東方の宴 飾り切りって手抜き料理じゃないんですか?
ヤングドの案内で王宮で行われる宴の間に到着した。
俺は挨拶回りに行こうとした友人とその妻を振り切って宴に集まった人の海に逃げていく。
挨拶回りなんて面倒なことをしている暇はないのだ。
「全く・・・ あいつは・・・」
「楽しいお方ですわね。」
遠くの方でヤングドが頭を抱え、その姿を見て九十九姫が楽しげに笑っている。
なかなかいい夫婦の様だ。
しかたなさそうに国王夫妻は宴に集まったら来客者たちに挨拶を行う。
俺がいないので挨拶中常にヤングドは頭を下げているが、こちらを探そうとはしていないので気にせずに料理を頂くことにした。
「ほうほう・・・」
東方の料理は中央に負けず劣らず色鮮やかで見た目も美しい。
一口食べてみると口の中に素材のおいしさが口いっぱいに広がる。
東方の料理は中央では『素朴』『地味』と評されることが多い。
それは調味料を大量に使わず、調理に使う肉や魚、野菜といった食材自体が持つおいしさをそのまま味わわせるその手法にある。
確かに、中央の料理に慣れた地元民には『味が薄い品』と評価されてしまうのは仕方がないかもしれない。
東方の地は小国がたくさんあり交易であまり食材を取引しない。
なので、地産地消の考えが根強くあるために食材を加工する技術が低い。
だが、逆に加工しない新鮮な食材の調理は中央より遥かに上だ。
逆に中央は三大国家やそれに類する国家群が貿易を盛んに行うので遠くまで食材を運べる加工技術が東方よりも優れている。
だが、加工食品は素材そのものが持つ旨味をそのまま保有していない。
そのため、中央では多くの調味料を使った味の濃い料理が広がっている。
どちらの料理も一長一短。
単純に素材の味を活かすか、調味料を使って味を複雑化するかの違いがあるだけで、あとは人の好みでしかない。
(こういう料理は中央じゃ学べないんだよな・・・)
そんなことを思いながら食事を勧めていると妙な物を食べた。
いや、妙というのはおかしいな。
だってただのニンジンだもの。
そのニンジンは綺麗にお花の形に切られており、料理の乗った皿の端にひっそりと置いてあった。
「どんな味がするのだろう?」と思い口にするとニンジンそのものの味がした。
いや、これが「素材の味を生かした料理だ!」と言われればそこまでかも知れないけど、本当にただニンジンを花の形に切っておいてあるだけだよ?
どう考えても、煮ても焼いてもいないし、味付けなんて何もしてない。
(おかしい・・・)
いくら東方が『素材の味を生かした料理をする』と言っても生のニンジンを切っただけは料理とは呼べないのではないのだろうか・・・
肉を焼いて食べる時に塩やコショウをふって下味をつけるのは常識だ。
なのに、このニンジンには下味さえもついていない。
ただ切っておいただけのこのニンジン・・・
いったいどんな意図で置かれた物なのか・・・
考えその①
味付け忘れちゃった! テヘ☆ パターン。
今日の宴は俺が突然来たから開かれている。
十分に考えられる展開だ。
きっと料理長の厳しい審査をしている時間がなかったのだろう。
そう思って僕は他の皿のニンジンも食べてみることにした。
一つ、二つ、三つ、四つと口にしたが・・・
やはり、味がない。
いくら忙しくとも、五つもの料理に味がついてないのは手抜き過ぎやしないだろうか?
それとも、東方ではこれぐらい素朴な味付けが喜ばれるのだろうか?
それとも・・・
考えその②
嫌がらせパターン。
「俺はコーフィのことが嫌いだからな。不味い料理を出せ。いや、アイツのために調理させるのも面倒だから味付けはしなくていいぞ」とヤングドが指示を出している可能性がある。
そう考えると・・・
(なんだろう・・・ 目から汗が染み出て来たよ・・・)
ちょっと悲しい気持ちになりながらも料理を食べていく。
いや・・・ そんなはずはない・・・
そう思いながらも目から流れる汗は止まらなかった。
「おや? どうしたのですかな? お客人。東方の料理は口に会いませんかな?」
そう言って声をかけてきたのは真っ白な髪を生やした老紳士だった。
俺の格好を見て東方出身でないことを悟り心配そうに声をかけてくれる。
なかなか優しい御仁の様だ。顔は少し厳ついけどね。
そんな御仁に俺は料理について尋ねることにしてみた。
「ええ、実はこの料理に味が全くなくてですね・・・ 東方の料理はここまで素朴なのかと疑問を抱いていまして・・・」
俺はそう言って先程まで食べていた物と同じ物を老紳士に見せた。
「これは・・・ 飾りですな・・・」
老紳士はものすごく言い難そうな表情でそう言った。
なんとか歪めた表情を直そうと笑顔を浮かべているが、引きつってしまってとても紳士的な笑みには見えない。
「これは飾りなのですか・・・」
俺はそんな老紳士から視線を外して先程まで食べていたニンジンを見つめる。
確かに綺麗に切られてはいるが、料理の端でメインとなる食材を美しく見える様にしているだけで、それ以上の存在には見えない。
なぜ俺はそんなものを食べていたのか・・・
そう思いながらメインとなる料理を口にすると口の中に僅かな甘みと新鮮な食材の味が口に広がる。
うん。おいしい。
どうやら杞憂だったらしい。
それにしても・・・
食材をただの飾りに使わないで欲しい。
紛らわしいじゃないか。
「それにしても・・・ この花の様にニンジンを切る技術は誰に教えて貰えるのですか?」
「は・・・?」
俺はこの匠の技術を身に付けるべく、老紳士に尋ねる。
彼は「突然何を言いでしてるんだ?」という表情で俺を見るが気にしない。
「ああ・・・ そうですな・・・ 向こうで料理人が目の前で料理してくれております。そちらの方に聞けばよろしいのではないでしょうか?」
老紳士は一瞬だけ答えに迷うが周囲を見渡してから答えを見つけたのか。
その方向を指さして俺の質問に答えてくれた。
「ありがとう。」
俺は老紳士にお礼を言うとその場を後にして職人の調理を見に行った。