カルデラの炎 03
「いや、嬉しいよ! 急に誘っても、君にも都合があるだろうしと思っていたから」
「で、どこへ行くんだ?」
「あ、あぁ、そうだね。えっとね……」
いつも最優先に思うことはレンツェのことだが、しかしたまにはこういう誘いに付き合うのもいいような気がした。
ギルドに名を登録してから半年が経った。
命を落とす危険がある為にか、人の入れ替わりが比較的激しい仕事なので、実績も含めてこの頃もうすでに俺は新入りではなくなっていた。
俺にも時々高報酬高難易度の仕事が回されるようになり、俺はレンツェにこの仕事を感づかれない為に今まで以上に怪我に気をつけて仕事をしなくてはいけなくなった。しかしこの頃には、命を懸ける戦場に俺は魅了されもしていた。
俺の中に四分の一流れる野蛮な魔の血が種の記憶から本来居るべき場所を思い出し、命取り合う場に自分の在り処を見つけて心地よさを覚えたのだろう。俺も自分には殺伐とした”そちら”の世界の方が合っていると感じた。
「また君と二人での仕事だね」
「……別にこの前も一緒に仕事しただろう」
「でも二人だけというのは、最初の時以来じゃないか」
新たな討伐依頼を受けた俺は、ジューザスと共に町から南に十キロほど下った街道の外れにあるエルドーラ火山へと来ていた。
火山活動が今も盛んなこの山は魔物も多く生息し、普通の人間ならば危険を知っているから近寄らない。しかしこの火山では貴重な鉱物が多く採取されるため、それを求める者たちから定期的に魔物を討伐する依頼がギルドへ来ていた。
しかしいくら魔物の討伐を行っても、大規模に山狩りするわけではないので、魔物はこの火山から完全にはいなくならない。一時的には姿を消しても、二、三ヶ月でまた魔物が活発化し、ギルドに依頼が来るを繰り返す。
「くだらない仕事だな」
「ん? なにが?」
山を登り始めてしばらくは、足場の悪い岩肌の道が延々続く。
歩きながら俺が独り言を呟くと、俺の少し先を歩いていたジューザスが振り返って聞いた。だが俺が何も答えないままでいると、奴は歩くペースを落として俺に並びながらさらに聞いてくる。
「この仕事?」
「……独り言だ、忘れろ」
俺がそう返すと、ジューザスは何か納得いかなそうな様子だったが、しかしそれ以上今の話について語りかける事を止めた。
「魔物を倒す時、時々思うことがあるんだ」
討伐対象の魔物が出現するエリアに足を踏み入れ、その出現を待っている最中に、ジューザスが小さな声で唐突にそう語りかけてくる。
「こんな状況でお喋りか? お前は勇気があるのか無謀な馬鹿なのか……どっちだ?」
「まだ気配は無い。大丈夫、音で気づかれる事はないよ」
大きな岩山の影に身を隠しながらターゲットを待つ俺たちだが、確かにジューザスの言うとおりまだ目標とする魔物が姿を現す様子は無い。
「……狩るか狩られるかの状況で、考える余裕なんてあるのか?」
俺がやはり声を落とし聞くと、ジューザスは小さく笑った。
「余裕は無いけど……いや、違うな。倒す時じゃなくて、こうして魔物を倒そうとしている、その直前に考えてしまうと言う方が正しい」
魔物の気配を探りながら、俺はジューザスの言葉に耳を傾ける。
「魔物は、本来はこの世界には存在しないはずの生き物だ。魔族と同じ異世界からはるか昔に召喚され、この世界に適応して繁殖をし、理性の無い彼らは無差別に人を襲う為に脅威となった異物なんだ」
「それがどうした?」
「私たちと似ていると思ってね。異物だから排除される、と言うところとかが」
「……まぁ、人間にとっちゃ魔族も魔物も大差ない存在だからな。実際魔族と魔物の違いは、人と動物程度の違いだ。どっちもバケモノだし、人には脅威になる存在だ。そしてその分類にはゲシュも含まれる。……魔物は俺らには親戚みたいなものかもしれんな」
俺がそう返すと、ジューザスは小さく笑う。
「そうだね。……でも、だからこそ考えてしまう。我々が魔物をこうして狩ることの意味を」
「……身内を殺しているとでも思うのか?」
「君は親戚みたいなものと言っただろう? 私もそう思う。でも私たちは人側に立ち、彼らの依頼で人に害を与える魔物を狩ることを仕事としている。これがどういう意味か……」
「……お前が言いたい事は何となくわかった。だが、その思考は無意味だジューザス」
ジューザスと視線を合わせないまま、俺は奴に語りかけた。
「人と魔の血を両方持つ俺たちゲシュが、人の側に立ち魔物を狩ることにお前は疑問を抱いているのだろうが、そんなことを気にしてもどうしようもないだろう」
人の血、魔の血、その両方を持つ中途半端な存在の俺たちは、人に迫害される立場にいる。しかし今の俺たちは人の側に立ち、同じ血を持つ存在を狩ろうとしている。
人に追われる身でありながら、人に味方し魔を狩る自分たちは正しいのかと、ジューザスはそれを考えるのだろう。
「魔物同士食らい合うし、人も人を殺す。同族でも命を奪い合うことは普通だ。半端者の俺たちがどちらを狩るかなんてことは、どうでもいい迷いだ」
「……じゃあマギ、君は何故魔物を狩るんだ? その行為に、意味は無いのか?」
俺の言葉に納得出来ないらしいジューザスが、そう問いかける。俺は無感情に答えた。
「意味は無いが理由ならある。ここが人の世だから、俺は魔物を狩るんだ」
ジューザスは沈黙したまま、俺の返事を聞いていた。
「こちら側の世界に生まれたのだから、人の振りをして人に味方し生きていくしかない。それが一番簡単だからな。属した世界が人優位の世界だったから人に従い、魔を狩っているんだ。魔界という異界がどんな場所かは知らんが、そこでは人を狩るのが通常ならそこに属した俺もそれをしてただろうな」
俺たち半端者がどちらに味方するかは、個人の感情ではなく周囲の状況で決まると俺は思う。
本当の意味ではどちらにも属せないのだから、どちらでもいいというのを俺は選んだ。ただ唯一の存在以外には無関心な自分だから、自分の立つべき場所すらもどうでもよかった。
ジューザスはしばらくの沈黙の後、再び口を開く。
「……こんなことを言えば君は気を悪くするかもしれない。だがそれを承知で言うよ。……君は存在だけじゃなく、思考も異端だ。君の考えは……当然君はそれを承知でそうすることを選んだのだろうけど……とても孤独だ」
「……そうだな」
ジューザスの言葉を肯定し、俺は奴に囁く。
「お喋りはもう終わりだ。……そろそろ奴が来そうだぞ」
俺がそう声をかけると、背後でジューザスが武器を構え直す気配を感じた。俺も大剣の柄を握り直す。
しばらくして、目的としていた黒い影が身を隠して観察していた俺たちの前に姿を現す。餌場へと向かうまだ若い火竜を確認した俺たちは、一度顔を見合わせてからゆっくりと行動を開始した。