《無敗の防壁》 世間の評価
俺は居酒屋カール亭で働く従業員のイデックというものだ。
今日は人が少なくて少し暇だ。
「店長。今日は暇ですね。」
「ああ、なんでもガイさんが帰ってきてるらしくてな。冒険者たちはガイ達が贔屓にしている店に行って事情を聴いているよ。」
「え?! ガイさんがですか?! この街から非難した方がいいですかね?」
「さぁ、それはどうだろうな・・・ 正確な情報が出るまでは何もしない方がいいだろう。」
店長はそう言ってお客につまみとお酒を用意していた。
全くあのガイさんが予定よりも早く帰って来たっていうのに呑気なものだ。
魔の森の様に長期的に探索に出る場合。
冒険者はどのような予定で探索に出るかをギルドに連絡する。
そうしなければ、この街から旅だったのか探索中なのか分からないからだ。
普通なら冒険者の探索の予定は口外されないが、人の口にとはつけられない物で冒険者として名の知れた人物の探索予定は皆に知られていることがある。
というよりはギルドが漏らしている。
それも探索の予定日数だけでなく、探索前に購入した物も分かっている範囲で公開される。
理由は二つ。
一つは、魔の森の攻略組の出立予定を知ることによってどのような準備やどういう日数計算で進めばいいか下の者達にわかりやすくするためだ。
そうすることで、下位のグループが無理なく自分達のペースを知ることができる。
「あのメンバーでもこの速度で行軍するんだから俺達はもっと遅くていい」とか
「こういうのがあった方が探索に便利だ」とかの情報は若い冒険者を育てる上で重要な知識となる。
他にも別の街から来た冒険者にとっては「魔の森はこういう風に探索するのか」という情報にもなる。
同じ魔の森でも、場所によって出てくる魔獣や地形が違うので探索の危険度や必要とされる物は違ってくるらしい。
二つ目の理由は、危機をより早く察知するためだ。
優秀で強大な力を持つ冒険者が予定日数よりも早く帰ってくる。
もしくは、予定日数が経っても帰ってこない。
という状況になるのは異常事態と言える。
現に、今まで何度かこういう事態になった時は魔の森で異変が起き、後に『災厄』と呼ばれることになる事態が起こっている。
それは異常気象だったり、魔獣の異常発生だったりと様々だが一番可能性が高いのは魔獣の移動だ。
基本的に魔獣は自分たちの縄張りからは出て来ない。
だが、それは絶対ではない。
九頭龍や麒麟と言った魔の森の奥深くにしか存在しない様な怪物級の化け物が今まで幾度となく出現しては街を壊滅させている。
その度に国は騎士団や冒険者を募って退治している。
だが、もし今回の話が本当ならばこの街はやばいかもしれない。
なんたってあのガイさんが逃げ出してきたかもしれない相手なのだ。
ガイ=ドラグーン
彼の伝説のパーティである《散歩に行こう》の中心人物で実力的には冒険者の中で最強と目されている人物だ。
一目だけ見たことあるが巨大な剣を持ったかなり見た目の怖い人物だ。
だが、確かに「最強」という言葉の似合うお人だった。
そんな人が早めに帰ってくるってことはそれほどの強敵がいるってことだろう。
ガイさんは伝説のパーティ時代。
六人のパーティの中にサポーターとガードナーを1人ずつ連れた状態だったらしい。
つまり、実質の戦闘要員は四人。
それでも、攻略組の中でも最奥まで行っていたし、数々の武勇伝を残している。
そんなすごい人が探索予定を早めたってことは何かあったってことだ。
なのに、なぜか店長は落ち着いていた。
よく見ると店長は目の前でベロンベロンによっているお客と何か会話をしている。
見たこともない顔の男でしかも喫茶店の店主的な格好をしている。
そう言えばさっき入ってきていたな。
まだそこまで夜更けでもないのに店を閉めて飲みに来たのだろうか・・・
大丈夫かあの店主は?
そんな不安がよぎるが今はそんなことよりもガイさんの話が気になる。
「そういえば、ガイさんが早く帰って来たらしいけど何か知ってる?」
店長はそう言って喫茶店の店主的なお客に尋ねる。
「ああ、麒麟に襲われたらしくてね。戦いで傷ついたから装備の点検のために街に帰りたいっていうから送り届けたんだよ。」
「へ~。そうなのかい。で、麒麟は森から出てきそうかい?」
「追い払ったから大丈夫だよ~。」
カール店長はそう言って相槌を打つが、その話は信じて大丈夫なのかい?
だって最後の言葉が「送り届けた」だよ?
ただの喫茶店の店長如きがまるでガイさんを安全な街まで送ったみたいな言い方じゃないか。
しかも、「麒麟を追い払った」だと?!
そこは正確に「ガイさんが追い払ってくれた」って言えよ!
なんで自分が追い払ったみたいないい方してるんだよ!
まぁ、見た感じ飲み過ぎているようだししょうがないか。
そう思い俺はお客の傍にある注文票を見る。
そこには『エール一杯』とだけ書かれていた。
(酒よわ!!)
どう見ても俺より年上の男なのにエール一杯で酔ってるよ!
確か店に入ってきた時は素面だったはずだぞ!
よく見ればエールのお酒はコップ注がれており、半分ほど残っている。
半分も飲んでね~のかよ!
しかも、なんで店長はこの客に試作品の焼き鳥を出してるんだ?!
「店長!店長!」
「ん? どうした?」
俺は店長を小声で呼んで話をすることにした。
「店長。試作品をお客に出していいんですか?」
「ああ、いいのさ。あの人は昔から味にうるさいからね。あの人から文句が出なければ店に出しても大丈夫だろう。」
店長は自信満々にそう言って「味の感想でも聞いてみるかな?!」とお客に味の感想を聞きに行こうとする。
「待って待って店長! あの人もうベロンベロンじゃないか! 聞いても適当なことしか返ってこないよ! さっきも麒麟を追い払っただの。ガイさんを送って来ただのとでまかせばっかりだぜ?!」
「おいおい、確かにコーフィ君はお酒に弱いが受け答えは普通にしてるさ。さっきの話もデマじゃないだろう。なんたって彼はあの《散歩に行こう》のメンバーで《無敗の防壁》と呼ばれた男なんだからな!」
店長はそう言ってコーフィという男に味の感想を尋ねに向かった。
《無敗の防壁》
防御力が高いだけの壁。その防御を抜いた者はいないらしい。
伝説のパーティ《散歩に行こう》の寄生虫だという噂。
いくつかの国がその存在をやっかんでいる。
恐らく、緊急時にこのパーティを招集するとついてくるため。
討伐任務時にガードナーは役立たずなのだ。
ううん・・・
俺の知る限るそんなにすごい人には見えない。
寧ろ、ガイさんや他のメンバーはその寄生虫に嫌気が差したから解散したんじゃないのか?
そんなことを思いながら俺は仕事をこなす。
「邪魔するぜ!」
そう言って扉を開けて入ってきたのは先程まで噂に上がっていたガイ=ドラグーンだ。
「いらっしゃいませ~!!」
俺は元気よく挨拶して彼を迎える。
まさか、またこの方を見ることになるとは・・・
その出で立ちはまさに『最強』の二文字が似合う誰もが憧れる冒険者だ。
「お! やっぱりここにいたな! そして、相変わらず酒に弱いな~・・・ 店主! 支払いは俺が持つよ。こいつは引き取ってくぜ!」
ガイさんはそう言って店長に勘定を払うとベロンベロンに酔った《無敗の防壁》をひょいと持ち上げる。
「毎度あり。それにしても、いつも大変だね~。」
「ハハハ! あいつらがいないからな。 こうなったこいつの面倒は俺が見ないとな! 悪い奴に連れ去られちまうぜ! ガハハハハ!」
ガイさんはそう言って笑うと飲みかけのエールを煽り、昔の仲間を連れ去っていった。
(《無敗の防壁》ってお荷物なのに甘やかされてるなぁ~・・・)
俺はガイさんに連れて行かれる元伝説のパーティの一員を見ながらそう思った。
「そういえば店長。なんでジョッキじゃなくてコップでエールを出したんですか?」
「だって飲みきれないだろう。コーフィ君。昔からお酒に弱かったからね~・・・」
「ああ、なるほど。」
俺は素直に納得して仕事に戻っていった。