宣伝
散歩に出かけてから約2時間。
ようやく人を見つけた。
(ふむふむ。あの人達は攻略組だな。)
俺はようやく発見した人達の顔を見てそう判断した。
現役時代に何度か見かけたことがある。
(リーダーの名前は確かゾルディアだったかな? 戦闘中じゃなさそうだし、話しかけてみよう。)
そう結論づけた俺は早速彼らの正面に回り込んだ。
「やぁやぁ、ゾルディア君。」
「!」
俺がいきなり前から現れると戦闘にいた一人が剣を向けてくる。
周りにいた者達も戦闘態勢を取るが俺は構わず笑顔であいさつをする。
接客業をする者にとって笑顔は最大の武器であり解除不可武装だ。
外してはならない。
「あんたは・・・ コーフィさんか・・・ こんなところで何をしてるんだ? 冒険者はやめたって聞いたが復帰したのか?」
笑顔であいさつする俺に後ろからリーダーのゾルディア君が出て来た。
後ろには見たこともない新人が他の仲間達と何かを話していた。
俺のことについて説明でもしているのだろう。
彼は俺よりも年上だが冒険者にとって年齢や経歴よりも優先されるのは実力なのでこの話方では問題ない。
「いや~。実はそうじゃないんだけどね。魔の森に喫茶店を出したからその宣伝に来たんだよ。よかったら来てくれないかな? 開店以来、人が来たことがないんだよ。」
俺はそう言ってだいたいどの位置にお店を出したかを説明する。
「・・・こんなところに店を出したのか?」
「? そうだけど?」
説明を聞き終わるとゾルディア君達は怪訝そうに俺を見た。
なぜだろう。疑われている。
「店の経営は何人で行ってるんだ?」
「1人だが?」
「ここには誰と来たんですか?」
「1人でだよ?」
俺が疑問系で答えを返したからだろうか。
質問を返すごとにゾルディア君とその仲間達の顔色が悪くなってくる。
なぜだろうか?
~ゾルディア視点~
(1人で魔の森に店を出した?)
魔の森を探索する冒険者をやっている俺にはその行動が理解不能だった。
魔の森というのはダンジョンや魔獣の住む森の中でも最難関とされる場所だ。
そんな場所に店を出した上に攻略組が行くようなほどの奥深くに店を構えるだなんて自殺以外の何物でもない。
魔の森の魔獣は獰猛で強敵揃いだ。
魔獣の中でも弱い者達は群れで生活しているし、そうでない者達は魔の森に潜る冒険者の中でも最強クラスの猛者たちですらパーティでないと狩れない様な魔獣しかいない。
そんな場所にたった一人で店を出しただけでも理解不能なのに『宣伝のため』という理由で魔の森をたった一人で闊歩しているのだ。
(俺の理解や常識の範疇から外れた行動に頭が痛くなってきた。)
魔の森では強力過ぎる魔獣に遭わないために少数で潜るのがセオリーだ。
大軍では強力な魔獣やドラゴンと遭遇してしまう可能性がある。
魔の森に住む強力な魔獣やドラゴンはたった一匹でも千程度の軍隊では勝ち目がない。
少なく見積もっても万を超える軍隊が必要だ。
だが、多くの人数で入れば複数の強力な魔獣やドラゴンに遭う可能性がある。
だから、大人数では入れない。
でも、一人で入れるような場所ではない。
他のダンジョンや魔獣の住む森で経験を積んだ者達でないと魔の森に入ることはできない。
それほど難易度の高い場所なのだ。
そういったある程度熟練した実力のある冒険者が数名集まってパーティを組んで、初めて魔の森に入ることが許されるのだ。
「あんた・・・ そんな場所を1人でって・・・」
俺は自信を失う。
「だ、大丈夫か?」
「リーダーしっかり。俺達は俺たちなりに頑張ってるさ。」
仲間の励ましの言葉がすごくうれしかった。
そうだよな。俺達は俺たちなりに頑張ってるよな。
「そうだよ。なんで落ち込んでるかわからないけど。ゾルディア君達はギルドでも有名な冒険者じゃないか。」
そう言ってコーフィさんが俺を励ます。
「あんたのせいで自信なくしたんだよ!」と叫びたかったがそんな訳にはいかない。
この人には昔、散々敗北した。
あの最強の冒険者と名高い《暴君》と同じパーティに属する守備専門のガードナー(冒険時の拠点防衛などを行う人)。
と聞いていたので戦闘能力乏しい人なんだなと思っていた。
《暴君》以外にも《魔槍の達人》に《深緑の魔法使い》、《紅蓮の射手》といった有名どころのみを集めた六人パーティの中に居たので男の小間使いか何かかと思って勝負を挑んだ。
結果は惨敗だった。
後で《暴君》がこっそり教えてくれたのはコーフィさんが《無敗の防壁》と呼ばれる人だということ。
名前は聞いたことがあったが正体不明の噂話か何かだと思っていたのに、実在したことに驚いてしまった。
(あの時からすごい人だとは思っていたけど・・・ こんなネジの飛んだ。馬鹿だっただなんて・・・)
パーティを組んでようやくこの辺まで潜れたという事実を忘れたのだろうか。
「危険だから一緒に帰りましょう! 俺達が送りますから!」
俺はコーフィさんの肩を掴んで説得にかかった。
あの最強の冒険者たる《暴君》でさえ「魔の森に単身で入れるのは初心者組ぐらいまでだな」と言っていた。
この人がいくらすごかろうとさすがに単身では危なすぎる。
というか、あんたパーティの中でも主に戦闘を行うソルジャーじゃなかったんだから戦闘になったらどうするんだよ?!
戦ったことのないガードナーだから魔の森の魔獣の怖さを知らないのか?!
「え? いや、これから他のパーティ見つけて宣伝しに行くから無理だけど?」
と普通に返された。
「お前ら! この人を確保しろ! 何が何でも連れ帰るぞ!」
「「「・・・・お、おお!」」」
俺はすぐさま仲間に号令をかけてコーフィさんの確保に動いた。
聞いて分からないのなら力づくで何とかしなければならない。
この人のことはあまり好きではないがあの《暴君》が一目を置いている人だ。
この人に恩を売っておけばあの人にも恩を売れるかもしれない。
そんな打算を混ぜた思いがこの時の俺には合った。
~コーフィ視点~
なぜだろう。
お店の宣伝に来たら冒険者と戦うことになった。
正確には動きを拘束してギルドのある街に連れ帰られそうになっている。
意味が解らない。
「とりあえず、逃げる!」
「逃がすかぁ~!!」
逃げる俺を全力で追うゾルディア君達。
俺の営業スマイルか対応に何か問題があったのだろうか。
もしくは今になって昔、ちょっと痛めつけたことを根に持っての犯行だろうか。
仕方なく、迎撃するがさすがに魔の森の攻略組に属するパーティ五人を相手にしては少し苦戦してしまう。
元々俺の専門は結界による防御と隠蔽や隠密行動なのだ。
なので、戦闘は苦手だ。
「よし! 追い込んだぞ! 確保しろ!」
ゾルディア達の見事な連携によって残念ながら俺は追い詰められてしまった。
ただ、ここで問題が発生した。
魔の森という危険地帯で周囲の散策をよくせずに追いかけっこをした結果。
俺達はこの周辺で出る中でも最強クラスの化け物に出会ってしまった。
「モフ~・・・」
その可愛らしい鳴き声とは裏腹に全身を白い毛に覆われた。
体長10m近くある雪山に住む魔獣であるイエティの亜種。
フォレストビッグフットに出会ってしまった。
(宣伝してたら、なぜか追いか回されて・・・ その上、フォレストビッグフットに出会うって・・・ 今日はついてないなぁ・・・)
俺は思わずため息をついてしまった。
用語解説的な何か
パーティ
冒険者が複数人集まってできたチーム。魔の森の探索は非常に危険なので他のダンジョンや魔獣の住む森である程度の経験を積んだ冒険者にしか潜ることを許さない。他のダンジョンでは一人で活動していた猛者や世界最強クラスの冒険者でさえ、単独で魔の森に入ることはない。
理由は危険だからだ。
人数は最低が4人最大でも9人で構成されることが多い。
人数が少ない利点は行軍が素早く荷物が少ないこと。隠密が楽で魔獣に会いにくい。
人数が多い利点は戦力が多いこと。交替で見張りを代われるので一人一人の行軍時の負担が少ないこと。
ソルジャー
パーティの中で主に戦闘を行う人。
戦士や攻撃が得意な魔法使い、弓使いなどがなる。
戦うのが主なので前衛か後衛かは問題ではない。
ほぼ全ての冒険者は基本的にこれに当たる。
ガードナー
探索時の拠点作成に防衛。
隠密の魔法をかけて拠点が見つからない様にしたりする人。
魔の森は広大なので一回の探索で数日から十数日、あるいは数十日かかるのでその間の食料や採取した薬草や得物などの解体、魔法による保存。
マジックバックへの収納などを行う。
長期に探索を行う魔の森やダンジョンなどでのみ見受けられる職業。
サポーター
回復職や解毒を行う薬師、医療知識のある者や鑑定のスキル持ちなどがなる。
ガードナーとは別種の職業。
覚えている魔法によってはガードナーまたはソルジャーを兼任する。
パーティに1人いると長期の探索でも安心。
パーティにはソルジャーだけのパーティやガードナー又はサポーターを1~2人ほど入れたパーティが存在する。
中には採取のみが目的の戦闘を行わないガードナーのみで構成されたパーティも存在する。
戦闘を主にしないガードナーはソルジャーよりも格下扱いなのに対してサポーターは人の命を守る職業なので人気がある。
寧ろ、優秀なサポーターはソルジャーよりも希少。
逆に優秀でもガードナーはガードナー扱いされることが多い。