東方の宴 伝統料理 寿司との邂逅
俺は先程出会った老紳士の示した方向に歩き出した。
少し先の方には確かに、老紳士が言った通り職人が目の前で調理をし、それを宴に来た人々に振る舞っていた。
それはまるで小さな屋台が並んでるように見えた。
宴の席でこんなものを見るのは初めての経験だが、新鮮な感じがして非常にいい。
おまけに、わざわざ教えを請わなくても一流の料理人達の調理を見ているだけでも勉強になる。
そんな風に、いくつかの店?の前を通りながら何かないかと物色していると宴に似合わない珍妙な料理を出している店を発見した。
「へいらっしゃい! 何握りやしょうか?」
料理長と思わしき男が元気に声をかけてくる。
そのことには非常に好感が持てるのだが、その男が作ったと思われる料理を見て俺は首を捻った。
周りにはその男が尽きった料理をおいしそうに食べる人たちがいるのだが、その料理は宴の場にはあまり相応しくない料理に見えてしかたがないのだ。
その料理は小さく握られたご飯の上に新鮮な魚の切り身が乗っているのだ。
魚の切り身は非常に美しく光沢があり、おいしそうなのだが・・・
(オニギリの上に具を乗せた料理ってなかなか斬新だな・・・)
オニギリとは、東方のお米を使った料理であり、主に携帯用の食料として重宝される。
ご飯に塩をつけたシンプルな物から中に様々な具を入れて楽しむこともできる料理だ。
お米自体が広まっていない中央や西方では主食は麦を使った麺やパンが主食である。
そのため、俺自身もオニギリ自体を目にした経験は余り多くない。
が、オニギリとは普通具をご飯の中に入れる物のはずだったが、目の前の料理は握られたご飯の上に具を乗っけている。
珍しいオニギリの作り方だなと感心する一方で、この手法ならば中央でもオニギリを売り出せるかもしれないと妙案が浮かんだ。
中央や西方ではお米を食べないのが基本なのでオニギリの存在はあまり広がっていない。
だが、オニギリの存在が否定されるのは何も『食べなれていない』というだけではない。
オニギリと同じような携帯食として中央ではホットドック、西方ではサンドイッチという料理が存在する。
二つともパンに具を挿んで食べる料理である。
この二つの料理は非常に似ているため、どちらもよく見る定番の軽食だ。
しかし、同じ携帯食でもオニギリは広まっていない。
その理由の一端は中央や西方ではお米を生産していないということもあるが、最大の難点は具の中身が分からない点だ。
ホットドックやサンドイッチは具をパンで挟んでいるので中身を見ることができる。
だが、お米に包まれたオニギリは中の具が見えない。
そのため『中に何が入っているかわからない未知の食べ物』という思想が根付いてしまっている。
お米すらも目にすることがない中央や西方の人々にとってそうなってしまうのは仕方がないことだとは思うが、オニギリは少し不遇な存在だ。
だが、この食べ方ならば具が何かわかりやすいので中央や西方でも売り出せるのではないだろうか。
そんなわけで、後学のために食べてみることにした。
「何か一つ適当に下さい。」
「適当ってあんた・・・ 寿司食べるのは初めてかい?」
俺の適当過ぎる注文の仕方に料理長らしき人物は眉を顰めた。
だが、大陸の中央部で活動している俺にとって魚介類は専門外なのだ。
切り身を見ても何の魚かは全く判断できない。
なので、俺は「大陸の中央からやってきたので魚介類と東方の料理を全く知らない」ということを説明して適当に作ってもらうことにした。
「なるほど、そういうことなら今日一押しのネタを出してやろう。」
料理長はそう言って嬉々として料理を作り出した。
木の桶からご飯を取り出すと握りその上に魚の切り身を乗せて出してきた。
やっていることが単純であるゆえか一瞬のうちに終わってしまい、観察はよくできなかった。
「では、いただきます。」
俺は出て来たスシを早速いただくことにした。
他の人の動きを見てどのように食べるのか観察する。
皆、箸を使って器用に食べている。
だが、オニギリだぞ?
そこまで、器用に箸を使えない俺にはさすがに高難易度過ぎる。
(どうしよう・・・)
キョロキョロと周囲を見渡していると子供がスシを食べているのが目に入った。
子供は素手のままスシを手に取り、醤油という東方の調味料にスシをつけて口に運んでいた。
(なるほど、手で食べるのもありなのか・・・)
俺はどこの誰とも知らない子供に感謝しながら素手で食べる。
モグモグ・・・
うん。
この醤油という調味料と魚の切り身がマッチしていて非常においしい。
ただ・・・
なんだろう・・・
ご飯から微妙に違和感を感じる・・・
不味いわけではないのだが・・・
微妙に酸っぱい?
魚の切り身という生ものをを使っているのに、ご飯が腐っているなんてことがあるのだろうか?
いや、さすがに国王主催の宴で衛生面に気を使っていないなんてことはないだろう。
そんなことをすれば、斬首ものだ。
そう考えると、あれかな?
刺身に合う様にご飯に味をつけているのかな?
そんな風にスシを味わっていた俺に突如として衝撃が襲う。
それは、舌の上で突如として弾け鼻を突きぬける。
辛い。痛い。涙が出る。の三拍子がそろった恐ろしい攻撃。
舌の上という全くの無防備な場所を襲った衝撃に思わず転げまわりそうになりながらグッと我慢した。
(うう・・・ な、なんだこれは・・・ ど、毒?!)
俺は言葉にならない声を上げながら状況を整理する。
スシを食べていた俺は突如として謎の辛さに襲われた。
それは今までに味わったことのない辛味で、何かが鼻を抜けて涙が噴き出してきた。
毒を警戒してしまったが、それ以上の症状はない。
というか、周りの人達も俺の行動を見て驚いている所からして毒殺とかではないのだろう。
「おいおい、兄ちゃん大丈夫か? ほれ、お茶だ。」
そう言って先程スシを握ってくれた店主がお茶を出してくれた。
俺はそれを一瞬で奪い去るとゴクゴクと飲み干した。
「ふぅ・・・ 助かった。」
なんとか、落ち着きを取り戻した俺に声がかかる。
「コーフィ! どうした?! 何があった?!」
振り返るとそこにはヤングドが心配そうな顔を向けて立っていた。