VS麒麟 最終手段は万能?
「「「「「ヒヒ~ン!!」」」」」
馬たちの歓声と称賛と思われる嘶きが森に響き渡る中で俺は立ち尽くしていた。
最速で最高の料理の提供と満足感を味わってもらうために最速で事をなした結果。
評価はおそらく上々。
特にクレームも問題もなく宴に等しい麒麟達総勢257頭を迎え、足りないテーブルはその辺の木を切り倒して切り株や伐採した木を加工することで何とかカバーすることができた。
257頭の麒麟に対する接客は高速で移動することでなんとかカバーすることができたと思う。
だが、やはり最後の問題は料理に関してだ。
いや、早く作るために手を抜いたとか。
手順をすっ飛ばして味がいつもより落ちているなんてことはない。
たとえいかなる状況であろうと最善、最上がお店の基本スタイルだ。
食材の保管や管理方法にも問題はない。
厳選した食材を余すところなく使い、食品管理は結界や領域の魔法を駆使して最高の状態をキープするように努力している。
俺は結界と領域の魔法を組み合わせることで結界内の物体の時間を遅くすることができる。
それくらいかというと、結界内に入れてさえしまえば1年間保存しても鮮度的には1時間放置したぐらいのレベルだ。
食材を保存する場所は地下の氷室周りなので鮮度はあまり落ちない。
では、何が問題なのか?
端的に言おう。
食材がない!!
さすがに257頭もの麒麟に料理を出し続ければうちの様な小さな喫茶店では対応しきれない。
そもそもお客様なんてめったに来ないのでそこまで食材を多く仕入れていない。
足りない食材は店の周りの果実や野菜、麒麟達がお代替わりに持ってきた魔獣の山を先に代金としていただいてそれを加工して出していたのだが、それももうない。
いや、麒麟達の持ってきたお代替わりの魔獣の山はあるのだが食材として使えるものがない。
無理にその肉を代金としていただいて出せば料理の質は間違いなく落ちる。
(料理の品質を落としてでもお客様へ品を出すべきなのか? それとも、お客様に出せる品がないことを素直に言って謝るのか?!)
どちらにしても、お店のイメージダウンは免れない。
俺に天才的な料理の知恵と熟練の経験があればなんとかできたのかもしれないが、残念ながら俺は冒険者時代に料理を趣味でしていたぐらいの浅い経験しかない。
無論、店を作る前に料理の基礎はしっかりとプロに習った。
国に仕える一流シェフの下で3か月だけだが修行の日々を送った。
だが、習ったのは基礎だけで応用は全くできない。
未だに日々料理の研究に勤しんでいる。
(ぐおおお! やはり、俺の様な半人前が店を持つのは早かったのか・・・!)
俺は頭を抱え込んでしまいそうになりながらも、店にある最後の食材を使った料理を完成させた。
そして、完成と同時にその料理を運び終えると麒麟の長の元へと足を延ばした。
「失礼します。少しよろしいでしょうか?」
「・・・?」
俺はできるだけ平静を装って話しかける。
麒麟の長は呼びかけられると不思議そうにこちらに目を向けてきた。
その瞳には次の料理への期待が宿っているのかキラキラと輝いているように見える。
(ああ、やめてください。そんな目で見られてももう食材が・・・)
俺は罪悪感に苛まれその眼から視線を逸らしそうになるが、グッと我慢した。
そして、間髪入れずに頭を下げて謝罪する。
「申し訳ありません。実は食材の方がなくなってしまい、もう料理はお出しできません。」
言葉は通じていないだろうが『誠心誠意、心を籠めれば通じるはずだ!』という精神論で謝罪の言葉を述べる。
「ブルルル・・・ (今度のは残像じゃないのか・・・)」
「ブルルル (そのようです。)」
おおう、気のせいかも知れないが不機嫌に鳴いておられる様な気がする。
やはり、料理が出せないのは問題だよな。
相手は物々交換とはいえまだ『お金がある』状態だからな。
相手がクレーマーなら「金は払うのだから料理を出したまえ!」と怒鳴っても不思議ではない状況だ。
そんな状況でも、声を大にしないところはさすがは麒麟、大人な対応をしてくれているようだ。
「誠に申し訳ありません。これ以上は私の力ではどうにもできないのです!お代の方はすでにいくらかいただいておりますが残りは結構ですので今回はなにとぞ!ご勘弁願えませんでしょうか!」
先程よりも深く頭を下げてなんとかお願いを試みる。
「ブルルル (ううむ。この気配ただならぬ雰囲気・・・ しかし、残念ながら何を言っているのか分からない。)」
「ブルルル (さすがに食事を用意していて疲れたのでは? あれだけ動き回っていましたからね。)」
「ブルルル (なるほど。休息が欲しいということか。)」
(ならば、こちらは持て成される側だが本来は謝罪のために気にきている。気を配れなくて申し訳ない。私の飲みかけだがこれでもどうぞ。)
シュルツはそう思って頭を下げコーフィの背中を角で軽く叩き、頭を上げる様に促した後、コーフィが頭を上げるのを確認した後で自分が先程まで飲んでいたコーヒーを変えれの前に差し出した。
(うう・・・ こんな不甲斐無い店長である俺にコーヒーを飲んでゆっくりしろだなんて・・・
なんていい麒麟なんだ・・・)
コーフィは思わず目頭が熱くなり涙を拭うとコーヒーに口をつける。
コーヒーは少し覚めていたがホッとする味がした。
「申し訳ない。店長として今度来られた時はこのようなことが無い様に努力します。」
「ブルルル (気が利かずに申し訳ない。このような事態を想定していなかったので対処ができなかったんのです。)」
(何を言っているのか全く分からなかったが、きっと俺のことを慰めてくれてるんだろうな・・・)
コーフィはしくしくと涙を流しながら自分の不甲斐無さに涙した。
「ブルルル (まぁ、お顔が汚れてますよ。)」
そう思いシュルツの位置とコーフィを挟んで真逆にいる一頭の麒麟がコーフィの涙を拭う様にコーフィの顔を舐めた。
ペロペロ
(うう・・・ これは慰められているのだろうか・・・ お客様に慰められるなんて店長失格だよ。)
「ううう・・・」
コーフィはさらに涙を流し、手でそれを拭う。
先程コーフィの顔を舐めていた麒麟はその行動に驚いて顔を離した。
「ブルルル! (こら! 舐めるだなんて失礼だろう!嫌がっているじゃないか!)」
そんな雌の麒麟にシュルツが少し怒りを込めて怒鳴る。
「ブルルル・・・ (申し訳ありません。良かれと思ってつい・・・)」
「ブルルル! (申し訳ありません。こいつにはよく言っておきますのでなにとぞお許しを!)」
シュルツは仲間の無礼を詫びようと必死になって話しかけるが、そこにコーフィの姿はなかった。
(怒ってどこかに行ってしまったのか?!)
シュルツは早速気配を調べて場所を探す。
だが、コーフィは意外と近くにいた。
というよりも、先程と同じ間場所にて地面に頭をつけて丸まっていた。
「こんな不甲斐無い俺なんかに気を遣わせて申し訳ありません!」
コーフィは自分の不甲斐無さを受け入れてくれる麒麟の優しさに感動し、その思いから思わず土下座をしていた。
(東方出身の兄弟子が教えてくれた。この土下座という姿勢はお詫びをする姿勢の中で最上位で、これでも許されない場合は腹切りしか許されないらしい。)
俺は切腹という行為を受け入れる覚悟で頭を下げて丸くなる。
「ブルルル! (こ、この構えは・・!)」
麒麟の長、シュルツはコーフィの構えに戦慄した。
この構えは獅子でいう虎伏の状態であり、虎が獲物を前にしたときに取る体勢として麒麟には認知されている。
(ぐうう・・・ 部下の失敗でこの方の怒りを買ってしまった・・・ 我らは全滅するしかないのか・・・)
麒麟の長シュルツは死を覚悟してその場から一歩後ずさる。
周囲の麒麟達は食事をやめて二人の様子を窺っていた。
というよりも、食事が食べ終わったのに次の料理が出て来ないのでどうなっているのか気になっていた。
その間にもシュルツは考えを巡らせる。
ここで先に手を出せば修復しかけた関係は一気に崩壊へと向かう。
群れの長として、何とかこの事態を収拾したいと思っていた。
だが、考えを巡らせても事態は好転しそうにない。
なにせ、相手はすでに臨戦態勢に入っているのだ。
ここはもはや、仲間を逃がして自分だけ戦うか全滅承知で皆で戦うかの二択しかない。
(やるしかないのか・・・)
そう思いコーフィを見つめるシュルツ。
「ブルルル (一体何の構えなのでしょうか?)」
すぐそばにいて先程コーフィの顔を舐めて麒麟がそう言ってコーフィを不思議そうに覗き込むと角の先でコーフィの体を揺すっている。
この無警戒の行動にシュルツは一瞬驚いた。
だが、シュルツは仲間の子の行動によってコーフィの構えの不可解さに気づいた。
手足は小さく丸められとてもこれから戦う姿勢には見えない上に、顔を下に向けてしまっている。
これでは、相手がどこにいるのか正確に把握できず威嚇もできない。
そんな奇妙な体勢をこの歴戦の勇と思わしき生物がとるだろうか・・・
「ブルルル・・・ (これは・・・ まさか・・・)」
シュルツはコーフィの真意に気づいた気がした。
手足を完全に丸め地に伏し、顔を上げないこの姿勢は『手は出さない。追わない。目を瞑る』の意があると、それは『交戦はしない。今回のことは見なかったことにしてやる。負わないから今すぐ立ち去れ。』の意味ではないかと・・・
「ヒヒ~ン! (皆もの! 帰るぞ!)」
「「「「「・・・・ヒヒ~ン! (了解!!)」」」」」
シュルツのこの号令に雌の麒麟達は少し間をおいてから答えると麒麟の群れはコーフィの店から帰っていった。
大量の魔獣の死体という献上品を残して・・・
麒麟達が去って行く気配を感じた俺はそのままの体勢で少し待つことにした。
気配である程度遠ざかったのを認識してから顔を上げた俺は何がどうなったのか分からなかったが、とりあえず後始末に入ることにした。