修行に出かける。
「えっぐえっぐ・・・」
麒麟達が去っていってから1週間が経過していた。
あれ以来、お客様は全く来ません。
一時は魔獣である麒麟達にすら評判が広まり『大繁盛の予感?!』なんて思っておりましたが、現実はそんなに甘くなかったようです。
やはり人数分の食事を用意できなかったのが最大の原因だろう。
他にも、あれだけの人数が相手だったので接客が疎かになっていたのも原因の一端を担っていただろう。
もしくは、早く作ることばかりを考えていたために味がいつもよりも落ちていたのかもしれない。
「うう・・・ 考えれば考えるほどに悪いイメージしか出て来ない・・・」
そんなことを考えながら俺は次にこのような事態が起きた時に対応できるように食料庫の拡張を図っている。
氷室も増やして食材をできるだけ冷やして保存できるようにもしている。
だが、それでも食材の量に比べて店の消費や魔法での保存に問題が生じてしまう。
お客様が基本的に来ない店なので食材の消費はそこまで多くない。
だが、以前の事態に対応するためには多くの食材を貯め込んでおく必要がある。
この需要と供給のアンバランスさのせいで大量の在庫を常に持っておくという事態が発生する。
だが、いつ来るかもわからないお客様のために大量の在庫を抱えてもその在庫が食材である以上、保存すればするほど味は劣化する。
例え、魔法で1年間保存しても劣化が1時間程度までに抑えられたとしても食品を扱う飲食店としては気を使わずにはいられない。
「よし! もっといい保存の魔法を習得できるか相談しに行こう!」
俺は食品庫の拡張工事を終えると同時に仕入れを含めてお出かけすることにした。
目指すは俺の魔法の師匠であるオールド=ヴィルターのいる場所。
ではなく、兄弟子たちのいる場所だ。
師匠は俺に魔法を教え終ると天命を全うしてこの世を去った。
それ以降、同じ師を持つ3人の魔法使いが世に放たれた。
1人目は一番弟子で今は≪西方の賢人≫と謳われるマルド=ヴィルター
2人目は2番弟子の今では≪東方の魔法王≫と名高いヤングド=ヴィルダー
最後に3番目の弟子である俺、≪無敗の防壁≫であるコーフィ=チープだ。
俺と違って兄弟子の2人は捨て子らしい。
その2人を山に籠って修行していた師匠が育て魔法を教えた。
俺が師匠にあったのは14歳頃のことだ。
それから2年間、師匠の元で魔法を学んだのだが、師匠の死を切っ掛けに俺達3人はそこから巣立っていった。
これは師匠が死ぬ間際に残した『ワシの魔法技術を世界に広めて欲しい』という願いを叶える為であって別に仲たがいしたわけではない。
2人の異名からわかる通り、マルドは西にヤングドは東に旅立ち俺は中央でそれぞれ魔法を広めるために尽力した。
え?
2人と違ってなんで俺だけ2つ名に南方とか北方とかついてないのかって?
それは多分、俺とあの2人との魔法技術を広めた方法の違いじゃないだろうか。
2人はそれぞれの地で魔法技術を教え、その技術を使い強大な魔法を使える軍団を作ったのだ。
師匠の魔法は以前まであった魔法よりも強力なので普通に教えるだけでも強力な魔法が使える弟子ができる。
その弟子達の実力を見てそれぞれの地にある国が2人に接触してきたので2人はそれを使って今では一定の地位を築いている。
西方の賢人であるマルドは西方諸国連盟の盟主をしているらしい。
東方の魔法王であるヤングドは東方にあるヒノマルと言う国の姫と結婚して玉座につき、次々と他国を併呑して今では東方で1、2にを争う大国にまで成長させたそうだ。
2人がこうして師匠から習った魔法技術を広めながら権力を手にしている一方で俺は中央にある人界の三大国家の国王に謁見して師匠の魔法技術広めてもらえるようにお願いした。
ええ、お願いしただけでそれ以上の事はしていないので俺の名前なんて広まりませんよ。
でも、その甲斐あって三大国家は俺の名前ではなく師匠であるオールド=ヴィルターの名前を世界に広めてくれたので良しとしようと思う。
おっと、師匠自慢と兄弟子たちの自慢話が長くなってしまった。
「まぁ、そんなわけで俺は魔法の修行と買い出しを含めて長期出張に出るから店をお休みするよ。」
と言う話を以前、俺が『お店に来てください』と宣伝した人たちに伝える。
今は最後の1人であるガイに話をしていたところだ。
「ああ、そうか。」
ガイは俺の話に気のない返事を返してくる。
もう少し、俺の話を真面目に聞いてくれてもいいのではないだろうか。
君のパーティーメンバーであるロッシュ君は「あのパンケーキが食べれないなんて俺、悲しいっす!」と涙を流してさびしがってくれたというのに・・・!
「じゃ、そういうわけでしばし店を留守にするよ!」
こうして、俺は兄弟子のいる場所に向かって走っていった。
まずは東方にいるヤングドのいるヒノモトの国に行こうと思う。
こうして、コーフィが旅立った後。
俺は呆然と立ち尽くしていた。
「相変わらず、あいつのこういう関係が判らん。」
「すごいですよね。東方の魔法王に西方の賢人とお知り合いなんだなんて・・・ おまけに三大国家の国王に謁見できるだなんてどんな権力持ってるんですか? コーフィさんって・・・」
俺が呆然として思わず口からポロッと出た言葉を聞いてロイがそう言って俺に尋ねてくる。
三大国家の国王への謁見なんて最強の冒険者として名高い俺ですら簡単にはできない。
今でこそ、有名な≪無敗の防壁≫も当時は名前が広がっていないはず・・・
そんな奴が国王への謁見なんてできるとは到底思えない。
「そう言えば、10年ほど前に三大国家の近衛騎士団が演習中に事故に遭って大怪我したって話があったよな。」
「ああ、あの合同演習中に崖崩れに遭ったというやつじゃな。」
俺の思い出したような呟きにデバックが補足説明を入れる。
若い他のメンバーは知らないのかそんな事があったんだと首を傾げる。
「国王を守る近衛騎士のみの合同演習っておかしくない? 国王を守るのが仕事の彼らがそんなことするなんて思え・・・」
そこまで言い切ったところでロゼが顔を凍らせて言葉を紡ぐのをやめた。
仲間達も何かに気づいたかのように顔を青くして項垂れている。
「そういえば、三大国家の国王にアポなしで会える冒険者がいるって噂が・・・」
ルビーが思い出したかのようにそう呟く。
「俺も聞いたことがある。三大国家の国王を手紙で呼びつけて平謝りさせた冒険者がいるって・・・」
ルビーの言葉を聞いてビルゼの奴がさらに恐ろしい事を言った。
その言葉を聞いて俺も昔の記憶を思いだす。
確か、フェニックス討伐後に国王が直々に俺達に会いに来て頭を下げて労をねぎらったことがあったけど・・・
まさかな・・・
「ああ、そうだな・・・ まぁ、でも所詮は噂だからな・・・」
そう言って俺は遠い東の空を見つめる。
(ヤングド=ヴィルターさん。お会いしたことはないですがご無事で・・・!)
俺はいつの間にか青く澄みきった空に敬礼をしていた。