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カルデラの炎 02

 ジューザスと町中を歩く。ギルド所属の者たち御用達の町の道具屋へ、俺たちの足は向かっていた。


「マギ、と呼ばせてもらってかまわないかな? 私のこともジューザスでいいから」


「好きに呼べ」


 俺が答えると、ジューザスはまた何故か笑って「じゃあマギと呼ばせてもらうね」と言う。そして先ほどの宣言どおり、奴は自分のことの説明も交えながら俺に色々質問を始めた。


「マギはこの町の出身かい?」


「違う」


「そうか。私も最近ここに来たんだ。ここはいい町だよね。私たちのような余所者も自然に受け入れてくれるから」


「……あぁ」


「それで、マギは何故この仕事を? 私は生活費を稼ぐ為に、ギルドに登録したんだけど」


「俺もお前と同じだ。生きるには金がいる。手っ取り早く稼ぐには、この仕事が一番いいだろう。リスクはあるが、魔物がいる限り仕事は無くならんしな」


「そうか……そうだね」


 ジューザスは何か考えるように、一度口を閉ざす。とくにそれを気にはしなかったが、考えた後の沈黙から次にそいつが口にした言葉は気になった。


「それに、私のようなものはこういう仕事くらいでしかまともには稼げないからね。そもそも雇ってくれないし」


「?」


 ジューザスに視線を向けると、奴は「そういえば、君は気にしないんだね」と、唐突に不可解な言葉を俺へ向ける。


「何がだ?」


 問うと、ジューザスは自分の顔を隠すほど深く被ったフードを指差して「これだよ」と言った。


「ギルドの皆が、私がこうして顔を隠している事を疑問に思っているのは知ってるんだ。何度か理由を聞かれたし、顔を見せろとも言われたしね。でも君は聞かないし、気にした様子もないから」


「……聞いて欲しいのか?」


 俺がそう聞くと、ジューザスはこんな返事をした。


「私がこうして顔を隠すわけは、皆には昔に酷い火傷を負って、という理由を説明しているんだけど」


「そういう言い方をするのだから、それは真実では無いんだな」


「あぁ。真実は……君になら話せると思うよ」


 俺はジューザスが顔を隠す訳を、この時点で予想していた。というか、余程鈍感な奴で無ければ普通は気づくだろう。


「魔族か……いや、ゲシュだな」


「正解」


 ゲシュという、忌みわれた存在がこの世には存在する。本来ならこの世界には存在し得ない種族と人との混血の種のことを指すのだが、ゲシュは異端の存在として現代では強い迫害を受けていた。

 俺になら話せる、とジューザスが言った理由で考えれば、奴はゲシュだと容易に推測出来た。顔を隠す理由は、ゲシュ特有の人に無い身体的特徴が容姿に現れているので隠しているのだろう。

 だが、なぜ奴は”俺のこと”に気づいたのか。


「俺に話せるといった理由は、俺もゲシュだとお前は気づいたからだろう」


「……確信は無かったんだけどね。でも、もしかしたらと思ったんだ」


 なんとなく、感じたらしい。自分と同じ”外れ者”の匂いを、こいつは俺に感じたのだ。俺もそういうものを相手に感じる時がある。同じ者同士だけにわかる”なにか”としか説明出来ない曖昧な感覚だから上手く言葉には出来ないが、でも俺にも理解は出来た。


「……どうでもいい」


「そうかい? 君は苦労しなかったのか?」


「ゲシュであることでか?」


「あぁ。……私はこの通り、見た目でわかりやすいから色々と大変だよ。まともな職には、まず就けないしね」


 ジューザスはそう言うと、俺にだけ見えるようにフードをずらして顔を見せる。はじめて見た奴の顔は、まだ若い青年のそれだった。しかしゲシュであるなら、見た目で歳は判断できない。わかったのは彼が確かに異端の血を持っているという事で、フードの下からいつも覗き見えていた白藍の長い髪と同じ色の左目が、俺に意味ありげな笑みを向けていた。


「たしかにその髪と目はまともじゃないな」


「あははっ、だろう? 右目なんてもっと酷いよ。……だからすぐにゲシュであると気づかれてしまってね。やっとこの町で職を手に入れられたけど、それまでは本当に苦労したよ」


 確かにゲシュは生まれながらに苦難を背負う運命にある。だが、自分はレンツェだけが傍にいれば他の事などどうでもいいとさえ思えていたから、俺は同じゲシュとしてハンデを負って生きているジューザスの苦労にさして興味が無かった。


「そりゃ大変だったな」


「……やっぱり君は苦労しなかったのかい?」


 ジューザスが同じ質問を繰り返す。フードの下で俺を見つめる奴の目は、妙な好奇心に輝いてるように見えた。


「もしそうなら羨ましいよ。……いや、君は見た目に人と変わりないものね。気づかれないから大丈夫だったとか?」


「そうかもな」


「そうかもって……答えになってない気がするんだけど」


 苦笑するジューザスに、仕方ないので俺は考えてからこう答えた。


「お前の言うとおり、俺はゲシュだと気づかれにくいから余計なトラブルは少ない。気づかれたら気づかれたで、面倒なことにはなるが……だがそれをいちいち気にはしない」


「……君は随分と逞しいね」


「どうだろうな。ただ、初めからこの世界には何も期待していないから無関心でいられるだけなのかもしれん」


 物心ついた時から、俺の心はこの世界に無関心だった。確かにこの世界はゲシュには生きづらい。それを世界に関心持つ前に知ったから、俺は期待することもなかったのだろう。期待が無いから、理不尽な事に何かを感じることもない。『そういうもの』なのだと、ただ漠然と理解だけする。


「期待しない、か……私もそう生きられたら、よかったのだけどね……」


 そう呟くジューザスの言葉が、奴の本音ではないと感じた。




◆◇◆◇◆◇




 ジューザスと共に二人で向かった討伐仕事は、やはり特に苦労もなく簡単に終わる。それはいつもどおり、ただ依頼された仕事をこなすだけの日常。しかしこの仕事を境に、一つ決定的な変化があった。




「あ、マギ。今仕事終わったのかい?」


「……あぁ」


 仕事終わり、ギルドの受付で仕事報酬を受け取った俺にジューザスが声をかけてくる。


「そうか。私もさっき帰ってきたとこでね。もしこの後時間あれば、飲みに行かないか?」


「……お前、俺を待ってたのか?」


 ジューザスと組んでの仕事の後、今までギルドの誰とも積極的な関わりを持とうとしなかったジューザスが、俺にだけやたらと声をかけてくるようになった。


「えーっと……まぁね」


 俺もジューザスもギルドの奴らと積極的には関わりを持たないでいたが、俺の場合はただ単に人付き合いが面倒なのが理由だった。興味も、あまり無い。

 しかしジューザスは異端ゆえ余計なトラブルを起こさないよう周囲と積極的な関わりを避けていただけで、人との付き合い自体は好む性分らしい。

 同じ異端同士トラブルになる心配も無い俺なら、こいつも気兼ねなく声をかけられるのだろう。むしろ同じ異端の俺に、こいつは親近感を覚えているようにも感じた。


「あ……でも用事があるなら無理にとは言わないから。暇だったらでいいんだ」


「暇ではないな」


 俺がそう答えると、ジューザスは「あー」と間抜けな声を漏らす。


「そうだよね、急に……」


「だが……少しだけなら付き合ってもいい」


 暇ではないが、余程時間に余裕がなかったわけでもないのでそう答えると、ジューザスはひどく喜んだ様子で「そうか!」と言った。

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