ヴァリス
俺の名前はヴァリス。
平民の出なので苗字はない。
ただのヴァリスだ。
俺は幼少時に親に捨てられた。
理由は魔力障害という障害児だったからだ。
魔力障害とは、潜在的な魔力量が常人よりも多い代わりに起こる現象で、強大な魔力量により肉体が圧迫されて異常が出るというものだ。
人によってさまざまな症状が出るが、俺の場合それは脳に出た。
4歳になり、普通なら言葉を話すはずの俺は魔力障害によって脳内の容量が圧迫されて言葉を話すどころか言葉を理解する知能すらなかった。
そんな俺を見て両親は俺を捨てることにしたらしい。
俺が言うのもなんだが、親のその判断は正しいものだ。
平民の子供が何かしらの障害で動けないのであれば、その子はタダの厄介者だ。
食うのにも困る生活をしているのに成長しても働けない子供を育てるのはよっぽどの覚悟と愛情がないとできないことだ。
なにせ、子供の世話で下手をすれば自分たちが死ぬかもしれないのだ。
だから、生きるために良心が俺を捨てたことに対して俺は恨んではいない。
普通なら、俺は捨てられてすぐに魔物か動物に殺されている所だろう。
だが、俺は運が良かった。
後に魔法王と呼ばれ東方の大国であるヒノモトの王となるヤングド=ヴィルターに拾われたのだ。
ヤングドは魔法の力を使って俺の魔力を抑え込み俺に人としての理性と知識を得られるだけの余地をくれたのだ。
魔力により脳が圧迫されて苦しんでいた俺が、魔法によって救われたのはある意味皮肉かも知れないが、俺はこのことを感謝している。
それから、魔法王は俺に魔法の技術を魔法で教え込むと魔力の制御法を教えてくれた。
おかげで、俺は自身の魔力を完全に制御化に置いている。
その上、魔法王が持っていた魔法技術まで使えるようになった。
高位の魔術師10人分以上の魔力を持つ俺は魔法王すら倒すことのできる力を持っているのだ。
魔法王には世話になったので、戦う気はない。
寧ろ恩返しがしたくて、魔法王の敵を殲滅し続けた。
だが、圧倒的な魔力による破壊行動がどうも行き過ぎたらしく、俺は魔法王の逆鱗に触れ魔法技術を奪われて魔力も封印されてしまった。
思い返してみれば、俺は恩返しよりも、溢れ出る魔力を発散したくて仕方がなかったのだ。
後悔はした。
だが、反省はしない。
強者と弱者が戦えば、弱者が蹂躙されるのは目に見えている。
手加減して貰おうなどというのは甘えた考えだ。
俺に逆らい、反発した弱者が悪かったのだ。
おかげで、問題児扱いだが・・・まぁいい。
魔法王の息子である万と遊んでいよう。
奴は俺ほどではないが魔力量がかなりある。
そのうち、父親である魔法王を超えるだろう。
ま、それでも俺よりは下だがな。
そんなある時、魔法王が俺と万の封印を解くと言い出した。
おまけに、俺には魔法時術の使用許可まで出すという。
条件はただ一つ。
外にいる男と戦うことだそうだ。
男はすでに五大将軍の1人である劉克と戦っているが、それに援軍として参加しろとのことだ。
その言葉の意味は分からなかったが、魔法王は「戦えば分る。お前らの奢った考えを矯正して来い」だそうだ。
言葉の意味は分からなかったが、「魔法を使って暴れられる」というこの条件に俺も万も二つ返事で引き受けた。
俺達だけでなく、王都にいる他の五大将軍たちやその部下達も来るらしく、俺に作戦のことを口煩く話してくる。
俺はそれを「わかった。わかった。」と適当に相槌を打って躱すと、戦場にいの一番に到着して作戦無視で「アクアブラスト」と叫んで魔法を発動する。
アクアブラストの魔法は超圧縮した水の弾を高速で打ち出す魔法だ。
魔力量が普段よりも多い俺のアクアブラストは通常時の2倍の威力と速度がある。
普段でさえ、兵士が使うアクアブラストの10倍以上の威力があるにもかかわらず、今回は封印から解放された直後なのでさらに威力が増している。
俺はそんなアクアブラストを百、二百と一瞬に作り上げると的に向かって放つ。
敵の近くにいた劉克がその光景に驚いていたが知ったことではない。
五大将軍の一角ならばこの程度の攻撃は自分で何とかしろ。
俺の暴走に後ろでファダルが怒声を上げて、雲郭が部下に指示を飛ばして作戦の変更を告げるが、そんなことはしなくていい。
この一撃ですべてが終わる。
劉克と戦っていて相手はこちらを見ていない。
確度的に劉克はこちらを見ることができるが、敵はこちらを見ていない。
奇襲は成功したのだ。
そんな、勝利を確信した俺だったがすぐにそれが夢幻の如く消え去った。
こちらに気づいたであろう敵が一瞬だけこちらを振り返り、攻撃を認識した瞬間だった。
強烈な風が吹き荒れ、俺のアクアブラストを掻き消した。
魔法を発動できるタイミングではなかったはず・・・
そんな思いが一瞬、頭を掠めるが今はそんなことを気にしている場合ではない。
敵の放った風によって先程まで超圧縮されていた大量の水が俺達に向かって飛んできたのだ。
反撃を受けることはなく、勝利を確信していた俺には防御も回避の余地はない。
「ファイアーウォール!」
そんな俺の横から一人の少年が飛び出して魔法を唱えた。
少年の名は御醍五条 万。
魔法王の嫡男にして俺の親友。
万のおかげで大量の水は炎により蒸発し、その姿を消した。
「なるほど、あのタイミングでの魔法の発動。・・・かなりの手練れの様だな。」
水を蒸発させた後、ファイアーウォールを解いて万はそう言って周囲に警戒を促す。
確かに、先程の奇襲に対処する判断と魔法の発動速度は脅威だ。
「だけど、それだけじゃないよね・・・?」
思わず笑みが零れてしまう。
相手はあの魔法王が「人智を超えた存在」と位置づけた存在だ。
この程度のことはしてもらわなければ、寧ろ期待外れもいい所だろう。
(でも、この魔法の前では・・・ それも無力!)
俺は自身の魔力の大半を消費して魔法を発動すると魔力は光の矢となって天空へと姿を消していった。
その光の矢の数は100を超え、その全てが尋常ならざる魔力の塊だ。
周囲にいる者達は皆、その光の矢が天に昇っていく姿をただ見つめている。
そんな中で、俺だけはこっそりと足の指先から魔力を放って敵の男に魔力を取り付ける。
封印されて魔力を蓄積したからこそ発動できる大魔法。
≪メテオストライク≫
上空にばら撒かれた魔力達は、成層圏や大気圏を突破して宇宙空間に広がると宇宙を漂う隕石を発見し、取り付くと隕石を防御魔法で包み込み、術者が指定したポイントに向かって落ちてくる。
この指定したポイントとは、ヴァリスがコーフィが上空を見つめている間につけた魔力である。
メテオストライクの魔法は、本来ならば一つ落とすのがやっとなのだが、ヴァリスは魔力を長期間蓄積することで通常時の数倍の魔力を使用することで複数発落とすことのできる量を宇宙空間に放った。
放たれた魔力は隕石を発見すると防御魔法で隕石を包み込み。
目標地点であるコーフィに向かって突き進む。
宇宙空間ではそれなりにゆっくりとした速度で進む隕石群だが、重力圏に入ると加速度的に速度を上げて突き進むことになる。
普通の隕石ならばこの時に大気との摩擦で燃え尽きて消失するが、魔力によって保護された隕石群は一切の消耗なしにその質量を保ったまま落ちてくる。
(単発魔法であるメテオストライクの上位互換ともいうべきこのメテオスコールを躱すすべはない!)
ヴァリスの予測するようにこの魔法を躱すのは困難である。
落ちてくれば最大で数十キロに影響を及ぼすほどの破壊力があり、最低でも数キロは荒野と化すだろう隕石が単発で無く複数発落ちてくるのだ。
おまけに、ターゲットマーカーをつけられたコーフィがどこに逃げようと隕石はその後を追うことになる。
そのことに、コーフィは全く気付いておらず周りの者達もヴァリスが何をしたのかを理解していない。
唯一、この状況を理解しているのは王城から戦況を窺っていた魔法王のみである。
「あの、大馬鹿者が・・・!!」
そして、その魔法王はヴァリスの行動に激怒していた。
彼らが戦っている荒野は王都から数キロの地点にあり、メテオストライクが落下すれば被害を受けるのは目に見えていた。
王都にはそれを取り囲む様に城壁があり、その城壁から魔力を放出することで王都全体を防御魔法で包み込むことは可能ではあるし、それをするために魔力を貯める装置も王宮の地下に配置している。
だが、それでも防ぎ切れるか分からないほどの魔法がメテオストライクなのだ。
そのことをヴァリスも知っているはずだが、まさか使用するとは思いもよらなかった。
魔法王は自身の考えの浅はかさに頭を抱えながらも、次の瞬間には叫んでいた。
「コーフィ! 全て撃ち落せ!!」
魔法によって増幅されたその声は空気を振動させて王都中を駆け巡り、戦場である荒野にまで伝わる。
なぜ、魔法王がその言葉を述べたのか。
ほとんどの物は分からない。
理解できたのは魔法の使用者であるヴァリスと名指しされたコーフィのみである。
(魔法王も焼きが回ったな。宇宙空間にある隕石を打ち落とすことなど誰にもできはしない。近くまで落ちて来てもこの俺の魔力により防御された隕石を打ち砕くことなどまず不可能・・・)
そんなヴァリスの考えと打って変ってコーフィは「わかった~!」と大声で返事を返すと同時にそこら辺の石ころを拾い集めて上空に投げ出した。
石にはコーフィの結界魔法がかかっておりこの世のどんな鉱物よりも固い存在へと変わる、それをコーフィが投げ出すことによってその速度は音速を遥かに超え、亜光速の光となって虚空へとその姿を消していった。
その姿を見守る周りの者達は何が起きているのかを理解しきれず、ただ状況を見守る。
魔法王が言葉を発して何かをさせていることから邪魔をすることを躊躇ったのだ。
そして、天空に消えた石ころの行方を見つめたり、仲間達と顔を見合わせたりしているとヒノモトの戦士たちはあることに気づいた。
コーフィが天空に石を投げるたびにヴァリスの顔色がどんどん悪くなっているのだ。
そして、それを目にした万がヴァリスに話しかける。
「おい、ヴァリス。大丈夫か?」
万の問いかけにヴァリスは虚ろな目でその顔を見ると何かを訴えようとして口を開けるが言葉が出なかった。
(何をどう説明すればいい・・・ 訳が分からない・・・ なぜ、宇宙空間に存在する隕石群が次々と消滅しているんだ。これではまるで・・・)
まるで、本当にコーフィが隕石を打ち落としているようだ。
その考えがヴァリスの頭を支配した。
そして、その馬鹿げた行為は今なお続いている。
ヴァリスにとってそれは不可能なことであり、コーフィの行動は理解の範疇を遥かに超えていた。
こうして、一人の少年がコーフィによってその心を折られるのだった。