VS麒麟
ガイ達を送り、街で一日過ごして帰ってくるとなぜか麒麟の群れが店の近くを縄張りにしていた。
街から連れてきた昔の仲間達とそのパーティは麒麟を見て一目散に逃げて行った。
だが、これ自体は別に悪い事じゃない。
これだけの麒麟を相手にしては、足手纏いの面倒までは見きれない。
なので、彼らの選択は正しい。
『死ぬぐらいならカッコつけずに逃げろ』という冒険者時代の俺の教えをよく覚えていると感心したほどだ。
さて、残った問題は麒麟の群れだ。
ただでさえ人が来ない場所なのに麒麟の群れが居ては余計にお客様が近づけなくなってしまう。
そう思った俺は麒麟の群れのボスに一歩近づく。
そんな俺の動きを見てか周りの麒麟は皆、どこか遠くを見つめた。
何をしているのかわからなかったが、俺はもう何歩か麒麟に近づく。
「ヒヒィィィイン!」
すると、俺が近づいたために麒麟は警戒したのか嘶きを上げる。
だが、以前のように雷は降ってこない。
どうやらこれは戦う為ではなく、何かを呼んでいるようだ。
それとも、俺に「近づくな」という警告だろうか。
よくわからないが、俺はその場に留まることにした。
すると、群れのボスかと思われた麒麟は俺から離れて後ろに下がる。
周りにいた麒麟たちもその動きに合わせて俺を囲む様に周囲に移動してきた。
(なんだろう。戦闘になるのかな?)
こちらとしても、そうなる可能性を考慮しているがどうもそんな感じじゃない。
そもそも、本当に戦う気ならば先程の嘶き時に電撃を放ってきているはずだ。
それをしなかったということは、彼らには戦う意思はなさそうに感じる。
そう思いしばらく様子を窺っていると、木の陰から何かがやってきた。
ゆっくりと空を歩いてやってきたのは先程、群れのボスかと思われた麒麟よりもさらに大きな麒麟だった。
どうやら彼が本物のボスらしい。
麒麟のボスは俺の前に降り立つと横を向き座り込んだ。
話し合いで解決しようということだろうか?
だが、話し合うのならば相手は正面を向いたまま座るはずだ。
(横向きってことは・・・)
俺は恐る恐る麒麟に近づくとその背中にまたがった。
うん。竜族だからか鱗が硬く座り心地はあまりよくない。
だが、ドッシリとした安定感と安心感がある背中だ。
麒麟は俺が背中に乗ると立ち上がり、また空を歩いて移動する。
走らないのは俺への配慮だろう。
手綱も鞍もないので俺は背中に座り込んでいるだけなのだ。
走られたら振り落とされてしまう。
その辺を理解してくれている当たりやはり古龍種の知能はかなり高いのだろう。
一説によると人間の言葉を理解した変わり者もいるとかいないとか・・・
いや、いるな。
昔あったことある。
今思えばいい思い出だが、当時は怖かったなぁ・・・
俺がそんな昔の思い出に浸っている間に麒麟は目的地に到達したのか地面に降り立った。
辺りを窺うと俺のよく知る場所の近くだった。
なにせ店への帰り道なのだ。
周囲には麒麟の群れが見える。
なるほど、彼らはどうやら俺に会いに来たらしい。
だが、俺の張った結界のせいで店に近づけずにいたので、結界の外側を囲い込んで待っていたと・・・
(目的はなんだろう?)
待っていたのは分かったが、その理由がわからない。
戦う気がないのでこの前の仕返しとは考えにくい。
なのに、俺に会いに来た?
「ブルルル」
麒麟は俺の思考を遮って話しかける様にこちらを振り返って何かを語りかける様にまた鳴いた。
「ああ、家まで送ってくれるのかい。」
俺は彼の意志を汲み取る形で結界の一部を解除した。
結界の一部が解除されると麒麟はまた歩み始める。
周囲にいた麒麟たちはそれに続いてやってくるのだが、なぜか背中には大量の魔獣の死体が・・・
(まさか、俺も食材使いですか?)
俺は少し不安を感じながら後ろから突如襲われないか警戒する。
だが、そんな俺の警戒は意味をなさず。
あっさりと我が家兼仕事場であるお店に到着。
「ブルルル」
麒麟は店の前でまた座り込むと「降りろ」とでも言いたげに鳴いた。
俺はよくわからないまま背中から降りると今度は店の前に麒麟たちが大量に魔獣の死体を置いていく。
置かれた魔獣の死体の中には魔の森で200km先の人間が到達した中で最奥クラスにしかいない魔獣も混ざっている。
「ブルルル」
ボス麒麟は俺で立ち上がると顎で魔獣の死体でできた山の方を指して鳴く。
(なんだろう・・・ 受け取れってことかな・・・?)
コーフィ=チープにとってこの麒麟の行動は理解の範疇の外にあった。
彼には麒麟から物を貰う必要性もその理由も見当たらなかったからだ。
だが、麒麟側の考えは違う。
麒麟達からしてコーフィは魔の森という自分達の住処に侵入してきた敵、だった。
だからこそ、最初に麒麟のボスは若い麒麟の中から力のある者にその調査を任せたのだ。
だが、その戦いで麒麟達は知ることになる。
コーフィが自分達を遥かに凌ぐ化け物だということを・・・
もしこれが、普通の冒険者であれば麒麟達にとって問題はなかった。
彼らは自分たちの住処を荒らす山賊に似た存在だが、その力は麒麟たちよりも弱い。
コーフィがどれだけ強くとも、長期的に森に滞在しない彼の存在は山賊というよりは一種の災害に近いものでしかない。
来た時に逃げればいい。
コーフィが冒険者ならばそれでもよかった。
だが、今の彼は違う。
自分たちの縄張りに入り込み住み着いている。
無論、コーフィの住んでいる場所は麒麟の縄張りの外ではある。
だが、同じ魔の森という環境にあり住処が近いのだ。
現代でいえば、それはいつ暴発するかわからない核施設がご近所にできるのとそう変わらない。
いつ暴発して襲って来るのか分からない対処不可能な自然災害クラスの存在が近くに住みつき。
さらには、そこに喧嘩を売ってしまった自分達。
麒麟たちにとってこの魔獣達の死体でできた山は彼らの精一杯の誠意なのだ。
もし、これを受け取ってもらえなければ彼らは縄張りを移動するか。
コーフィに殲滅させられるかの二択だ。
そして、縄張りの移動も麒麟達にとっては命がけで行われる生存競争だ。
移住には全滅の危険性が付きまとっている。
なので彼らは後がない。
コーフィは気づいていないが、ここにいる麒麟達の大半は若い雌であり、場合によってはコーフィに差し出されることになる。
権力者や力ある者に生贄を差し出すのは魔獣も人間もかわらないのだ。
だが、そんな必死の麒麟達の謝罪を余所にコーフィは答えを出した。
(ま、まさか・・・!)
コーフィは自分の背後を見つめる。
そして、振り返って死体の山を見る。
元冒険者であるコーフィにとっては宝の山に見える。
それは金貨を大量に積まれているに等しい。
そして、その背後に映る自分のお店。
目の前の宝の山に大勢の麒麟達。
(こ、これはまさか・・・!)
そう、彼は盛大に勘違いした。
「いらっしゃいませ!」
大勢の麒麟達をお客様と勘違いしたコーフィは身嗜みを正してとてもいい笑顔でお客様達を出迎えたのだった。