながら部屋から出る。
特に行く当てはない。
なので、城内を散歩しようと思う。
東方の建造物は見たことが無い物ばかりなので勉強になるし、散策していれば何か新しい発見があるかもしれない。
東方の建造物は木材が主流だ。
西方では石材や土を使い、中央は両方とも使う。
ただ、やはり城や城壁なんかは防御のことを考えて石材や土を多く使っている。
そのため、参考にはならない。
というわけで、俺は城の外にある『屋敷』と呼ばれる木造建築へ移動する。
俺の店は木を刳り貫いている関係上、木造建築物の仲間だ。
きっと、勉強になるだろう。
そう思いお邪魔したお屋敷は妙な作りになっている。
まず、壁と呼ばれるものがほとんどない。
廊下が一番外側にありそれを障子で仕切ってその中に部屋がある。
部屋同士の間もほとんどが襖で仕切られ、壁があるのはほんの少しだ。
壁がないのでどこからでも攻め込めそうな形をしている。
おまけに逃げ道となる廊下は外側にある。
これでは逃げようとしたら外から来る敵に襲われてしまう。
「ああ、だから周囲に壁があるのか。」
屋敷の周りにはぐるりと周囲を取り囲む様に壁がある。
おそらくはこれが防壁なのだろう。
中央では城や城塞でない限り、家の周囲に防壁など作らない。
防壁を作るとその分、家を建てるスペースがなくなるからな。
それにしても、このお屋敷・・・
二階はないのだろうか?
さっきから全く階段が見つからない。
部屋の中に入らないとだめなんだろうか?
あれかな?
敵が侵入してきた時に二階に避難するために階段は分かりにくい場所に隠しているのかな?
なるほど、それはいい案だ。
二階に弓矢を隠しておけば、二階に上がって外の敵を撃つことができるし、屋敷の構造を知らない者には二階に辿り着く方法がわからないので時間稼ぎもできる。
廊下が外にあり、部屋同士が直結しているので屋敷の中の構造はまるで迷路の様だ。
それで要所要所に壁があるのか・・・。
なるほど、この屋敷という建築物。やりおる・・・
俺はまたも東方の隠された意外性に驚きつつも屋敷内の散策を続ける。
すると、部屋から廊下に出て来た人がいた。
昨日戦った兵士の1人だ。
今日は昨日と違い楽な服装をしている。
きっと非番なのだろう。
確か、浴衣という東方の伝統衣装のはずだ。
名前は知らないが、部下に指示を出していたので結構なお偉いさんなのだろう。
廊下に出て来たその人は東方で『縁側』と呼ばれる場所に立つと天井の気の柱に透明な何かを取り付けた。
(あれは・・・)
それは俺がよく知るものだった。
フウリン。
俺が東方の商人から購入した鈴の一種だ。
だが、取り付けた場所がおかしい。
なぜ、天井の柱に括り付けるのだろうか?
何もない廊下に括り付けられたフウリン。
誰かが来たら鳴らして知らせてもらう為だろうか?
ドアもないのに?
男の行動を見ながらその意味を探ろうと不審な目を向けていると男がこちらに気づいたのか、振り向いた。
「・・・ お、おはようございます。コーフィ殿。昨日は失礼なことをして申し訳ありませんでした。」
俺の顔を見て少し気まずい表情を浮かべながらも、男はしっかりと謝罪の言葉を述べて頭を垂れた。
だが、謝罪されるいわれがないので俺にはなぜ彼が謝っているのかわからない。
あれだろうか?
昨日の歓迎の意を込めた模擬戦で全く相手にならなかったからだろうか?
もしそうならば、それは仕方がないことだ。
たとえ君たちの上司であるヤングドが参戦しても、俺は全力を出さなかっただろう。
それほどに、俺と彼らでは力の差があり過ぎる。
とはいえ、筋は悪くなかった。
なので俺は、素直に彼らを褒めることにした。
「おはようございます。昨日のことはお気になさらなくて結構ですよ。皆さんとても筋は良かったですからね。少し鍛えれば俺の二十分の一ぐらいの実力は手にできますよ。」
「は、はぁ・・・」
俺の言葉に男は絶句したように口を広げて返事を返す。
なんだろう・・・。
変なこと言っただろうか。
俺の二十分の一の実力があれば≪暴君≫や≪殲滅の射手≫並みの能力がある。
十分に世界で通用する実力者なのだが・・・
チリンチリ~ン
そんな彼の絶句の理由について考えているとフウリンが独りでに鳴りだした。
ああ、こんな風通しの良い所に置くからフウリンが風に煽られてなってしまっている。
これじゃ常に鳴り続けてドアベルの意味がない。
どうやらこの男、ベルの使い方がなっていないらしい。
「どうです? 良い音色でしょう? ああ、名乗るのを忘れておりましたな。私の名は雲郭。このヒノモトの国で五大将軍をしております。」
雲郭と名乗った男はフウリンの音色について褒めると目を閉じてその音に聞き入っている。
確かに良い音だし、それは認めるがその使い方はどうだろうか?
それじゃ常に鳴り響くことになるよ?
俺が「フウリンの使い方おかしくないか?」と首を傾げていると雲郭はこちらを見て意図を察したのか独りでに語りだした。
「風鈴は本来、夏の暑さを凌ぐ為のものですが・・・ 私はこれが好きでね。こうして穏やかな風が吹いている時はこうしてつけてしまうのですよ。」
雲郭は人懐っこい笑みを浮かべる。
その笑顔は昨日の雄々しく戦う将の姿ではなく、まるで無垢な子供の様な笑みだった。
いや、それよりも驚くべきことがある。
フウリンが篤さを凌ぐ為の物?
え、じゃなに?
今、雲郭さんが使用している方法が正しいんですか?
東方風なドアベルとは違うんですか?
「えっと・・・ と、とてもいい音色ですね。気に入ってしまったので買って帰ろうと思います。」
俺は冷や汗を流しながら彼から視線を逸らして答えを返した。
大丈夫、彼は俺の店に来たことはない。
今まで来た人達も疑問に思ってはいなかった。
大丈夫だ。まだセーフだ。
そ、それに・・・ 俺はフウリンの正しい使い方を知らなかったんだ。
そう、俺は無実だ。
俺は心の中でそう自分に言い訳をする。
その間に、雲郭さんは俺の「フウリンを購入する」という言葉がうれしかったのか。
部屋の中からいくつかのフウリンを持ってきて「是非お土産にどうぞ!」といくつか融通してくれた。
どうやら、このフウリンという風習は現在では廃れ気味らしく東方でも使い方を知らない人がいるらしい。
「昔はどこの家でも夏には風鈴を飾ったものなんだがな・・・」
雲郭さんは昔を思い出したのか。
遠い目をしながら昔を懐かしんでいた。