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他の店との違いを探ろう

俺の店にお客様が来ないのはやはりどこかに問題があるのかもしれない。

そう思い俺は店を臨時休業にして街に出てきている。

理由は簡単だ。

街の喫茶店に入って俺の店との違いを見比べるためだ。

今日行く店は俺が以前から通っている雰囲気のいいお店だ。

きっといい勉強になるだろう。


まずは外観から、俺の店は巨木を刳り貫いているからかその全てが木製だ。

だが、街で評判の喫茶店はレンガを使用して独特の雰囲気を醸し出している。


(店の雰囲気を外観から出すだなんてやっぱり俺の作った喫茶店とは違うな・・・

やはり、うちもレンガを買って作るべきだったんだろうか・・・

いや、それだとコストがかかるし、第一に『俺にレンガを組んで家を作る能力があるのか?!』という疑問がある。

これは、参考にしたいができないな・・・)


次に表札も見ておく。

表札もうちと違って木製ではなく、鉄板に穴を開けて文字の部分を刳り貫いて作られている。

この方がやはりお客様を呼び込みやすいのだろうか・・・


(いや! 違う! 俺の店は周りに他にお店がない。

つまり、表札はこんな風に店の前にかける様な小さい物ではなくもっと酒場の様に大々的にした方がいいんじゃないか?!)


そう、俺の店の周りは巨大な気が生い茂る樹海の中なのだ。

それなのにこんな風に小さな表札でいいわけがない。

もっと看板の様にデカデカとしたものを店の二階の位置に掲げた方が効果的な気がする!


俺は早速、店の改造計画としてメモを取る。


次は店の中に入る。

ドアを開けるとチリンチリンと鈴の音がなった。

静かな店内に流れる鈴の音に中に居た客とマスターがこちらに顔を向ける。


(ああ、こういうのうちにはつけてなかった・・・)


お店にお客様が入ってきたことを知らせるための鈴。

1人で経営している俺がたまたま奥に下がっている時でも聞こえる様にこういうのは必要かもしれない。

メモメモ・・・


俺はメモを取って店のカウンター席に座った。


「いらっしゃい。久しぶりだね。」


店のマスターはそう言って俺の前におしぼりとメニューを置く。

俺はおしぼりに手を伸ばして手を拭きながら「とりあえず、いつもので」といった後でメニューを開いて確認をする。

季節の限定品や新商品などが新しくメニューに追加されていたり、今まであったものが消えていたりするのでそういうのはチェックしておかなければ、ハーブやコーヒーの質が落ちたなどの理由だった場合は俺も輸入をやめなければならない。

そういったところはやはり街で経営しているお店の方が俺などよりも情報が早いのだ。


「はい。コーヒーとパウンドケーキ。」


俺がメニューを見ている間にパウンドケーキとコーヒーが運ばれてくる。

コーヒーから立ち上る湯気が温かみを眼で伝え、湯気と共に立ち上った香りが鼻孔をくすぐる。


(いい香りだ。)


このコーヒーはこのお店のスペシャルブレンドで残念ながら配合率が判らないので俺には作ることのできない逸品だ。

以前にこっそり聞いたのだが、使っているコーヒーの種類しか教えてくれなかった。

おかげで今は配合率を自分で探している段階だ。

静かで落ち着く店内とコーヒーの香りに甘いパウンドケーキの香りが混ざって何とも言えない安心感がある。


(こんなお店をやりたくて俺は店を開いたんだよな・・・)


パウンドケーキにフォークを突き刺してケーキの一部を切り取ると口に運ぶ。

甘い香りとふわりとした触感と優しい甘みが口いっぱいに広がる。

その甘みを味わいながら、コーヒーを一口。

ほのかな苦みが口の中に染み入り、甘みと混ざり合う。

コーヒーの苦みで甘みを消すのではない。

甘みと苦みという相反する二つを交互に取ることで二つの味がより口の中に広がり、記憶に心に鮮明に刻み込まれるのだ。


(おいしい・・・)


初心を思い返して少しだけ懐かしく、そして今の自分を情けなく感じてしまう。

立地が悪かった。

そんなお客が来ない理由で自分の店が駄目だとは思っていない。

情けなくなったのは自分の腕にだ。


開店してから今日まで、自分で飲める最大分量を作りながら修行をしてきた。

そのおかげで腕を上げて開店当日よりはうまくなった自信はある。

だが、それがお店に出せるレベルなのかと問われれば難しい所だろう。

結局のところ、俺は逃げただけなのかもしれない。

お店を出したい。

喫茶店のマスターになりたいと子供の様に夢を抱き、願いを叶えた。

だが、それは店を出しただけで夢を叶えたとは言えないものなのかもしれない。


俺はそれを立地が悪いという理由で『仕方がない』と思っていた。

だけど本当は、お客を取れる腕がないことを知っていたからあんな場所に店を出したのかもしれない。

そう思うと情けなくて涙が出て来た。


「おい、大丈夫か?」


店のマスターが俺の様子を見て心配そうに声をかけてくれる。


「ああ、いえ。大丈夫です。」


俺は涙を拭いて笑って見せる。

それは見て店のマスターは「そうかい?ならいいけど・・・」といって俺の前にコーヒーのお代わりを置いていく。

いつの間にかパウンドケーキとコーヒーがなくなっていた。

喫茶店なのに料理店で食事をする様にケーキとコーヒーに舌鼓を打ってしまった。


ケーキとコーヒーを楽しむと俺はおかわりで頂いたコーヒーを口につける。

新しく来たコーヒーはまた違う味がした。

ここのスペシャルブレンドはパウンドケーキと合う作りになっているのか。

コーヒーだけを楽しむには俺には合わない気がする。

だから、いつも別のコーヒーを頼んでいたのだが・・・

まさかそのことまで覚えていてもらえたとは光栄だ。


俺はコーヒーを飲みながら店に置いてある情報誌を読み一時間ほどのんびりして帰っていった。


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