この店には・・・
「お前の店にはもう行けないかもな・・・」
俺の古き友人、ガイ=ドラグーンはそう言って仲間達と共に俺の前から去っていた。
その言葉に、俺は何をどう質問すればいいのかわからず、ガイ達に声をかけることができなかった。
麒麟に襲われた後、彼らだけで街に帰るのが難しいと判断した俺は護衛を兼ねて街へとやってきていた。
そして、街の中で彼らと別れる最中でガイはそう言って立ち去って行った。
俺の手元には護衛としての代金だけが残った。
俺はしばらくその場で立ち尽くしていたが、手にしたお金を握り締めると酒場へと向かった。
俺の店から街に来るには150km以上の距離を移動しなければならない。
そのため、今から急いで店に帰る必要性はない。
なにせ普通の冒険者ならば魔の森を時速3kmで進んでも50時間以上はかかるのだ。
戦闘や寝食を行えばもっとかかるだろう。
まぁ、帰ってくる時は俺が先導していたから時速20kmほどで、約8時間ほどで帰ってきたのだが・・・
そんなのは常軌を逸した移動速度だ。
そんな俺だからこそ店と街を好きに移動できるが、他の人はそうはいかない。
何より、今回の件で分かったのは俺の店を出している魔の森周辺の魔獣の強さだ。
他の場所に住む魔獣よりも数が多く強いのだ。
冒険者がやってこないので数が多いのは仕方ないにしても強いのはなぜだろうか・・・
俺の店の近くには小さいが湖がある。
その湖から何かが出ているのだろうか・・・
いや、もしかしたら他に理由があるのかもしれない。
今度調査を行った方がいいのかもしれない。
そんなことを考えながら歩くコーフィ=チープだったが、その理由は実は彼自身にあった。
コーフィの実力は龍種を単独で仕留めるほどに飛びぬけている。
その圧倒的な力を本能的に感じ取った周辺の魔獣たちが危機意識を持って成長を始めたのだった。
本来は魔の森の奥に住む魔獣が縄張りを追われてやって来た時に浅い場所の魔獣達が縄張りを奪われまいとすることで起こるこの現象をコーフィは知らず知らずのうちに起こしてしまっていた。
冒険者や狩人の様に常に移動する存在なら彼らも成長することはなかっただろうが、彼はすでに魔の森に棲んで縄張りを形成していた。
そして、今回の麒麟の登場も実は彼がかかわっている。
魔の森は森の中央部が最も魔力が濃く、動植物の成長が早い故に食料が豊富だ。
それ故、強い魔獣は森の奥に縄張りを作ると動かない。
縄張りから抜けるのは縄張り争いに負けた時か、数が多すぎる故に追い出された時や群れから逸れた時、または今回の麒麟の様に調査目的かのいずれかだ。
今回、麒麟がやってきたのは新しく森に居ついた新参者の実力を見るためだ。
本来ならばそんな必要はない。
なぜならば、新しく入ってきた新参者は縄張りに居座ると縄張りの主と戦闘になるからだ。
そして、戦うことによって魔力や力の余波によってその実力がある程度分かるのだ。
そうすることで、魔の森の一定範囲内の魔獣達は周囲の者達の実力を把握している。
だが、コーフィ=チープにはその戦闘が全くなかった。
絶対的防御力を誇るその魔法はあらゆる外敵から身を守ることすらしなかったからだ。
なぜならば『人払いの結界』によって出会うことすらできないからだ。
宣伝時にゾルディア達とあった時にフォレストビッグフットの攻撃を防いでいたが、あれは攻撃が落ちてくるまでゾルディア達に気を取られていたからだ。
そうでなければフォレストビッグフットはコーフィを見つけることはできなかっただろう。
だからこそ、さらに深部に住む麒麟が動いたのだ。
麒麟は古龍種に属する故に頭がよく危機察知能力や情報収集能力が高い。
なので、コーフィ=チープという異分子にいち早く気づき対処したのだ。
対処方法は直接対決。
最も、この直接対決もガイ達のおかげで叶っている部分がある。
なにせ麒麟は複数体が四方八方に分かれてコーフィを探していたのだが、『人払いの結界』と『領域形成の結界』によってコーフィの店には近づけなかったのだ。
得物を認識後に追っていれば辿り着けただろうが、そうでない場合は例え麒麟であろうと『敵意ある者』はコーフィの店に近づくことはできない。
そのことにコーフィ自身は気づいていない。
だが、彼にとってこの問題はすごく重要だ。
なにせ、自分の店の周りに強力な魔獣が増えているのだ。
これでは、お客様が来ることができない。
もし、あの麒麟が逸れではなく群れから追い出されたものだった場合住みつく危険があるのだ。
そうなれば、店の周りはコーフィ以外が立ち入ることのできないデンジャラスゾーンが出来上がってしまう。
これはコーフィにとって由々しき事態だったが、どうすればいいのかわからない彼はとりあえず、酒でも飲むことにしたのだった。
ただ、麒麟は戦闘によって彼の危険を感じ取り魔の森の奥へと帰っていったことはまだ誰も知らない事実であった。
前回、説明のなかった九頭龍討伐について
九頭龍討伐
伝説のパーティ《散歩に行こう》が残した英雄譚の一つ。
九つの頭を持つ龍が三大国家の一つであるフランシア共和国の未開の地から出現した。討伐のために多くの冒険者とフランシア共和国の騎士団が派遣された。
すでに名が知れていた《散歩に行こう》も招集される。
が、行軍時の本当に散歩かピクニック感覚の緊張感の無さに騎士団や冒険者があきれて士気が下がってしまったのは招集した王国側の誤算だった。
そのため、作戦の指揮官であるフランシア共和国の指揮官は《散歩に行こう》を討伐部隊から外すことにした。
《殲滅の射手》はこれに猛反対したが、リーダーである《無敗の防壁》が了承したために彼ら六人は討伐部隊から外れることになった。
そして、《散歩にいこう》離脱後の討伐部隊は九頭龍との戦闘でその圧倒的な戦力差により敗北。
敗走した。
敗走時に討伐部隊から外れた《散歩に行こう》のメンバーに遭遇。
《散歩に行こう》は観光気分だったところを襲われた腹癒せに九頭龍を撃破。
後に、九頭竜討伐時にピンチに駆けつけた英雄譚として語り継がれる。
語り継がれる時に6人での討伐をという話になっているが、実際は《無敗の防壁》と《破断の魔女》の2名で対処した。
《殲滅の射手》は崩壊した指揮系統の復活による敗走のお手伝い、《救世主》はその圧倒的な回復力で負傷所の回復、《韋駄天》はその速さを活かして負傷者の救助、《暴君》はその風貌と武勇伝によって敗走した部隊を鼓舞することで皆に生きる希望を与えた。
九頭龍は《無敗の防壁》の防御によって攻撃を封殺され、《破断の魔女》によってその首を全て落とされたそうだ。
ちなみに、皆に生きる希望を与えるために部隊を鼓舞して回った《暴君》は声を張り上げていただけにもかかわらず、九頭竜討伐で『敗走する部隊の元に駆けつけると皆の盾になり殿を務め、最後には九頭龍に止めを刺した』ということになっている。