劉克
俺はヒノモトの国に生まれた下級貴族の出だ。
貴族という肩書だが、東方の小国の貴族など少し金のある商人よりも貧しい肩書の様なものでしかない。
三大国家が奴隷制度を認めていないので我が国にも当然、奴隷はいない。
三大国家が戦争よりも魔の森や未開の地の開拓、魔物や魔獣の討伐などに力を入れているので戦争もない。
だが、俺の家には幸せはなかった。
俺は剣や魔法の才能が有り、頭も良いと言われていたがそんな俺でも魔物や魔獣を相手にして勝利を収めるのは難しい。
勝負は数が命といっても過言ではない。
だが、烏合の衆では意味がない。
財力も権力も低い我が家に仕える者の実力などたかが知れているし、俺如きの才能では単独で魔物や魔獣の群れに突っ込んでも死ぬのが落ちだ。
故に、武功は上げられず出世は望めない。
俺如きにできることなんて、精々狩りをして家計を助けることぐらいだった。
だが、後に『東方の魔法王』と呼ばれるヤングド=ヴィルター様がこの国に来てからすべてが一変した。
彼は師の下で新魔法技術を手に入れ、それを東方に来るまでの間に才能ある者達を集めて傭兵団を築いた。
彼が率いる傭兵団に属する魔法使いは皆、その魔法技術を使えるらしくそれまでの魔法を遥かに凌ぐ高効率で高威力の魔法の魔法を操る彼らの実力は、今までの魔法使い3人分以上だという。
ヒノモトの国の王は先見の明がある方だったのかすぐにその傭兵団の団長であるヤングド様に愛娘である九十九姫を紹介して政略結婚を行った。
それから、我が国の情勢は一変する。
ヤングド様は全ての貴族の子息を集めると魔法技術を惜しみなく提供した、才能によっては下民にすらそれを与えて兵士とし我が国の魔法技術は一瞬にして他国を抜いた。
それから、魔法技術を与えた者を武闘派と知能派に分けると武闘派は戦線に送り込みその力を世界に知らしめた。知能派は魔法技術の知識を教え込みその研究と発展をに勤しませた。
その力を恐れた他国は我が国に侵攻を開始したが、魔法王の力の前にその軍門に下った。
俺は武闘派に分けられ、他国との戦争や魔物、魔獣との戦いの中で戦功を挙げているといつの間にか武官として上位に属しており、ヤングド様に「期待している」と肩を叩かれたこともある。
その言葉を胸にさらに精進を進めた結果、俺は今ではこの国の最高武官の1人である5大将軍の一角を担う存在になった。
その頃には、すでに我が国に刃向う相手もいなくなり最近では陛下の側近として秘書のような仕事もしている。
だが、これまで戦いの中にあったためか体を動かしたくて仕方がないときがある。
そんな俺の前に1人の不埒者が現れた。
その男は陛下の友人を名乗り、陛下の師であるオールド=ヴィルターの弟子を名乗っている。
不敬罪で処罰が決まった瞬間、俺は愛刀を隠し持ちすぐさまその男の下に向かった。
その場に九十九王妃がいたことには驚いたが王妃様を退出させると俺はすぐにその不埒者と共に瞬間移動の魔法で王都の外に広がる荒野に出た。
たった1人の不埒者相手に一国の大将軍がわざわざ相手をする必要などないのだが、この時の俺はものすごく暴れたい気分だったのだ。
だが、この時の俺の判断は最善ではなかったが間違ってはいなかった。
適当な兵士ではまずこの男に勝ち目がなかっただろう。
男は俺が魔法を使うたびに腕を振るい防御魔法を展開する。
空気を圧縮した魔法なのか俺の魔法とぶつかり、弾けると強烈な突風を生み出している。
王都内でこの男と戦わなかった自分を褒めてやりたいとすら思えるほどの突風に絶望を感じそうになる。
この風の防御のおかげでこちらの攻撃は突風に吹き飛ばされて来て、寧ろ俺の方が危ない目に遭っている。
(ただ、失敗だったのはこの男に一人で挑んだことか・・・)
最低でも配下の兵士だけでも連れてくるべきだった。
いや、出来うるなら今王都にいる5大将軍の2人とその配下と陛下の近衛兵もつれてくるべきだっただろう。
さすがに陛下ご自身に出ていただくわけにはいかないが、俺1人ではこの男の防御を崩せそうにない。
だが、俺は5大将軍の一角を担う男。
実力が上の謎の来訪者相手でも逃げることは許されない。
俺は国の武威の象徴であり、陛下の盾なのだ。
たとえこの身が砕け散ろうとも応援の兵士が駆けつけるまでの時間稼ぎはしなくてはならない。
俺が時間を稼いで苦戦している事が判れば俺の配下の兵士が必ず動く。
そして、他の5大将軍も・・・
(すまない・・・ お前たちがこの男に勝つために腕の一本ぐらいは取ってやりたいが、俺には時間稼ぎぐらいしかできそうにない。)
そう思いながらも俺は何とかこの男に一撃を入れようと瞬間移動で男の周囲を飛び回りつつ攻撃を行う。
だが、男は俺の攻撃を見ることなく、まるで作業を行う様に防御魔法をぶつけてくる。
反撃してこないのは俺の瞬間移動のせいでこちらの位置が掴めないからだろう。
そんな一方的な展開でありながらその実は一進一退の攻防を繰り広げている俺の戦いについに均衡を崩す者達がやってきた。
「アクアブラスト」
その言葉に俺は少しだけ恐怖した。