VS 麒麟 人生には時に諦めねばならない時がある
麒麟がうちの店にやってきた。
どうやってうちの店の話を聴きつけたのかはわかっていないがそんなことはどうでもいい。
お金がないので代金として魔獣の死体が山のように積まれたのには驚いたが、それよりも驚いたのはメニューを出すとしっかり角で地面に文字を書いて注文してきたところだ。
オーダーを受けて早速、料理に取り掛かろうとしたのだが・・・
おそらくは量を表す為の数字も書かれていたが、その数がなぜか3800だった。
オーダーは『オーナーの気まぐれサンドウィッチ』というその時の在庫状況と気分しだいのサンドウィッチなのだが、さすがに3800も作れないので交渉を試みる。
「3800はさすがに無理なんですよ。」
まずは普通に言ってみた。
「ブルルル (何を言っているのか分からないので、お任せします。)」
お返事は鳴き声だけ・・・
怒っているのでしょうか?
「金ならあるんだ!さっさと出せ!」ということだろうか?
いや、そんな感じじゃない。
威嚇や怒りの感情は目と鳴き声の感じからして違う。
そう、多分こんな感じだろう。
「そうか。なら、用意できるだけでかまわない。」
と、紳士的な態度で答えてくれたのだろう。
なんてったって相手は古龍種に属する麒麟の長だ。
きっと、紳士的な態度をとってくれているはずだと思い俺は「かしこまりました。少々お待ち下さい」と言って引き下がる。
うちの店は一応、喫茶店だし、来てくれるお客様はきっとジェントルマン精神の塊のような人ばかりのはずだ。
(は! まさか、店から溢れ出るジェントルマン精神がこの麒麟達を呼んだのだろうか・・・?!)
これもきっと、俺が今まで一生懸命に店を続けてきたからだろう。
遂にお店からあふれ出すジェントルマン精神が魔獣達の心に届いたのだ。
「ふふふ・・・」
俺は思わず笑みを浮かべながら店の中へとひっこんんだ。
「ブルルル (族長! あの人、なんだか笑いながら入っていきましたよ! 私達なにか騙されているんじゃ?!)」
「ブルルル (落ち着け。あの笑みは悪巧みではなく、なにか勘違いしての笑いだと私は見た。)」
「ブルルル (そうでしょうか・・・)」
「ブルルル (ああ、なんだかそんな気がするんだ。 それよりもお前たちも何か頼むと言い。)」
「ブルルル (はい。)」
料理をっている最中、店の中から窓の外を見ると麒麟達が何か話す様に鳴いている。
いったい何を話しているのだろうか。
(は?! まさか、遅いというクレームだろうか?!)
俺は全力でサンドウィッチを作り上げると麒麟達の元に運ぶことにした。
「お待たせしました。サンドウィッチ100人前でございます。」
「ブルルル?! (はや?!)」
「ブルルル (いつの間には背後に?!)」
俺はなぜか数匹の麒麟に急に振り返られると何かを言われた気がした。
だが、何を言われたのかはわからない。
こういう時はにっこり笑って対処しつつ料理をテーブルの上に置いていく。
(何だこの笑みは・・・ 妙に迫力がある・・・)
麒麟の長、シュルツはコーフィの笑みに奇妙な迫力と儚さを感じ取り身構える。
「ブルルル! (族長! い、いつの間にか木の台の上に料理が!!)」
「ヒヒ~ン!! (なに?! では、先程の笑みは残像だったのか・・・!)」
シュルツは残像に対して身構えていたことに驚き盛大に吠えた。
それを遠く店の中から見ていたコーフィは・・・
(あれ? なんでか嘶いてる・・・)
まさかとは思うけど料理に不満があるのだろうか・・・
一応味見はしているけど、麒麟と人では感覚が違う。
もしかしたら、味覚が全く違い口に合わなかったのだろうか・・・
(少し気になるけど・・・ 今はそれよりもこれが問題だ・・・)
現在、俺の頭を悩ませているのはこの注文 『エスプレッソ』 だ。
おっと、別に豆ばないとか味に自信がないとかじゃないんだよ?
問題なのはコーヒーそのものではなくカップ。
さすがに、麒麟に対して「コーヒーカップでコーヒーを出すのはどうだろうか?」と思っているのだ。
どう考えてもコーヒーカップの取っ手部分は持てそうにないし、麒麟が飲むとすればそのまま口を突っ込むだろう。
そうすると口の小さいコーヒーカップではどう考えても飲みズライ。
だからと言って底の深めのお皿で出すにはコーヒー1杯の基準量に比べてお皿の方が大きすぎてなんだか量の少ないスープみたいだ。
(く・・・ こんなことなら、底が深く量がある様に見えるお皿を購入しとくんだった・・・)
昔、そういうお皿に騙されてスープを飲んで量の少なさにガッカリしたことを思い出して購入していなかったのがこんなところで裏目に出るとは予想だにしなかった。
(でも、悩んでいる間にもコーヒーは出来上がってしまう・・・)
今は蒸らしの段階なのであと少しで完成する。
完成したコーヒーはやはり出来立てを出したい。
なので、結論を急がねばならない。
(おっと、サンドイッチも持っていかなければ!!)
俺は追加でできたサンドイッチを早速麒麟に持っていくとすぐさま店に戻って仕方なく底の深いお皿を取出し赤字覚悟で皿一杯分のコーヒーを注ぐと持っていった。
コーヒーに関してはサンドイッチと違って一気に作って持っていくことができないので一杯ずつ入れて持っていく。
(出来るだけ、愛想よく笑顔でお客様の前に!)
そんなコーフィの考えとは別に麒麟達は戦慄していた。
「お待たせいたしました。こちらエスプレッソになります。」
コーフィがそう言って丁寧にお皿をテーブルに置いてまた店内に消えて行った。
だが、その速度は麒麟の近く速度を超えていたためにシュルツにはコーフィの姿も声もはっきりとは届かなかった。
「ブル・・・ (ん? 空耳か? 今誰かに話しかけられたような・・・)」
「!! (見て! いつの間にか黒い水が台の上に・・・!)」
「ブルルル?! (なに?! まさか、先程のはあの人間の声だったのか! 姿が見えなかったので分からなかった!)」
シュルツは部下の言葉に驚きつつも周りを見渡せば、いつの間にかテーブルの上には様々な料理が並んでいた。
周りの者達が興味本位で色々と注文していたのだ。
「ヒヒ~ン! (た、大変だ!族長!周りを見てくれ!)」
「ブルルル?! (な、何事だ?!)」
またしても部下の言葉に驚いたシュルツは周囲を見渡す。
そして、そこには信じられないものがあった。
「お待たせしました。こちら・・・」「お待たせしました。こちら・・・」「お待たせしました。こちら・・・」「お待たせしました。こちら・・・」
そこには、大量の同じ顔をした人間が同じ言葉を繰り返していた。
無論。この場にいる人間はコーフィただ一人であり、コーフィに分身術やゴーレムの生成などができるわけではない。
これらは全てコーフィが生み出した幻想であり、声は音速を超えて発しているためにコーフィがその場からいなくなった後に遅れて出ているだけなのだ。
(あ、ありえん・・・)
シュルツは現状の異常さに頭を悩ませつつ差し出されたコーヒーに口をつけた。
「ヒヒ~ン! (うま~い!)」
そして、シュルツ達はやがてその異常な光景を無視して食事に没頭するのだった。
「ヒヒ~ン! (おかわり!)」「ヒヒ~ン! (おかわり!)」「ヒヒ~ン! (おかわり!)」「ヒヒ~ン! (おかわり!)」「ヒヒ~ン! (おかわり!)」
こうして、麒麟達の鳴き声が魔の森に木霊するのだった。